第20話 代理出産

 俺の後ろから、末摘花が話しかけてきた。

麻酔ますい銃の効果で、眠っているだけですよ。こんなこともあろうかと、腕時計型の麻酔銃を、ムラサキお嬢様に作ってもらったのですわ。象だろうと、三十分間はぐっすりと眠ります」

 末摘花は腕を持ち上げた。腕には、腕時計がはめてある。麻酔薬を塗った針が飛び出るよう、市販のものを改造したらしい。

 ムラサキがこんなからくり機械をつくるとは、思わなかった。

 さすがは、天才だな。俺は自分の娘を誇りに思った。


 すやすやと眠っているアオイの顔を見て、俺は安堵あんどを感じた。

「不思議なもんだな。さっきまで殺されかかったのに、今は、こいつが無事に生きてて、ほっとしているんだ」と俺は末摘花に言った。

「――ご主人様は、アオイ様を愛してらっしゃるのですか?」

 そう末摘花が聞いてくるので、俺はびっくりした。

 愛する?

 バカな。そんなことをしたら、命がいくらあっても足りはしないぞ。相手は浮気をしたら起動する殺人マシーンだぞ。


 俺は壁からソファをなんとかして引きはがすと、そこへアオイを横たわらせた。俺はもう一度、彼女の顔を見た。

 アオイは俺にはもったいないくらい美人だ。一目ぼれする男もいるだろう。だが、俺は違うのだ。

「おいおい、末摘花。そんな恐ろしいことを言うなよ。俺がアオイを好きだなんて、天地がひっくり返っても、あり得ないぞ」

 末摘花が思案するように、顔をかしげて、こう言った。

「……でも、お言葉ですが、ご主人様のさきほどの態度を見ていますと、明らかに愛してらっしゃるように見えるのですが」

 俺は弱弱しく首を振った。「そんなことはないよ。末摘花」


 すると、部屋の外からムラサキが入ってきた。

「そうですわ。末摘花。お父さまが私以外の人間を愛することなんてありえません。使用人のをわきまえなさい」

「お嬢様、大変失礼いたしました」と末摘花が頭を下げて、一歩下がった。

 ムラサキは今、友達の家から返ってきたところですわと告げた。ということは、さっきのみにくい争いは見ていなかったらしい。

 娘の教育のためにも、あんな争いなど見せられるはずがない。


 俺はアオイが寝ているソファを見て、今の状況をどう説明したものかどうか、考えあぐねていた。

 そのうちに、ムラサキが寝ているアオイに先に気づいた。

「――それよりも、この状況を説明してくださらない?お父さま」

 娘に隠し事なんてできないと決めた俺は、ムラサキへすべてを話した。

 父親の威厳いげんにかかわることは話したくなかったのだが。俺が話さなくとも、どうせ、末摘花がぺらぺらと話すに違いないのだ。

 俺は末摘花が俺の子供を欲しがっていること、それを聞いたアオイが激怒して、末摘花に麻酔で眠らされたことを説明した。

「――だから、俺はアオイに殺されるところだったんだ」

 俺の話を聞いたムラサキは、ぱんと手を打った。そして、明るい顔をした。

「まあ、お父様。それでしたら、ムラサキに良い考えがありますわ」

「良い考え?」と俺は聞いた。

「そうですわ。事態を解決する良い案がありましてよ」

 その時、アオイが目を覚ました。


「ふわあ。おはよう。ダーリン」と寝ぼけまなこで俺を見る。

 だが、俺を見た瞬間、眠っていた頭が覚醒かくせいしたらしく、また、怒りをぶり返した。

「ダーリン!」とアオイが俺をにらみつけた。

「誤解だよ、アオイ!」

 俺は恐怖した。

 しかし、子供のムラサキが、物おじすることなく、俺とムラサキの間に割り込んだ。

「まあまあ、アオイ様。要するに、末摘花はお父様の子を産みたいし、アオイ様は浮気をさせたくないし、私はお父様と結婚したいし、お父様は末摘花とも、このアオイ様とも結婚したくないし、健全な生活を送りたいのでしょう?でしたら、こうすれば、よろしいのですわ。

 まず、私の卵子を体内から摘出てきしゅつして、お父様の精子と体外受精させますわ。その受精卵を末摘花の子宮に入れてから、子宮に着床ちゃくしょうさせます。そして、末摘花に、代理母として、お父様と私の子供を産ませればよいのです。そうすれば、末摘花はお父様の子供を産めますし、私は自分の子供を持てますし、お父様は私たちの体に触れることすらしてませんから、浮気ではないのです」


「さすがはお嬢様。この末摘花子、感服するばかりです」と末摘花が頭を下げた。

「浮気じゃないの?」とアオイは目をきょとんとさせた。体から殺気が消えていく。

「そうだぞ。アオイ。代理出産は浮気じゃないんだぞ」と俺は自分の命欲しさにでまかせを言った。

 小学生である娘の子供を、18歳のメイドに産ませるのは、生命倫理に反する。反するが、この場合、俺の生命がどんな生命倫理よりも優先される(はずだ)。俺は、かけがえのない、この命を守りたい。

「そっか。浮気じゃないんだね」

 とうとう、アオイはムラサキの舌に丸め込められた。

 俺は小学生ながら、ムラサキの天才的な頭脳に感心するともに、わずかながら不安をおぼえた。

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