FILE023:【それ】をかけられたら、終わり。


 屋敷のロビーにてスラッグガイストと化した値張はとくに何もすることなく、のん気にソファーに座り込んでいた。

 かなりの数の戦闘員たちを戦わせたので、あれだけいたらさすがに戦意を失くすだろう、と考えていたからだ。


「ふ、フンッ。逃げ出すとは、口ほどにも無い娘っ子だ。またあとでゆっくりドロドロのグチョグチョにしてやろう……」


 などと、その気になったのが間違いだということにスラッグガイスト/値張が気付くのは、この後になってからの話である。

 ほどなくして、銃声とともに残った戦闘員シリコニアンたちを蹴散らしながらホーネットガイストがやってくる。

 武器を持ち替えたらしく、右手に十字剣バズソード、左手にジングバズショットを握っている。

 首の傾け方からは、身の毛もよだつほどの狂気を感じさせられた。


「げっ! き、貴様はヘリックスから派遣された殺し屋! 何をするだァーッ!?」


「しゃべんなナメクジ野郎。くっせー息も吐くな」


 気だるく、イラついた様子でスラッグガイストに発砲し、更に斬りかかる。

 その勢いは1階ロビーから直接つながる食堂にまで及び、そこで茶を飲んでリラックスしていたスーツ姿の青年、ドリュー・デリンジャーをも驚かせた。

 以前売り込みに来たときはあれだけ文句を垂れていたのに、アフターケアのためにわざわざ足を運んだのだ。

 仕事でなければここには来ていなかったというのに。


「ヘードローッ!?」


「え!? えーっ!?」


 食堂のドアをぶち壊してナメクジの怪人が突然入ってきた上、ホーネットガイストがそれを追って来たとなれば――激しく狼狽するには理由が十分すぎた。


「は、蜂須賀、お前何のマネだ! 裏切ったらタダじゃおか……」


「うっさいバーカ! よわよわコウモリッ!」


 立ち上がって抗議したデリンジャーだが、発砲されて持っていたティーカップを壊され、黙らされる。

 呆気に取られてマヌケな顔をしつつも、コウモリのジーンスフィアを取り出し、これで変身して反撃――に出ようとしたものの、ホーネットこと【黄金のスズメバチ】からの圧にビビって結局その場から逃げ出す。

 ――なんと情けない男だろうか。


「うわあああ! し、死にたくない! ぼくまだ死にたくないんだよオオオ――――ッ!?」


「こ、これ、デリンジャー君! 私を見捨てるのかね! 聞いとるのかね! デリンジャー君!!」


 こうしてデリンジャーは大慌てで逃走。

 途中で何度かコケてしまったがそのまま、この屋敷から抜け出してしまった。

 戦闘員は全滅し、デリンジャーはご覧の有様であり、もはやスラッグガイスト=値張に味方は1人もいない。


「ふへへへへははははははは~~~~~~ッ! 裏切って悪かったね、大地主のオッサンよ。ワタシね、暗殺者である以前に1人の女なワケよ。あんたみたいな女の敵はぁ……大ッッッッッッッッキライなんだわ」


 両腕を広げて、ホーネットが高笑いを上げつつ語る。

 冗談混じりだが割とマジギレしており、その証拠に声にドスを利かせていた。


「生意気な! ヘドローッ!」


「わッ汚ねッ」


 逆ギレしたスラッグガイストからの攻撃を躱すと、軽口を叩きながらジングバズショットの引鉄を引いて撃つ。

 一応毒素を含まないビームだがダメージは大きく、爆発して廊下に飛び出した。


「お待たせッ」


 ――そして、青いメタル・コンバットスーツを燦然と輝かせ、マフラーをなびかせてアデリーンが戻ってきた!

 蜂須賀とともに廊下に出た彼女は、スラッグガイストにアイスビームを撃ち込んで足元を凍らせ、動きを封じる。


「なにい!? に、逃げたんじゃなかったのか!?」


「あなたが監禁していたレミちゃんたちは、まるっと全員! 解放したし、安全なところへ逃がしたわ。終わりよネバリさん」


 青いビームソード・ブリザードエッジの先端を向けて、アデリーンは啖呵を切る。

 事実上の死刑宣告だ。

 もっとも、今のアデリーンにはスラッグの命を奪う気など毛頭無いが。

 敵を叩き斬ると、一緒に氷を割って無理矢理起こす。

 そこにホーネット=蜂須賀が割り込んで、バズソードを激しく振り回して追撃してスラッグを後ずさりさせた。

 そのスラッグは上半身を振って分泌した粘液を周りにまき散らし、地団駄を踏んで怒り出した。


「な、ナメるな! この女狐どもめーッ! ヘドロドロドロドロドロ!!」


 体当たりしてきたところを避けて、2人同時にキックをかましてスラッグを蹴っ飛ばす。

 壁をぶち抜いて屋敷内から中庭へ移動すると更にキックを連続で叩き込み、スラッグを悶絶させた。


「ドロドロネバネバーッ!」


 地べたへ落とされ、スラッグガイストが怒りながら粘液を撒き散らす。

 しかし、避けられたり凍らされたりしたため、まるで効き目がない。

 どころか、アイスビームや銃弾による反撃をモロに受けて奇声を上げる。


「お、おのれ~~! ヘードローッッッ」


 いよいよ後がなくなったスラッグガイストは、どこからか蛮刀と盾を持ち出して振り回し始める。

 しかし、力任せに振り回すだけでは意味が無いし、そもそも効かない。

 盾もまともに使いこなせてはいないときている。

 2人には攻撃は弾かれた上、アデリーンのアイスビームによってまた体が凍らされて動けない!

 更に彼女が地面から発生させたツララにより、宙に打ち上げられてからまた地面に叩きつけられる。


「ついでにこれ・・も受けてみなさい!」


「え? ……はーっ、なるほど!」


 唐突にアデリーンが取り出した【それ】を見て、蜂須賀はそのトンチキぶりに一瞬驚くも納得する。

 なぜならそれは、ナメクジには効果抜群の――塩だったからだ。


「天から……お塩!」


「ヘドロドロドロ! ミドロドロドロ!? しょっぱい! か、体が溶ける! 溶けてしまう~~~~~~~~~~~~~~~ッ」


 SALT

 【それ】をかけられたら、終わり。

 アデリーンによってたっぷりと塩をお見舞いされたスラッグガイストの体が蒸発し出し、ひどく弱った。

 これでは力が出ないし、もう相手をドロドロで動けなくするだけの粘液も出せそうにない。


「しわくちゃになってしもうたわい!」


「そうかい、楽にしてやるよぉ~。【デストロイドバレッジ】……」


 ――勝機だ。

 凶悪なスズメバチの顔を模した冷たい仮面の下で笑う蜂須賀は、ジングバズショットからビームと実弾を乱射して大爆破。

 これが彼女の必殺技・デストロイドバレッジである。

 スラッグガイストはもう瀕死でフラフラだ!


「女の敵に容赦はしない! フリージングストラッシュ!」


「ヘドロドロドロ、ミドロドロドロ! ヘードロオオオオオォオオオオォォォ~~~~~~~~~ッ」


 周囲に吹雪いて渦巻くほどの冷凍エネルギーをまとう必殺剣が既に体が焼け爛れたスラッグガイストに炸裂し、凍ってから爆発四散!

 その爆炎も猛烈な吹雪によって瞬間的に冷却・鎮圧される。

 アデリーンはそれを背後に残心していた。

 そして、速やかに自身のシンボルマークであるティアラと雪の結晶が描かれたカードに、敵の罪状を書き記して投げた。

 「ぐえっ」と、すっかりズタボロになった値張の頭にそのカードが刺さるが、もちろん死には至らない。


【この者、婦女誘拐監禁犯人!】


 【氷晶】を解除して一息つくアデリーン。

 しかし同じく変身を解除したホーネット=蜂須賀が、狂気の笑いとともにジングバズショットをアデリーンの後頭部に突きつける――。


「うふふふふへへへへへへへははははははははぁ――――ッ! 戦いが終わったあとって、一番油断しちゃうんだよねぇ~~~~……」

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