第34話 加速する状況

相変わらず機嫌の悪そうな曇天。

その空の下、荒野に位置する魔王城内部にはいつものメンバーがいた。

会議室として使われがちな玉座の間で、玉座には座らずに触手で器用にイスを並べるヌル。

そしてそのイスに座り始める四天王たち。

テーブルには陽夏の入れた紅茶が人数分。

「皆さん揃ったので、ハチコさんお願いできますか?」

「はい、まずは状況を整理するところから入りましょう───。」

ハチコが話し始める。

議題はもちろん、魔法都市ハルファーで起こったことである。

ヌルが作戦の全容を知らなかったため疑問を持つのは当然であったが、四天王たちも、渡されたのは「台本」だけであって、どのような狙いがあったのかは聞かされていなかった。

それゆえに報告も兼ねる形として、今後の方針を定める会議となったのである。


「最初に勢力差ですが…、私達“魔王軍”は“勇者の軍勢”に対して大きく劣勢です。」

ハチコはパネルを出現させると、勇者の軍勢に関する組織図などのメモを表示する。

シルバから聞いた話を彼女なりに調べ、それらと擦り合わせた結果であり確度は高いとハチコは語る。

「我々の進行度は、四天王の配下プレイヤーをこれから集める段階にあり、魔王城内の各々の区画はもちろん、領地すら完成には遠いです。

一方、相手は魔王城への道のりさえ開ければ、準備の整っていない我々に攻め込むだけ…という段階。

戦術面はともかく、戦略面ではとても厳しい状況です。このまま進んだとて、良い未来は見えません。」

劣勢という言葉の実情を知り、それぞれの表情が険しくなる。

陽夏だけはあっけらかんとクッキーを焼いてテーブルに追加する。

ハチコは陽夏を無視して疑問を投げかける。

「では、どう対策するか? ですが…。」

納得がいったという顔で冬雪が口を開く。

「なるほど、だからさっきの演技を…。

解決法は“味方の進行度に何か手を加える”か、

“相手の妨害をする”か、ふたつにひとつ。

ハチコさんは後者を選んだわけですね。」

四天王たちは振り回されるヤクトを目の当たりにしているため、冬雪の答えに共感する。

しかしハチコはかぶりを振る。

「いえ、冬雪さんの答えは的を射ていますが、これらは二者択一ではないので前者も後者も両方やります。

この後説明しますが、もちろん皆さんにも働いてもらいます。」

ハチコがあんな計画を実行した後である。淡々と言い切った彼女に対して“一体どんな無茶をさせられるのか”と不安を覚える。

それを知ってか知らずか、ハチコは話題を戻す。

「それで…勇者の軍勢への妨害についてでしたね。

私はヤクトという人物について知った時、ターゲットを彼に絞る事にしました。トップが道を間違えれば、組織に大きな損失が出るのはどんな集合体であれ変わりませんから。

なので彼に誤情報を与えるべく演技したのです。

あ…と、冬雪さん。

お手数ですが、私がパスタさんを連れて行った後、どのような事が起こったか聞かせてもらってもいいですか?

皆さんが戦闘をせずに戻られたことで、おおよそ計画の想定内のはずなのですが、私も現場にいたわけではないので。」

冬雪が首肯し、ハチコが転移した後のあらましを話す。


内容はヤクトが大いに騙されたという話である。すなわち…

・パスタが勇者の素質を秘めた人物であること。

・ハチコが先代魔王であり、パスタを守るために活動していること。

・魔王ヌルが勇者の素質を持つプレイヤーを囲い込もうとしていること。

・あまねくが魔王に叛意をもってパスタを保護しており、ハチコと繋がっていること。


当たり前だが、これらはヤクトの妄想であり、事実とは全く異なる。

冬雪から語られる嘘みたいな言葉をハチコは想定通りとばかりにメモを取りつつ聞くが、ヌルはその一つ一つに驚く。

やがてメモをまとめつつハチコが口を開く。

「なるほど。私は、何かの素質を持つ者という演出してみたのですが、確かに先代の魔王という方が自然でしたね。

ヌルさん。何があったかは冬雪さんの話してくれた通りで、これは私の狙い通りに進んでいます。

私に対する四天王疑惑が晴れた事は必ずアドバンテージとして働くでしょう。

おそらく今後、彼らギルド連盟は“勇者の素質を持つ者”という存在しないプレイヤーを探し始めます。

そうして彼らが時間を浪費している間に、私達は魔王軍のプレイヤーを拡充します。つまり四天王配下の人の募集を開始します。」

言い切るハチコ。

その行動指針は魔王が決めるはずだったが、今やハチコが決めている。しかし今さらそのことに異論のある者はいない。

ハチコは仲間たちを見渡す。

ようやく四天王としての働きをする番になったと意気込むが、冬雪から疑問の声が上がる。

「このタイミングで配下を集めたら、ハチコさんが四天王であることが判明してしまいませんか? さすがに募集メッセージで名前を誤魔化すのは不可能では?」

「ええ。ですので私は配下を募集しません。

私の配下はヌルさんに用意してもらう魔物で固める予定です。」

「なるほど…。確かに実働部隊じゃないハチコさんなら、むしろその方が動きやすいか…。

いや、でも加入した人に魔王軍メニューの組織図を見られたらバレませんか?

それに人の目もある。出歩けませんよ?」

四天王の配下にくる者をいちいちチェックしたらキリがないため、希望者全員加入となるが、中には必ずスパイがいるだろう。

まさにハチコが誤情報を敵に掴ませたばかりなのに、それを捨てることになる。

「その心配は不要です。

魔王の機能で、四天王の名前閲覧に権限を設定して隠すことができます。

現にあなたも四天王になる前は魔王軍メニューから組織図を確認できても、四天王の名前は確認できなかったはずです。

それに、私はこのお城から出ない予定です。

四天王以外の誰とも会わなければ隠し通せるでしょう。」

「そこまでするんですか…。」

魔王城から出ず、人目に触れないプレイスタイルに切り替えると言うハチコ。

その答えに冬雪は息を呑む。

ハチコの魔王軍のために身を捧げんとする覚悟を見せつけられ、冬雪はこれ以上の言葉は無粋だと閉口した。

実際には、ハチコは普段から図書館の屋根裏に引きこもっており、その生活に慣れているだけである。

また、冬雪の解釈はハチコの意図とは多少ズレるのだが…。

とはいえ冬雪以外のメンバーは彼女に異論はなく、任せるという意思で合致している。



冬雪が口を閉じたことで訪れた沈黙に対し、ヌルが尋ねる。

「それで、今後どう動きましょうか?」

「…そうですね、まずは言ったとおり配下を集める事から始めます。

配下プレイヤーの役割ですが…。」

ハチコはテキストブック化した四天王要項をめくりながら話し始める。

「領地での守護を担当し、私たちへの勇者の軍勢の接近を阻む存在です。

仮に私がこの魔王城の下に広がる森を領地に設定したならば、私の配下となる魔物はあの場所を守るわけです。

それがプレイヤーだった場合、中心地であるダンジョン“写術帝の隠れ井戸”への転移が可能になります。」

「ボクのギルド拠点みたいなものデス?」

「ええ。…ギルドの拠点というのは良い例えですね。

配下はその場所に集まって魔王軍配下として活動する…。魔王軍というギルドに所属しているに似たような状態ですね。」

それぞれが理解した反応を見せたのを確認してから、さらに話を続ける。

「結論として我々四天王一人につき一カ所の拠点が必要です。

とはいえ冬雪さんは例外ですから人数的には4箇所の拠点が必要なわけです。

それでも、現状獲得している“写術帝の隠れ井戸”を差し引いてもあと三箇所はダンジョン攻略を要求されています。」

三箇所も…と誰かの声がする。

「…とても足りないな。ハチコ殿はどう対処するつもりでいるのだ?」

「はい、この要項によれば拠点は仮置きができるとのこと。

現状ある建物や、仮の施設を四天王拠点として設定した後、ダンジョンを獲得しだい引っ越す形になります。

どうやら、本来はダンジョンへの挑戦自体が四天王とその配下で挑むように想定されていたようですね。

それで、誰が何をするかですが…。

まずはティオさん、あなたは今持っているギルド拠点を、そのまま四天王拠点として使ってください。

ディオスの例もあるように、実際一番スパイが紛れ込みやすいのはあなたの配下として加入に来た人でしょう。それでこちらの情報が漏れにくい場所となると、しばらく魔王城とは無関係の場所であるティオさんのギルド拠点が理想的でしょう。」

相変わらずティオへの当たりが強いが、反論は出ない。

あくまで加入プレイヤーについてであり、ティオの信頼を疑う意味ではないためだろう。

「あまねくさんと陽夏さんは、この魔王城のある荒野に新しく拠点を建設します。

基本的な割り振りとしては、戦闘能力を頼りに加入する人はあまねくさんの配下へ。

技能のある人は陽夏さんの配下へ。

それぞれお二人はダンジョン探索が完了したら、そちらへ引っ越す形にします。」

腕を組んだあまねくと、今度はマドレーヌを追加している陽夏が頷く。

陽夏は聞いていないようで、意外にしっかり話を聞いている。

ティオが少し首を傾げる。

「冬雪さんはどうするデス?」

ハチコではなく冬雪自身が答える。

「ティオさん、僕は四天王としての権限を封印されているので、そもそも配下を集められないんですよ。

なのでハチコさん同様に内部的な活動になります。……ですよね?」

「そうですね。あなたは悪役を演じてもらったので“配下を勧誘せず誰も信用しない参謀”の役をお願いします。

それに関連しますが、私、ヌルさん、冬雪さんの3人は、皆さんが配下を集めたり運営する間に魔王城下の地域を探索します。

情報を集めて皆さんに共有、可能であれば領地として獲得してしまいましょう!」

ヌルはなるほどと頷く。

自分が玉座についていてもできる事は少ない。

むしろこの強さを活かせる実働部隊として外に出るべきで、ボロが出ないように他プレイヤーと接触しない場所なら適所と言える。

一方、冬雪は指示された役割を認識し、受け入れようとして思い直す。

「ちょっと待ってください! ええと…、ハチコさんは魔王城に引き篭もるのでは?」

「いえ? です。」

「…うん???」

冬雪は質問とハチコの答えとの間に差を見出せず困惑する。

固まった冬雪を放置してヌルが尋ねる。

「実際にハチコさんはどのような事をするんですか?」

「はい、“写術帝の隠れ井戸”を私の領地・拠点として設定します。

バリアキューブを拠点と、このお城の私の区画設置する事で直通移動を可能にして、周辺地域探索の活動拠点として使います。

ヌルさんや冬雪さんも私の拠点集合とすれば問題ないかと思います。」

その言葉を聞いて冬雪に理解のいろが灯る。

「あ、あ〜。なるほど、魔王軍配下の一般プレイヤーの目に触れない移動手段で活動するって意味だったんですね。」

冬雪が何かしら勘違いをしていたと察し、ハチコは首肯する。とはいえ追加説明の必要はないと判断する。

「では早速行動に移りましょう! さっき言ったとおり我々は劣勢です。この機会に逆転しましょう!」

それぞれの返事とともに動き出す。


ーーーー


翌日。

いつもの学食の見慣れた光景。

そのテーブルにて、白川無流はまさに修羅場と呼べる事態に直面していた。


隣には親友と呼べる男。

「なあ、畑くんよ、ムーさんからは手を引いてくれないかぁ? 魔王軍に初心者を勧誘するなんて、自分が何やってるか分かってる?」


向かいにはそれに口出しする男

「んー? 彼がそれを“嫌だ”なんて言ったのかなぁ? 言われた事ないなぁ。

むしろ初心者なのに、魔王という超強力プレイヤーの助けを得て冒険出来るだなんて、普通じゃできない特別な体験だと思うな〜!」


その隣には口出ししない女

「無流クン、今日のテーマは“鬼さんこちら”よ。

メインはおにぎり! 全部味が違うの。

あっ、こっちの漬物はアタシが作ったわけじゃなくて…。漬物とかもやってみたいけど、ユーキが許してくれないのよぅ。」

もはや2度目の修羅場ともなれば振り回される無流ではない。

我関せずを貫いて昼食を楽しむことにした。

「そうなんだ。でも確かにこのおにぎり美味しいよ! 具は…食べた事ない味と食感だね。味噌なのはわかるけど、これはなに?」

「美味しいでしょ〜? 中身はナッツで風味を整えたお味噌よ。珍しいわよね。お米の味に合わせてあるの。」

その優華と無流のやり取りを一瞥するが、平和と優希の口論は続く。

「そりゃそっちの独善的な都合だろうよ。そもそも優しいムーさんが“嫌だ”なんて言うわけねえんだわ。

第一、それを言うならムーさんが“はい”とも言わねえのをちゃんと受け止めるべきじゃねぇのかい?」

「ははは、むしろキミに気を遣って”魔王軍に入りたい“って言い出せないんじゃないかな?

だからこそ彼が勇気を出してくれるよう、こうして口説いてるんだけどもね。」

「こっちはね、乾燥ホタテを煮込んだやつ!」

「めっちゃ美味い! これは…自分でも試してみたいかも。初めてなのに懐かしい味で、言われた通りお米にマッチして感じるよ。」

「でしょー? あ、コレねミニおにぎり! あーんしてあげる、ハイ、あーん。」

「え? ちょっとそれはなんていうか…」

「さっさと口開けて!」

「あ、ああ…。」

赤面する無流。

彼は経験値は浅い。

対して優華はこれが平常運転である。

そしてそれを平和が眺める。

「………。ちょっとタンマ。畑くん、もしかしてアンタのお姉さんってムーさんと付き合ってる? どう見ても距離感おかしいんすわ。それとも今時の女子はあれくらい普通なのか?」

「いいや、キミの感覚は正しいよ。見ての通りおかしいのはウチの姉さ。

ちょっと姉ちゃん! 元はと言えば姉ちゃんが余計なことを言ったからこんなことになったんだし、加勢してよ!」

(あれ? こんな展開、前もあったな)

そう思いつつも優希が姉に不満をぶつける。


そもそもは無流が一人で学食にいたのだ。

平和より先に双子が同席し、合流した平和が不思議に思いつつ状況を受け入れ、4人で昼食という流れになったまでは問題なかった。

しかし優華が「野島クンもユニバースやってるの? アナタも魔王軍のアタシの傘下に!」と発言した事で全てが変わったのだ。


優希と平和のヒートアップに比べて、優華と無流のなごやかなこと。

弟が四天王としての役目を果たしているのに、姉が何もしない事に文句を言うのは当然と言えただろう。

しかし優華の反応は実に明確なものであり、

「ご飯の時にケンカしないの。」

ヤンチャな息子のいる母親のようにキッパリと言ったのだった。

優華の発言が当たり前の事で、当然過ぎて2人はポカンとしてしまう。

「食べるの?食べないの?」

「「た、食べます…。」」

優華の圧力に負けて、食事を楽しむことにする。

平和はおにぎりの一つを口へと運び…。

「うめぇ!」

「でしょ?」

優華のペースに乗せられたのだった。



優華の手作り料理という術にはまった平和。

多少ではあったが態度が軟化し、今すぐ状況が動くものでもないと冷静になった。

何より優華の作った料理が美味であって、主菜として用意されたおにぎりに留まらない数々がユニバースを忘れさせ、食事に集中させたことも彼を宥めた要因であった。

そうして食べ終わる頃、ケンカをしていた2名(本人たちは至って真面目だったが)に対し、優華のお説教が始まったのだった。

「ユーキも野島クンもそうだけど、ゲームの中の自分を外の自分と同じにしないの。

ゲームアバターへの自己投影はいくらやっても構わないけど、逆はダメって最初に言われたでしょう? ゲームの中でいくら食べてもお腹はいっぱいにならないのよぅ!」

その言葉選びはともかく、平和は彼女の言いたいことを理解する。

仮にパスタが魔王軍に入ろうが、勇者勢に所属しようが、現実における自分と無流との友情に変わりはないはずだ。

しかし、ピースフルとしての使命感がそのことを忘れさせていたのだろう。

自分を省みて、正す点があったことを認める。

「すまん畑くん。つい熱くなっちまった。」

「それはこちらこそ、だね。売り言葉に買い言葉で返してしまったよ。僕ら共通の友人のいる学友だし、仲良くしてくれるかい?」

「ああ、もちろん。」

2人が握手をしたところで、無流は「ホッ」と胸を撫で下ろす。

介入せず気にしないようにしていたが、その雲行きは気になっていたのだ。

仮想世界のみならず現実でも板挟みになるのは流石に避けたかったのだ。

「とはいえ、パスタ君を渡すつもりはないけどね。」

「言うと思ったぜ。決着はユニバースでつけようじゃないか。」

互いに握った手を離すことなく、ギギギと力がこもる。

二人とも気合いの入った笑顔を浮かべるが、やがてどちらともなく手を離す。

現実こっち現実こっち、ユニバースはユニバース…だ。

畑くんはユニバース内では四天王らしくあろうと振る舞ってるってことなんだろ?」

「…そうだね。あまり詮索しないでもらいたいけど、君の嫌いな魔王にしっかり役目を貰っているからね。」

「互いに頑張ろうや。ただし、こっちでの干渉はナシな。」

この時を境に、学内では彼らが4人でいる姿を見かけられるようになる。

心のうちは思うことがあっても仲の良い友人として交流を深めるのだった。


ーーーーーーーーー


ハチコが大方針を打ち出してから10日程が経過した。

魔王軍には四天王配下のプレイヤーが集まり始め、確かに”魔王軍“と呼べる規模に成長しつつあった。

軍団を従える四天王は3名いるが、中でも一大勢力を誇るのは”ティオちゃん軍団“である。

一大と呼ばれる理由には、彼女のギルド「ティオ後援会」のメンバーが全員加入した事も要因の一つだが、ギルドの関係上「後援会」に加入できなかった「通称:隠れファン」までもが参入したことが人数の増加を後押ししていた。

これには彼らの加入目的が、イベント攻略が主でない事も大きい。


Ver3.0イベントは最終的に勝利した軍勢に所属していたプレイヤー全員にポイントが加算される。また、それまでの活動・活躍に応じてもポイントは加算される。

これらのポイントはイベント終了後に、アイテムやスキルといった豪華な報酬と交換ができる。例えば、ティオのような妖精になれる種族変更アイテムなどもその中に含まれている。

そのため、一般プレイヤーが魔王と勇者のどちら側に着くかを決める際、普通であれば最終的な利益を見据え、ポイントの獲得できそうな方を選ぶ。

勝ち馬に乗る。というものだ。

尤も、日和見を続けると貢献によるポイント獲得の機会を逃すため、どこかで加入の決心は必要であるが。

しかし、ティオの元に集った者たちは、ティオを助ける事が主目的であり、ポイント以外の部分に自分たちの価値観を見出している。

ゆえに募集が開始された時点で加入したのである。


あまねく、陽夏の元に来たプレイヤーも少なくはない。

ティオの軍団に所属しないプレイヤーは基本的にそちらに振り分けられるとはいえ、意外だったのは、あまねくを目的に参入したプレイヤーも少なくなかった事だろう。

彼への挑戦や復讐を企むプレイヤーもいないではなかったのだが、強さに惚れ込んだファンのようなプレイヤーがそれなりにいたのだ。

配下組織の形は四天王に一任されるため、あまねくは「強さ順」という制度を作った。

強さで1〜20位までの人物を隊長として配置して、その下に低順位のプレイヤーをつける形にした。

さらには1〜5位には四天王の座をかけてあまねくに挑戦する権利を与えている。

これらの(まるで誰かの入れ知恵があった)作戦により、あまねく配下のプレイヤーは「野蛮で好戦的だが、士気も高く統率の取れた集団」として成立した。


一方、問題は陽夏だった。

彼女の弟に「彼女は人を率いる能力があるのか?」と問えば「ない」と即答するだろう。

陽夏の下に人を集めることになった際、冬雪は自分の権利を放棄せず姉の方を名前だけの四天王にするべきだったと後悔したほどだ。

人数が集まらなかったらどうやって責任を取ろうかと、頭を悩ませていた。

しかし、そんな彼の心配とは裏腹に、

思いついた変なアイディアが不思議と結果を伴うタイプである。

彼女は四天王配下のプレイヤー募集に際して一枚の画像データを載せた。

それは料理アイテムのデータであり、彼女が作りうる限り最強の効果を持つアイテムであった。

ヌルに頼んで素材を工面してもらったわけだが、重要なのはその効果である。


『天国のケーキ☆☆☆☆☆

発動所要時間:0.2秒

効果1:効果時間中に死亡した場合、一度だけ自動で復活する(10分)』


今までユニバースには自己を蘇生するアイテムは存在しなかった。

陽夏は単純に美味しそうなケーキを載せて、ゆっくりお茶をする余裕がある(=魔王軍はそれほど怖くない)とアピールしたつもりだった。

しかし、これはあらゆる方面に対する宣戦布告となってしまったのだ。

勇者勢には「こちらには自動蘇生アイテムの用意がある。」という脅しとして働いた。

陽夏と同じ生産や技術職に対して与えた印象は2つに分かれており、彼女より高レベルの者には「自分がこの貴重な素材を使えば、さらに良いものが作れたハズなのに…!」という対抗心を燃やさせた。

彼女より低レベルの者には「マイナー職である技術者のためにこれほどの素材を用意する気概があるなんて!」と羨望を抱かせた。

この最強の広告により、Ver3.0イベントを“戦闘メインの内容”と考えてスルーを決めていた技術職のプレイヤーたち……彼らが軒並み興味を抱く結果となった。

中立な立場から魔王と勇者の両陣営に物を売ることで利益を得ようと計画していたのだが、こんな挑戦状を叩きつけられたら黙っていられないとばかりに、魔王軍に参入してしまったのだった。


───つまり、勇者の軍勢はアイテム系の土台を支える基盤プレイヤーを失うことになった。

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