【第4話】粘つく!スラッグ御殿
FILE018:クラリティアナ・チルドレン
ある夜遅くのこと。
1人の女子高生が私服で出歩いている。
家出したのか、不良なのか――。
周りが何と言おうと「知ったこっちゃない」とでも言いたげな、ふてくされた顔をして歩きながらスマートフォンを操作してもいて、街灯の下でいったん立ち止まったその時だった。
――急に空気が
こんな時間に誰か打ち水をやったわけでもないのに、いったいなぜ? ざわついた女子高生が困った顔をして髪を触った次の瞬間――。
「ヘードローッ!」
「キャーッ! ば、ばけものーッ!?」
背後の暗がりから、奇声を上げて怪物が迫る。
振り向いた女子高生は、思わず悲鳴を上げた。
ナメクジのような不気味なその怪物は2足歩行で、内部部品――つまり機械で出来た内臓が露出していて、ほかにも機械化された部位で構成されていることから、サイボーグであることは火を見るより明らか。
「ヘドロー……」
ナメクジのようなモンスターが全身から汚らしいピンク色の粘液を飛ばす。
そのせいで固められた女子高生は身動きが取れず、ナメクジの怪人に接近されるのを許してしまう。
――危ない構図である。
見ていられない!
「ぐへへへへへ、ダメじゃないかチミ……。いい子なんだから、大人しくするんだあああ……ヘドロドロドローッ!」
中年男性の声でしゃべると、そのナメクジ怪人は女子高生をまんまとさらった。
現場に女子高生の持っていたスマートフォンを残して。
◆◆
同様の事件はこれだけではなく、翌朝、都内のあちこちで謎のピンクのネバネバ粘液の痕跡が目撃された。
更に神奈川にもネバネバの魔の手はおよんだらしく――。
「あちゃー。ゆゆしき事態だね、これは……」
神奈川県内のとある街にて。
警官や野次馬に混じって、謎のネバネバ粘液だらけになった一帯を見て頭を抱えているのは、フリーのジャーナリストを自称する――ミヅキだ。
相変わらずバンギャル風の黒いコートを愛用している様子。
「ちゅうか、何よアレ! 見るからに気色悪いし! いったい誰がやったのか……」
「記者の姉ちゃんよー、それが分かったらこんなに張り込まないって!」
「そっすね。サーセンした!」
独り言を口にしてツッコまれてしまい、平謝りするミヅキ。
それにしてもあのネバネバした粘液は見てるだけで吐き気がするし、目がクラクラする。
いつまでこんな不快な思いをしなくてはならないのか?
一刻も早く事件解決に向けて収束してほしいと願うミヅキだった。
(それでもアブソリュートゼロなら……。アブソリュートゼロなら、なんとかしてくれるっ)
◆◆◆◆◆◆
その頃、打って変わって平和そうなクラリティアナ家。
モダンな外見をした立派なその家は2階建てで、1階にはリビングや書斎、2階には夫婦の部屋と娘――アデリーンの部屋が点在している。
そのアデリーンは部屋のベッドの上で思いっきり寝転がっている。
クールに振る舞っている分、プライベートでは我慢していたものを解放するのが彼女の主義だ。
全体的にクールな雰囲気ながらも小物やぬいぐるみがバランスよく並べられ、飾られており、かわいらしい部屋だ。
大きくあくびした後、彼女は起床して伸びをする。
カーテンもめくって朝陽をその身にたっぷり浴びた。
「父さん、母さん、おはようございます……ふあ~~~~」
ゆっくり2階からリビングへと降りてきた彼女は、まだあくびが出てしまう。
睡眠自体は十分にとったが、寝ても寝足りないといったところか。
なお、朝食の準備は既に終わっていたようである。
「おはようアデリーン、よく眠れたみたいで何よりだ」
彼は養父の【アロンソ・クラリティアナ】。
さわやかながらも落ち着いた性格と物腰で、無精ヒゲがとってもダンディだ。
一家の大黒柱であり身長も一番高い。
夫婦そろって博士号を取るほどの天才である。
茶髪で瞳は緑色だ。
「せっかく帰ってきたんだし、今日くらいはゆっくりしていきなさい」
彼女は養母である【マーサ・クラリティアナ】。
ご近所さんも一目置くほどの若々しさとおしとやかさを持ち、その美貌は夫と娘にとっての自慢で実年齢を感じさせないほど。
今で言うところの――美魔女!
更に相応の器量も持っているときた。
金髪で蒼眼である。
「お前から小百合さんに会ったと聞いた時は、もう、何と言ったらいいか……」
「小百合ちゃんとは、お互いのことを考えて離れたきり一度も会ってなかったものね。連絡も取り合ってなかったから、余計に安否が気になっちゃって……」
「話を聞く限りでは、変わりないようで本当に良かった……!」
「それね、私も心からそう思ったのです」
起きて早速、小百合の話題で持ちきり。
元々小百合とは交友関係があり、加えて小百合は夫である紅一郎に先立たれている。
クリスティアナ夫婦はそれだけずっと、彼女のことを気にかけていたというわけだ。
彼女の身に何かあったら――と不安に思っていたのは、アデリーンも同じだった。
「あの日、コウイチロウ父さんから写真を託された時からずっと、リュウヘイやアヤメお姉さんのこと探してたんですよ。そのリュウヘイに会えたときはアヤメお姉さんにだって会えるはずだと、そう思ったらホントに会うことができて……」
改めて綾女に会えて嬉しかったことを話すアデリーンは、その目に涙を浮かべる。
決してあくびをしてばかりだったからではない、綾女と顔を合わせることが出来て感動したからに他ならない。
「もう、感無量ですよ」
「僕たちも大きくなった綾女ちゃんや竜平くんに会いたいくらいだ。だが紅一郎とは、ああいう約束をしたからな……」
「あなた、この際固いことは抜きにしない? もう少し落ち着いてからでいいから一度顔を見せに行きましょ」
「え……ああ、うん。マーサ、お前がそう言うなら……」
会いに行きたいが、おいそれと行けない理由は1つ。
クリスティアナ家もヘリックスから狙われており、敵方を刺激してしまいかねないし、何より浦和家がまた危険にさらされることになるからだ。
「おほん! アデリーン、僕らからひとつ言わせてくれないか」
養父のその言葉にアデリーンが頷く。
嬉し涙は、ちり紙で拭いてあった。
「ウチにも、小百合ちゃんちにも、遠慮せず寄ってくれていいんだぞ。お前には家族がたくさんいるし、決してひとりぼっちではないんだからね。わかった?」
「はい!」
それは、1人で背負い込んでしまいがちなアデリーンへの、義父・アロンソからのたっての願いである。
無理をしてほしくないという思いがそこにあった。
「よろしい! さ、そろそろ食べましょ。朝ご飯が冷めちゃうわよ」
夫と同じことを考えていたマーサが、心から安心した様子で言う。
そして改めて、久しぶりに家族そろって食卓を囲み、手を合わせて――。
「いただきます」
彼ら家族は紛れもなく外国人だし、カトラリーを使って食べる――のだが、【郷に入れば郷に従え】、である。
それぞれ利き手に箸を持って食べ始めた。
ちなみに洋食であり、目玉焼きに野菜サラダ、ウインナー、パンといった朝の定番メニューだ。
「……うーん! おいし~!」
浦和家に宿泊したときと同じで、クールな彼女も家族団らんの時くらい羽目を外すし、満面の笑みだってたたえる。
人間とは多面性の生き物であり、人造人間とてそれは例外ではない。
「ホント、昔っからアデリーンは食べるのが好きだったよなあ。今もこんな感じだからね」
「ええ、どんなお料理も私にはないものがありますから。おいしさは正義なんです」
「そう言ってもらえてお母さんも嬉しい!」
懐かしむアロンソ、力説するアデリーン、お世辞でも褒めてもらえて光栄に思うマーサ。
そんな風に談笑するクラリティアナ一家の姿は、とても辛いものを背負って生きているようには見えない。
まぎれもなく平和な日々を謳歌する家庭のそれだった。
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