FILE020:それってホントですか?


 ブリザーディアは使わず、出かけた先の商店街をぶらぶらと見て回るアデリーンだったが、そこで八百屋のオヤジと目が合う。

 ほうれい線が入っているようなそこそこいい歳で、体格はがっしりと頼りがいがあって強そうな雰囲気を醸し出す。

 気さくそうなオヤジだ。

 すぐ隣にはそのオヤジの妻がおり、こちらは典型的な街のおばちゃんだ。

 頭にはパーマをかけているし、ふっくらとしていて気前の良い女性であることを伺わせる。


「お~クラリティアナさんとこのお嬢さんかい! 最近帰ってないって聞いたから心配してたんだよーっ」


「えー! 私なら大丈夫ですよ! アハハ……」


 まずはお互い笑ってあいさつ。

 彼らはもちろん、ほかの商店街の住民と同様にアデリーンやクラリティアナ家とは顔なじみだ。

 良くおまけしてもらっていた。


「最近謎のネバネバが出るってニュースで言われてたでしょー。アデリーンちゃんとこは大丈夫だった?」


「私ならご覧の通り! けど、なんでですか?」


「それがねー、最近若い子ばかり・・・・・・急にいなくなってるって……」


 八百屋の奥さんから話を聞いている最中、聞き逃せない情報が入ってきた。

 ニュータイプに目覚めた――わけではないが、アデリーンの頭脳に閃光がほとばしる。

 しかしそう・・と断定するにはまだ早い!


「……おばさん! それってホントですか?」


「そうなのよー。たとえば隣町のコトノさんとこのレミちゃんとかね、捜索願まで出してるんだって……アデリーンちゃんも充分気をつけるんだよ」


「レミちゃんが!? やっぱり他人事じゃないですよね、気を付けます……! ありがとうございました!!」


「またね、自分の身ぐらい自分で守るんだよ!」


 そうしてアデリーンは手を振って八百屋の夫婦と別れ、散歩を再開。

 現実から目を背けるわけではないが、この際ネバネバ事件のことは頭の片隅にでもやっておこう、と、彼女は考えた。


「おや」


 次に目があったのは魚屋の大将だ。

 豪快で気は優しくて力持ちであり、かわいい娘と美しい妻に支えられながら日々を送っている。

 八百屋のオヤジよりは若いが、それでも中年のオヤジである。


「帰ってたのかいアデリーンちゃん! 相変わらずべっぴんさんだなー、おいッ! ガハハハ!」


「もー、お世辞はいいですから!」


「お世辞じゃねーってばよ! ガハハハ!」


 照れ笑いして、魚屋の大将に言葉を返し盛り上がり出す。


「そんなべっぴんさんにオレからのお願いだ! マジにネバネバ粘液にゃ気をつけろよ、それが出たときは年齢問わず女の子ばかりが急にどっかに消えてるってウワサだ」


「ネバネバって、今朝ニュースにもなってたアレですね!」


「なんでも、東京どころか、神奈川とかにまで被害が出てるって話らしいぜ。アデリーンちゃんはとびきり美人さんだからな、くれぐれも気をつけとくれ」


「あ……ありがとう、ございます……」


 しばらく大将と世間話をしていたのだが、やはり例の事件の話題が飛び出し、せっかく楽しく盛り上がっていたところを引き戻されてしまった。

 「お世辞はいいってば……」と、ボヤいて彼女は魚屋を後にする。


「行方不明事件のことは知ってたかい? ピンクのネバネバと何の関係があるんだろうねー……」


「怖いですよねー……。お互い注意しましょう!」


 今度は、タバコ屋をやっている老婆と出くわす。

 もちろんこの老婆とも知り合いであり、このあと長話に付き合わされたのだった。

 その内容は愚痴が5割、孫娘の旦那に関する愚痴が3割、その他が2割――だった。


「あっちに行ってもネバネバ。こっちに行ってもネバネバ。ネバネバとネバネバで持ちっきり。ん~~~~~~~~~~~~! これじゃちっとも気分転換にならないわ。全部ネバネバのせいだ」


 結局、あれから行く先々で事件の話ばかり聞かされたため、公園のベンチでいったん休憩に入ったアデリーンは愚痴をこぼし、がっくりと落ち込んでいた。

 このモヤモヤを吹っ飛ばしてやりたい。

 喉も乾いたし、こういう時は――炭酸飲料でも飲むのが一番だ。

 行動も決断も早い彼女はコンビニへ赴いて、ペットボトル入りのコーラを購入。

 同じ公園のベンチに戻って座り込み、フタを開けた。

 当然中身が漏れないように調整してからだ。


「ぷはーっ!」


 ――やはり炭酸飲料は良い。

 スカッとする。

 満面の笑みを浮かべると、彼女は一瞬空を見上げて感傷に浸る。

 至って快晴だ。


「……帰りますか!」


 澄み渡る青空のように気持ちもリフレッシュしたところで、アデリーンは帰宅する。

 ただ、街の人々から聞いた話はすべて伝えておいたほうがいいだろうと判断し、両親に打ち明けた。


「なにイ!? 隣町のコトノさんとこのレミちゃんがいなくなった!?」


「レミちゃんだけじゃありません、アキコさんとこのホナミちゃんや、ご近所さんのご近所さんのそのまたご近所さんのチトセさんまで……!」


 アデリーンが険しい顔をして報告している中、またまたアロンソが驚くあまり目を丸くして大声で叫んでしまう。

 マーサを驚かせてしまったため、咳払いしていったんクールダウンした。


「私、まさかそんなわけ……とは思ってたんだよね。けど現実になってしまいました」


 ここで彼女が抱いていた疑念が確信に変わる。

 そう、ヤツら・・・がまた何かしたということに感付いたのだ。


「ヘリックスの仕業だ……!!」


「ああ……なんて恐ろしいの」


 アロンソが頭を片手で抱えてあの秘密結社の名を口に出し、マーサは現状を憂いてうなだれる。

 早いところ、なんとかして解決したいアデリーンだったが、ここで慌てたところでどうにもならない。

 まずは心を落ち着かせてからだ。

 それから自分が今できることをやろう。

 ――というわけで、愛機であるブリザーディアを洗車することに決めた。


「ここんところずっと無理させちゃって。ごめんね」


 青と白の車体に洗剤をかけてからホースで水を思い切りぶっかけて、洗浄。

 その前にタイヤに異物が挟まっていないかなどもチェックしたが、とくに問題は無かった。

 そしてタオルでしっかりと拭き取る。

 ここまでいたわるのは、ブリザーディアが単なる移動手段ではなく、大切なパートナーだからだ。


「……ヨシ!」


 汗を拭き、意気込むと同時にアデリーンは微笑む。

 一点の曇りもその表情には見られなかった。

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