FILE039:葵ちゃん!俺のかわゆい女ボス

「今日も授業終わり終わりっとー!」


 アデリーンがミヅキとヒーローショーを観に行って、共に大きく盛り上がってから数日が経過した、とある日の放課後。

 都内の安芸山あきやま大学経済学部附属高校にて、その日の授業はすべて終わった。

 皆が思い思いの放課後を過ごし始めた中、大きく伸びをしているこの呑気な男子高校生は、アデリーンを育てた浦和博士の息子・浦和竜平である。


「おっつー」


 その彼の隣にいる、青みがかった黒のロングヘアーに青い瞳、肌も心持ち色白で巨乳に加え、人当たりの良さが感じられる美人な女子高生は――梶原葵だ。

 クラスの中でも人気者である彼女は席順も彼の隣で、そのために彼は「席順ガチャSSR」だの「大当たり」だの、嫉妬と羨望を一身に受け言われたい放題である。


「竜平君っていっつもお気軽だよね。息子がこんなんじゃお父さんが草葉の陰で泣くぞー」


「うっせ! 天国のお父ちゃんを泣かせるよーなことはしとらんわい! ……ちゅうか葵、この後ヒマ? どっか行かない?」


 廊下に出て下駄箱まで移動し靴を履き替え外に出たところで、気だるそうにして、葵はちょっと考える。

 彼女自身はいつも通りにしているだけなのだが、どういうわけか竜平は下手に出始めた。


「な、なあなあ。頼むよ。息抜きも必要だろ。だから、遊びに行こうぜ。ねっねっ」


「カラオケとゲーセンとメイドカフェはこないだ行ったから却下ね。もうちょい違うトコ行こうよ」


 葵が挙げた場所は今まさに、彼が提案しようと思っていたものだ――。

 竜平の図星を突いた葵はちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。

 別に彼が高名な科学者の息子だからと言って媚びたりなんかはしない。

 ちやほやするのではなく、あくまでも対等に接するのだ。


「そ、そこをなんとかおねげぇしますだ……」


「しゃあないなー。そっち行っていい?」


「え? い、い、今なんて?」


「聞こえなかった? 竜平君ち行ってもいいかって言ったんだけど」


 ――宇宙ですべてを知ってしまった猫のように、竜平は葵のその言葉に真顔で衝撃を受けた。

 翻弄するだけ翻弄して、葵は実に楽しそうである。


「うっ。そ、そうだ。こないだ俺が苦労して取ってきたぬいぐるみだけど、気に入ってもらえたかな……」


「かわいいっちゃ、かわいいかったよ。けどさー? わたし、守備範囲広いつもりだったけど、わたしのお好みには合わなかったな。あれは惜しかった」


「ゆ、許してつかあさい」


「竜平君が次がんばればいいの。ほら行くよ」


 実は以前竜平がクレーンゲームにギリギリまでしがみついてでも手に入れたあのぬいぐるみは、あの後無事に彼女のもとへ届けられたのだが――。

 結果は葵が残念そうな笑顔で肩をすくめて述べた通りである。

 そして、竜平の手を引っ張って、葵は彼の自宅へと向かうのだった。



 ◆◆◆



 その頃の浦和家。

 アデリーンが訪問しており、とくに中身とかの無いガールズトークの真っ最中である。


「それでねー。こないだ友達と観た、『マスキングライジャー』と『ビクトレンジャー』の共演したやつなんですけど、すっごい迫力だったの……」


「でしょー? 結構バカにできないものよ。私、2.5次元舞台のあの雰囲気がちょっと趣味とは合わないというか苦手だから、ヒーローショーとか、劇団なんちゃらのお芝居のほうが飾りっ気なくて好きなんだよね」


「それでいいのー? あんた演劇サークルでしょ……。子どもっぽいのばっかりじゃなくて、大人の鑑賞に堪えうるものを見なさい。襟を正してお芝居をしなさい」


「子ども向けにしっかり作ってあるやつと、子供騙しのスッカスカなやつは違うよー? お・母・さ・ん」


「は、はははは……。一理あるけどね」


 ――と、女3人、で水入らずで盛り上がっていたときのことだった。

 帰ってきた竜平がインターホンも鳴らさず玄関に上がったのだ。


「たっだいまー!」


「お邪魔しまーす!」


 竜平と葵の声がしたので、アデリーンら3人が振り返ればその2人がいた。

 竜平とは違って控えめながらも、葵も一緒になって笑っている。


「おー。今日はリュウと葵ちゃん一緒だったか? おかえり!」


「あら、もしかしてアオイ・カジワラちゃん? リュウヘイやアヤメ姉さんたちからお話は聞いています」


 気さくにあいさつする綾女とアデリーン。薄ら笑いしつつ後ろ頭をかく竜平だった。

 綾女から洗面所へGOするようにジェスチャーで合図されて、彼は慌ててその通りにする。

 あまりにも早く戻ってきたため、一同からちゃんと洗ったのかを疑われてしまった。


「あなたがアデリーンさん? いかにもわたしが梶原葵です、よろしく!」


 葵はぺこりとお辞儀をする。

 ――何かが少し揺れた、気がした。


「き、きれーだ……」


 アデリーンはとくに意識していなかったが――、葵は彼女の美貌に見とれてしまった。

 我にかえると首を横に振ってごまかし、帰ってきた竜平を押しのけてまで手洗いうがいをしに行ってまたすぐに戻った。


「話は竜平君から耳でタコ焼きが焼けるほど聞いています。最初は、「あの※×◯□※※ヤロー、二股かけやがったな!」って思いましたけれども、ご家族とあらば自慢したくなっちゃっても仕方ないですよね……!」


「え……まあ、そうよね。そこまで思ってくれてたとは知らなかったわ。ちょっと嬉しい」


 葵は突然手を取って唐突に距離を詰め出した。

 竜平と付き合っている以上は、彼の父である紅一郎のもとで育ち、実質上は血の繋がった家族も同然と言えるアデリーンと仲良くなっておきたかったのである――!

 一方のアデリーンは積極的に迫られて、ちょっと困っていた。


「なんともお調子者のリュウヘイですが、そんな彼でもよければどうぞよろしくお願いします……」


 仕方ないので、彼女はその場でお辞儀を返す。

 アデリーンのみならず、綾女も小百合も、まるで竜平が葵の家に婿入りする前のようなノリとテンションであっため、竜平本人はその場でお口をあんぐりした。


「ま、冗談は置いといて。リュウヘイからはどのくらい聞いてるのかしら?」


「あいつからは、亡くなられたお父さん――博士のもう1人の娘さん、みたいな方だったとはお聞きしました」


「まあ、リュウヘイってば口が軽いのね。あとで注意しとかないと……。とはいえ事実なんだけどね」


 その頃の竜平は怒った綾女からしばかれていた。

 具体的に何をされていたのかは割愛する。


「じゃあ……。私のや、は知らないってことね」


「ひ、秘密? 女の子はみんな秘密を持ってるものですから、別におっしゃらなくても……」


 本能的に気がしたので、葵は必死に興味がないという旨を伝える。

 周りは「あわあわ」と焦りだすが、アデリーンが満面の笑みを浮かべたのを見てホッとする。


「アオイちゃん、私、……って言ったらどうする?」


「えっ!?」


 ああ、言ってしまった――。

 皆が危惧していたことを、その本人が自らしゃべってしまったではないか。

 「どうしてなの……」、と、アデリーンと葵以外の一同は落胆する。


「いやいや、あの竜平君のご家族も同然とあればどんな方でも受け入れるつもりはしてましたけど……まさか。ええーッ!?」


「なんてね、冗談よ☆」


 あざとく笑って、葵や浦和親子を落ち着かせてみせる。

 だが、少し苦笑いしていた葵の耳元にアデリーンが近寄って――。


「でもね……」


 なにかをささやく。

 その内容は彼女と葵以外には一切わからない。

 それを聞いていた葵は


「……今言ったのだけは……。ホントのことなの」

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