第11話 団体競技の中の個人

 大介が合流したのは、白富東のメンバーが宿泊する施設で、夕食を終えた頃だった。

 明らかに憔悴していて、肉体的にはどうだか分からないが、覇気がないことは確かだ。

 そして直史が問題としているのは、双子が一緒に来ていないことだ。


 佐藤家の双子はフリーダムな存在である。

 学校を休んでカナダまでワールドカップの応援に来てしまうなど、問題を起こすことが多い。

 つまるところ、自分の快楽を最優先にして行動する。それを制御するのは佐藤家の中では祖母と直史の役目であった。


 だが大介の言うことは、ある程度尊重する。

 大介とイリヤの出会いによって、前ほどは事件を起こすことは少なくなった。もっともワールドカップのように、やらかしてしまう規模は大きくなった。

 この国体に関しても、そもそも現役の学生からは応援団は結成されておらず、有志の父母が応援に来ているだけだ。

 学校からは二人に、休んでまで野球の応援をするのは問題になるとも言われているのだが、まあワールドカップは、なんとなくお目こぼしされている。

 やはり日本としては初優勝したのが、全ての野球ファン的に嬉しかったのだろう。

 好きなのは甲子園であっても、国際大会で活躍する日本人を見ると誇らしい。

 それにあの応援は、甲子園の伝統的なものとは違ったが、圧倒的であった。

 大介が、甲子園でやったら絶対に怒られちゃうようなこともしでかしたが、それはそれとしてものすごく面白いものであった。


 野球を興行として考えるなら、大介のような人間は絶対に必要である。

 ただプロ意識というのは、少し微妙なのだ。大介は、調子に乗るよりははるかにマシだが、マスコミ嫌いだ。

 好意的な感じで話しかけてきても、言葉の内容を切り貼りして、印象操作をしてくる。

 基本的に対戦相手をリスペクトする大介は、敬遠をされてもそれはそれで仕方がないと判断する。

 だがセンバツ、大阪光陰に敗退した時などは、自分の調子が悪かったのと、敬遠気味の投球だったことから誘導されて失言していた。


 直史は、一つしか解釈のしようがない言葉か、本当にどうとでも解釈の出来る言葉しか使わない。

 そもそも彼はプロになるつもりもなく、甲子園で優勝することも、あまり目指してはいない。

 既に実績は積んであるし、もしチームが敗退するとしても、それは自分の登板に責任があるものではないだろう。

 だから大学進学のために必要なパフォーマンスさえ発揮していれば、後は嫌われようがどうしようが、基本的には関係ない。

 そもそもマスコミやアンチの発言などは、注目度の裏返しであるので、そこまで気にしていたらもたないのだ。




 その大介を連れて、直史は宿となっている旅館の、付属した食堂へ入る。

 基本的には時間制で食事を出すのだが、追加して金を払えば、他の食事も出してはくれる。

 直史はミルクティーを頼んで、大介は「ざっくり荒挽き胡椒ハンバーグの大・サイドメニュー付き」を注文した。


 注文が来るまでに、当然のように間がある。

 大介に直史が同行したのは、当然ながら意図がある。

「もう大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないけど……大丈夫になるまで、延々と待ってるわけにもいかないだろ」

 その言葉は、直史には分かるようで分からない。


 思えば白富東の中でも、最も異質なのはこの二人である。

 西東京から引っ越してきた大介は、当然ながら誰も知る者はいないチームへ入ることとなった。

 そして直史も、シーナこそいたが中学時代のチームメイトとは、完全に断絶した。


 直史は大介のことを、本当の意味で世界一のバッターだと思っている。

 口には出さないが、こいつよりも上のバッターは見たことないし、おそらく今後も見ることはないだろう。


 大介は直史のことを、世界で一番打てないピッチャーだと思っている。

 口には出さないが、試合の要所で対戦した場合、唯一厄介だと感じるだろう。あの上杉よりも。


 両者、共に全く性質が違うが、常識から逸脱して才能には違いない。

 そしてお互いに、相手の方が自分より上だと思っている。




 正直に言うと直史は、大介の気持ちが分からない。

 彼は基本的に、マシーンのように投げるからだ。ワールドカップでもひたすら淡々と投げて、相手の打線を完全に封じてきた。

 幻想的に言うなら、大介は炎で、直史は氷である。

 少なくとも彼自身はそう思っていた。


 直史が大介を心配するのは、双子がそう言ってきたからだ。

 大介の言葉により、双子は今回の国体には来ない。

 双子以上の厄介者であるイリヤも、この間のワールドカップでやりすぎたため、今回は口を出してこない。

 そもそも甲子園よりもはるかに小さな舞台であり、観衆も少なければ、相手が強大なわけでもない。

 感情的な判断をする彼女にとっては、この大会にはなんの意味も見出せなかった。

 肝心な時に役に立ってくれないやつである。


 大介の調子がどうなのかは、本当に直史には分からない。

 直史の場合、田舎育ちで周囲の葬式や法事、逆に結婚式などにも出ていたことが多かったため、ある程度の死に慣れている。

 おそらくだが、祖父母や両親が死んでも、大介ほどにはへこまないだろう。

 年長の者から死んでいくのは、自然の摂理としては正しいことだ。悲しくないわけではないが、本当に、慣れている。


 エゴイスティックな直史が、本当に心の底から失って精神的に落ち込む者など、そうは多くはない。

 中学生時代に、同級生が水難事故で死んだ。

 なぜ死んだのか、本当の理由を知っている直史は、本当に感情を動かさない自分に驚いた。

 おそらく幼い頃からの様々な体験が、ある意味神経を鈍くしているのだ。


 甲子園に行けなくても、死ぬわけではない。


「調子が戻らないなら、代打にしとくか?」

 せめて少しでも練習をすれば、自分の球を打たせれば、上手く復調させることが出来るかもしれない。

 だが大介は首を振る。

「いや、やらせてくれ」

 この経験は、大介を強くするのかもしれない。

 もし万一、彼が上手く機能しなかった時、それは今度は、自分が助ける番だ。


 野球は究極的な部分では、個人対個人の側面が強い集団競技である。

 だが、だからこそある個人が負けた分を、自分が抑えればいい。


 かつて大介は、ホームランを打ってくれた。あの一点で、直史が点を取られても勝てたのだ。

 大阪光陰との、まさに死闘と言うべき、直史が完全に本気になった試合。

 決定的なホームランを打ってくれたのは大介であった。

 あれこそまさに、相手の全てを打ち砕く、最強の一撃であった。

(明日はガン先発の予定だけど……)

 前橋実業の打線を見る限りでは、大介が普段の半分も機能していれば、普通に勝てそうではある。

 だがより慎重を期すなら、継投策だ。


 岩崎、武史、そして自分。

 あるいはアレクを使ってもいい。

 問題は決勝だ。相手が帝都一なら、そして本多が完全に力を発揮できれば、こちらの打線で打てるのは大介と、かろうじてアレクだけだろう。

 イリヤドーピングが存在しないこの大会では、武史が100%の力を出すことは難しい。

 いっそのこと、明日の次第で負けてしまえば、調子を整えて秋の県大会を戦っていける。

 分析する限りでは、準決勝のトーチバは、今の白富東の戦力から考えても、大介なしでも負ける相手ではない。

 決勝の相手は、微妙だが三里が勝ってくるかもしれない。

 大介と直史がいなかったとは言え、練習試合ではかなり白富東の打線をかなり抑えていたのだ。

 投手の継投を考えると、侮れる相手ではない。


 しかしそれもこれも、大介が復活してくれれば、雑魚である。負ける気がしない。

(俺はこんな自信家だったか?)

 夏の大会と違い、投手の消耗が少ない秋の大会である。

 直史の体力を考えても、省エネピッチングで、県大会までは勝てる。


 窮地になると、人は自分の違う一面に気付けるらしい。

 幸い秋季関東大会も、白富東には地元の利がある。

 ジンは神宮大会まで勝つと言っていたが、本当に大事なのは甲子園だ。

 確かに直史としては、東京の大学関係者が多くスカウトに来るであろう神宮大会で、無様な姿を見せるつもりはない。

 だが自分以外が投げて負けるなら、それはそれで仕方がない。


「お前が打てなくても、俺たちが一点も取らせない」

 直史の強い言葉に、大介は顔を上げる。

「投手は点を取ってもらわないと勝てないけど、投手が一点も取られなければ、負けることはないしな」

「お前……普段からそれぐらい言ってもいいと思うぞ?」

 大介は呆れたような笑みを浮かべた。




 群馬国体準決勝第一試合、地元群馬の前橋実業と、世界レベルのスーパースター二人を擁する白富東が対戦する。

 地元のファンも当然ながら、昨日の試合では出なかった白石大介を見るために、関東のみならず全国からスコアラーがやって来る。

 なにしろ大介はまだ二年生なのだ。おそらくは出てくるセンバツと、来年の夏も考えれば、対策をどうにか考えなければいけない。

 ……もっとも高校レベルで大介を抑えられる投手など、まず大阪光陰の真田ぐらいではないか、とほとんどの監督陣は諦めかけている。


 直史などからすれば、単打までに抑えてその前後をどうにかすればいいと思うだけなのだが、どうもピッチャーはそんなようには割り切れないようなのである。

 部内の紅白戦において、直史は大介に打たれたが、点に結び付けなかった。

 本気で、完全に打ち取ることを考えれば、どうなるかは分からない。


 そんなわけで明らかに昨日以上に多い観客である。

 前橋実業の先発はアメリカからの留学生であるエディ・ブライアン。

 ストレートのMAX150kmを誇る左の本格派である。

 左の本格派と言えば勇名館の吉村を思い出すが、彼と違うところは、まず背が高い。

 投げる球種はほとんどがストレートで、変化もムービング系のわずかに変化するタイプだ。


 はっきり言って、世界大会で戦ったピッチャーに比べると、はるかに劣る。

 だが日本の高校野球レベルだと、これを打てる打者は少ないだろう。

 しかし白富東は別だ。

 夏に大阪光陰や、春日山の上杉と戦ってきたのだ。春には本多や玉縄を相手にしている。

 継投策で的を絞らせなければ、それこそ大阪光陰のように、大介のホームランだって防ぐことが出来る。

 延長まで戦ったから、大介はホームランを打ったのだ。

 そして前橋実業は、このエースが崩れて、呆気なく甲子園で敗退した。

 だから一打席目はともかく、二打席目の大介ならば、普通は打てるはずだ。


 結局この試合、大介はスタメンで三番に入っている。

 白富東がやってきた限りにおいて、この三番打者が機能しなくなったことはない。

 大介が調子の悪かった試合でも、それなりに打ってきてくれたわけだからだ。

 だが果たして、この試合ではどうなるか。


 ベンチから飛び出して、整列する両チーム。

 スタメンの中では大介は、両チームを見ても最も背が低い。

 だからこそ、小さな巨人とも呼ばれるのだ。


 先攻は白富東。

 不安は残っているが、試合は始まる。


×××


一日お休みすると思います。

いつもそう言って二話投下していたりしますが、今回は本当に用事です。

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