ビビリの百合後輩は、「ネクロノミ」コンに挑戦するホラー先輩を全力で止めたい。

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

ホラー先輩と百合後輩

「もうっ、ちゃんとやりなさいよ!」

「やってますぅー」


 飯尾いいお 橙子とうこは、先輩の谷中やなか 衣良いらの抗議にも動じない。


「もう文化祭まで時間はないのよ! なのに、ふざけた投稿ばっかりして!」

「あたしは真剣なんですぅー」


 夏休みの前半を利用して、橙子たち文芸部は文化祭で出す「ホラー☓百合本」の作成に勤しんでいる。

 

 他の部員はさっさと作品を提出してしまい、残るは自分たち二人のみ。


 イオ先輩が独断でホラー本を出したくて、去年から始めた。


 が、ビビリの橙子は乗っからず、百合で返すという暴挙に出たのである。


 それが功を奏し、今年も頼む、と顧問からリクエストされたのだ。


「まったく。あんたのビビリは相変わらずね。いつになったら治るのかしら?」

 橙子が持ってきたクーラーボックスからアイスを取り出し、イラ先輩は封を開ける。


「治したくないですよ。もし治ったら、ホラー地獄に叩き落されますから」

 橙子もアンコのバーを難なく噛み砕く。


「そんなに嫌いなの? そんな強靭な歯と、たくましい二の腕してて」

 イラ先輩が、日焼けした橙子の上腕を撫でる。


 あこがれの先輩にタッチされる心地よさと、岩のような自分の腕を見られる気恥ずかしさで、橙子はおかしくなりそうだ。


 今日も、橙子はアイスを入れたクーラーボックスを一人で担いできた。


「あたしは、ちっこい先輩の体のほうが憧れちゃいます」

「ちっこいは余計よ」


「先輩、もっと自身の美貌を自覚したほうがいいです。クラスの男子からあたしが、なんて呼ばれてるか知ってます? 【抱けるブス】ですよ?」


 つまり、プロポーションは良くて顔は大したことないという意味だ。


「あんたくらいなら、外見値APPで言えば【一〇】くらいよ。普通にカワイイんだけど」


 先輩は何かと、ホラー系テーブルトークRPGのキャラ表にたとえてくる。


「あのですねぇ。APP:【一四】を誇る、そこそこの美人の先輩に言われても、説得力ないですって」

 なので、橙子も言い返した。


「ぶっ飛ばしてやりなさい、普通の子でも満足できないような男子なんて」


「えへへぇ」

 笑ってごまかす。


 普通の女子ではない。まさか、護身術の授業で相手がノビるとは思っていなかった。


「あんたには、神話生物でさえ敵いそうにないわね」

「なんです、その物騒な生き物?」


「これに出てくるのよ」

 イラ先輩が、スマホを見せる。


「ネクロノミ、コン?」


 なんとも、読みづらい名前だ。


「そう【音九炉の実ネクロノミ】社が主催する、クトゥルフ神話短編賞なの」


 クトゥルフ神話という大昔のホラー作品を題材にした、オリジナル小説を書いてこいというテーマである。

 

 さっき言い合いになった能力値の表も、その神話を題材にしたものだ。


「どんな感じのやつです?」


「ピンキリよ」

 そう言って、先輩は本棚に手を伸ばす。


「うーんうーん」

 背伸びしても、イラ先輩の手は本に届かなかった。

 ただ、ピッグテールが跳ねるだけ。

 SIZは高校三年生にして【九】である。中学生にしか見えない。


「これですか、先輩?」

 SIZ値:一七を誇る高身長の橙子が、代わりに本をとってあげた。


「ありがと。で、話の続きなんだけど」

 イラ先輩が、本をめくる。


「宇宙から来た化け物を追っ払うとか、近隣の身近な事件を解決とか、学校の怪談が実は宇宙生物と関わりがあったとか」


「ひええ」


 聞いているだけで、おぞましい。


「どうしてまた、そんなのを書こうと?」


 イラ先輩がホラー好きなのは知っている。

 だが、どちらかというと人間の業を描いたグロ心霊系で、クリーチャー・スラッシャー系は大して読まなかったはず。


「デビューしやすいんだって。割と作家率が高いの」


「でも、変な噂も絶えないって」

 橙子も自分で調べてみて、震え上がる。


 なんでも、異世界ファンタジーやラブコメでデビューしたとしても、次巻以降はコズミックファンタジーを書かされるとか。

 断った作家は次々と行方不明になったと書いてある。


「そんなの、嫉妬から出てきたウワサじゃない。私は、そんなデマにひっかかったりしないわ」


 イラ先輩の決意は変わらない。

 まるで、神話生物にとりつかれたかのよう。


「ですが、ちゃんと実態を調べてから執筆なさっても」

「いいえ。書くと決めたわ。これは挑戦なの。ホラー作家と呼ばれたいからには、それらしい題材にも挑まないと」


 ワナビという状態は、人をかくも貪欲にしてしまうのか。


「それで、あんたにも手伝ってもらうわ」

「何をです?」

「監督よ。私を見張っていてちょうだい」

「つまり、合宿のようなもので?」

「そう思ってくれて構わないわ! 取材にも付き合ってほしいのよ」


 締め切りまで、あと一週間しかない。

 なので二日間、イラ先輩の家に上がって寝泊まりしつつ、執筆状況を見たもらいたいと。


「えっと、ではお泊りと?」

「そのとおりよ。ずっといないと、監視にならないでしょ?」


 思えば、苦節一年。イラ先輩とここま急接近したのは初めてかもしれない。


「やりますやります!」


 親に連絡を入れると、「迷惑さえかけなければ」との条件で、あっさりと承諾された。

 イラ先輩への信頼感がハンパではない。


「やったあ」

 ガッツポーズを取る。


「あたしの方が、まいっちゃいそうですね」

「心配ないわ。私も、あんたの完成原稿をチェックするんだから。相互監督よ」

「そんなー」


 嬉しいやら悲しいやら。

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