魔法使いと未来人が無人駅にいる。
渡貫とゐち
第一章
第1話 いつもの日常-不穏(前編)
かつては一〇あった車両の数は激減し、今ではわずか二両になっていた。
電車を利用する者が時が経つにつれていなくなったのだ。
なのに駅のホームの長さは変わっていない。
端の駅から順々に改築されているが、まだこの駅まで工事がいき届いていないらしい。
このまま廃れるであろう施設を使いやすくしたところで、徒労になってしまう可能性もあった。
だから後回し後回しにしており、結果、改築はほとんど進んでいない。
中止してしまうのも手だが、利用者がまったくいないわけではなかった。
誰もが箒一本で空を飛べるようになったとは言え、やむを得ず飛べなくなった場合は電車を利用するものだ。
少数派であっても切り捨てる思い切りは、今の政府にはなかったようだ。
無人の電車は駅にあるセンサーに反応して、待っている乗客の目の前で止まる仕様になっている。
今、駅のホームにいるのはたった一人。
学生服を着た、
彼の目の前にあるランプが点滅し、この場所に電車が止まる事を知らせてくれている。
やがて、たった二両の電車が彼の目の前で止まった。
電車内には誰もいなかった。
貸し切り気分を味わうのもいつもの事でもはや新鮮味などなかった。
ごくたまに老人が乗っていたりもする。
その時は面舵に気づいて感心した表情を浮かべるのだ。
老人からすれば将棋や盆栽を嗜む若い子を見つけて嬉しいのかもしれないが、面舵は好きで乗っているわけではなかった。
残念ながら、期待に添えた事は一度もない。
世界で最初に魔法使いが現れてから、今年で一六年目になる。
車窓から外を見れば、空を飛ぶ魔法使いがいつでも見る事ができた。
世界は着実に、魔法使いに適応しようと姿を変えていっている――。
世界の総人口、約七三億人。
今朝のニュースでは約七三億人が魔法使いに目覚めたと発表していた。
魔法使いとは後天的なもので、早ければ生まれたその瞬間、遅ければ一〇〇歳間近で目覚めたという事例もある。
なのに、これだけの情報源がありながら、目覚める基準は未だ解明されていなかった。
箒でなくとも、もっと言えば長い棒状のものでなくとも空は飛べる。
魔法使いは三つの魔法を扱う事ができ、その一、空を飛ぶ魔法、その二、物体を操作する魔法……その一はその二の応用である。
大雑把な操作か、細かい操作かで魔法の種類が変わると判断されたに過ぎなかった。
根本的に同じ魔法である。
映画やアニメを見て知っている先入観で、箒でなければならない意識が高いために選ばれているだけであって、たとえば自転車であっても構わない。
実際に自転車で空を飛び、登校して来る生徒も多い。
地上に下りてしまうと箒はただの掃除道具だが、自転車は路上でも使える。
傾向的に、男子は自転車、女子は箒が多い。
後者はやはり幼い頃からの憧れなのか。
それにしても……、
箒に跨がる女子は警戒心が穴が開いたザルのようだった。
いくら歩道に人が少ないとは言え、堂々とスカートの中を見せつけながら飛ぶというのはどうなのか。
これで不意に見てしまうと完全にこっちが悪者扱いというのも納得がいかない。
満員電車での痴漢冤罪が減ったと思えば、こうして別の形で問題が浮上してくる。
人が浮上するだけでは飽き足らず。
箒に跨がるのではなく、こう、ちょこんと横向きに腰を乗っける座り方を義務化するべきだろう。
「上見て歩いてると電柱にぶつかるよー」
「っ!」
びくっとして前を確認すると、電柱なんてどこにもなかった。
宙で静止した、顔を守るために挙げた行き場のない腕をゆっくりと下ろし、後ろを向いた。
「やっぱお前か、
「おはよっ。ねえねえ、あの焦り方……もしかして本当に女の子のパンツを見てたの?」
にやにやと、いや、へらへらと……正義感を振り回して咎める気はないだろうが、からかうネタを渡してしまったのは悔やまれる。
彼女は自然と面舵の隣に並んで歩幅を合わせた。
その手には箒が握られていた。
「…………」
「あ、これ?」
聞いてもいないのに面舵の視線に気づいて箒を持ち上げた。
よく見ている。
いや、たとえ見ていなかったとしてもただ喋りたかった可能性もある。
「今日、今この瞬間に魔法使いに目覚めるかもしれないし、いつも持ち歩いてるの」
総人口に匹敵する約七三億人が魔法使いになったと発表されたが、当然、全員ではない。
まさに今、誕生した命もあるわけで、その子は魔法使いではないかもしれない。
約と前置きをしているため、取りこぼしが存在しているのだ。
――彼女、
魔法使いに目覚めていない、『世代遅れ』と呼ばれている非魔法使いである。
「毎日荷物が増えてご苦労な事だな」
「そうでもないよ? 女の子にとって箒はファッションの一部みたいなものだし。ほら、魔女の帽子を被ってる子が多いでしょ? それと箒がセットみたいなものなんだよ。帽子は髪型が崩れちゃうから被らないけど、箒は持ってるだけでいいわけだし。しかも見て! この箒ね、ブランドもので良い木を使ってるんだよ! 女の子を少し大人に見せるステータスアップ!」
どこからどう見てもただの箒にしか見えないし、それを持ったところで掃除当番の学生にしか見えないし、彼女の見た目と性格から大人にはまったく見えない――とは言わなかった。
「君、疑ってるね?」
人の気持ちを決めつけてくるのは彼女の専売特許である。
今回に限っては正解だったが。
「わたしは大人っぽくないと言いたいわけだ?」
すると、彼女が頭の後ろでポニーテールのように結んでいた髪ゴムをはずし、ばさっと髪を下ろした。
黒髪が腰の辺りまで落ちる。
「どうどう?」
面舵の目の前、彼女は後ろ向きで前に進む。
危ない、とは思わなかった。
人は少ない、道は広い、車通りはまったくない。
躓いて転ぶくらいの危険があるが、その程度なら痛みを体感しておくのは彼女には良い薬になるだろう。
「さっきよりは大人っぽいかもな」
「でしょ! ほーらね!」
してやったり、みたいな顔を浮かべ、片手で拳銃の形を作り指先を面舵の胸に当てたが、
「でもさ、箒関係ないよね?」
「………………あ!」
じっくり考えて気づいたようで、頬をりんご色にして頭を抱える。
「うー、魔法があったら穴に入りたい……」
「空飛ばないのかよ」
箒を手に持ってるくせに。
穴に入りたければその辺のマンホールでも開けて入ればいい。
というか、いつまで着いて来る気だろう。
行き先は同じ学校、同じ教室なので多分このままずっと着いて来る気だろうが……一緒に登校して変な噂を流されて困るのは帆中の方だ。
それに彼女は多くの友人から面舵晴明には近づくなと釘を刺されているだろうし、こうして会っていて怒られるのは彼女であって、百害あって一利なしであるはずなのに。
「なら、どうして君は空を飛ばないの?」
一緒に登校する事を嫌がった面舵に、純粋な疑問を抱いたらしい。
確かに、嫌なら魔法使いでない帆中を置いて、魔法使いである面舵が空を飛んで先に登校してしまえばいい。
追いつく術を持たない帆中を突き放す事は容易である。
「でも、君はそれをしない。登下校は空を飛ばないし、魔法を使って楽をしない。旧時代と言われてる電車を使ってる。それって、もしかして学校で唯一、魔法使いでないわたしの事を思ってくれていたりするのかな?」
「……自意識過剰だな」
「あ、やっぱり? なんだわたしの勘違いか、恥ずかしいっ恥ずかしいっ」
それ以降、話題は逸れて帆中が一方的に喋るばかりで時間が過ぎていき――、
目的地の学校の校門を越えたら、帆中は登校して来た友達の輪に混ざり、生徒たちに紛れてしまった。
目で追っても見失ってしまい、面舵は追っている事に自覚して視線を下に向けた。
『――わたしの事を思ってくれていたりするのかな?』
それは、的をはずした予想ではなかった。
確かに、帆中千海の事はずっと見ていた。
ただ、彼女が期待するような、前向きな感情ではなかった。
面舵が教室に入ると、正座している帆中がまず視界に入った。
教卓をどかした黒板の前で、数名の女子が彼女を取り囲んでいる。
中でも一際目立っているのが、帆中と最も仲が良いと自称している運動部の少女だ。
日頃から運動しているだけあって、女子にしては筋肉がある。
「さて、ちう。言い分はあるのかしら」
「だ、だからぁ! 偶然会って一緒に登校しただけだってば!」
「……はぁ……毎日言ってるわよねえ、あいつには関わるなって」
「誰とどこでどう関わろうがわたしの勝手だしぃー……」
「ちうのために言ってるのよ!?」
もしかしなくとも今朝の話のようだ。
帆中と登校していた事がばれている。
元々隠す気もなかったから仕方のない事ではあるが……教室の前の方から入らなくて良かった。
後ろから入れば自分の席も近いし、帆中のグループとは距離がある。
見つからずに机に突っ伏して寝たふりを決め込む事もできるだろう。
静かに扉を閉めて一番端の廊下側、後ろから二番目の席へ腰を低くして向かうと、
「あっ、面舵おはよーっ」
「お前は馬鹿なのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます