FILE013:謎が謎呼ぶ大巨人

 その頃の、ある金持ちの屋敷にて。

 近郊の林でアデリーンとトータスガイストが交戦中に、デリンジャーがいかにもな悪人ヅラの男相手に交渉していた。

 デリンジャーがアタッシュケースから取り出して、金持ちの男に見せつけていたのは茶色の【ジーンスフィア】。

 おさらいしておくと、動植物ではなく、無機物や現象・概念のパワーを宿したものは、【マテリアルスフィア】と、そう呼ばれる。


「いかがです? この【ジーンスフィア】、たしかにナメクジの遺伝子と言うと聞こえは悪いですが。値張ねばり様がお持ちの、ドス黒い欲望を満たすにはピッタリかと思われます。決して安い買い物などではございません……!」


「ううむ……。しかしナメクジではちょっとなあ。ほかのではダメなのかね? 【シールド】とか、【ドーベルマン】とか、【パンダ】とか、【エレファント】とかその辺じゃあ」


「お言葉で・す・が! どの種類であろうとスフィアさえあれば、どなたでも神や悪魔に等しい力をですね……」


 巧みにセールストークを行い、うまいことナメクジのスフィアを押しつけようと企むデリンジャー。

 その時、部屋の窓越しにも見える、遠くのほうで起きた大爆発と、耳をつんざくほどの爆音。

 ――トータスガイストがアデリーンにやられたという証拠だ。


「え!? な、なに!? 何なの!? もう!!」


「今のは何だ! いったいどうなっとるのかね!」


 ビビってアタッシュケースを落としてしまったデリンジャーの足元に商品であるスフィアがビー玉のごとく散乱。

 その上、一方的に派手な装いの金持ち男・値張土筆造ねばり つくぞうからキレられてしまう。

 慌てて拾い上げるとすべてケースの中に戻し、ナメクジのスフィアだけは取り出した。


「そ、そんなことをわたくしめに言われましても……!!」


「わかった、もういい! このナメクジのジーンスフィアは買ってやる! 金もキチンと払ってやるから、とっとと出て行けドサンピン!」


「そんな、あんまりです!!」


 必死で抗議するも、「うるせえ! 中身のねーことばっかりベラベラくっちゃべりやがって! 金持って帰れ!」と、値張のボディガードからもきつく当たられ屋敷からつまみ出されてしまう。

 怪人・【バットガイスト】にでも変身して報復するべきところだったのだが、あいにくそういう度胸は彼にはなかった。

 知恵はあるが、シンプルに臆病者だったからだ。


「チクショ~~~~っ! あとで蜂須賀あたりにブッ殺させてやるからな! あの欲ボケオヤジめッ!!」


 起き上がって、スーツについた草や泥、ホコリを払い、苛立ちから髪の毛をかきむしる。

 商売自体は運良くうまく行ったものの、邪険に扱われた点には不満な様子を見せる。

 そして彼は、あくまでも自分の手は汚したくないスタンスのようだ。

 そうして、デリンジャーはずけずけと帰って行った。



 ◆◆◆◆



 一方その頃。

 トータスガイストを撃破するも、あと一歩というところで卑怯にも不意打ちされて取り逃がしてしまったアデリーンだったが、何か思うところがあったのか再び浦和家へと身を寄せていた。

 そこで、なぜ浦和家がトータスに襲われたのかを聞いていたのだ。


「【最終兵器】の【設計図】のありかを話せと、たしかにあのドンガメ男からそう言われたのですね?」


 浦和家のリビングにて。

 赤青のツートンカラーのジャケット姿のアデリーンが、早速訊ねて確認を取る。

 よほど頭に来ていたのか、なぜかトータスガイストことマツモトに対する風当たりが強かった。


「ええ。あの怪人、死に物狂いでその設計図のことを聞き出そうとしてきたのよ」


「それなら1つだけ、心当たりがあります」


「え?」


「あれは確か……。設計コンセプトがあまりにも恐ろしかったので、コウイチロウ父さん、つまりウラワ博士が開発を断わり、設計図を奪取して……、それでこの家に隠したんだと、かつて私に教えてくれました」


 アデリーンからの告白に、軽く衝撃を受ける小百合、綾女、竜平の3人。

 彼女は淹れてもらった紅茶を一口飲んでから、呼吸を整える。


「この家に? それでコンセントっていうのはどんな……」


「細かいですけど、コンセプトです。人間がわずかでも心に抱えた闇を急激に増幅させ、強制的に殺し合いをさせる征服装置にして、すべてを破壊する【】――と、コウイチロウ父さんはそう言っていました」


 それがヘリックスの者たちが言う【最終兵器】の全容だ。

 小百合たち家族が戦慄する中でアデリーンは深刻な表情のまま、話を続ける。


「その名も……、【ビッグガイスター】」


「何その、どっかの宇宙海賊みたいな……」


 「しーッ!」と、アデリーンが突然大げさなリアクションとともに竜平へ注意を行う。

 それには肩の力を抜いてほしい、という旨もあった。

 要は場の雰囲気を暗くしすぎないようにするための配慮だ。


「リュウヘイ、それ以上いけない! サンラ○ズさんが黙ってないわ!」


「いや何の話!?」


 アデリーン、咳払いして本題に戻る。

 竜平は驚いたままだし、綾女と小百合は首をかしげたままだ。

 深呼吸もした。


「それは置いといて。――いいですか! またあのカメ男か、その仲間の怪人が皆さんを狙ってくるかもしれません。不要不急の外出はお控えください。とくにリュウヘイは、登校以外でお外に出ちゃダメ!」


「う、うん」


「サユリお母さん! お隣さんが来ても出ないでください!! 敵の罠かもしれませんから!!」


「たしかに引っかかりそうだわ。気をつけるね……」


「アヤメお姉さん! 授業や講義以外で大学には行かないように! あなたにつけ込もうとする悪い男にも引っかからないように気をつけて!!」


「そ、そうね。そうする」


 守ってほしいお約束・・・が大げさな身振り手振りとセットになってしまったが、ともかくとして、アデリーンが皆の無事を願う気持ち自体は本物だ。

 誰一人として失いたくないのも。


「私からは以上です。それじゃ私、皆さんを狙う悪いヤツらを懲らしめてきます」


「待ってちょうだい!」


 立ち上がって、リビングから去ろうとするアデリーンを小百合が険しい顔をして呼び止めた。


「慌てて飛び出てもいいことないのよ。わたし、ごはん作るから食べて行きなさい! 力が出なくなっちゃうわよ!」


 冷静さを欠いていたことに気付いたアデリーンが振り向くと、今度は微笑む小百合の口から意外な言葉が飛び出す。

 「うんうん」「それがいい、そうしなさい」と竜平や綾女も頷いた。


「……喜んで!」


 アデリーンが笑顔で小百合からの厚意を受けたとき、皆が心の底から喜んだ。

 確かに使命は大事だが、だからと言って小百合からのせっかくの誘いを断るような、つまらない生き方は人間味に欠ける。

 それならやはり、みんなの笑顔が見たいし、そっちのほうが遥かにいい。

 ここはお言葉に甘えることにしたアデリーンなのだった。

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