FILE063:彼女たちがバディを組むまで
「ふぅーん、暗殺者でもきっちり手洗いうがいはするのね。いがーい」
「ワタシゃ、そんな不潔じゃないよ。はっはっはっはっ」
綺麗に整えられたリビングで、アデリーンと蜜月がやり取りを交わす。
フェイには、この2人がついこの前まで殺し合いをしていたようには見えない。
むしろ親友同士の会話としか思えなかった。
「それでこれからどうします?」
「そだねー、フェイたんをおうちまで送るでしょ。んでワタシはアデレードを連れて、ワタシの【師匠】の孫の
「……いいんですか!? 両親のもとまで帰らせてもらって!」
「おけおけおっけー。でもよー、フェイたん。けっこー長い間ワタシと一緒にいたろ? 1人でやってける?」
「私たちで良ければフェイさんのことをお守りするけど」
しかしフェイは目をつぶって首を横に振る。
「自分の身は自分で守るのね?」
「はい。いつまでもお2人の世話になるわけにもいきませんから」
「……よし!」
蜜月は幾度めかのサムズアップをして、立つ。
アデリーンも一緒に立って彼女の隣に並んだ。
――フェイには2人の姿がまぶしく、尊いものに見えた。
「退院したばっかだが、フェイたんをおうちまで送ってあげよう。ワタシかアデレード、どっちの後ろに乗りたい?」
「うふふ……。迷っちゃうわよね?」
蜜月は腕組みして、アデリーンは彼女とは対照的にさる寿司屋の社長のように両腕を広げて受け入れる姿勢を見せている。
迷った末に、フェイが選んだのは――。
「アデリーンさん!」
「わあ!」
「い、イイ絵が撮れる……ぞ!!」
アデリーンだった!
ハグし合う2人を見て興奮しつつ、蜜月は大慌てでスマートフォンを取り出して、パシャリ! と、撮影。
「良い百合見せてもらったぜ!」、とは彼女の談。
蜜月としてはイエローホーネットの後部座席に乗せてやれなくて、少し残念だったがフェイが幸せならばそれで良かった。
「ありがとうございます。このたびはフェイがお世話になりました」
「いえいえ、良いんですよ。ご縁があれば、またどこかで……。ありがとうございました」
「短い間でしたけど、私からもありがとうございました。楽しかったわ、フェイさん……またね♪」
「お元気で。わたくし、また【のばら】にでも行きますから……!」
そして、2人は責任をもってフェイを無事に送り届けた。
フェイの家は高級マンションから少し離れたところにある住宅地に点在しており、その一帯は全体的にのどかでベッドタウン的な雰囲気を醸し出していた。
フェイの両親は父・母ともに陽気でおおらかであり、一緒に暮らしていて毎日明るく楽しくやっていけそうな感じであり、2人としても好印象だった。
「まずはこれでフェイたんの件は一件落着だねっ」
「ええ、彼女なら大丈夫。これで私たち、お互い敵じゃなくてお友達同士ね。ミヅキ?」
近くの公園に立ち寄って2人でベンチに腰かけて、ひと仕事した顔をして噴水のほうを見ながらしゃべっている。
ほがらかに笑うアデリーンはミヅキに確認を取った。
「そうだねー。けどね、日本には親しき仲にも礼儀ありということわざがある。粗相の無いようにしよう。それから――」
穏やかに笑っていたミヅキだったが、いったん立ち上がるとアデリーンの前に移動して前かがみになった。
彼女の肩を持つと表情を剣呑なものへと変える。
「忘れんなよ。……ワタシが殺し屋として、生涯で最後に殺すのはお前だ。それまで誰にもやらせたりなんかしない。
声も低くしていて物騒な言い方ではあったが、その中には
アデリーンはその意図を理解しており、少し胸がときめいた。
「なんてな。命の恩人に恩をアダで返すほどワタシも落ちぶれちゃいないよ。……アデレード?」
「えっ? うふふふ……」
重い空気は続くことなく、すぐに明るい話題へと流れも変わった。
また彼女の隣に座る。目と鼻の先で仲良くボール遊びをしたり、自転車に乗ったりしている親子連れが見ていて微笑ましい。
「でもね、ミヅキ」
「なんだ~?」
「もしも、私に何かあって、
【爆弾発言】というやつだ。
冗談――にしてはタチが悪すぎる。
蜜月は突然のことに戸惑った。が、少しの間考えてから――。
「……わかった、その時はその時だ。ワタシが責任をもって……。いや、こういう話はよそう。やめやめ! 何が起こるかなんてわかんないのに先のことばっか考えてたって、生きてて楽しくないぜ」
「それもそうね」
話し終えた2人はベンチから立ち上がって歩いて移動する。
付近に停めてあったそれぞれのバイクに乗ろうとしたその時、アデリーンが急に立ち止まった。
「【のばら】まで顔見せに行ってみたいけどな、もうちょっと安静にしなきゃいかんし、また今度にするか……。あれ、どったのアデレード?」
「……ねえ、私とあなたでバディ組んでみない?」
「えっ、ワタシと!?」
アデリーンからの突然の告白!
蜜月は自分を指差してひどくうろたえた。
それもそうである。
あんなに敵対して何度もぶつかり合って来たのに、ましてや彼女は、裏社会でもその名をとどろかせた、神がかり的な腕を誇る殺し屋だったというのに――。
「ヒーローやろうよ、ってことだよね? 確かにワタシはあんたの大ファンだったよ、けど組もうよって言われたら話は別。ワタシはどっちかと言えばヒールだしヴィランだぞ、ダークヒーローとかアンチヒーローとかでもないし。それにヒーロー活動をやるにはあまりにも――」
「それならなおさらよ。私と一緒に罪を償いましょう」
――どうしてこう、彼女は優しくしてくれるのだ。
いつも冷静沈着なのに、精密機械のように見えて実は感受性が強くて、感情も豊かで、疑うことを知らない無垢な子どものように優しくて心が広くて、暖かいし、とても人造人間とは思えない。
だから余計に後ろめたいし、そんな彼女と一緒にいていいものなのか。
眉毛をハの字に曲げて蜜月は沈む。
「あなたのことをもっと知りたいし、もっと一緒にいたい。お願いよ、ミヅキ」
「……………………………………………………………………………………ばーか。そこまで親身になってくれなくても良かったのに。でも、しゃあない」
照れ笑いして顔を背けようとしたミヅキだが、決心がついたのか――きちんと前を向き、深呼吸……。
背筋も正してアデリーンにその手を差し出した。それは、さまざまな意味でアデリーンが最も待ち望んでいたことだ。
「あいわかった。あんたのその優しい心を踏みにじるようなことはしたくないからな……。ワタシもあんたと【約束】する。
「ミヅキ……。ありがとう! 今後ともよろしく!」
こうして、この日に至るまでなんやかんやあったが彼女たちはバディを組んだのだった。
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