FILE022:体温は下がり、薄い本は厚くなる。


 アデリーンが連行された地主の屋敷の中は西洋風でそれなりに豪華だったが、それ以上に飾りつけでゴテゴテしており、全体的に悪趣味な内装となっていた。

 ひょっとしなくても、持ち主の人間性が反映されているのかもしれない。

 どちらにしてもアデリーンにとっては居心地が悪く、露骨に表情に出てしまったほどだ。


「値張さん! お屋敷の周りをウロウロしてた怪しい女を捕らえました!」


 ボディガードに化けたシリコニアンが値張の部屋にアデリーンを連れ込んで、そう報告する。

 立派なウッドデスクに座って葉巻を吸っていた、いかにもな成金趣味の服装の男にしてこの屋敷のあるじ・値張が振り向く。

 灰皿に葉巻を置くと立ち上がり、眉を吊り上げつつアデリーンに接近。


「なーにー!? ほう……顔を見せい!」


 値張からにらまれても臆しないアデリーンは、言われるがままにサングラスだけ外す。

 美しい青色の瞳がのぞいて、値張を驚かせる。

 内面の醜さが顔に表れていたことに加え、鼻の下まで伸ばしていて気持ち悪かったので、アデリーンは少し萎えていた。


「お、おお……なんと……! なかなか、マブいお嬢さんじゃないか。客室へご案内して差し上げろ」


 値張のボディガードが彼女をロープで拘束したまま客室のうちの1つへ連れ込もうとするが、値張から葉巻を突きつけられる形で止められる。

 火がついたままだったため、苦悶するほど熱かったようだ。

 敵とはいえ、アデリーンは少し不憫に思った。


「チミ、チミ。そこじゃなくてだね。こっち」


 不気味に微笑んでいる値張土筆造のその言葉に加え、ボディガードが平謝りしたのを見て、アデリーンがますます不審に思う。

 すると連れて行かれた先は――年齢問わず、大人数の若い女性たちが閉じ込められた倉庫。

 しかも粘液で拘束されている異様な光景だ。

 その中にはアデリーンが知っている顔ぶれも少なからずいた。


「れ、レミちゃん。ホナミちゃん。チトセちゃん……! やっぱりあなたの仕業だったのね!?」


 アデリーンが唇を噛みしめ、上目遣いで値張をにらむ。

 言うまでもなく、怒りの矛先を向けたのだ。


「ぐっふっふっふっ……」


 ≪スラッグ!≫


 汚らしく笑って、値張がナメクジのマークが描かれたジーンスフィアを取り出してねじる。

 英語の電子音声が鳴ると同時に、値張の姿があっという間にナメクジのようなモンスターへと変わった。

 これまた汚らしい茶色とどぎついピンクの体で、むき出しの内部部品がうるさく起動し、ランプとなっている両目が不気味に発光する。

 吐き気をもよおすほどグロテスクだった。


「ヘードロオオオオォォオオオォォォー!」


「うわッ」


 こうしてスラッグガイストに変身した値張は、手をワキワキと気持ち悪く動かしてアデリーンに近寄る。

 歯茎がむき出しとなっている口から唾を垂らしており、下品なこと極まりない。

 嫌悪感を抱き、向けるには十分すぎた。


「これでチミも一緒だなぁ……」


「なんですって……?」


「チミも彼女たちの仲間に入れてやると言ってるんだよぉ! ヘドロドロドロ! ミドロドロドロ! ドロドロ、ミドロガ、ヌマーッ!」


「うあっ!? その響き、デカいコイン取るのに何度やり直したか……」


 奇声を上げたスラッグガイストが口からピンク色の粘液を吐き出し、アデリーンにありったけぶちまけた。

 しかも固まったので文字通り手も足も出ず、黙って見ていることしかできない。


「……それはおいといて、お断りよ。あなたを懲らしめて、彼女たち・・・・も全員無事に救出させてもらう!」


「あ……アデリーンちゃん……」


 かろうじて首は動かせる。

 叫んだあと、すぐ隣にいた黒髪ショートヘアーの少女・レミに視線をやり、微笑みかけて、彼女だけでなく他の捕まった女性たちを少しでも安心させる。

 こんな状況だからこそ出来るアデリーンなりの気配りである。


「それは出来んなあ! スラッグガイストに変身した私は無敵なんだからなあ!! そしてチミたちはここで私とともに、幸せに暮らすのだ。それしか道は無いんだよお。ぐへへへへ、げへ。げへへへへへ」


「……そうかしら?」


 ――先ほどから一転して笑ったアデリーンは、粘液を瞬間的に凍結させて拘束を解く!

 立ち上がった彼女は右の手のひらを天井に向かって突き上げると、こう叫んだ。

 その時、レミをはじめとする女たちはいっせいに注目し出した。

 それは、救いを求める本能からの行動だったのだろうか。


「【氷晶】!」


 アデリーンが氷晶するまでの時間はわずか0.5秒に過ぎない。

 変身プロセスも速やかに終えたアデリーンはポーズを決めて、敵を後ずさりさせる。

 自身の背後で助けを求める囚われの女たちには希望をもたらし、今まさに目の前の邪悪に立ち向かわんとしていた。


「な、なに~~~~~~~~~~~ッ!! そんなバカな!!」


「――私は零華の戦姫・アブソリュートゼロ! 何を血迷う、ツクゾー・ネバリ。愛ある限り私は戦う」


 あまりに大げさなので演技風にも見ることができたが、値張――スラッグガイストは少なくとも本気で驚愕していた。

 まさか一目見て気に入った金髪の美女が巷で話題のヒーロー・アブソリュートゼロだったとは、ひとかけらも予想していなかったらしい。


「ええい、せっかくのマブい女だ! 逃がすなかかれーッ! ヘードローッ!」


「グルグル! グルッ!」


 スラッグガイストから呼ばれて、突如現れた戦闘員シリコニアンが襲いかかる中、アデリーンは彼らに応戦しながら倉庫の壁を破壊し、室内で吹雪を起こして粘液だけを乾燥・凍結させて砕いた。

 その吹雪でシリコニアンたちにも大打撃を与えてレミを含む女の子たちを解放すると、壁に開けた穴から逃がすことを試みる。


「早く逃げて!」


 レミやホナミたちを逃がしつつ守りながら、アデリーンは屋敷の中や外を縦横無尽に行き来して、戦闘員たちと乱闘を繰り広げる。

 ――その戦いぶりを廊下の2階部分から、黒いフードを被って黒いサングラスで目を隠し、黒いマスクで口元を覆う。

 彼女こそは日本で最も金のかかる殺し屋・ホーネットこと、【黄金のスズメバチ】・本名は蜂須賀である。


「おー、やってるやってる。危なっかしいことしちゃってさあ……【滅殺めっさつ】!」


 ≪ホーネット! ホッ、ホッ、ホーネット!!≫


 黒尽くめの彼女・蜂須賀はスズメバチの紋章が描かれたジーンスフィアを、右腕に装備した変身ブレスレットの空きスロットへとはめ込み、スフィアを左手で回す。

 そして、右手に握った専用の銃型デバイスを構えて、かけ声とともに引鉄を引くと紫色と黄色のエネルギーに包まれて、スズメバチのような上級の怪人・ホーネットガイストへと変身。

 その強化スーツに近しい機械的な姿となった彼女は、戦闘員シリコニアンたちが大挙してる中に飛来し、アデリーンのすぐそばに着地する。この状況で余裕も自信もたっぷりに仰々しい動作を見せ、周囲を翻弄した。


「ホーネットガイストまで!?」


「うぇぇふへへへへはははははははは~~! 今日こそお前を殺すッ!」


 戦闘員たちや逃げている途中のレミたちが見ている中、蜂須賀がメタル・コンバットスーツを装着したアデリーンのこめかみに銃型デバイス・ジングバズショットを突きつけ、不敵に笑う。

 彼女が絶対に死なないとわかっていて・・・・・・、その上で抹殺することに命を懸けているのだ。


「……と言いたいところだが? 寄ってたかって、弱い者いじめをするようなのは好きじゃないんだわ」


「【黄金のスズメバチ】!? 貴様、我々を裏切るつも……グルーッ!?」


 ため息をついて、裏拳でシリコニアンを爆殺する。

 行動に移すまで何の躊躇も無く、アデリーンやレミたちはもちろん、残りのシリコニアンたちをも驚かせた。


「助けてやるよアブソリュートゼロ! ……今回だけねっ」


「礼を言うわ、スズメバチさん。今回だけよ?」


「バカ言ってんじゃないよ。ほら、行くぞ」


 ここは争うのではなく一時休戦して共闘することに決めた、ヒーロー・アブソリュートゼロとダークヒーロー・ホーネット。ブリザラスターとジングバズショットを撃って、簡素な見た目の戦闘員シリコニアンたちをあらかた殲滅した後、残った2体をそれぞれパンチ・キックや専用の十字剣で撃破。


「一時休戦するからには、あなたにも手伝ってほしいことがあります」


「わかってるよお~、人助けだろ? 悪くないねえ……」


 そして――相談し合った結果、ホーネットがまだ屋敷の中にいるスラッグを追撃し、アデリーンがレミたちをこの屋敷から全員無事に脱出させるため護衛を続けることになった。

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