FILE066:こうじょうけんがくかい

 

「なんやかんやありましてね……」


「そうだったのか……」


 VIPルームで席を用意してもらってから早速、アデリーン、蜜月、虎姫による面談が行われた。

 秘書の磯村は彼女たちに茶やコーヒーを用意し、リクエストもうかがった。


「逃亡して来たとおっしゃられていたけれど、発信機の類は?」


「あのクソジジイ……げふんげふん、ギルモアに退職届を突きつける前に、あらかじめすべて外しておきました」


 自身が持つガジェット類や武器をすべて虎姫の前に提出し、蜜月はドヤ顔をしてアピールする。

 以前彼女がクラリティアナ邸で見せた時と同様、ジングバズショット、バズソード、ハニースイートダガー、ブレスジェネレーター、ジーンスフィアのうち、完全にヘリックス製のものは2種のみである。

 イエローホーネットも実は、ヘリックスで製造されたバイクではない。


「えーと。……虎姫社長、今はそれらよりも【コレ】が最優先です」


「ヒメちゃん、私もこういうタイプのものは今まで一度も目にしたことは無いわ。ヘリックスの幹部たちが上位クラスの怪人に変身するために使うジーンスフィアとも、通常のジーンスフィアとも、外見や全体的な雰囲気が、まるっきり異なっているもの」


 武器とガジェットを片付けて、次に蜜月が差し出したのは件の【女王バチ】のジーンスフィアらしき何かだ。

 4隅にあるトゲのような突起や、表面に記された女王バチのエンブレムだけでなく、【王冠】を意識したエングレービングも特徴的だった。

 さしもの虎姫も、この未知のアイテムを前にしては動揺を隠しきれず、最初は信じられないような表情となり、アデリーンと蜜月を驚かせた。


「……す、すまない。ひとまず、当社で解析して、そのまま預からせていただきます」


「ありがとうございます……虎姫社長! 盗まれそうで心配だったのです」


 妙に腰を低くして、蜜月は起立して、虎姫にお辞儀してから礼を言う。

 アデリーンは、「落ち着いて……」と呼びかけ、とりあえず彼女を着席させた。


「預かりついでに当社備え付けのラボをご案内しようと思うのだけど、アデリーンもどうかな?」


「ええ、せっかくだしお願いするわね。ミヅキ?」


「な、なによ突然?」


「くれぐれもスパイ行為なんかやっちゃダメだからね」


「ワタシは暗殺者であって産業スパイじゃあない。ちゅうかもう足は洗ったんだ」


「へぇ~、それは初耳だわ」


「流された……」


 ――などと、話し合っているうちに面白おかしくなって、一同はほがらかに笑い合った。

 そこに磯村が涼しげに笑って追加の茶菓子を運んでやってくる。

 トレーを片手に、彼女たちが飲み終えたカップをテキパキと下げ、代わりに新たな茶菓子を置いて補充した。


「さすがはテイラーグループさんだ……。お茶もコーヒーもお菓子も天下一品」


「社長ご自慢のティーセットを使わせていただきました」


「そうなんですか、虎姫社長!」


「日々忙しいものでね、数少ない楽しみなんだよ。……ところで、堅苦しいのはこの際なしにしよう。わたしのことは、蜜月さんのお好きなように呼んでほしい」


(そっか。そうだよね……)


 虎姫社長はつまり、社長としてではなく、

 アデレードが彼女に対して親し気にということは、

 ワタシが今までアデレードのことをのと同じように――。


「じゃあ、おトラさん……。ダメでした? あまり馴れ馴れしくしすぎるのも違うかなーって思いまして」


「なんか、フーテンのトラさんみたいだが、悪くない……」


 蜜月がダメ元で考えた名前を聞いた虎姫はしばし考え込み、そんな彼女をアデリーンと蜜月が不思議そうにのぞき込むが――。

 さわやかな笑顔と共に、虎姫はサムズアップで返した。

 つまりOKをもらえたというわけだ。


「やー、さっきはどうなることかと思ったよー! あだ名も気に入ってもらえて嬉しい……!」


「こちらこそどうもありがとう。ビジネス関係は多く作っていても、友達が少ないもので」


「彼女ね、こう見えてミヅキとお友達になれてとっても喜んでるのよ。うふふ」


「て、照れちゃいますね~……」


 磯村も連れてVIPルームを出た一行は、他愛のないやり取りを楽しげに交わしながらビル内のラボへと案内してもらう。

 エレベーターで下のフロアへ降りて、長い廊下を抜けてラボがある区画へと移動した。

 そこは日本の科学技術の最先端を行く、SF映画もビックリの――夢のような景色だった。


「ここがテイラージャパンが誇るラボなのか……? すごーい!」


「ふっ、ふっ、ふっ……。テイラーグループの科学力は世界一ぃいいいいい! できんことはないっ!!」


 感銘を受けている蜜月の前で威風堂々と笑ってからハイテンションかつ仰々しいリアクションで自慢したのは、虎姫――ではなく、なぜかアデリーンだった。

 当の虎姫は磯村ともども苦笑い。


「ま、まあまあ。否定はしないけどね……。おほん。いろいろ見て回りたいところだと思うが、まずはわたしと磯村くんについて来てほしい」


「はい」


「驚かされてばっかりになると思うわよ~?」


「そ、それは楽しみだわな」


 ガラス張りの廊下を渡る途中であれこれ目移りしながらも、アデリーンと蜜月は虎姫とその秘書・磯村にぴったりとついて行く。

 最終的にラボ内の事務室のようなところに辿り着いた。


「おかけになって」


 虎姫が丁寧な口調と声色で呼びかけて、それを合図に一同が座る。

 ちょうど4人で四角いテーブルを囲む形になり、あともう4人ほど座れそうだった。

 アデリーンは蜜月と隣り合う席で、虎姫は自分の隣に磯村を座らせた。


「……じゃあ、このスフィアを」


 蜜月が真面目な顔をして女王バチのエンブレムが記された謎のジーンスフィアをテーブルの上に出した。

 ほどなくしてラボの責任者と思われる白衣の壮年男性が入って来て、それをケースに入れて厳重に保管。

 彼は「我々が責任をもってお預かりします。解析もお任せください」、と告げて部屋を出て行った。


「お虎さん、ここでもまた座ってお話を?」


「いえ、ただ単に小休憩というか……」


 虎姫以外の全員が落胆し、磯村はずり落ちたメガネをかけ直す。

 蜜月は肩をすくめて、アデリーンはくすくす笑った。


「では今度はこちらへ……」


 次は事務室から研究室へと移動することとなった。

 その研究室では虎姫から見ても信頼に値する科学者たちが作業へ熱心に励んでいた。


「失礼、片桐さん……」


 片桐と呼ばれた、男性科学者が虎姫のほうを振り向く。

 生え際が危うく、メガネをかけていること以外は特筆するべき個性はなかった。

 アデリーンや磯村はまだしも、虎姫の近くに暗殺者である蜜月がいることに戸惑いを隠せずにおり、少し困った顔をしていた。


「しゃ、社長。本日はどういったご用件でしたか」


「さっき技術主任に女王バチのジーンスフィアらしきものを預けたのだが、君には別の仕事を頼みたい。こちらにいられる蜂須賀蜜月さんの持っている装備類をチェックして、かつ、より強力かつセーフティなものに仕上げてほしいのだ」


「なんだって!?」


「こっちのセリフですよ、おトラさん!?」


 突拍子もなく仕事を頼みこんだ虎姫に、蜜月も片桐も変な声を上げてしまった。

 それを微笑みながらアデリーンと磯村が一歩引いた位置から見守る。


「これがバズソード、これがジングバズショット、これがハニースイートダガー、これがブレスジェネレーター、あとこのハニーカラーのスフィアですね……。じゃあ片桐さん、お願いします。みんなデリケートなんで、あまり変なところ触らないでくださいよ!? とくにジーンスフィアが一番危ないですから……」


「わ、わかってますわい! しばしお待ちください……」


 「信用していいものか?」とは、疑いながらも蜜月は近くのカゴを借りて、バズソードやジングバズショット、ハニースイートダガー、ブレスジェネレーター、そしてスズメバチのジーンスフィアを思い切って預けた。

 片桐はそれを重たそうに持ち上げてほかの科学者が集まっている場所まで持っていく。

 仕事の依頼の内容を伝え、それぞれ持ち場に着くと設備とマンパワーをフル稼働させて、無駄のない手つきと無駄のない動きで分析・解析を行ない、パーツもひとつひとつ丁寧に追加・改修する。

 ジーンスフィアに関しては誤作動を起こさないように神経質なほど丁寧に扱い、データを回収。


「むうー。この様子だとさすがに今日中は無理だな……。すまないが、2人とも明日また改めて来てもらえるかい」


 やけに難しい顔をした虎姫からそう告げられて、2人はそれぞれ帰宅。

 アデリーンは愛する家族に囲まれて、蜜月は寂しさのあまりガールズバーからデリバリーして、充実した夜を過ごした。

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