第72話 伝統の紅白戦

 伝統もクソも去年から始めたのであるが、とりあえず紅白戦である。

 まずキャッチャーだけは倉田と孝司で分けて、倉田側の監督を秦野が、孝司側の監督をジンが行う。

 そこからはメンバーを指名していくのは去年と同じだ。


 今年の縛りは一人の投手の担当回は三回まで、ランナーがいない時の打者の敬遠の禁止である。

 大介の敬遠は一試合で一度だけ。去年と同じだ。

 それと交代したピッチャーは野手に入らずベンチに戻る。

「ピッチャー王国だなあ……」

 自分の現役時代、しょぼい投手でどうにか勝ち進んでいだ事情を思い出し、遠い目をする秦野である。


 去年はチームのキャプテンが選手を選んでいったが、今年は指揮官がメンバーを選んでいく。

 まずはピッチャーである。

「佐藤兄」

 三イニングしか投げられないのにもかかわらず、秦野は直史を最初に選んだ。

 次にジンは二人連続で選ぶことが出来る。

「ガンちゃんと大介」

「佐藤弟とアレク」

「鬼塚と……」

 ピッチャーは三枚はいる。

 あちらは既に三枚を確保してしまったが、最悪大介にも投げてもらえばいい話である。鬼塚も一応ピッチャーとして数えられないこともない。

「淳」

 そのチョイスに、秦野は少し顔を歪めた。

「トニーと青木」

 まあそれを取るだろう。こちらは岩崎と淳を投手専念で使うにしろ、もう一人は選んでおきたい。


 秦野はまだ、過小評価している選手がいる。

「シーナとモロ(諸角)」

「じゃあ戸田と沢口」

 そんなわけでメンバーを選んでいく。

 そしてスターティングメンバーが決まった。


 紅組(監督秦野)

1 (中) 中村 (二年)

2 (遊) 青木 (一年)

3 (三) 武史 (二年)

4 (捕) 倉田 (二年)

5 (右) トニー(一年)

6 (一) 戸田 (三年)

7 (左) 沢口 (三年)

8 (二) 曽田 (二年)

9 (投) 直史 (三年)


 白組(監督大田)

1 (捕) 赤尾 (一年)

2 (二) 椎名 (三年)

3 (遊) 白石 (三年)

4 (左) 鬼塚 (二年)

5 (三) 諸角 (三年)

6 (中) 中根 (三年)

7 (右) 佐伯 (一年)

8 (一) 淳  (一年)

9 (投) 岩崎 (三年)


「なんだか戦力配分がおかしいような……」

 首を傾げるのはジンである。本来のポジションで守れないメンバーが多い。

 まあそれは白富東のこれまででもあったのだが。

 投手が紅組に偏っている気がする。

(最初にガンちゃんとタケを選ぶべきだったのかな? でもそれだと大介が向こうに行くわけで)

 ポイントは、降板した投手は他のポジションに就けないというところか。

 だから双方共に、最強のピッチャーを先発に持ってきている。

(そうか、ベンチ入りメンバーを選ぶのって、やっぱり難しいんだよな)




 これまでの白富東は、やはりなんだかんだ言って、戦力になるメンバーが少なかった。

 必要なメンバーを必ず入れて、残りは一発芸持ちを選んでいたと言っていい。

 春もまだ実績重視で選べばいいが、夏には入れたいメンバーと入れられないメンバーで、かなり悩むことになりそうだ。

 これまでスタメンで悩むことはあっても、ベンチ入りメンバーで悩むことはなかったジンである。

(それに三年をどうするかも問題なんだよなあ)

 白富東の三年生は、これまではマネージャーだったシーナが選手登録されて13人。

 そのうち七人が鷺北シニア出身で、あとは直史と大介は別格。

 三人は研究班の方に行ってしまい、頑張っているのは奥田だけだ。


 実力的には、外野の守備はそこそこ任せられるし、コーチャーや代走としてなら使える。

 だが台頭してきている二年生より優先して使うのか、そのあたりは微妙だ。

 一年でも淳、孝司、哲平はベンチ入りしても全くおかしくないし、トニーと佐伯も穴はあるが、それを上回るアピールポイントを持っている。

 白富東と同じように、春は県大会本戦とか、県大会本戦すら免除という県のチームと対戦もあったりして、練習試合でかなり実力は分かってきている。

 ジン以外の中核メンバー七人を除いたBチーム同士の対戦というのもこなしていて、さすがにそちらでは負けてしまったこともある。


 打者の上位成績はおおよそ次の通り。

 白石 打率.788 出塁率.864 打点31 本塁打13 盗塁19 OPS2.882

 中村 打率.562 出塁率.662 打点18 本塁打8 盗塁16 OPS1.718

 武史 打率.480 出塁率.576 打点19 本塁打3 盗塁3 OPS1.212

 鬼塚 打率.460 出塁率.523 打点11 本塁打4 盗塁5 OPS1.218

 倉田 打率.452 出塁率.543 打点21 本塁打8 盗塁0 OPS1.284

 赤尾 打率.458 出塁率.540 打点10 本塁打5 盗塁3 OPS1.197

 青木 打率.440 出塁率.572 打点14 本塁打3 盗塁9 OPS1.164


 対戦相手の強弱も違うし、出た試合数と打数が違うので、打点や本塁打は参考にならないが、打率と出塁率、OPSはある程度参考にすべきだろう。

 もっとも大介は練習試合だから勝負してもらえたのであって、実際の試合ではもっとボール球を打っていかなければ、まともに勝負してもらえないだろう。

 打順を考えると、あえてチームバッティングに徹していた鬼塚は、クリーンナップに入れた時にはもっといいし、武史は投手を優先している。

「しかし上級生はともかく、赤尾と青木はバケモンだな」

「よくもまあうちに入ってきてくれた、と言いたいですね」

 この二人が勇名館やトーチバ、いやそれより三里に入っていたら、夏の戦いはかなり厳しいものになったであろう。

「鬼塚はもっと攻撃的に使うべきだな」

 打率が武史より低いが、実際は最低でも進塁打ということで、右打を意識しているからである。四番で使うと結果も違う。

「タケは来年はともかく、今年は投手専念にしますか? むしろ来年こそ投手としての負担は高まりますけど」


 ジンは自分も含めて、戦力を冷徹に考える。

 来年は大介が抜けて、得点力は大幅に落ちる。これはもうどうしようもないことだ。大介の代えの出来る打者など日本のどこにもいない。

 そしてごっそりと投手力も含めた守備力が落ちる。直史と岩崎に加えて、自分たち鷺北シニア組がいなくなるのだ。

「まあ秋からのチーム編成を考えるのは俺の仕事だ」

 秦野の指導力と采配に期待である。


 実は秦野の就任にあたって、ジンはかなり不遜なことを言っている。

 基本的に夏までは、自分たちのやり方でやりたい、ということだ。

 秦野の采配に従わないとかではなく、方針が変更されるとまずいのだ。

 これが秋の新チームの始動から始まっていたなら、話も別だったろう。

 ただセンバツで優勝してしまったので、変えることが難しいのだ。

「いいぞ」

 秦野は少し考えたが、そう答えた。

「基本的にセンバツの戦力に、春からの戦力をどう加えていくかが問題だからな」

 そもそも秦野自身、日本の高校野球の監督のあり方には、昔から疑念を持っていた。

「だけどな、大田。采配は俺に頼れ」

 練習内容や理念など、そういったものはいい。

 ただ最後の最後、試合の采配だけは、監督の責任にするべきだ。

「もし自分のせいで負けたら、ショックがでかいからな」


 ジンもそれは充分に分かっている。

 あの一年の夏、まさに自分のミスで甲子園を逃した決勝。

 そして去年の夏、リードを読まれて全国制覇を逃した決勝。

 去年の夏はまだしも、セイバーがナイスゲームと言ってくれた。

 一年の夏も、監督の采配が全てだと言ってくれた

 セイバーは指導というものはあまりしなかったが、運営はした。

 そして間違いなく、最高責任者であった。




 そんな秦野であるが、確実に戦力の計算は、ジンよりも優れている。

 優れているというのが間違いであれば、割り切って考えることが出来ている。

「投手もなあ……。淳のやつ、地味にすごいよな」

「軟投派の極みみたいなやつですね」

「野球IQが無茶苦茶高い」

 これまた対戦相手のレベルに差があるので、一概には言えないのだが、投手の成績も出ている。


 直史 防御率0.00 WHIP0.23 奪三振率9.94 K/BB10.02

 岩崎 防御率1.12 WHIP0.75 奪三振率10.05 K/BB3.75

 武史 防御率1.42 WHIP0.82 奪三振率12.07 K/BB3.63

 中村 防御率2.11 WHIP1.12 奪三振率7.85 K/BB3.25

 淳   防御率1.45 WHIP0.76 奪三振率8.82 K/BB6.26


 登板イニング数が少ないというのもあるが、直史は一点も自責点がない。

 そして驚異的なのが四球の少なさだ。クローザーとして登板した試合もだが、先発でも一試合に一球程度。それも失投ではなくコンビネーションからボール球を振らせるつもりが、相手が手が出なくて見送ったというものだ。

「あと球数の少なさだな」

「淳はそこそこ多いですからね」

 淳はまだ一試合を完投したことは一度だけで、先発以外にもリリーフやクローザーなど、様々な場面での適正を示している。

「武史の方はプロ向きだな。トーナメント一発勝負の高校野球じゃ、時々調子が悪いのが一試合あった時、致命傷になる」

「崩れてない試合の数字は凄いんですけどね」


 トニー、シーナ、哲平に佐々木や西園寺も試合で投げているが、トニーは制球に問題があり、シーナは短いイニング限定で、リリーフとしては哲平が一番使いやすいかもしれない。

 佐々木と西園寺は、主力を休めたい時には使ってもいいだろう。

「このチーム、全国制覇出来ないとしたら、どういう状況だと思う?」

 この打力に投手陣、そして守備力に走力と、高校野球の他のチームに負ける要素が見当たらない。

 センバツでは怪我のアクシデントで危機に陥ったが、正規の捕手が三枚揃った状況では、まずそんな状況にも陥らないだろう。

 孝司がジンや倉田と比べて圧倒的に優れているのは、その走力だ。あえて積極的に走らせてはいないが、普通に盗塁を狙っていける走力とセンスがある。

「うちが負けるとしたら……」

 秋以降に当たったチームを思い浮かべるが、一つもない。

 まずチーム全体の力で言うなら、大阪光陰。だが遂に選手層も含めて、完全に全て上回ることが出来た。

 打撃戦になった場合、桜島相手でも完封してしまえる投手がいる。

 投手の強いチームであっても、大介を封じるのは無理だろう。大介を敬遠しても、他のバッターが打ってしまう。


 あとは走塁でペースを崩す、守備の堅いチームだろうか。

 明倫館を思い浮かべるが、そもそもランナーがほとんど出ないし、守備が堅くてもホームランを打ってしまえば関係がない。

 だからこのチームが負けるとしたら、それはひどい運の悪さと、采配のミスが重なった時ぐらいだろう。

「まずは今日の紅白戦で、どこまで弱点を突けるかだな」

「ですね」

 今日の紅白戦の内容によっては、秦野にもっと積極的に意見を仰ぐことになるかもしれない。




 甲子園のベンチ登録メンバーは、18人である。

 紅白戦のスタメン18人が、その18人の有力候補であることは間違いない。

 もちろんジンが今日は外れているので、一人は外れると思った方がいい。

「去年も紅白戦したけどさ」

 武史は同じチームになった倉田に話しかける。

「一年は四人だけだったよな」

「そう……だったね」


 白富東が本格的に強くなったのは、今の二年が入ってからだと言われている。

 確かにそれも間違いではないのだろうが、ちゃんと調べてみれば今の三年こそが、やはり躍進の原動力であるのは間違いない。

 そもそも一年の夏、実質勝っていた決勝、甲子園に進んだ勇名館はベスト4まで勝ち残った。つまりベスト4以上の実力はあったと見るべきだろう。

 そしてセンバツはベスト8で敗退したが、相手は優勝した大阪光陰であった。単純には言えないが点差を考えれば、準優勝でもおかしくなかったのだ。

 そして二年目の夏は、大阪光陰には勝ったが春日山に決勝で逆転サヨナラを食らった。


 二度目のセンバツは、試合に出たのはほとんどその四人で、あとのベンチメンバーに選ばれた一年はほんの少しの出場機会があっただけである。

 人数自体は多かったが、上級生を押しのけて出場機会を得るほどの人材は少なかったということだ。


 そしてこの春。

 紅白戦で、一年生が五人スタメンになっている。

 新しい戦力はどんどんと、白富東の弱点を埋めていっている気がする。

 シーナが出場出来るようになったが、同じセカンドの一年生の哲平が、明らかにシーナよりも上の打撃を持っている。

 それで守備に穴が開くかと言えば、むしろ哲平は身体能力ではシーナに優っているため、総合的に見れば哲平を使った方がいいとさえ思える。


 ただ打撃力などを言うならば、赤尾も凄まじい。

 倉田のファーストを許容出来るのなら、赤尾もスタメンで使って、さらに攻撃力を高めることが出来る。

 淳はピッチャー専念で、トニーはスタメンで使うには、まだ弱点が多い。

 未完成という点では去年の武史と同じようであるが、武史と違って変化球への対応力が低いのが、対戦相手によっては使いにくいだろう。


 おそらく夏の地方大会までに孝司と哲平、それに淳はベンチには入る。

 キャッチャーは三枚は必要だと、センバツの決勝で思い知った。開き直ったピッチングでどうにか乗り切ったものの、普通ならあの逆転されたまま負けている。

 それに孝司は間違いなく代打としても使える。バッテリーを組んで何度か投げてみたが、キャッチャーとしての信頼度は高い。

(外れるとしたら……曽田かな)

 シーナと哲平、二人の専業セカンドと争った場合、曽田は一枚以上落ちる。

 ショートは大介が鉄板で、諸角が本来は守っていた。サードは専業はいないが、武史自身が守ったり、鬼塚が守ったりと、それなりに埋められている。

 ファーストは戸田が専門であるし、打力重視の打線を組む時は、倉田が入ることもある。

 外野はアレクを中心に、シニアの中根と沢口が専門であるし、鬼塚が入ることもあれば、トニーも最近は練習している。


 選ばれる者がいれば、選ばれない者もいる。

 残酷な現実を突きつけられても、それに耐えるだけの力があるか、それが確かめられている。


×××


 なおOPSの計算には大きな間違いがあるであろうことを突っ込まれる前に先に記しておく。

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