第20話 代理出産
俺の後ろから、末摘花が話しかけてきた。
「
末摘花は腕を持ち上げた。腕には、腕時計がはめてある。麻酔薬を塗った針が飛び出るよう、市販のものを改造したらしい。
ムラサキがこんなからくり機械をつくるとは、思わなかった。
さすがは、天才だな。俺は自分の娘を誇りに思った。
すやすやと眠っているアオイの顔を見て、俺は
「不思議なもんだな。さっきまで殺されかかったのに、今は、こいつが無事に生きてて、ほっとしているんだ」と俺は末摘花に言った。
「――ご主人様は、アオイ様を愛してらっしゃるのですか?」
そう末摘花が聞いてくるので、俺はびっくりした。
愛する?
バカな。そんなことをしたら、命がいくらあっても足りはしないぞ。相手は浮気をしたら起動する殺人マシーンだぞ。
俺は壁からソファをなんとかして引きはがすと、そこへアオイを横たわらせた。俺はもう一度、彼女の顔を見た。
アオイは俺にはもったいないくらい美人だ。一目ぼれする男もいるだろう。だが、俺は違うのだ。
「おいおい、末摘花。そんな恐ろしいことを言うなよ。俺がアオイを好きだなんて、天地がひっくり返っても、あり得ないぞ」
末摘花が思案するように、顔をかしげて、こう言った。
「……でも、お言葉ですが、ご主人様のさきほどの態度を見ていますと、明らかに愛してらっしゃるように見えるのですが」
俺は弱弱しく首を振った。「そんなことはないよ。末摘花」
すると、部屋の外からムラサキが入ってきた。
「そうですわ。末摘花。お父さまが私以外の人間を愛することなんてありえません。使用人の
「お嬢様、大変失礼いたしました」と末摘花が頭を下げて、一歩下がった。
ムラサキは今、友達の家から返ってきたところですわと告げた。ということは、さっきの
娘の教育のためにも、あんな争いなど見せられるはずがない。
俺はアオイが寝ているソファを見て、今の状況をどう説明したものかどうか、考えあぐねていた。
そのうちに、ムラサキが寝ているアオイに先に気づいた。
「――それよりも、この状況を説明してくださらない?お父さま」
娘に隠し事なんてできないと決めた俺は、ムラサキへすべてを話した。
父親の
俺は末摘花が俺の子供を欲しがっていること、それを聞いたアオイが激怒して、末摘花に麻酔で眠らされたことを説明した。
「――だから、俺はアオイに殺されるところだったんだ」
俺の話を聞いたムラサキは、ぱんと手を打った。そして、明るい顔をした。
「まあ、お父様。それでしたら、ムラサキに良い考えがありますわ」
「良い考え?」と俺は聞いた。
「そうですわ。事態を解決する良い案がありましてよ」
その時、アオイが目を覚ました。
「ふわあ。おはよう。ダーリン」と寝ぼけまなこで俺を見る。
だが、俺を見た瞬間、眠っていた頭が
「ダーリン!」とアオイが俺をにらみつけた。
「誤解だよ、アオイ!」
俺は恐怖した。
しかし、子供のムラサキが、物おじすることなく、俺とムラサキの間に割り込んだ。
「まあまあ、アオイ様。要するに、末摘花はお父様の子を産みたいし、アオイ様は浮気をさせたくないし、私はお父様と結婚したいし、お父様は末摘花とも、このアオイ様とも結婚したくないし、健全な生活を送りたいのでしょう?でしたら、こうすれば、よろしいのですわ。
まず、私の卵子を体内から
「さすがはお嬢様。この末摘花子、感服するばかりです」と末摘花が頭を下げた。
「浮気じゃないの?」とアオイは目をきょとんとさせた。体から殺気が消えていく。
「そうだぞ。アオイ。代理出産は浮気じゃないんだぞ」と俺は自分の命欲しさにでまかせを言った。
小学生である娘の子供を、18歳のメイドに産ませるのは、生命倫理に反する。反するが、この場合、俺の生命がどんな生命倫理よりも優先される(はずだ)。俺は、かけがえのない、この命を守りたい。
「そっか。浮気じゃないんだね」
とうとう、アオイはムラサキの舌に丸め込められた。
俺は小学生ながら、ムラサキの天才的な頭脳に感心するともに、わずかながら不安をおぼえた。
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