帰還志望理由
なんとなく打ち解けたらしいアタルカと鳥地を眺めていたトクロは、しびれを切らしたように口を開いた。
「あの、それでカグラちゃんはこの後どうするつもりなの?」
カグラと呼ばれた赤ん坊は自分で名乗っておきながらポカンとしていたが、やがて思い出したようにワタワタと慌て始めた。
「あ、ああ! すみません、まだこっちの世界での名前に慣れてなくて……。そうだ、とりあえずしばらくここで匿ってもらうことはできませんか!?」
「断る!」
「あんたは居候でしょうが! 所有者の私が許可するから、居たいだけいたらいいよ」
初めは抗議していたアタルカだったが、「ならあんたを追い出すけど」と冷たく言われ、渋々トクロに従った。
「お前領主の娘なんだろう。家に戻らなくていいのか」
へそと共に背中を思い切り曲げながら、せめてもの反抗としてアタルカが言い放った。
「えっと、実は元の世界に帰りたくて。その為に家出して来てるので……」
鳥地は、なにやらばつが悪そうに答えた。
「ふむ、なるほど。そういうことなら置いておいてやろう。夜泣きはするなよ」
「しないですよ!」
「あんたが偉そうなのはおかしいでしょ」
「研究にも役立つかもしれんからな。ついでに帰る方法も探してやる」
何はともあれ、一旦話が付いた。
元の世界でコウコウセイだった鳥地は「学生」として、アタルカの下で助手のような仕事をする。
アタルカは鳥地が元居た世界の話を聞きながら自分の研究を進め、その過程で過去の「転生者」の情報や、元の世界に帰る方法につながりそうな情報を鳥地に提供する。
一旦はこのような契約が結ばれた。
話がまとまったのを見届けると、トクロは自分の家へと帰って行った。
「ヒロイン不在で男二人の会話ばかりになるなんて、物語的には終わってるよなぁ」
鳥地の独り言に、アタルカは首を傾げながら立ち上がった。
「ところで、なんでお前は家出してまで元の世界に帰りたいのだ。領主の娘ならば一生食うには困らんだろうに。よほど恵まれた人生を送っていたのか」
「いやぁ、そういう訳じゃないんですけど」
鳥地は、今度は少し照れるように笑った。
「僕はラノベ……小説が好きで、いくつもシリーズを追っていたんですが……それらの続きを追いかけることができないことが無念で無念で!!」
「なんだくだらん」
「なんだと!」
「別に死ぬわけじゃあるまいし」
「物語を摂取してないと死ぬだろ! まああっちの世界ではとっくに死んでますけどね!! わっはっは!!」
最後の「わっはっは」にはまるで感情が籠っていなかった。
その後、鳥地は物語の必要性について長々と喋り続けていたが「所詮はフィクションだろう」というアタルカの言葉が油を注ぎ、一層大きな爆発を起こした。
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