第103話 勝利の意義

 春の大会は歴史に残るような大量得点差で県大会の優勝までを決めた白富東であるが、夏の大会はそこまでの圧倒的な勝利はない。

 そうは言っても、軽々と五回コールドなどは決めてくるのであるが。


 三回戦もあっさりと五回コールドで勝ち、事前から少し用心していた、房総商業との対決となった。

 房総商業もここまで、五回コールド、五回コールド、七回コールドの圧勝である。

「まあ強さの秘密は分かった」

 前日ミーティングの開始である。


 房総商業が強くなった理由の一つは、簡単である。

 人間である。

 新しい監督になったのと同時に、そこそこ中学軟式で鳴らした選手が二年生となり、レギュラーに定着したからだ。

 そしてその新監督の方針が、打撃最優先であったのだ。


 練習中の風景を見るに、マシーンが揃えてあるのと、それに合わせた素振りのスイングがしっかりとチェックされている。

「ちなみに房総商業の皆さんは、設備や道具を準備するために、部員全員で夏と冬のアルバイトをしてるらしい」

 白富東もアルバイトは禁止ではないが、届出制となっている。

「OBに造園業とか工務店の社長さんがいるんで、そこで肉体労働をするわけだな。40人もいれば短期間でもそれなりの金になって、新型のマシンを買ったり、特殊なバットを作ってもらったりするそうな」

 秦野の説明に、顔を見合わせる白富東の選手たち。

 進学校ということもあって、部活とバイトを掛け持ちするような生徒はいない。双子やイリヤは野球部員でもないし、やってることはアルバイトでもない。


 秦野の感覚では千葉県は、公立の商業系工業系が強かった期間が長かったので、それもそうかと思わないでもない。

「まあこいつらは、モットーというか戦術も徹底していてな。基本ストレートにはめっぽう強くて、かといって変化球への対策が出来ていないわけでもないんだ」

「フォームがけっこうベタ足なんですね」

 ジンの指摘に秦野は頷く。

「そうだ。打力が高いと言っても無差別に長打を狙うんじゃなくて、しっかりと内野の頭を越えるスイングを作ってるんだな。マシンを利用してはいるが、マシンのボールを打つ問題点も分かってる。てか、最近のマシンはそういった問題も解決してある高性能なのがあるんだけどな」

 白富東のマシンは、元からあった旧式に、セイバーの買ってくれた新型、特殊型、そしてイリヤの買ってくれた最新型がある。

 普通の公立ではそうそうないほどのマシンであるが、一番の打者である大介は使っていない。せいぜい目を慣らすぐらいにしか使えないと言う。

 ほとんど打撃の極みに近くなれば、そういうこともあるのだろう。


 ヒットを連打する打線ではあるが、しっかりと送りバントもしてくる。

 ランナーが出たら送りバントというような硬直化したものではなくて、状況に応じて進塁と強攻を選択する。

 ここいらの采配は、監督がしっかりと指示を与えている。

「攻撃面がいいことは分かったんですけど、守備はどうなんですか?」

「これもまあ、悪くはないというか……。ただピッチャーに関しては、キャッチャーか他の誰かの意見があるっぽいんだよな」

 そして映されていくのは、五人のピッチャーである。

「背番号1のやつが一番多くは投げてるんだけど、他にも四人のピッチャーで回してる。だからいつもみたいに一巡目は見極めとかやってると、延長までかかるからな」

 つまり、打撃解禁である。


 他の四人を見せた後、背番号1を解説する。

 サウスポーで、球種は縦横のスライダーにスローカーブ。MAXはだいたい130kmである。

「んん~? 微妙?」

 鬼塚の評価が、おそらくは最適である。

「ただこのピッチャーはゴロでアウトを打たせてる数がものすごく多くてな。たぶんストレートにも伸びがないんだ」

 ここまで三試合、全イニングを投げているわけでもないが、それでも三振がたったの三つである。

「まあ俺ら、ゴロを打たせるピッチャーには慣れてるしな」

 大介の言う通りだ。チーム内にもいるし、三里の星と東橋は、二人がかりのゴロピッチャーだ。

「継投って言うと甲府尚武を思い出すな」

「え? あそこですか?」

「いや、今年の関東大会じゃなくて、去年の関東大会は、継投策のチームだったから」

 その経験も考えるに――。

「キャッチャーが一人ってことは、それを攻略すればいいのか?」

「いや、けっこうピッチャーのタイプが違うから」


 色々と言われる中、ジンはしっかりと分かっている。

 おそらくというか確実に、今の日本の高校生のキャッチャーの中では、最も高いレベルのピッチャーたちの球を捕ってきた男である。

「ショートかな?」

 打線の中では九番に入ってる、守備特化要員と思われるショート。

 内野への指示だけでなく、外野へもサインを送っている。

「キャプテンか」

 九番でショートで、キャプテン。

 強力打線の中で唯一ほとんど打っていない打者ではあるが、最も多くの打球をさばいている。

「こいつがチームの中心だとは思う。打力重視の監督がスタメンで使うんだから、信頼度も一番高いんだろうな」

 秦野の見方も、ジンと同じものである。


 攻撃に関しては、制限解除で全力で打っていく。

 ではとにかくストレートには強い打撃陣には、誰を当てるか。

 三回戦は淳が投げて、五回まで完投した。

 一日の休みで回復はしているが、ここで投げさせるのは少ししんどいだろう。

 直史を当てるのが一番、相性としては適しているのだろうが……。

「先発はタケで、キャッチャーは大田な」

 よりにもよって一番の速球派を指名する秦野であった。




 四回戦はまだ夏休み前であり、土日でもないので全校応援とはいかない。

 時間的にも第二試合であるので、授業が終わってからでは絶対に間に合わない。

 応援団とチアは公欠が取れるのだが、ブラバンの応援演奏は、卒業生の有志によるものとなる。


 それでも観客席は満席だ。

 プロの試合でもそうそう満席になることはないのだから、高校野球の人気の高さというか、白富東の人気の高さが伺える。

「けど、どうして俺なんすかね? 兄貴だったら簡単に完封はしてくると思うんですけど」

「まあ俺もそう思ったけど、監督の立場になったら分からないでもない」

「どうしてですか?」

「来年のことも、再来年のことも考えてるんだろうな」

 そう言われても分からない武史である。


 突出した個人の才能にかなり依存している白富東と違って、房総商業はこれからまだ強くなっていくだろう。

 チームとして強いのに、それを個人で倒しても、来年には対策されているかもしれない。

 だから必要なのは、対策されても意味がないという、圧倒的な勝利。

 白富東には来年も勝てないと、思い込ませる必要があるのだ。


 来年のエースは武史だ。

 だから武史の力でねじ伏せておきたい。

 武史は打てない、と他のチームにも思わせておきたいのだ。

 ストレートを打つのに強いチーム相手に、あえて武史を当てる理由である。

「なるほど」

 武史も納得した。

 もっとも来年は来年で、左のアンダースローという変態的な淳が力をつけているだろうから、ここでもまた勝負は出来るだろう。




 一回の表、房総商業の攻撃。

 序盤の武史の課題は、小変化のムービングを多用し、際どいところのストレートを出し入れすることだ。

 左の先頭打者への初球は、アウトローの良いところに決まった。

(速いな……)

 マシンでなら150kmまでは軽く打つ房総商業であるが、本物のサウスポーは、やはり迫力が違う。

(マシンよりもずっとキレてる)

 二球目は真ん中からやや外に逃げるカットボールで、これもストレートとの球速差はほとんどない。


 手が出ずにツーナッシング。

(なんとか粘って、あとはどうにかチェンジアップを引き出さないと)

 そう考えていたところに、投じられたのはインハイのストレート。

 バットを振ることも出来ず、三球三振。


 打撃力を鍛えたチームに対して、よりにもよって一番球の速いピッチャーを当ててくる。

 この事実からのメッセージを、房総商業は正しく受け止めた。

 それでもお前らは打てないと。


 先頭打者に続き、二番打者も三球三振。

 三番は一球だけファールにしたが、カットボールを打たされて内野ゴロ。

 白富東はピッチャーの力も強いが、内野もしっかりと鍛えられている。

 本物の全国レベルの速球は、そう簡単に打てるものではない。




 そしてまた白富東の打線も、強烈なメッセージを送ってくる。

 こちらはお前らの上位互換だと。


 先頭のアレクがフォアボールで出塁。

 二番の哲平は粘った後、右方向への進塁打。

 大介には敬遠とも思えるようなフォアボール。

 ここで四番の鬼塚である。


 ワンナウト一二塁。

 ここでの四番は、ゲッツー以外は打つこと以外を考えなくてもいい。

(まあ四番だからこそ、引っ掛けさせて打ち取りたいとか考えてるのかもしれないけどな)

 低めに沈むスライダーを掬えば、それはレフトフェンス直撃の長打になった。

 これにて二点先制。


 その後もヒットと進塁打で、ツーアウト三塁。

 本日はスタメン出場のシーナ。他のボコスカホームランを打つバッターに比べると、まだしもマシだと思えるだろう。

 シーナは変化球への対応力はある。直史にどれだけ変化球を投げてもらってきたことか。

 そうそう自分だけが投げてもらうわけにもいかないので、ジンに無理を言ってキャッチャーをやらせてもらったことまである。


 自分は天才ではない。

 女子だからという理由以外にも、根本的に筋力と、ボールの芯を捉える当て勘がないのだ。

 大介のような、あるいは明日美のような。

 しかし長打を捨てるからこそ、確実にミートが出来るようになる。

(そりゃ確かにあんたらだって、甲子園目指して必死で練習してきたんだろうけど)

 シーナの執念はそれを上回る。

(一度だけのチャンスは、絶対にものにする!)

 綺麗にライト線沿いの打球を打ち、さらに追加点。


 初回の攻防だけで、既に4-0である。




 房総商業の打力は確かなものであるが、全国区のクリーンナップほどではない。

 たとえばアレクや鬼塚ほどのものではない。だからこの程度はあっさり抑えてくれないと、来年の武史のピッチングで全国の強豪を抑えることは難しい。

 いまだに潜在能力を秘めているこの素材を、どうやって解放させるのか、秦野は考える。


 二回の表は球数を増やし、じっくりとしとめた。

(つーかこいつも本気を出さないと、簡単にストライクが取れるようになったよなあ)

 ジンとしては感慨深いものがあるが、いまだにコントロールに関しては、武史には欠点がある。

 140km前後のストレートであれば、確実に思ったところに投げられる。

 140km台後半となると、それがやや怪しくなる。

 そして150km以上を投げさせると、今度はまた逆にコントロールが良くなるのだ。

 スピードとコントロールは本来、負の相関関係にあるはずなのだが、武史はその途中の手加減がいまいちなのだ。

(と言ってもこいつほどのパワーピッチャーを捕ることは、もう二度とないかもしれないけどな)

 最後も三振で、二回の表は終わる。


 房総商業は事前の予想通り、細かい継投をしてきた。

 単純にバッターの目先を変えるというだけでなく、投球練習によって間を外すという目論見もあるのだろう。

 確かに勢いを削がれて、一点しか取れなかった。

 あちらとしてはこれが予定通りなのだろう。


 守備はいいとしても、そろそろ攻撃での突破口がほしい。

 しかし球数をしっかりと使った佐藤武史は打てない。

 追い込まれてからの全力のストレートは、マシンとは全く違ったタイミングで突き刺さる。


 バックネット裏のスタンドでは、各球団のスカウトが、今日も目白押しである。

「いや~、いいなあ、佐藤三兄弟」

「球団の広告塔として、双子も一緒にほしいぐらいだ」

「長男はもう大学で決まってるんだって?」

「まあ野球推薦じゃなくても、普通に東大を狙っていけるらしいけどな」

「次男はやっぱり高卒でほしいよなあ」

「何か大きな変化球一つ使えるようになれば、高校レベルじゃ打てるのはいなくなるだろうな」

 三回の表も、パーフェクトピッチングは続く。


 だが、今日の本番はここからであった。




 点差が六点となった四回の表。

 房総商業はここで何かを引き出さないと、五回コールドになりかねない。

 二巡目となり、さすがに速球にも目が慣れてきたはずの先頭打者を、ストレートのみで三球三振。

 注意を受けた二番打者も、三球三振。

 そして最大限に注意した三番打者を、三球三振。


 コントロールにも注意を払っていないような、ほとんどど真ん中のボール。

 バックネット裏のスカウトたちも、顔が引きつる。

 スピードガンの表示は154kmを出していた。


「肩は温まったか?」

「はい」

 秦野に応じる、なんの気負いもない武史の返答である。

「そんじゃお前ら、あと二回の間に四点取って、学校に戻って練習するか」

 そうは言ったものの、打球が野手の正面に飛んで、スリーアウトになるのが野球である。


 せっかく0に抑えた後の五回の表。

 ここでせめてパーフェクトは切っておきたい。

 だがこの日二打席目の四番へは、ほとんどど真ん中のストレート。

(速い! 速いのは速いんだけど……)

 二球目。これもストレートで空振り。振り遅れている。


 三球目。

 遊び球はなく、ほぼど真ん中へ。

 空振りにて三球三振。


 ベンチに戻った四番は、ピッチングの説明がつかない。

「速いことは速いんです。確かに150kmは出てると思います。でも単に速いだけじゃなくて……」

 何か秘密がある。でなければほぼ同じコースのストレートを、当てることすら出来ないなどありえない。

「おそらくスピンの量と、綺麗なバックスピンなんだろうが……」

 ベンチの監督も、推測するしかない。

 なにしろ現役時代を顧みても、あんなレベルのピッチャーとは対戦したことがないからだ。


 長打力もある五番も三球三振。

 そして実は隠れたクラッチヒッターの六番も三球三振。

 打者15人に対して、11奪三振。

 しかも七人連続で、三球三振だ。


 おかしい。

 とんでもないピッチャーだということは分かっていた。岩崎も150kmを投げてくるので、速球対策はしていたつもりだった。

 だが、何かが想像以上だ。


(わっかんねーだろうな~)

 味方の秦野でさえ、精密な解析の末にやっと分かった秘密だ。

 この秘密の嫌な点は、分かったところで意味がないというところだ。

 マシンを特殊な設定にして再現したところで、今度は他の変化球に対応出来ない。

(さて、ど真ん中ストレートだけで三球三振を奪われて、どんな気持ちかねえ?)




 リードされる展開は予想していた房総商業。

 あるいは佐藤直史であれば、ここまでをパーフェクトに抑えられることも当然ながら想定の範囲内であった。


 だが、佐藤武史のこのピッチング。

 凄いとか速いとかではなく、全く攻略の糸口が見えない。

 そんな状態で守備に入っても、満足に体は動かない。


 精神的な動揺からピッチャーも制球が定まらず、満塁。ここでバッターは大介である。

 ホームランが出ればサヨナラコールドという場面、やはり大介は「持っている」人間だ。

(さて監督さん、まだ勝負を諦めてないなら、ここは当然敬遠だぞ)

 押し出しで七点目が入るが、大介の打率と長打率を考えれば、敬遠以外の選択肢はない。


 だが房総商業は、ライトに引っ込んでいたエースをマウンドに呼び戻した。

「こりゃ決まっただろ」

 思わず本音が出た秦野である。

「敬遠ならエースを戻す必要はないですからね」

 ジンもしっかりと分かっている。


 統計だけを見れば、大介はサウスポーによる、背中からストライクに入ってくる、変化量の大きなボールが苦手だ。

 だがそれは他のボールに比べればという話であって、少しでも甘ければ普通にホームランは打てる。

(一点を惜しんだな)

 試合前はおそらく、負けて元々というつもりでいただろうに。


 武史の登板は大当たりだ。

 おそらくこの結果を県内のみならず、全国の強豪も共有してくれるだろう。

 ストレートの秘密にはひょっとしたら気付く人間もいるかもしれないが、だからと言って打てるわけではない。そこにばかり拘って、ドツボに嵌ってくれればこれ以上のことはない。

(わざとめんどくさい情報を流すのも、戦略のうちだよな)

 秦野は悪い笑みを浮かべる。


 大介への初球は想像通りにインコースへのスライダー。

 それをスムーズにライトスタンドへ叩き込んで、試合は終わった。

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