第39話 明暗

 意外な展開だな、と直史は投げながら思う。

 夏の準決勝の大阪光陰との対決は、球史に残る対決であった。

 直史と大阪光陰の投手陣による、互いの打線の封じ合い。

 結局は直史が完封し、大介が一本打って勝負が決まった。


 大阪光陰は、もちろん荒削りな部分はあるが、打撃においてはむしろ夏よりも向上しているような気がする。

 上位打線を打つ一年が多いが、それでもクリーンナップには二年がいて、鋭いスイングを見せている。

 そんな大阪光陰であるが、ここまでに出たランナーはポテンヒットの一人。

 しかもその一人は送りバントの失敗でアウトになっているので、六回が終わった時点で大阪光陰は、18人で攻撃が終わっている。


 下位打線はコンパクトなスイング。上位打線は追い込まれるまでは豪快なスイング。

 どちらにしろどうにかヒットにしようとしてはいるが、直史の球数はそれほど増えてもいない。

 それでも六回が終わった時点で80球というのは、他の試合に比べれば比較的多い。

(だからまあ、これでいいだろう)

 ピッチャーの直史と、サードの武史が交代である。




 舐められたかと一瞬だけ思った木下だが、スコアを見ればそれも仕方がないかとも思える。

 六回のイニングが終了した時点で、スコアはなんと5-0である。

 初回の三点はともかく、その後もぽつぽつとヒットを打たれたり、エラーが重なったりしたのである。


 大阪光陰は勝つために選ばれた選手のチームだ。

 当然のように勝ち、当然のように優勝する。甲子園を三期連覇というのは、ありえない大記録である。

 しかし夏、準決勝で敗北した。

 当たり前のことだが、この世界に無敵のチームはない。


 どこか歯車が狂っている。

 それはずっと感じていたことだ。おそらくはあの夏、白富東に敗北した時から。

 それでも力に任せてここまで来たが、その決定的な狂いが表面化したと言える。

(初回の攻防が全てやった。いや、そんでもどうせ打たれるなら、白石とちゃんと勝負しておくべきやった)

 三打席目、またも初球で敬遠されると知った大介は、右打席に入った。

 ここで勝負に行って、さすがにホームランこそ打たれなかったが、センターに軽く飛ばされるヒットとなった。そこからまた追加点が入った。


 負けるにも、負け方というものがある。

 正面から白石と勝負させて、一度完全に破壊されておくべきだった。

(センバツまでにどう立て直しょか……)

 素質自体は、去年よりも上だとさえ思える。

 これを上手く使えなければ、監督失格である。




(しかしほんとにいいのかね)

 継投でいくと言われたので、ブルペンで肩は作っておいた。

 直史はまだサードにいるので、いざとなればまた交代出来る。

 だがそもそも論として、今の武史で通用するのか。


 夏、甲子園で確かに武史は152kmを投げた。

 後からそれがどれぐらい凄いかとは聞いたが、本人に言わせれば、アドレナリンの過剰分泌である。

 事実肩などの筋肉痛で、その後の試合に影響があった。

 その後はブルペンで投げても一度も、150kmには達していない。


 その武史が迎える七回の表。

 一番打者の毛利は、俊足巧打。アレクより少しだけ打率が低く、アレクより少しだけ足が遅く、アレクのように変な球に手を出したりはしない。

 そう考えれば打ち取れるかもしれないと思う。アレクを打ち取るのはひどく難しい。

 それに毛利は左打者によくある傾向だが、左の投手に少し弱い。アレクはそこは気にしない。

 しかし良い先頭バッターには違いはない。


(ここからだ)

 毛利は切り替える。

 この試合は、おそらく負ける。

 だが敗北から何を知るか、それが問題なのだ。


 佐藤兄弟の兄と違って、弟の方は同学年なのだ。

 甲子園で覇を競う可能性は、こいつの方が高いのだ。

 特に三年の最後の夏、こいつが立ちふさがってくる可能性は大いにある。




 武史のピッチャーとしての素質は、小学校時代の水泳と、中学時代のバスケによって培われたと言える。

 水泳は特にどの泳法に長じているというわけではなく、普通にどの泳ぎ方でも泳いでいた。

 水泳選手は驚くほど体が柔らかい人間が多いが、それは水中の中で、全身を軟体動物のように使って、全体で泳ぐからだ。

 また最も推進力の高い腕は、大きく振り上げることがある。

 肩関節の駆動域が広く、それでいてバスケの巨大なボールを使っていたことで、腱や靭帯なども強い。

 そこから生まれる爆発的なパワーが、球速の秘密である。


 武史と直接対決して、毛利はその打ちにくさに驚いた。

 体が正面を向いても、まだ腕が隠れている。

 そこからアーム式で大きく投じられる球が、伸びてくる。

 真田と同じタイプの腕のしなり方ではあるが、真田よりもさらに打ちにくい。

 最後は空振り三振になった。


 純粋な真っ直ぐと、手元で変化する何種類かのムービング。

 それに高速チェンジアップが、武史の持ち球である。

 上杉勝也と同じタイプの左腕で、上杉勝也ほどの球速はないが、タイミングはより取りにくい。

 大阪光陰の上位打線を、三者三振で切って捨てた。




 武史の投球に奮起したのか、投手戦めいた試合に変化してきた。

 真田が大蔵のリードに強く首を振り、己の球を投げ込んでくる。

 球に気迫が乗るとでも言うべきか、これを白富東の打線は打ちあぐねるようになる。


 しかし、大介の四打席目。

 もはや小細工も不要と、左打席に大介は入る。

 ランナーはいない。ここから敬遠してくるなら、もう盗塁で走るだけだ。

 真田ももはや、細かいことは考えない。

 もちろんストレート一辺倒などという無謀はありえないが、スライダーでもカーブでも、自分の渾身の球を投げ込む。


(ぶっちゃけ、確かにたいしたもんだよ、お前は)

 大介も色々なピッチャーと対戦し、封じられる場面もあった。

 しかし間違いなく、高校入学以来、年下のピッチャーでやりにくいと思ったのは真田だけである。

 そのスライダーを、カキンと打って、レフトスタンドへ。

 六点目が入り、真田はそこで降板した。


 バッターとしての真田とも、戦ってみたいなと思った武史である。

 なんだかんだ言ってこの天才も、今まではほとんど年上の天才としか戦ったことがない。

 今はまだ、はるかに真田の方が完成度は上だ。しかしまだ一年以上ある。


 高校最後の夏、もしも甲子園で投げ合う相手が真田だったら。

 それはとても苦しくて、しんどくて、厄介で、楽しいものだと思うのだ。

 この日、武史は打者10人に投げて被安打一の失点0四球0。

 そして奪った三振は八つであった。




 明治神宮大会は、白富東の優勝で終わった。

 白富東としては初出場だったので、当然ながら初優勝。

 そして千葉県勢としても初優勝である。


 大量のマスコミに囲まれ、大量の写真を撮られる。

 インタビューを受けるのは結局のところ全試合でホームランを打った大介に、珍しくもホームランを打たれた直史。

 そもそも直史がホームランを打たれるところを知っているマスコミがいなかった。


 そんな騒動も時間の経過と共に過ぎて、宿舎に戻れば荷物をまとめてバスに乗る。

 平日に行われる大会なので、明日もまた学校である。

 おそらく優勝について放送などはされるのだろうが、まあ国体の時と同じ程度の騒ぎだろう。

 一応は全国大会連覇ということで、もう少し騒ぎにはなるのだろうか。


「それじゃ秋の大会も全部終わって、もうすぐ対外試合禁止期間に入るわけだけど」

 野球部には対外試合禁止期間というのがあり、今年度は12月の初日から、来年の3月7日までである。

 元々は冬場に雪が積もりやすい北国が、練習環境で不利になることから定められたものだ。

 だが現在では室内練習場も充実したチームが多く、北海道代表が甲子園で優勝したこともある。

 もっとも東北地方の甲子園優勝は未だになく、その悲願は常に東北地方にある。


「それまでにあと一回だけ練習試合あるから。西東京の秋の大会で準優勝した早大付属と、東北大会でベスト4だった岩手の花巻平ね」

 ジンが言うには超強豪校が、このぎりぎりに練習試合を入れてくれるのは珍しいらしい。それほど白富東が脅威ということだ。

 早大付属はセンバツにも出てくる可能性があり、花巻平は出場の可能性は低いが、今のうちに見ておきたいピッチャーがいるとのこと。

「それが終わったらオフシーズンだけど、しっかり基礎はやっていくからね!」

 シーナも宣言し、二年生は去年の冬を思い出してげんなりする。


 オフシーズンとは言っても、練習がないわけではない。

 むしろ高校生などには、この時期にどうやって体を作るかが肝心であったりする。

「久しぶりにバスケするかなあ」

 武史のように本気でオフシーズンを、他のスポーツで埋めるつもりのやつもいる。


 直史としてはこういう地味な練習は嫌いではない。

 少しずつ着実に筋肉を育てていくのは、数値がはっきり出るので分かりやすくていい。

「練習もいいけど、期末テストもあるからな」

 高峰の言葉に、さらにうげえとなる一部である。

「まあテスト勉強も含めて、しっかりと冬を迎えようか」

 ジンが綺麗にまとめた。




 かくして実りの多い秋は終わった。

 白富東はこの秋、県大会から国体を挟んで、関東大会に神宮大会、合間に挟んだ練習試合も含めて、全勝でシーズンを終えた。

 それはまさに、夏の大会であと一歩で優勝を逃した気分から来る、鬱憤晴らしにも似たようなものであったろう。

 だが三年生の抜けた試合で、全てを勝ったということは自信になる。

 今更これ以上自信をつけてもどうなのかと思わないではないが。


 そして冬が来る。

 オフシーズンではあるが、高校球児たちも人間、冬には嬉し恥ずかし、ドッキドキイベントがあったりするのだ。

 冬が終われば、当たり前のように春が来る。

 しかしそれは、直史たちにとっては、高校最後の春であるのだ。




  七章 了

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