歴史の意義

「先生、この国を滅ぼそうとしてます?」

 鳥地の問いに、アタルカの眼が険しくなった。


「なぜ、そう思った?」

「いやなんか、ちょくちょくこんな国滅びてしまえ! みたいなこと言ってますし、この国は歴史の研究が禁止されてるでしょ? その上で堂々と歴史を研究できるように……」

「革命を扇動する、とかか」

「ええ、まあ」

 不意に吹いた風に炎が揺れ、アタルカの顔を覆う影が動いた。

 チラリと見えたその目は、恐ろしく冷ややかで……


「別に、この国がどうなろうと知ったことではない」

 その声は冷ややかで、どこか、何かを諦めたような色があった。


「俺は自分が歴史の研究をできればいい。その成果を生かせないような国は滅ぼうがどうなろうが知ったことではない」

「はあ……」

「前にも言ったとおり、この国は後ろめたい過去を隠すために偽物の歴史をでっち上げた。しかし過去と向き合わないものに未来などない。国も、人でもな」


 アタルカは暗い空を見上げて、そのまま黙ってしまった。

 何かを思い出しているのかもしれない。


 鳥地もつられて上を見やる。

 そこには、満天の星空が広がっていた。


「わあ、こんなきれいな星空、見たこと無いです」

「そうか。しかし、感動している場合ではなさそうだぞ」

 鳥地が、アタルカの声の調子ががらりと変わっていることに気が付く。


「山賊だ」

「えぇ!?」

「馬鹿、声を出すな」

 鳥地は慌てて小さな「おてて」で口をふさいだ。


「先生、何回もこういう旅してるんですよね? いつもどうしてるんですか」

「いつもなど無い」

 鳥地が声を潜めてアタルカを頼ると、アタルカも声のトーンを落として答えた。


「へ!?」

 何とかしてくれると思っていたアタルカの返事が期待に反したものだったので、鳥地は一層動揺する。


「いつもはもっと朝早くに発って一日で向こうまで行ってしまうのだ」

「そんな、なんで今回は」

「お前のペースに合わせたのだ」

 それを言われてしまっては反論ができない。


「安心しろ、策はある」

「ほんとですか!」

「俺の言う通りに唱えろ」

「え、ちょっと待ってください」

 どうやら鳥地に魔法を遣わせようしたらしいアタルカの言葉を、鳥地が遮る。


「僕、日中に魔力使い果たしちゃったんですけど」

「何? 魔力を少し残しておけと言っておいただろう!」

 怒りのためか、アタルカはすでに声をひそめることを忘れてしまっている。


「なんか、運んでもらうのが悪くてギリギリまで頑張っちゃったんです!」

「なお悪いことになっているではないか!」

「山賊が出るなんて思わなかったんですよぉ!」

 二人が言い争っている間に、周囲がガサガサと騒がしくなった。


「でもほら、僕たち金目の物なんか持ってないですし、本とかばっかりですから山賊が取るものなんて何も……」

「お前の世界の山賊は『金はありません』と言えば『はいそうですか』と生きて返してくれるのか」

「まず山賊がいませんよ!」


 しかし、鳥地も分かっている。

 物語の中で見る山賊は、アタルカの言う通りの存在だ。

 周囲から迫ってくる大量の人間の気配に、赤ん坊はただ怯えることしかできなかった。

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