第33話 参謀の本気

少し時間が遡り、とあるビルの一室。


「ぎゃああああ〜〜〜!!」

頭を抱えて悲鳴を上げる人物がいた。

その声に多くの者が仕事の手を止め、何事かと様子を窺う。

そして、声の主が梓だったことに多くのメンバーが戦慄した。

彼女は各種プログラムチームの統括リーダーである。

関連しない業務を探す方が難しく、彼女の反応はすなわちゲーム全体においてやばい事態に陥ったと考えることができる。

たまらず門沢が駆け付ける。

「どうしたっ!?」

梓がわなわなとモニターを指差して、恐る恐る口にする。

「四天王が……5人になっちゃった……。」

泣きそうな声であった。

モニターには陽夏と冬雪、そしてハチコ、ティオ、あまねくがそれぞれ四天王アイコンを表示する姿が映っている。

「……。」

門沢は画面を数秒見つめる。

そしておもむろにメガネを外した。

そして梓の肩をポンと叩き…。

「向かいのコーヒー屋の新フレーバーなんだが…。」

現実逃避した。

「ちょー! おかしなことが起きてるからって、チーフまでおかしくならないでくださいよ!」

梓からツッコミが入るが、実は門沢には余裕があるのだ。

彼は対応を指示する役割を持つ。

いつもなら悩みに悩んで答えを出すが、今回の現象への対応は確定している。

すなわち。

「魔王城で1人減らすように交渉。原因の特定を急いでください。」

これだけでいいのだ。

四天王が誰であるか知っているのが、現在魔王城にいるプレイヤー6人ならば、四天王が5人になってしまったことを知っているのもこの6人である。

バグはバグで修正しなくてはならないが、影響する範囲が狭いのだ。

ヌル・ぬるというプレイヤーがこの世に誕生してから悩まされてきた数々のバグを思えば、今回の出来事のなんと優しいことか。

そういうわけで、門沢は割とのんびりしていた。

そんな門沢の態度が伝わったのか、梓以外のメンバーは落ち着いてきた。

「んー…こりゃまた特殊な事例ですね。」

そんな声が上がる。

声の主はサーバーチームの水谷だった。

「どうした? 同時押しなんて普通に対処済みの事例だと思っていたが…?」

「あー、チーフ。四天王が5人になったのは、新しい四天王のお二人が同時押ししたからじゃないですね。

一万分の一秒の差であっても順番はつくし、

記録上、陽夏さんが先にボタンを押してます。」

「ふむ。それで特殊な事例とは?」

「まぁ…あの魔王さんが絡んでる以上、特殊じゃない事例の方が少ないですが…。」

緊迫感と一緒に口調も緩い。

「そういうのはいい。報告は正確に。」

「はい。…根本的な原因はこないだの魔王交代劇ですね。」

水谷が画面に映ったサーバー記録を言語化して読み上げる。

「まずディオスさんが四天王を抜けるでも、下克上でもなく魔王になった。

この事で四天王の座が“浮いた一枠”になった。

そのあと、ヌルさんが下剋上した。

これにより浮いた一枠とは無関係にディオスさんが四天王に

これは魔王の権利が無効化されるという命令が優先されて、ディオスさんを再任命するという内部命令が動かず、巻き戻ったと判定されたわけですね。

そして、その直後に四天王が1人除名になった。

これで空いている枠が加算されて2つです。

大元の原因を辿ると、魔王が四天王に下剋上以外の方法で成り代わられた後、元々の人物が魔王の座を取り返したから…でしょうね。

陽夏さん、冬雪さんのタイミングは無関係ですが、ここでもミラクルが起きてます。」

その言葉に門沢は呆れた顔をする。

「彼らはどれだけ奇跡を…。いや、いい。それでミラクルとは?」

「仮に四天王勧誘メニューを1つ出し、一人が承認となった後、再度勧誘メニューを出そうとしても、既に4人いるという命令が動いて却下される筈でした。

それを、同時に勧誘メニューを2つ出していたから成立したわけですね。

いやぁ、彼らはなぁ、ハッハッハ。」

梓が水谷をキッと睨む。

「笑いごとじゃないわよ! もう…もう…ヌルさん大キライ〜〜!」

バタバタと行き場のない怒りを梓が表す。

日に日に嫌われるヌルなのであった。

いつの日か、『GM:AZ』という人物が魔王ヌルに復讐しに来る可能性も…あるのかもしれない。



──そしてしばらくして、魔王城。


いつもの通り魔王城に来たGMアンブレラだったが、予定外の事態に困惑していた。

四天王を4人に減らす話をしに来たハズだった。

なのに。

「僕の実質的な権利は剥奪で構わないので、僕と姉ちゃんを21として欲しいんです。どうにかお願いできませんか?」

冬雪がこのように交渉をしてきたのだ。

確かに彼の気持ちは理解できる。

同時に加入ボタンを押したくらいだ、きっと仲の良い姉弟なのだろう。


アンブレラは当事者の2人と、既にいる四天王、そして付き合いの長くなってきた魔王を見る。

GMの特殊能力「感情読み」には、誰一人として彼を騙そうという感情を持つものが映っていない。

彼らの感情は「ワクワク」や「不安」、「期待」など純粋にゲームを楽しみ、このアクシデントすらその一部に変えてしまおうという気概が感じられる。

一方、アンブレラに与えられている指示は四天王を1人減らす事だ。

真面目な彼のこと、例え憎まれようと最終的にはそれを強行するだろう。

しかし、このバグに巻き込まれた彼らを、こちらの都合で無理強いして、要望を無視するという選択が果たして正しいのか。

アンブレラには判断できなかった。

そしてもう一度、彼はヌルを見た。

先日、彼がインスタントGMシステムとGMブースターを使用した事で、「ゲームバランスが崩壊した」と鏑木と鞠来に烈火の如く怒られた。


その映像を見た時、彼はアンブレラの名前を呼び、力を借りると言ってくれていた。

その声を聞いた際、アンブレラに去来した感情は「喜び」だった。

確かに自分はクレジットには名前が載る。

“笠原誠”と。

しかし、ゲームの中にアンブレラは残らない。

同僚が街を、魔物を、人を創り上げても、全てが終わった時、プレイヤー達の中に自分は残らない。

もちろん自分の仕事に誇りを持って、誠心誠意勤めている。

だが、一つくらいは、プレイヤー達の輪の中に入る自分を見てみたい気持ちがあった。

同僚が“このプレイヤーは私が育てた”と自慢げに話すのを少し羨ましく思ったのだ。

そんな時、事故が原因とはいえ、この魔王の中には確かに自分が生きていると知った。

そのことがたまらなく嬉しかったのだ。


──この想いが、彼の判断を変えた。


「分かりました。私にはこの場で返答を申し上げる権限はありませんが、仰ることには確かに要望として検討すべき点がございます。

責任者に掛け合ってみましょう。」

そうしてGMゲートに通信を入れた。


やがて、GMゲートこと門沢から、仮決定が下される。

『ご希望の件、承知いたしました。

以下の条件をお守りいただけるのでしたら、ご希望に沿う形で対応いたします。

①陽夏様、冬雪様両方同時に四天王メニューを使用しない事。

②冬雪様は四天王アイコンを除き、四天王権限が必要となる一切を使用しない事。

③Ver3.0イベントの進行によって四天王全員が姿を現すか、魔王軍外のプレイヤーが魔王城に到達するまで、5人いるという事実を公表しない事。

これらは皆様のゲームプレイ上の安全を保証する目的で行う対応であり、皆様への信頼として決定するものとなります。

くれぐれもお守りいただきますようお願いいたします。』


こうして双子の四天王というちょっと変わった形が承認されたのだった。

門沢としても、二人一組の四天王だなんて設定だと考えたのだ。

それゆえの決定だった。


…だが、やがてこの状況が、魔王軍の参謀によって利用され、勇者の軍勢をかき乱す大事件へと発展することになる…。


ーーーーーーーー


──究極英雄がバトルフィールドをクリアしてしばらく経った頃。

魔法都市ハルファーにある街通りの一区画にて、パスタ・ルームはまさに修羅場と呼べる事態に直面していた。


まず、自分に絡むチンピラみたいな女性。

「アンタ…あまねく兄ぃの一番弟子なんだって? ウチを差し置いてそないな真似…オカシいなぁ。ウチに挨拶はないん?」


それに口出しする刀を持った男。

「黙れノ・ヴァ。エセ方言小娘めが。

パスタはお前と違って、抜け駆けしてどこぞの英雄様ギルドに所属したりなんぞしない。俺の話に耳を傾けて、価値のある助言までくれる。これぞ弟子というものだ。」


それに口出しする盾を持った男。

「抜け駆けだ、なんてアンタがどの口で言うんだ? パスタが一人前になるまで四天王であることは明かさねぇって話だったよな?

今やアンタが四天王であることを知らない奴は1人もいねぇぞ…!

…パスタ、その人は信用ならない。俺らと一緒に来てくれ。」

「待ちぃや。この人を勧誘する気か? 

いくらピーさんでも、こないな形でどこぞの馬のホネとも知れん奴なんて許さへんで?」

「フン、俺はパスタに自分が四天王などと明かした覚えはない。アイドル妖精の小娘が勝手にそう宣言したに過ぎん。」

「…。」

「…。」

「…。」

もし、誰かが武器を抜けば戦いが始まる。

まさに一触即発であった。


パスタは自分をめぐって男女が争っているのに、全く嬉しくなかった。

救いを求めて仕掛け人の方へと視線を向ける。

路地裏からこっそり顔を出す女性が目に入る。

ハチコである。

実は彼女、ピースフルとパスタの関係を利用し、勇者の軍勢を釣り上げる餌としてパスタとあまねくを使ったのだ。

あまねくには「台本」と称して行動の流れを詳細に記してメッセージしたにも関わらず、パスタには「流れに身を任せて!」という行き当たりばったりな指示しか来なかった。

そのハチコが「任せて!」というジェスチャーをとる。

彼女が自信満々な事が、それなりに長い付き合いとなったパスタには分かった。

パスタは半ば諦めて頷く。

自分の運命を仲間に委ねる事にした。

その反応を見てハチコがニヤリとする。

面白いものが見れますよ。とでも言いたげだった。

そして爆弾が投下された。

「あーーーー! パスタさん見つけたデス!」

ダダダダダッとティオが駆けつける。

そしてパスタを捕まえる。

「さぁ! 今日こそボクの“ティオちゃん軍団配下の一人”として魔王軍に入ってもらうデス!」

パスタは乱入者に驚愕する。

どう反応するのが正解なのだろうか。

台本が欲しかった。

一方、驚きという点ではピースフルも同じだった。というのもティオ・フォルデシークとはそれなりに仲が良かった、それなのに先日の四天王宣言であり、現に今も名前には四天王アイコンが表示されている。

その人が親友を自陣営に勧誘している。

あまねくの配下よりずっとマシだが、見過ごすわけにはいかない。

「待った、その人は俺の親友だ! ティオちゃんと言えど勝手に魔王軍に所属させるわけにはいかない!」

それに対してティオは挑発的な態度に出る。

「ふふーん? ソッチに所属させたいのですか? でも負けるとわかっている陣営に所属するほど、パスタさんは頭の悪い人じゃないと思うデス。」

ピースフルはここまで明らかな挑発だと、裏があると考えて乗らなかった。

本来、妖精には精神への影響効果があるが、ピースフルの防御の方が上回る。

彼女が何の目的があってここまで来たのか…。

その真意を探ろうとする。

そう考えつつ口を開いたが、ティオに答えたのはピースフルではなかった。


「ほう? 聞き捨てなりませんね。」

ピースフルの後方からヤクトを先頭として究極英雄、そして銀風のメンバーが到着した。

ヤクトがティオを見据えて言葉を続ける。

「まるで勝ちを確信しているかの様子。

現時点では互いに情報不足だと思っていましたがね。」

最強ギルドが勢揃いしたが、四天王は怯む姿勢見せない。

あまねくが一瞥する。

「久しいな、ヤクト。」

「ええ本当に。ティオさんもお元気そうで」

パスタは初めて見る顔が殆どだったが、あらかじめ話に聞いていたプレイヤー達であることは認識していた。

やがて敵として出会うだろう。と。

ヤクトがティオを見て笑顔を作る。

「ここには我々がいる事ですし、何でしたら魔王について貰っても構いませんよ?」

人数的にも有利な勇者勢が圧を込める。

実際にはここで手を出してもデメリットしかないが、脅しとしては十分だろう。

しかしティオは動じなかった。

「ふふーん?」

少し笑うだけである。

そして新しい声がある。

「はぁ…野蛮ね。勇者の軍勢が聞いて呆れるわ。」

「同感。大義はこちらに…かな?」

近くの建物、その屋上から一行を見下ろす2人の人物が姿を見せた。

陽夏と冬雪である。

この二人もまた四天王アイコンを表示していた。

これまで知られていなかった存在、新しい四天王の登場に誰もが目を見開く。

シルバが見渡して言った。

…!?」

その発言に究極英雄たちが警戒を強める。

本当にこの場で戦うのか…?という気持ちもあるが、戦いとなれば容赦はしない。

ヤクトは注意深く陽夏と冬雪を見る。

(あまねくを助けに来たのか? しかし、見る限りレベルも人数も勇者勢の方が勝る。

大した救援にもならないのに、なぜ姿を見せた? …何か別の狙いが?)

彼は情報の上で陽夏と冬雪が四天王なった可能性があることを記憶していた。

しかし、実際に目にしたのは初めてだった。


陽夏が皆からは見えない位置で両足の踵をつけ、忍術を発動する。

瞬間的に陽夏の姿がパスタの真横に出現する。

「パースタくん。アタシの軍団にはーいりーましょー? ねっ?」

何気なくパスタの腕を取る。

その行動に驚きの声が上がる。

「なっ!? 瞬間移動だと…?」

パスタに絡んだ事より、料理人にはありえない動きを平然とやってのけた事への驚きだった。

「まさか四天王専用のスキル…か?

皆、ただの料理人と思うのはやめた方がいいかもしれないぞ。」

シルバの声に、ヤクトも同意せざるを得ない。

そして冬雪も同じようにパスタのそばに出現する。

「はぁ…の指示を聞いてほしいものだね。パスタくん、僕の側近にならないかい? 待遇は約束するよ?」

そう言ってパスタの肩に手を置く。

ヤクトは大きな違和感を覚える。

(おかしい…。まるで勇者勢を口実にして、このパスタという人物に会いに来たかのようだ。)

「パスタには何かがある」と考えてしまう。

ヤクトはパスタを注視する。

だが、それ以前に。

その親友であるピースフルの我慢が限界だった。

全員してパスタを魔王軍に引き込もうとする様子を見せつけられ、そのまま黙っていられるほど温厚ではない。

「いい加減に──。」

「いい加減にしてくださいっ!」

ピースフルの言葉は、満を持して登場した女性──ハチコ・リードの叫びによって打ち消された。

彼女は鬼気迫る勢いでパスタに近づくと、四天王達の手をパスタから払い除ける。

「彼が何だというのですかっ! いい加減彼から手を引いて別の人物を当たりなさいっ!

彼には彼の冒険がある! 勇者も、魔王も、関わるのをおやめなさいっ!」

素早くパスタの手を握ると、チケット型のワープアイテムを使用する。

「パスタさん! 逃げますよ!」

「えっ!? あっはい!」

有無を言わせずパスタを連れて姿を消し去るのだった。


ハチコがパスタと共にどこかへと転移し、その場には呆気に取られた顔の者たちが残される。

その中で、あまねくが最初に口を開く。

「チッ、パスタは俺の弟子だ。邪魔してくれやがるなよ」

そこへ冬雪が声をかける。

「仕方ないじゃないか、早い者勝ちなんだし。ま、次こそは…だね。」

その言葉を以て四天王達は解散しようとするが、ヤクトが呼び止める。

「待ちなさい! なぜ、なぜ彼に執着するのです?」

冬雪が足を止めると、不敵な笑みを浮かべる。

「それをキミに答える義理が僕にあるかい?」

そのやり取りにピースフルが反応する。

「ヤクト、いったい何の話だ? パスタに何があるってんだよ?」

ヤクトは黙る。

しかし意を決して口を開いた。

「ピースフルさん、落ち着いて聞いてください。もしかしたらあなたのご友人は……。

“勇者”かもしれません。」

その言葉にそれぞれが驚きと疑問を表す。

一体、何の話だろうと。

そんな中、四天王達の心は一つだった。

(かかった! ハチコさんの狙い通りだ!)

魔王軍の参謀が、勇者勢の参謀を騙す。

そのための思わせぶりな演技が大物を釣り上げたのだ。


ハチコの狙いは複数あったが、根幹には「敵の行動決定権を持つ人物を撹乱させる。」という目的があった。

そしてハチコの手の上で踊らされているとも知らず、ヤクトは神妙な口ぶりで話を続ける。

「私はおかしいとは思っていたんです。

“魔王”という職業はあるのに、“勇者”という職業はない。

もしかしたら、勇者は魔王同様に、選ばれたプレイヤーのみが就ける特殊職なんじゃないでしょうか? 

そして、あのパスタという人物、彼がそれに該当する。

…つまり魔王には、勇者の素質あるプレイヤーを見抜く何かしらの手段があるということ…。

貴方たち四天王は魔王の命令で、勇者の素質ある者を手元に置こうとしている。

違いますか?」

ヤクトの考えすぎる天才ぶりが、完全に足を引っ張っている。

冬雪はノリノリで参謀っぽい演技を続ける。

「僕が何かを言ったとして、キミは考えを変えるのかい?」

その言葉にヤクトの顔が歪む。

「クッ…。だとしたら…。そうか!

なんという勘違いを…。ハチコ・リード氏…。

彼女を完全に誤解していたっ!!!」

その声に仲間達が首を傾げる。

ヤクトが悔しそうにしつつも話を続ける。

しかし、ここに四天王は4人いる。

つまり

……だからあのような噂が流れたのか…!」

一人で話し始めたヤクトに呑まれるようにして周囲が動揺し始める。

ピースフルがたまらず訊ねる。

「ヤクト、パスタを連れてった冒険家が何だっていうんだ?」

「彼女こそ…。

彼女こそ

ここからは私の想像に過ぎない…だが疑いの余地はありません。

おそらく彼女が魔王であった当時、勇者の素質あるプレイヤーを手元に置くという計画が持ち上がるも、ハチコ氏、いえ魔王ハチコはその計画に反対だった。

先程の口ぶりを鑑みるに、初心者にはゲームを純粋に楽しんでほしいという意思が感じられました。

思い返せば確かに、快々晴々を潰したのも彼女だったはずです。

しかし、当時四天王だった今の魔王…ティオさんのインタビューに則ってここでは“ヌル”と呼びましょうか? おそらく四天王ヌルが勇者を捕らえる計画を提案した。

その彼によって暗殺され、魔王ハチコはその座を追われたんです!」

彼の超推理にざわめきが起こる。

一方、四天王はトンデモ理論に笑いを堪えるのに必死だった。

「ティオさん…あの時のインタビュー…その内容は魔王ヌルによって脚色された内容だった。そうなのでしょう?

あの時を境に我々の元には“ハチコ・リードという四天王がいる”という噂がもたらされるようになりました。

…今思えば不自然な情報でした。

つまり、その噂も魔王ヌルによるものだった!

ハチコ氏に疑いの目を向けさせる事で勇者勢から断絶させて行き場をなくし、魔王軍への抵抗をなくす目的だったんですね!」

そこまで言い切ったヤクトに対し、シルバが慌てて声を上げる。

「待ってくれ! 俺はハチコ嬢に騙されて、そこにいるあまねくに斬られてるんだが!?」

あまねくを指差す。

そして事実、彼はハチコに謝られている。

しかし彼の放った“事実”すらヤクトの超推理の前には改変されてしまう。

「貴方は知らないでしょうが、そこのあまねくという男は、乱暴に見えて筋の通った人物です。

彼は魔王ハチコに勧誘されて四天王になったが、そのあとの魔王ヌルには従うつもりはなかったんでしょう。

現に彼だけは今も四天王アイコンを表示していない。反抗心の現れです。

しかし、彼のことです。

魔王の座をかけて魔王ヌルに勝負し、敗北して従わざるを得なくなった。

それでも彼は精一杯の抵抗として、パスタくんを弟子にするという名目で“保護”していた。

さらには魔王を追われたハチコ氏と内通していた…というところでしょう。

しかし、勇者の軍勢とハチコ氏の接触だけは見逃せない…ゆえに貴方を斬った。

だとすれば彼女の前でパスタくんを連盟に引き込もうとしたのは失策です…。

彼女の目には我々も同じように初心者を引き込もうとする存在として映ってしまったことでしょう。」

その言葉にシルバは考え直す。

朧げな記憶を思い出し…。

「確かに…。ハッキリとはわからなかったが。あの時、俺に別れを告げたハチコ嬢…。まるで泣いているような顔をしていた気がする…。」

もはやハチコは妄想と化した。

その寂しげな言葉に思わず冬雪が吹き出してしまう。

「ブフォッ! …いや失礼。キミ達があまりにも哀れだったものでね。」

勇者の軍勢に憎しみの目で睨まれる。

冬雪はここまで来たら悪役になりきるしかないと心に決める。

「それで? キミたち勇者勢はどうするんだい? 諦めてパスタくんから手を引いてくれると嬉しいんだけど?」

「そうは行きません。彼は我々が守ります。

貴方達がここで勢揃いをした時を見てましたが、パスタくんに四天王全員が触ろうとしていましたね? 

さては四天王全員が触れることで例えば“魔王城に連行する”スキルが使える…。

それゆえにハチコ氏は急いで貴方がたの手を振り払った。違いますか?

どうあれ結論は変わりません。

我々は貴方達の計画を必ず潰します。

魔王にそう伝えなさい。」

ヤクトと冬雪が互いを睨み、その間に火花が散る。

やがてどちらとも無く踵を返し、互いに背を向けて去っていく。


その横ではピースフルが、冬雪と共に去るあまねくを複雑な表情で見ていた。

ぶっきらぼうな彼が、彼なりにパスタを保護していたと知った(と誤解した)のだから。

ノ・ヴァはあまねくを睨んだままだった。


一方でその後方で、雲ちゃんが何かに気付く。

軽い足取りで陽夏に近づくと、トントンと肩を叩いた。

「ねぇねぇ、もしかして、あのお店…えーっと、“ゆー”のお姉さんじゃないかしら?」

その声に陽夏の表情がぱぁっと明るくなる。

「あ! たくさん紅茶を買ってくれたお姉さんじゃない! お元気そうね!」

「うんうん。でも…お店、無くなってて…。畳んじゃったの?」

「あ、ううん。魔王城に新装開店するの。

よかったら今度きてみてね!」

「わかったぁ。楽しみにしてるねぇ。」

「そうだ、紅茶のおかわり要るかしら? 今なら作れるわ!」

「ぜひ〜。あ、フレンド登録しましょう?」

「もっちろん!」

これまでのヤクトと冬雪のやり取りは何だったのか。という朗らかさで二人は話す。

そして特製ポットに紅茶を追加する。

「雲ちゃん、帰るぞ。」

「はぁい」

「陽夏さん、帰るデス!」

「はいはいー。」

こうして敵対勢力同士の突然の邂逅は終わった。

四天王ハチコの一人勝ちという結果で…。

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