ゴミはゴミ箱に

岸泉明

第1話

「ゴミは、ゴミ箱に」


黄昏の空に浮かぶ紅日がゆっくりと影法師とともに消えていった。僕はそんな様子をつまらなそうにぼうっと眺めていた。空を見上げるなんて時間の無駄としか思えないのに、目の前の課題の多さに僕はもうなんだかどうでもよくなっていた。

「なんなんだろうなぁ、僕って」

気がつけば山の向こう側に日は沈んでいた。

「仕事しないと」

生徒会室に戻って僕は再び課された仕事に戻った。

僕はX高校に通う凡庸な高校二年生の脇谷太一。なにもかも特別なことなんてない。強いて言えばクラスに何人かいる影が薄くて、ちょっと絵の上手いやつ。物語なら脇役どころかモブキャラ止まりだろう。主人公なんて言うまでもない。一応潰れかけの美術部の副部長をしているが、ここんところ生徒会の仕事が忙し過ぎて、全く絵を描いている時間がない。

「脇谷、すまんけど明日までに本部会に提出するやつ仕上げといて」

会長からメールが来た。「明日まで」というのはいささか乱暴だ。しかもこんな資料、もっと前に言ってくれれば早く仕上がったのに、今日言わないでほしい。会長は人遣いが荒い。僕ら生徒会の補佐員のことなんかろくに考えもしない。でも補佐員が会長に文句なんか言えるはずがない。

「承知しました」

とメールで打つ。が、僕の内心は穏やかじゃなかった。でも、怒っている時間もないと、生徒会室にあるパソコンを立ち上げて、黙々と資料を作成していった。僕はタイピングが早くはないから、急がないといけない。

最近毎日こうだ。いつも会長やら委員長やらに好き放題コキ使われて、地味な仕事ばかりやらされる。もと言えば僕生徒会の役員なんかしたくなかった。でも、各クラス一人委員を選出するとかいうくだらない生徒会則のせいで僕に白羽の矢が立ってしまった。僕だって暇じゃない。でも、クラスの連中からすれば僕は暇で生徒会という面倒な組織に送り込んでクラスのために犠牲にしても全く問題がないと思ったのだろう。仕方がない、僕の人生所詮はモブキャラの人生なんだから。でも、生徒会の役員は想像を絶する忙しさだった。毎日こう夜遅くまで生徒会室でカンヅメしてると、親も心配するし、なにも僕はこんなくだらない資料作る暇があれば他のことをしたい。勉強だってしないといけないし、絵だって書きたい。生徒会の地味な仕事は誰かの犠牲の上に成り立っているものなんだと役員をやって初めてわかった。

「終わった」

小一時間ほどパソコンと向き合ってやっと完成した。

会長に「完成しました」とメールで送ると、少ししてから返信が来た。

「あ、わり。今上で話し合ったんだけど、やっぱそれ提出しないから、いいや、ナシにしといて」

と返ってきた。僕は生徒会長に燃えるような怒りを覚えた。上の決定?早くいえよ。僕の一時間を返せ。全くふざけている。今ここに会長がいたら殴っていたかもしれない。しかも僕に「ありがとう」も「お疲れ様」もないのかよ。会長にメールで「馬鹿野郎」と送りつけてやりたいくらいの気持ちだったが、なんかと怒りを抑えて僕は「承知しました」と送った。

理不尽だ、全く。

「どうした、相棒」

「会長が理不尽でさ」

「ドンマイ、お前よく頑張ったよ」

「そう言ってくれるのはお前だけだよ」

僕を励ますのは人間じゃない。僕にしか見えない友達のドッペルだ。いや、友達というか、もう一人の僕だ。僕は昔から友達が少ない。小学生の頃から友達が少なくて、いつも寂しい思いをしていた。そんな僕はいつしか理想の友達像を考えているうちに、僕の心の中に友達と呼べる存在の虚像を作り出した。それがドッペルだ。彼はいつも僕の味方でいてくれる。

「今日はもう帰ろうぜ、これ以上学校にいることなんてない」

「そうだな」

「帰りにジュースでも買ってくか」

「そうしようか」

僕はドッペルとともに小さく笑った。

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ゴミはゴミ箱に 岸泉明 @Kisisenmei

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