異世界に来たので引きこもります -神から与えられた無能力-

夏樹

プロローグ

 例えば、自分が人間関係に疲れていて人生がどうでもよくなってしまったとしよう。

 例えば、つまらない日常が永遠にループするような生活をしていたとしよう。

 例えば、そんな時に子供に向かってトラックが猛スピードで向かってこようとしている状況を目撃してしまったとしよう。


 そんな状況に置かれたとき、俺は咄嗟に走り出してしまった。

 いいや、むしろ無意識に体がそちらの方へと向かっていった、の方が正しいかもしれない。

 いずれにせよ俺はその子供を助けるべく子供を突き飛ばして俺を犠牲にした。

 俺は一瞬、美しい景色を見た。それは普段なら絶対に見ることのできない景色。青く深い夏の空。まるで宙に浮いたかのように流れる景色。

 ……次の瞬間には真っ暗だったからその瞬間が強く記憶に残っているだけかもしれない。でも、確かに見た景色だった。はずだ。


 だからこそ、次に目を覚ました時にボロ小屋の麻袋のような布団で目を覚ました時は衝撃的だった。

 生きている。生き返っている?少なくとも、ここは天国とも地獄とも言えなさそうだった。この状態は天国だったら不親切すぎるし、地獄だったら親切すぎるからだ。

 そもそも、俺に天国だとか地獄だとかいうのを想像しろと言われてもできっこない話ではあるが、少なくとも世間一般的な考え方をするのであればどちらも違うと仮定できる。


 麻袋の中でぼんやりとしていたら、夢の内容を思い出してきた。

 俺が死んでから、生き返るまでの夢。今思い返せば夢というよりは処理に近いか。


紺野日斗こんのひゅうと。お主は死んだ。子供を助けるために自らを犠牲にしトラックに跳ね飛ばされた」


 いかにも「神」って感じのじいさんに話しかけられたのは分かった。後ろでは天使みたいな女性があわただしく働いていたような気がする。


「それと同時にお主には自殺願望もあった。それ故、評価と罪を両方背負い込んだのだ」


 確かに、自殺したいという願望はどこかにあって偶然にもあの現場を目撃してしまったのは認めざるを得ない。

 結果としてプラスポイントである人助けとマイナスポイントであるらしい自殺を同時に達成してしまったらしい。


「評価に値せず、罰するにも値せず。苦渋の決断ながら、お主の評価はこの行いだけでは決めきれなくなってしまったがため、わしが管理する異世界にて経過観察することとなった」


 なんだか面倒くさいことになってしまったんだろうなぁ、と同情だけはする。

 だが、もう一度人生をやり直せと言われたところで俺はもう人と関わりたくない。


「とはいえ、何の能力もなく異世界に放り込むというのはいささか大変な事だろう。ので、わしはお主に”無”の能力を授けることにした」


 無の能力。って、無能力とは違うのだろうか。

 そんなこと言っている場合ではなかった。これは対話ではなく命令のようで、拒否ができないらしい。

 具体的にどういう事かと言うと、この神に対して何か話しかけることはできない。

 一方的に結果を伝えられるだけだったのだ。


 そして、とんでもなく真実っぽい夢として俺の記憶に入りこんでいる、というわけだ。

 仕方がない。こうなったらこの世界で生きていくしかないと腹をくくろうか。


 俺は、やっと麻袋の中から出ることにしたのだった。

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