FILE004:氷晶・アブソリュートゼロ

 サイの遺伝子を内包したスフィアを所有する黒服の男によって竜平はどこかの採石場へと拉致され、そこで螺旋状にHの字を描いたオブジェへと磔にされてしまっていた。

 既に何度も、死なない程度に暴行を受けた後だ。


「何も知らないって言ってんだろぉ! ナンバーなんちゃらがどうとか、改造実験がどうとか、なんちゃら細胞がどうとかなんて! グエッ!?」


 また1発、黒服からぶたれた。

 ジャブどころか右ストレートでだ。

 質問は既に尋問・・へ、その尋問も既に拷問・・へと変わっている。


「そうはいかん。お前が知っていることを洗いざらい教えてもらう」


「わかんねーヤツだな! オヤジが科学者として何を研究してたかなんて、詳しくは知らないし、細胞や兵器のあれこれも知らないし聞かされてない! 第一、あんたらが知らされてないことを、俺が知ってるわけないだろーが!」


 傷も痛々しく、片目をつむって苦しそうな竜平からの答えを聞くと、黒服の男・関根は薄ら笑いする。


「だろうなァ! しかしお前はそうでも、お前の姉や母親のほうは知っているかもしれんぞ……? お前のオヤジが隠していた何かについてな」


「どういう意味だ!? まさか、俺の家族にッ……う!?」


 しゃべっている途中で、竜平は関根に殴られ、腹を蹴られる。

 吐血までして、いよいよ本格的に危ない。


「ぐふふふふふふ。すべて聞き出したら最後、お前をなぶり殺しにしてからお前の家族も友人も、先生も、等しく皆殺しだ。我々は、裏切り者とその家族を生かしてはおかない。周辺人物とて例外ではないのだ」


「なんで……そんな残酷なこと……!?」


「全世界に殺人生物兵器を売りつけて、不要な人間をすべて排除し、世界を支配するためさ。我々ヘリックスがなあ! ガハハハハハハハハハ!!」


 竜平を人質にして浦和博士が隠している何か・・の情報を家族から聞き出し、最終的には始末する。

 それを前提で事を進めていた黒服の関根が、勝ち誇ったかのように下卑た高笑いを上げた。

 竜平が絶望の足音を聞いた――その時である。

 どこからともなく、フラメンコギターの音が奏でられた。


「ウッ!? グッ!? あががががが」


「な、なんてきれいな演奏なんだ。心が洗われるようだぜ……」


 その演奏に聞き入る竜平――とは、対照的に関根は耳を塞いで苦しみ出す。

 断じて殺人的に演奏が下手だったからだとか、実は音響兵器だったからだとか、そういうわけではない。


「美しすぎる……、聞くに堪えん! この風流だが耳障りな音色は……」


 そのギターの音色は、心悪しき者には地獄の苦しみを与える。

 そして、その奏者は――この採石場の中でも一段と高いところに立っていたアデリーンだ。

 風になびく黄金色の髪が麗しい。透き通るような白い肌も、より一層と映えるというもの。

 どういうわけか、赤と青の2色に分かれたコートの上にマントを羽織っている。

 ――元々、ルックスに恵まれていたゆえ、何を着てもサマになるというわけだ。


「ハッハッハッハッハッハッハッ……」


 ギターの演奏をそこで終えたアデリーンははじめに静かに、徐々に高らかに笑い始めた。

 今ならば、誰を相手にしようとひるまないほどの余裕と確固たる自信が感じられる。

 そして、フラメンコギターをしまった。


「貴様は何者だ!」


「ヘリックスの恐ろしい野望を打ち砕くために来た!」


 敵の刺客である関根に対し、アデリーンは凛々しい顔をして力強く宣言する。

 彼女に言われてから黒服の関根はようやく気付く。

 それよりも早く、竜平は助けに現れたのが彼女であることに感付いていた。


「アデリーン!?」


「まさか……、な、No.0……!? この裏切り者めが!」


(No.0? 裏切り者……? アデリーンが? ど、どういうことだ……)


 ――まただ。

 また、黒服の口から意味の分からない単語が列挙して飛び出す。

 竜平にとっては驚かされ、混乱させられるようなことばかりが起きている。

 今は頭の中を整理できるほどの余裕はない。


「愚かなことはやめてリュウヘイを解放しなさい」


「フン! 聞く耳持たぬ。ワシはこいつと、こいつの母親や姉に用があるのだからな」


「ウラワ博士の後を追わせようってわけ……? そんなことさせない!」


 敵がこちらの要求に応じなかったため、アデリーンはやむを得ず強硬手段に出る。

 関根が持ち出した拳銃による射撃をすべて躱し、懐まで入った時、少し力を入れてから、掴みかかってきた関根を投げ飛ばす。

 大柄な体格をしている関根のような相手でも、ひるむほどのパワーで叩きつけていた。

 そしてその隙を見計らい、竜平を捕らえていたオブジェを冷凍エネルギーや徒手空拳を駆使して破壊!

 早めの再会にお互い笑みをこぼしてから介抱――しようとするも、黒服の関根が起き上がってしまった。


「ちっ。つけ上がりおって……」


 ≪ライノセラス!≫


 内包された動物の遺伝子に対応する英語の電子音声だ。

 再びサイのような怪人・ライノセラスガイストへと変身する黒服・関根。

 この怪人は2メートル越えの巨体と重戦車にも匹敵する硬い装甲に加え、とてつもない怪力が自慢だった。


「ワシはヘリックスでもサイ・・強の破壊力を持つライノセラスガイストだ……。ヘリックスに生まれし者は、ヘリックスに帰れ!」


 裏切りを許さない旨を告げてから、ライノセラスガイストが攻撃をはじめた。

 竜平を抱えたまま、敵怪人の突進攻撃やヘビー級のパンチ、踏みつけによる地響きで発生した衝撃波を回避するアデリーン。

 距離を詰められる前に空いているほうの手で氷の防壁を即席で作ることを繰り返し、少しでも時間を稼ぐ。

 

「あまり時間は無いわ! 逃げるわよ!」


「え? ちょ、ちょっと!」


 いつもは冷静なアデリーンが少し、必死な形相で戸惑う竜平へと催促。

 ふたりは採石場の敷地内の倉庫付近まで逃げるも、追手の足は想定していたよりも早く、すぐに追いつかれた。


「威力もだけどスピードも……サイ・・サイ・・ボーグとはサイ・・強に厄介ね」


「な、なにをのんきなこと!?」


 これは、サイとサイボーグと最強をかけたトリプルミーニングによる高度なギャグ――なんて、受け取っていいものか?

 そんな疑問を抱く竜平をいったん地面へ下したアデリーンは、竜平に離れるように合図を送ってから、敵への迎撃を開始。

 接近戦へ持ち込むも、単純なパワーのみならばやはり敵のほうが有利だ。

 その場で必要最低限の動きで避けることに成功するも、背後にあった壁に大穴が開いた。

 もし直撃していたらどうなっていたか?

 そんなことは想像したくもない。

 彼女も彼もそうだった。


「逃げられると思うなよ。ワシからも、からもな!」


 非情に告げるとともに地面を踏みつけると衝撃波と振動を起こし、2人を大きく吹っ飛ばして倉庫の内部へ叩き込む。

 転倒させられてもなお、アデリーンは竜平をかばう姿勢を見せた。


「No.0よ。ヘリックスの尖兵たる兵器として生まれておきながら、人の情にほだされて裏切ったお前がのうのうと生きていけるほど、この世界は甘くはない。そのお前が今まで生きてこられたのは、たまたま幸運に恵まれていたからに過ぎん」


私は死なない・・・・・・。止まることのない【不死身の兵器】として私を作り、利用するためにあなたたちが不老の肉体と不死性を持たせたから。だからそれを良しとしなかったウラワ博士は、私を……」


「フンッ! 笑止な!」


 アデリーンの主張を遮る形で、ライノセラスガイストが嘲笑する。


「死なないからどうしたというのだ? もう一度その不死身の兵器となる運命よ! 絶対に我々に服従させてみせる。二度と脱走などさせぬぞ」


「何が兵器だ何が運命だ何が服従だ!! さっきからわけのわからねーことばっか……むが!?」


 うるさかった竜平の口をつまんで、「シーッ!」と注意する。

 ビジュアルが圧倒的に良いし近いし、何よりアデリーンはスタイルも抜群だったため、思春期真っ盛りの竜平はドキドキせずにはいられなかった。

 今日のことは様々な意味で一生に残るだろう。


「いい? 今はだらけでしょうけど、話はあとでゆっくりするから」


「え? う、うん」


 彼を納得させたアデリーンは右手の腕時計を反応させてブリザーディアを呼び、ライノセラスガイストを吹き飛ばすまではいかずとも転倒させる。

 彼女の周りをブリザーディアがしばらく旋回した後、その場で停車した。


「【氷晶】!」


 力を入れて、右手を天へと突き上げると――瞬きする間もなく、変身完了!

 アデリーンが戦闘の際、メタル・コンバットスーツを【氷晶】するまでにかかるタイムはわずか0.05秒に過ぎない。

 ヒロイックなビジュアルで雪の結晶や王冠、とくにティアラの意匠が見られるその【メタル・コンバットスーツ】は青と白を基調とし、全身を煌びやかに彩っていた。

 更に、動きを阻害しない程度にマフラーやスカートまで付属して、より外見美を際立てている。

 頭部の青いバイザー、その内側にあるカメラ・アイの下からはうっすらと、装着しているアデリーンの双眸が覗く。

 最後にその周囲に輝くほどのすさまじい冷気が、文字通りに吹雪いた。


「せ、正義のスーパーヒロイン……だと……!?」


「【氷晶】させてしまった!? いかん……!」

 

 ベクトルは違えど、氷晶を間近に見た竜平とライノセラスガイストは驚愕。

 今更動じることなくメタルな姿で武装したまま、アデリーンはライノセラスを指差してから前転した。


「……零華の戦姫・【アブソリュートゼロ】!」


 それっぽいポージングも決めて絶好調。

 ――これはヒーローごっこなどではない。

 絶対に竜平を守り、敵を倒し、無事に連れて帰ってみせるという自信があったからこそだ。


「さあ、ここからは機械的に、人間的に行くわよ」

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