FILE017:ある1つの懸念


 その頃の浦和家――。

 アデリーンの言いつけを守っていた彼ら親子はとくに問題も起きず、まったりと平和を謳歌している真っ最中。


「心配事はたくさんあったけど、あれから何も起きてない。やっぱり安全第一よねーっ」


 綾女と竜平にそう語ったのはこの一家を切り盛りする小百合だ。

 談笑していたところ、彼女のスマートフォンに電話がかかってくる。

 アデリーンからだ。

 もちろん、持ち主である小百合が出る。


「はい! ……おー、アデリーンちゃんじゃない。追っ手をやっつけてくれたのね、ありがとう! またウチに遊びに来てくれてもいいんだから、遠慮はしないでね? それじゃ」


 状況を報告してもらったことに加え、何よりアデリーンの元気そうな声を聞けたので小百合は大いに喜ぶ。

 いい知らせだったことも大きい。

 また遊びに来てほしいと約束を交わしたところで、通話は終わった。

 ちょっと口元を緩ませて、小百合は子どもたちに顔を向ける。


「アデリンさん元気そうだった?」


「まあね」


「よかった~!」


 小百合からのその返事に綾女はうきうきして笑った。

 彼女はもう、アデリーンに対してぞっこんだ。

 友であり、義理の姉妹に当たるのなら、こうして繋がっていられる喜びは計り知れない。


「あの子がまた来てくれた時に備えて、もっとおいしいもの作れるようにしとかないとねーっ」


 小百合も、腕にりをかけて手料理をごちそうしてやりたいと誓った。

 「やったー」「ゴチになります」、と、竜平と綾女を沸かせて、小百合はまたニッコリだ。



 ◆◆そのアデリーンは……◆◆



 小百合と通話を終えてからアデリーンは何をしていたかというと、戦いを終えたし、あれから異変も起きていなかったのでオフを過ごすことに決めた。

 ぶらりと街を散策して、小腹が空いたら流行のスイーツなどを食べて回り、満足だ。そして日も暮れてきたので、今晩泊まるホテルに入った。


「あー! 疲れた!」


 部屋に入ると上着はハンガーにかけたし、コートはハンガーにかけて、部屋着用のワンピースに着替えるとベッドの上で横になり、両腕を伸ばしていろいろ・・・・と解放する。

 人造人間という生まれではあるが、持ち合わせた素の感情は普通の人間とそう変わりは無い。

 ――よいものだ。


「サユリ母さんたちも無事だったし! あの人だけでも助けられたし……さて」


 寝転がって足をばたつかせながら、ここまでのことを少し振り返る。

 くよくよしない。

 しすぎないことが大事だ。

 ダムの作業員たちが犠牲となった中で、1人だけ守れたことは間違いなく救いとなっていたと言える。

 そのスタンスは紛れもなくヒーローのものに変わりない。

 たちまち回復すると、机に向かってノートパソコンを出して起動する。

 やることは、回収したスフィアの破片を使っての解析。


「チンピラが改造されたゼブラでしょ。それとライノセラス、ジャガー、トータス……。あいつらはヘリックスの構成員だったけど、念のため。またヒメちゃんに送らないとね。ホーネットガイストも載ってたかしら?」


 合計4体分の怪人のデータを入力・解析し終わってから、アデリーンはホーネットガイストもデータベースに載っていないか調べる。

 ――該当するデータがあった。

 しかし複数あり、それぞれ細部が異なっていたり、フォルム自体がまったく別物だったりもした。


「男性体、中性体、女性体……こんなにモデルが別れていたとは知らなかった。そういえばあのホーネットガイストはこの中でいう、中性体だったけど」


 アデリーンが引っかかっていたのは、データにあったホーネットガイストの姿は機械化・金属化されながらもどれも有機的なものだということ。

 あの女が変身していたほうのホーネットガイストは完全に機械化された、パワードスーツ的なボディを持っていたし、このデータベースに記載されているほうは、どれもあの女が使っていた【十字剣】や【銃】に関する記述が見られないし、その武器自体データベースに無い。


「【進化】している? いや、【進化】していたというのかしら……?」


 ――だとしたら危険すぎる。

 あの暗殺者に関しては早急に対処して、罪を償わせて――。

 止むを得ない時はそれこそ、殺してでも阻止しなくては。

 これ以上誰かが、彼女の凶行の犠牲となる前に。


「それもだけど気になるのはやはりホーネットガイストこいつに変身していた、あの女。いったい誰なのやら」


 彼女にはもう1つ気になっていたことがあったが、それについてはある1つの可能性が浮かび上がっていた。


「――まさか、ね?・・・・・ そんなわけ……」


 そうだ。

 たまたま雰囲気が似ていただけだ。

 たまたま口元が似ていただけだ。

 他人の空似であってほしい。

 それにたまたま――これ以上はキリが無い。

 やめておこう。

 しかし想定した限りでは、十分にありうる最悪の可能性。

 それが外れてほしいと彼女は切に願う。



 ◇◆



 時を同じくして、都内にある高層ビル。

 それは【エイドロン・コープ】という大企業の本社でもあった。

 その社長室の中に【彼女】――蜂須賀はいた。

 サングラスもマスクも外してはいたが、素顔はうかがえない。

 ――いつも見せている狂気の笑みも見られない。


「君は恐れているのか。死ぬことも老いることもない、あの女を」


 社長専用のデスクに腰かけて蜂須賀にそう訊ねたのは、無駄な贅肉1つない引き締まった体型で、自己防衛について語りそうなビジュアルのナイス・ミドルの男性。――この会社の社長であった。


「恐れる? ワタシがあの子を? ……ふへへへへははははははは」


 エイドロン・コープの社長からの問いに対し、顔を右手で覆いながら蜂須賀が笑う。

 そして黒いサングラスをかけ直した。


「まさか! 恐ろしいのは……ワタシ自身の二面性さ。あの子と友達になりたいワタシがいて、あの子を殺したいワタシもいる。それが怖いんですよ――。ふふふふふふへへへへへへははははははははははは、あーっはははははははははははははははッ!!」


 薄暗い社長室の中で、彼女の蜂蜜色の瞳がサングラス越しに妖しく輝いていた。



 ◆◆――そして夜が明けた。◆◆



 ホテルを発つとアデリーンは広い都内でバイクを乗り回し、その末に某所に点在するとある家へ着く。

 モダンな外見で比較的裕福そうな感じの家だ。

 すると、その家の敷地内に立ち入り専用バイクのブリザーディアを停める。

 勝手に入って勝手に駐車など許されない。

 が、バイクを停めていい理由があった。

 それは――。


……」


 自然と笑顔になった彼女は、インターホンを鳴らす。

 そして玄関へと上がる――。

 この家の住人の足音が、アデリーンには聴こえてくる。

 彼女とは親しい仲で、何より――親代わりになって育ててくれた者たちだ。


「ただいま。父さん、母さん」


 扉を開けてアデリーンを出迎えたのは、そろって優しくて穏やかな感じの夫婦。

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