FILE030:突然いなくなった彼は無事なのか
赤楚家へ戻る道中、コンビニでカレーまんとコーヒーを買い食いして精神を落ち着かせた――というより気を紛らわせたアデリーンは、あらかじめ交換しておいたアドレスから優里香へメッセージを送る。
それから改めて、コバルトブルーとパールホワイトの車体が自慢の専用バイク・ブリザーディアに乗った。
「ユリカさん!」
大至急で赤楚家へ戻ったアデリーンは優里香を尋ねるが、しかし――その表情はどこか曇っていたし、元気も見られない。
「アデリーンさん!」
「ショーゴくんは見つかりましたか?」
「見つけられたことには見つけられたのですが、その……」
祥吾の居所が分かったと聞いて、アデリーンは安堵しかけたが、彼の母である優里香のほうはあまり浮かない顔のままだ。
喜ぶには、
「病院に搬送されてたみたいなんです……!」
涙を流すのを堪えながら優里香は語る。
アデリーンはその言葉を聞いて、ショックで放心状態になり――持っていたタオルを床に落とした。
◆◆
その病室の中の1つに祥吾は運ばれていた。
優里香の車と自身のバイクを並走させる形で駆け付けたアデリーンは、優里香とともに祥吾の病室へ向かう。
「そんな……!」
「祥吾ぉ……! どうして、誰が……こんなこと……」
その病室の中で2人は信じられないものを見た。
祥吾は大ケガして――いや、大ケガさせられていたのだ。
何者かから執拗な暴行を受け、全身から流血し包帯を巻くほど無残な姿となっていたのだ。
担当医の女性もそこに同席していた。
祥吾のベッドに寄り添うように、優里香は泣き崩れる。
「一命は取り留めましたが、退院まではしばらくかかると思います……」
艶のある黒髪で瞳は紫色、睫毛もパッチリしていてスタイルも良い白衣の女性にして祥吾の担当医・
手は尽くしたが、それでもこの惨状だったことを物語っていた。
「けど、こうして彼が助かっただけでもよかった……」
安堵の息をしたゆえ、こんな時だからこそ笑おうとしたアデリーンだが、そうも行かず――空気を読むと悲しむのもぐっと我慢して拳を握りしめる。
「も、もう……みんな……大げさだな……」
「祥吾っ」
一同の声が聞こえていたのか、祥吾が目を覚まし、ぎこちないながらも上体を起こす。
皆が驚く中、女医の彩姫だけは落ち着いて呼びかけるなどして対応する。
「うっ……」
「無理をしてはいけません。どうか安静に」
「そうよ、今は各務先生の言う通りに……」
傷がうずき出した祥吾を、
(私が輸血してもよかったのなら……。いや、そういうわけにはいかない)
自身が今、
「ショーゴくん、大丈夫よ。またユリカさんと一緒に来るから、今はカガミ先生たちの言うことを聞いて」
各務彩姫が見守り、優里香が手を握る中、アデリーンはそう言葉をかける。
「最後くらいは……」と思って微笑み、生死の境で必死に戦っている彼を安心させた。
「だ、大丈夫。
その彼も、こんな時だからこそ場を和ませようと少しふざけてみせる。
「本当ですか!?」、「世界で一番のドクターだったりとかしませんか!?」と、アデリーンも優里香も瞳を輝かせながら彩姫へと視線を向けた。
「恐れ多いですが、何としても彼が退院できるようベストを尽くします」
少し戸惑い謙遜する彩姫だが、そこは自信を持ってハッキリと答えた。
――若き美人スーパードクターの称号は伊達ではない!
◇◆◇◆◇◆
その頃。
突針町内の市街地、その中の雑居ビル跡地に逃げて来た禍津は隠れていた。
先ほどの戦いでアデリーンや蜂須賀からつけられた傷が相当効いたのか、自分で応急処置は行なったにもかかわらず、苦痛の表情で右肩を左手で必死に押さえている。
そこに不敵な笑いを上げるとともに、黒ずくめの女暗殺者・蜂須賀が姿を見せた。
みじめに苦しんでいる禍津を見つけると、黒いマスクだけを外して裂けたような口で笑顔を作る。
サングラス越しに蜂蜜色の目も不気味に光った。
「
「あぁ~、アデリーンが止めてくれなかったら危なかったよねえ~。つっても、かれこれ10年は殺し屋やってるワタシとしては今更な話だが? また人を殺してしまうところだった。彼女には足を向けて寝られないな」
気だるそうにおどけて、やけに穏やかな口調で禍津をなだめるように蜂須賀が今日の出来事を振り返る。
「No.0をその名で呼ぶな。ヤツは人間などではない。人間もどきのバケモノ……最強最悪の不死身の生物兵器となるべき女だったのだぞ」
「ハァ~~? アデリーンはアデリーンだろうが。ワタシはワタシだし、彼女も彼女だ。それの何がいけないって言うの?」
「おい。すっとぼけてないで、俺の質問に答えろッ! 俺が首を絞めてやったあの
「……うぇ~? ワタシが記者さん? 何のことかなあ?」
「ヘリックスにおいて反逆はほんの少しでも重罪だぞ、わかっているのか!?」
「そんなことワタシが知るかよ」
急に起き上がった禍津から詰め寄られた時、おおらかだった蜂須賀もまた突然に態度を一変させて、殺し屋らしい冷徹な声色と表情ですごんだ。
すぐにでも禍津を刺し殺すか、眉間や左胸を撃って風穴でも開けるか、そのくらいは平然とやりそうであった。
「二言め、三言めには、組織が~! 忠誠が~! 我々が~! 不要な人類は滅亡だ~! って、うるさいんだよ――。ダメじゃないか~。そんな調子じゃあ、マガっさんさあ。お前……友達もカノジョもいないだろう?」
胸倉をつかんで顔を近付けて、彼女は禍津をその目力でにらむ。
彼の極端かつ狂った選民思想にはまるで共感も賛同もできなかったし、心底うんざりしていた蜂須賀は彼をねっとりとなじり、その途中で流れるように冷徹だった表情を意地の悪い笑顔に変えて、禍津を最も傷付きそうな言葉を選んだうえで煽った。
「うッ……!?」
「おや。青ざめたな、マガっさん。図星だろ? ズバリ当ててしまったか………………なぁあああああああああああああ~~~~!? うぇ~~へへへへへへへへはははははははははははははははははははァ~~~~~~~~~!!」
言いたい放題でゴキゲンな蜂須賀は、腹を抱えて狂ったような声で高笑いを上げる。
――ここまでの一連の彼女の行動や言動は、まるで禍津に対して
「蜂須賀ァ! いい加減にドッッッッップ!?」
舌打ちされると、禍津はまた蜂須賀から下腹部を殴られてしまった。
更に首筋へ手刀もぶちかまされて、冷えた床にゴロゴロ転がされる。
「ワタシは絶対に死なないあの子を殺すことに命と誇りを懸けてるんだ。お前らに雇われた以上は最低限、筋は通してやるつもりだが、死にたくないならワタシの邪魔をするな――!」
そう宣言して、蜂須賀はボロボロになった禍津を置いてこの廃墟ビルから去って行った。
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