FILE064:訪問者MIZUKI

 アデリーンはそれからというもの、蜜月を連れて帰宅していた。

 クラリティアナ邸の外の駐車場でブリザーディアとイエローホーネットを停めて、2人は玄関へ上がる。


「ただいま!」


「おお、お帰り……って!? こここ、殺し屋が!?」


 出迎えたのは茶髪でダンディな義父のアロンソだ。

 彼は娘が一緒に連れ帰って来た相手を見て驚く。

 【黄金のスズメバチ】と謳われた、日本一腕が立ち、日本一金がかかる殺し屋、蜂須賀蜜月だったからだ!


「あっ、どうも。旦那様。蜂須賀蜜月です。殺してほしい人はいらっしゃいますか? ……って冗談ですよ」


「大丈夫よ。彼女は私たちの味方だから。ね? ミヅキ」


「え? う、うん……」


 アロンソがひどく動揺している中、彼女はかしこまってあいさつをする。

 アデリーンはすかさずフォローを入れて、家の中へと上がる。

 手洗いうがいも済ませてからリビングへと移動した。


「え、エリス! よかった~~!!」


「ミヅキさんこそ!」


 名を呼ばれた彼女は蜜月に寄り添って抱き合う。

 かくいう蜜月も1週間ぶりに出会えたことがよほど嬉しかったのか、エリスと頬ずりまでして、生き別れた家族とでも再会したような喜びようを見せた。

 少し大げさな反応も見せたが、その光景にクラリティアナ家の誰もが感動した。


「話は娘からあらかじめ聞いておりました。ヘリックスから離反して来たとか……」


「――はい。ワタシ個人の問題もありましたが、組織自体がパワハラ、セクハラ、モラハラ、騙し合い、らんちき騒ぎ、足の引っ張り合いが頻発するような、すさんだ環境で。元々そうしたところに不満を抱いていたのですが、そこでエリスやロザリアへの仕打ちが目に入って来て。それが決め手となりました」


 もっと喜びを分かち合いたかった蜜月だったが、ここからは真面目な話に入る。

 なぜ離反しようと思ったのか、その動機をマーサへと赤裸々に語った。


「……奥様、旦那様はワタシのことが怖くないんですか?」


「そりゃ怖いよ。君から僕らのことを殺すとか言われかねないから……でも、うちのアデリーンのご友人とあれば不思議と信じる気になれるというか、ね」


「それから、マーサと、アロンソでいいわよ」


 別に蜜月は煽り目的で訊いたのではなく、心配して訊いたのだ。

 最初は驚いていたクラリティアナ夫婦も、次第にミヅキを受け入れつつあり、気さくに呼んでも構わないニュアンスを伝えられて彼女は頷いた。


「……ミヅキさん?」


 そこで急に彼女はスズメバチのエンブレムが入った蜂蜜色のジーンスフィアを取り出す。

 ブレスジェネレーターやジングバズショットやバズソード、ハニースイートダガーもだ。

 あまりに急だったのでエリスから心配された。


「物騒で申し訳ありません。けど、一応目を通しておいていただけると助かります。このブレスレットとジーンスフィアはヘリックスの上層部から渡されたものです。銃と剣とナイフは……ヘリックスに雇われる持っていました」


「あなたにしてはずいぶん真面目ね。ミヅキ?」


「だ、だってさ、あんたのご両親の前じゃない!? ちゅうかまだ説明の途中だぞッ」


 憎らしい笑顔で煽って、アデリーンは蜜月の素を引き出す。

 これには彼女の緊張をほぐす目的もあった。

 そんな2人のやり取りを見て、アロンソもマーサも、エリスもつられて笑った。

 蜜月は照れて紅潮しながら咳払いする。


「戦いの際にこのブレスレットを使うことによって、ワタシは通常のディスガイストとはまったく異なる姿に変身していました。連中のことですから、多分――ワタシのことも、使い捨ての【実験材料】扱いしていたのでしょうけど」


「そうか、それでああいう姿に……。データベースと食い違ってたわけだわ」


「えッ? そんなの持ってたの……?」


「ちょっと待っててね。ミヅキ! 父さんと母さんとエリスに手を出したら承知しないわよ」


「ば、バカ! ワタシを何だと思ってんのさ! ヒドイな!」


 少ししてから、アデリーンはノートパソコンとUSBメモリを持って戻って来た。


「これよ、これこれ」


 アデリーンはノートパソコンを開いて、データベースを立ち上げた。1ヶ所に集まって、一家と蜜月はそれを閲覧する。


「知らなかった。あんた、今までこうして戦って来たのね……」


「ひ・み・つ。このことは他言無用よ? うふふ――」


 蜜月のほうを向いて、「しーっ」と、人差し指を立てたアデリーンは冷たい笑みを浮かべて釘を刺す。

 もちろん冗談であり、蜜月はバツが悪そうに目を反らして指で顔をかいた。


「うう、さっきからスパイ扱いして……」


「はっはっはっ。見た目より結構おちゃらけているんで驚いたでしょう」


「えへへ、まあ、そうですね。突拍子も無いし、ホントに何度も……」


「こんな感じの子ですけども、一緒にヘリックスと戦ってくださりますか?」


「い、いいですとも!? 彼女がいたら百人力! ですし! ハイ!」


 アロンソやマーサと話している中、上ずった声を出してしまった蜜月。

 フェイバリット・ヒーローの親の御前とあらば仕方のないことだ。


「このデータってどっかに送ってたりしない?」


「ええ、そうね。……それについてはまた今度、ね?」


 「今日だけで何回釘を刺されたんだ」……と、蜜月は自嘲する。

 信用されてないのではない、むしろその逆。信用されているからこそなのだろう。

 親しき仲にも礼儀ありなんて言ったのは彼女のほうなのだが、アデリーンからそう言い返されたような気分になっていた。


「今はそれより、ミヅキはこれからどうするつもり?」


「バディになって早々にアレだけどね。ちょっくら海外に渡って、ヘリックス傘下の組織やヘリックスとの間にパイプを持ってる組織をブッ潰してまわろうかと思ってる」


「え゛ぇ!?」


 わざとなのかは分からないが、今度はアロンソ――ではなく、アデリーンが大声を出して驚く。

 その場にいた誰もが思わず彼女を二度見した。


「な……なーに、そこまで長居はしない。すぐ帰ってくるよぉ、あんたやフェイたんに竜平君、葵たん、喪綿組組長の娘さんがワタシを待ってくれてるからな」


「喪綿の組長さんの? 会ったことあるのね……。さすがは闇の住人、私も会ってみたいわ」


「美人さんだったぞ~。うへぇ、うへへへへへ」


 気を取り直して今後の方針を語った。

 ノープランだとか、行き当たりばったりだとか、瞬間瞬間を必死で生きているだとか、そういうのはこの際、禁句だ。


「も……喪綿組だって!? ヤンキーだらけの北関東でも指折りといわれるヤクザ組織の!? 蜂須賀さんは笑い声もおかしな感じだし、やっぱり警察に――」


「父さん、ステイ! ステイッ! ステーイッ!! 人を笑い方で決めつけるのはよくないわ!」


 早とちりしたアロンソをアデリーンが必死に止めにかかる。

 いつもの彼女とはまったく違う顔だが、蜜月には新鮮に見えた。

 エリスとともに苦笑いしてしまったが。

 ――なお、マーサは見慣れてるので平気だった。


「善は急げ、よ。もうそろそろ出発したほうがいいんじゃない?」


「そうしたいんだけどさー! エリスと久々に会えたんだしぃ、あんたのステキな親御さんとも知り合えたんだしぃ! あーし、もっとここにいてえな~~!!」


 アデリーンに対する蜜月の返事は、急にギャルっぽくなった口調や身振り手振りとともに返された。

 そこにエリスが「ミヅキさーん! 行かないで!」と、満面の笑みで抱き着いたものだから、「ぼへーみあーんッ!」と、ヤバ気な笑みと声とともに蜜月は余計にハイになってしまい、なんと立ち上がってエリスと一緒に踊り出したのだ!


「ウワァ~! エリスぅ~! エリスが変になったぁ!?」


「せっかくです。母さんも私と踊りましょうよ!」


「いいわねー。喜んで!」


「マーサ、アデリーン、君たちもかあ~!?」


 挙句の果てにはアデリーンとマーサまでもがダンスをし始めた。

 これではまるでインド映画のエンディングではないか――。

 アロンソがこれほど頭を抱えた日もそうそうない。


「そろそろあだ名で呼んでくださってもいいんですよ!」


「そうだねー、エリーとかエリちゃんじゃ安直だよね。何がいいかなー、エッちゃんか? ザベスかぁ?」


「ザベスって。あはははは……、いいです。お好きなように!」


「じゃあ、エリたそ~」


 あだ名も決まって更に親しみやすくなったところで、蜜月とエリスはダンスを更に楽しんだ。

 ――蜜月はこの時、「ドレス持ってくればよかったなー」と、そう後悔したらしい。

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