第28話 写術帝の隠れ井戸

「あまねくさん、やりましたね!」

「ああ。俺に見せ場を譲ってくれた事、感謝する。」

ヌルとあまねくが喜び合う場に、仲間たちが集合する。

ライブを終わらせたティオに、両手に料理を手にした陽夏。ハチコと冬雪は何かを話しており、ハチコが大広間の上方を指差すと冬雪が魔眼を使用してその方向を眺めている。

ヌルはハチコ達の様子が気になったが、先に陽夏から料理を受け取る。

受け取った料理はハンバーグであった。以前のステーキといい、肉関係はHP回復の効果を持つことが多いのかもしれない。

ヌルに必要なのはHP回復だけなので放っておいても問題ないが、念のため戻しておくことは無駄にはならないだろう。

ヌルが今後も食事を取れるようにと、腹部に出しっぱなしにしている口でハンバーグを食べようとすると陽夏から声がかかる。

「そのハンバーグ…、中にチーズが入ってるわよ?」

ニヤリと笑う。

「……?」

彼女の反応に疑問を覚えるが、別にだからどうということはなく普通に美味しかった。

ちなみに、あまねくは草餅だった。


ヌルは次の大広間に向かう号令をかけるためにメンバーを見渡す。

ちょうどそこにハチコから声がかかる。

後ろには変わらず魔眼で上方を眺める冬雪。

「ヌルさん、ちょっといいですか?」

「あ、はいハチコさん。何でしょう?」

「この部屋の巻物の位置が分かったので、取りに行って貰えませんか?」

ハチコは蜂の巣を模した六角形の壁のうち、かなりの高位置にある一点を示す。

なんでも召喚された兵隊蜂がそこを守りにいくそぶりを見せたそうで、ハチコはマップで見て違和感を持ったということらしい。

そして視力に特化した冬雪に注目してもらったら、平面のはずの壁に一箇所だけ窪みがあると判明した。

ゆえに声をかけた。

「ティオさんの浮遊能力でもあの高度は魔力の消費が激しいらしく、あともしも兵隊蜂が1匹でも残っている可能性を考えると、ヌルさんにお任せした方が…と。」

「自分も実験してみたいことがあったんで問題ないですよ。」

そう言って頼みを引き受けたのだった。


ヌルはジャンプすれば大抵の高さは届くために空中戦も可能だと判断している。

しかし例えばハシゴを昇降しながら触手で戦う場面なども想定しており、触手を使わずに移動する方法を考えていたのだった。

すなわち『螺旋状に壁を走れば壁を登れるのではないか?』というちょっとアレな方法だった。

普通のプレイヤーは上昇と着地に適したスキルを探すところを、身体能力に任せた無茶を考えるあたり、まさしくヌルらしいと言える。

しかしヌルの感覚ではそのままの状態では難しいと考えていた。触手は重量がそれなりにあるのだ。

「陽夏! 身体を軽くする料理ってある?」

「ん? 何よヌルくん痩せたいの? 時々友達から聞かれるけど、健康的に痩せるならバランスのいい栄養と運動…。」

「違う。違う。そういう効果のあるアイテムの話。」

「あー、そういうことね。セロリを食べさせるところだったわ。それなら…。はいコレ。」

陽夏が特殊な効果をつけたドーナツ差し出す。

ドーナツは穴が空いているから軽い。つまりはそういうことなのだ。

ヌルはドーナツを腹部の口に放り込むと、ほのかな甘味と“重力軽減”の効果を確認する。

パーツを切り替え、足の摩擦が強くなる──衝撃耐性のあるものを装備すると“壁走り”を始める。

崖から生えた枝のように身体は斜めを向いているが、地に落ちる力をヌルの脚力が追い抜いていく。

一度慣性がついてしまえば速度を上げることはヌルには難しくない。グルグルと円を描く知育玩具を巻戻しにするように登っていく。

ややあって目的の窪みに到着する。

見た目は他の壁と変わらないが、確かに空間があり、中には想像通り巻物があった。

巻物を窪みから引き抜くが、特に敵の出現もなく、他に怪しいところもないため早々に降りることにする。

先程の道を戻るように螺旋を描いて駆け降りる。

登りより降りの方が難しく、姿勢制御に気を使うためある程度の高さまで降りたところで走るのをやめ、重力に任せて床を転がる。

そうして無傷で生還した。

「ムチャクチャだね、君も。」

冬雪が呆れた様子を見せる。

優希は無流を学校で見る限り常識人だと思っていたが、変人の姉を平然と仲間に加えたあたりから、そうでもないと認識を改めてきていた。

「流石はヌル殿だ…。見習わねばなるまいな。」

「えっ。」

冬雪は折角あまねくを先達として認め、敬意を持ち始めていたのに、彼までもがそんなことを口走る。

(魔王軍は変人だらけだ…あ、おかしいのは僕の方なのか? いや、このハチコさんは比較的マトモだ…よな?)

ハチコも大概だが、それを知らなかった。



「ありがとうございます。これで三つ…やはり似ていますね。巻物を揃えることに意味があるかはまだわかりませんが、もうすぐ明らかになるでしょう。」

第四の大広間に向かう道中、ヌルから巻物を受け取ったハチコがそう告げる。

「というのも、マップに表示されている部屋は次で最後です。」

「次がラスボス…。」

「はい。勝てれば晴れてこの地を魔王軍の領地にすることができるようになります。」

ハチコが柔らかく微笑み、思い返す。

「何だか長かったですね。」

「ハチコさん、まだ何も終わってませんよ?」

「そうでしたね。」

ヌルとハチコがこの森に来たのは何度目だったか…。何度も来ているが、そのどれもが今までの経験になくてはならない糧となっている。

「…行きましょうか!」

「はい!」

改めて意気込む2人。

それをティオが眺める。

「…。」

最初の四天王しか知らないヌルがいる。

そのことをティオは少しだけ寂しく思うのだった。



第四の大広間。

通路の先には金装飾の襖があった。

火を吹く猿の絵が金で描かれており、荘厳さと圧迫感を演出している。

しかし今更そんな“圧”にひるむ彼らではない。

ヌルを先頭に勢いよく襖を開いた。

見渡せば畳張りの大広間。

名前こそ井戸だが、日本家屋の一室にしか見えない。

その中央に一人の男が立っていた。



『Lv.155 写術帝の影』



黒頭巾に機動性を重視した具足。

背中には刀が交差して2本。

まさに忍者だった。

「何というか想像通りのボスですね…。」

「油断されるなハチコ殿。レベルが150を超えているのは強さの上限が不明ということだ。」

「そうですね…。」

「忍者なのに隠れてないデス。」

「…確かに。」

そんな会話がなされるが、それぞれが戦闘の準備を行いはじめる。

そして誰ともなくヌルの号令を待つ姿勢となる。

「行きましょう!」

その一言で行動が開始される。

ティオが歌い始める。

陽夏が全体的に能力値を補正する料理を作り、冬雪が全員に配る。

刀を抜いたあまねくを伴ってヌルは進む。

「ヌル殿、敵はカウンターの可能性がある。

初手から致命傷を狙わず、拘束する方が戦いやすいかもしれん。」

「分かりました。先手は自分が…!」

ヌルはパーツを切り替えて、触手に拘束用の鉤爪を付与する。

あと数歩で触手の射程圏内という距離で“写術帝の影”が忍術の構えをとる。

それと同時にヌルの足元に魔方陣が出現した。

「え…!」

「これは!」

仲間たちを見ると彼らの足元にもそれぞれ陣が出現していた。

ヌルは魔方陣から抜け出そうと跳躍するが、影のように床を滑って完全に追尾してくる。

「これは転移だ! 集まれ!」

あまねくがそう叫ぶが間に合わない。

「カッ!」と魔方陣が強く光り、ヌルの視界を白く埋めてしまった。



ヌルの視界が晴れた時、大広間ではない別の空間にいた。

8畳程度の部屋で、やはり畳の和室だった。

周囲に仲間の姿はなく、目の前には『Lv.150 写術帝の分身』という敵が居るのみだった。

「分断された…!?」

ヌルは呟くが、答える声はない。

パーティメニューから通話を試みるも、機能が制限されている。

敵はまだ動かないが、なんとなく予測がつく。

「1対1でコイツを倒せば出られるのか?」

そう判断する。

考えてじっとする時間が惜しい。

ヌルはすぐに行動に移そうとして、触手で敵を引き寄せてからの圧縮合成を考えたが、思い直して動きを止める。

もしもこの敵のスタイルがカウンターであれば自分がピンチに陥る。

この敵が“分身”である以上、この後に本体との戦いが控えている可能性がある。

ならば、圧縮合成を温存すべきと考えたためだった。

カウンターに対してどう戦えばいいかは、あまねくから学んでいる。

ヌルは接近しつつ触手を伸ばす。

敵が反応して動き出す。

触手を分かりやすく敵に叩きつけるように動かすと、狙い通りそこに反撃が入る。

その反撃を受けるのと交換で相手の足に触手を巻きつけることに成功する。

「よいしょーー!」

またしても一本釣り。

あとは簡単であった。

部屋が狭いのをいいことに敵を振り回す。

右の壁に叩きつけ、左の壁に打ち付ける。

自然物との衝突にカウンターは使えない。

ドスンドスンと敵が跳ね回る。

あっという間に敵のHPがゼロになり消滅する。

拘束を抜け出す特殊能力を持たなかったことから、ただの分身だったのだろう。

ヌルの足元に魔方陣が現れると、再び転移する。



先程の大広間に戻ってきたようだった。

辺りを見るもボスの姿はない。

そこへ声がかかる。

「センパーイ…。」

声の主はティオだが、元気がない。

見ると大広間の壁に先程はなかった牢屋が出現している。

木組みの檻で、実際に見たことはなかったが、座敷牢というものだとヌルは考えた。

その中にティオの姿がある。

「ティオ…さん?」

ヌルの声が疑問系なのは、彼女の雰囲気が普段と違うからだった。

まず、透けている。パスタの時の自分、ファントムのように向こう側が見えている。

そしてもう一つ、頭の上に黄色い輪っかが浮いている。

極め付けとしては、大きく『死人』と書かれた一枚の貼り紙が座敷牢内に貼られている事。

ヌルは何となく察する。

「…ティオさん、分身に負けました?」

顔はないがジト目でティオを見る。

「………テヘッ!」

お茶目を演出した彼女の表情が全てを物語っていた。

パーティメニューからティオの状態を確認すると『幽霊』とあり、戦闘が終わるまで蘇生不可という“見てるだけ”の状態であった。

分身とはいえレベル150が相手では難しかっただろうとヌルは彼女を責めなかった。

そこへ座敷牢の中にハチコが出現、追加される。

「ハッ! ここは…?」

キョロキョロと見渡すハチコに対し、増えた仲間をティオが歓迎する。

「お墓デース!」

「あっ、…そう…ですか…。悔しいですね。」

一瞬で色々を理解したハチコだが、ティオの姿を認めると少しだけ嬉しそうにする。

「ふふ、戦闘訓練を積んだティオさんでも勝てなかったのですね?」

その声にティオはニコッと笑うだけだった。

次の人物はヌルの隣に叫び声と共に出現した。

「はっはー! 弱すぎんぜ!」

あまねくが勝ち誇っている。

「あまねくさん!」

「ヌル殿! 流石にあんたなら余裕と思っていたぞ。」

ヌルとの再会を喜ぶが、辺りを見回すと表情が変わる。

「…あぁ? おい小娘、修行の成果はどうしたんだ?」

あまねくが座敷牢の意味を理解したのだろう、ズンズンとティオに迫る。

「ちょ、最近の四天王のみんな、ボクに対する当たりが強くないデス?」

「お前は俺と一緒に修行したんだろうが、情けねぇ真似しやがって…!」

口調はキツいが、彼が全く怒っていない事をティオは理解していた。

それはヌルとハチコも同じで、次から頑張れと言っているようなものだと認識した。

そうこうする内に今度は冬雪が出現した。

…ティオの隣に。

冬雪も周りを見渡して“死人”と書かれた貼り紙を見つける。

周囲のメンバーと、檻の向こうにヌル達がいるのとを見比べる。

「あ! そういう事か…。僕も弱いなぁ。」

「いえいえ、冬雪さん、突然の戦闘なら仕方ないですよ。私なんて逃げ回るので精一杯でした。」

「ハチコさんはサポート寄りですけど、僕は戦闘もできる…というか戦闘職なので…。

ダンジョンボスとはいえに負けるのは…凹むわぁ。」

落ち込む冬雪をハチコがなだめる。

「ん?」

冬雪の発言にヌルは首を傾げた。

「自分と同じレベルの敵だったんですか? 俺はレベル150が相手だったんですけど…。」

「ふむ、思うに一般的なプレイヤーを基準にしているから150が上限なのだろう。ヌル殿のレベルはそれそのものが武器だしな。」

「そういうものですかね…?」

「余分に敵が強いよりかは、弱い方がマシなのではないか?」

「うーん…。」

そういう考え方もあるだろう。

ヌルは納得しかけたが、ふと引っかかりを覚える。

自分は150レベルという格下を倒して来た。

割とすぐに倒せたし、逃げられたり手間取った覚えも無い。

しかし自分が大広間にワープした時、すでにティオは居た。

「…ティオさん、ちゃんと戦いました?」

「………テヘッ!」

お茶目を演出した彼女の表情がやはり全てを物語っていた。

「…はぁ…。」

相変わらずよくわからない子だ。ヌルは考えるのをやめる事にして、この先のことを考える。

「…ボスの姿が見えませんけど、どういうことなんでしょう。」

「俺の予想だが…。もう一度、今度は生き残っている俺らで先程よりも強い分身を倒すパターンではないかと考えている。それを何度か繰り返して、一定数の分身を減らすのではないか…とな。」

「先程の転移で1人だけ本体と戦うパターンは考えられませんか? 未だ戻っていない陽夏さんがボス本体と戦っているのかもしれません。」

「ハチコさん、姉ちゃんがボスと1対1で戦ったりなんかしたら一番最初にここに戻ってきますよ。」

それぞれが考えを述べるが、いずれも陽夏が戻らないことには分からず、彼女が戻った時に状況が動くという予想で一致した。


「やー、ビックリしたわねぇ。」

そんな声と共に陽夏が帰還した。

彼女が出現したのはだった。

「ね、姉ちゃん…?」

「陽夏さん…分身を倒したのですか…?」

檻の中から届く、信じられないという声たち。

「あら? あらあら? もしかして皆は分身に負けちゃった人たち…?」

煽るわけではないが、キョトンとする陽夏。

隣にいるあまねくが言葉を継ぐ。

「そうだ。そしてよくやったぞ陽夏殿。この後どうなるかは知らんが、生者が多いに越したことはないだろう。」

「ふーん。そうなのね。」

あまりちゃんと理解していない様子だった。

そこに冬雪の声が響く。

「ど、どうやって姉ちゃんは勝ったんだよ!?」

ティオとハチコもうんうんと頷く。

陽夏はどう見ても非戦闘用員こっちがわのプレイヤーであろうと思っていた。

「ふ、ふふふ…。」

彼らの疑問に意味深な笑みを浮かべる陽夏。

そして。

「ヒミツよっ!」

両手でピースサインをしながらそんな事を言った。

彼女もまた秘密兵器を持っている…のかもしれない。

多少呆れた顔の冬雪が息を吐く。

「な、なんだよそれぇ〜…。第一姉ちゃんにそんな器用な───後ろッ!」

冬雪が3人の背後を指差すと、そこには人影。

『Lv.155 写術帝の影』が大広間の中央に出現し、戦闘の構えを取っていた。

ヌルとあまねくは即応して戦闘態勢を取るが、元々戦闘要員ではない陽夏は立ちつくす。

もし敵が先制を仕掛けていたら彼女は危なかっただろう。

しかしそうならなかったのはボスが忍術の構えを取ったからだ。

忍術によって今度はボスの付近に魔方陣が出現すると、そこから3体の分身が出現する。

4対3で戦う事を予想したヌルが分身に攻撃を仕掛けようとするが、それより早く分身はボスに吸い込まれるようにして消滅してしまう。

そして、3体の分身を吸い込んだボスが黒い煙に包まれると、中から真の姿を現す。


『Lv.170 写術帝の記憶』


見た目は変わらないが、名前とレベルが変化していた。

「ああ。分身に負けたメンバーがいるだけ強くなるって事かい。」

あまねくが楽しそうな顔を浮かべる。

「最終決戦っぽいですね。勝ちましょう!」

「ほうね! もぐもぐ…。」

覚悟を決めるヌルとあまねく、そしてなぜかお饅頭を食べている陽夏。


ボスの視線がヌル、あまねく、そして陽夏へと向く。そしてヒュッと風を切る音だけを残して姿を消す。

あまねくをしても本当に消えたようにしか見えなかった。

「な! どこに消え…」

あまねくの驚きは冬雪の叫びに呑まれる。

「姉ちゃん!!」

後方の弟に名前を呼ばれても振り返ることができなかった。

なぜなら、彼女の胸から忍者刀が突き出しており、それの根本は背中から心臓を穿つように貫通しているからだ。

瞬時に忍び寄ったボスがひと突きに陽夏を刺していた。

一拍してヌルの触手が届くが、陽夏の背後にいるボスを捕らえる前に陽夏から刀を引き抜いたボスが逃げ去る。

「うっ。」

最大だった陽夏のHPはみるみるうちに減っていく。

レベル80程度のプレイヤーが受けたのはレベル170のボスの急所突き。

生存は絶望的で─────何故かHPが1だけ残る。

「!?」

「姉ちゃん!?」

ヌルは陽夏が生き残った理由は分からなかったが、生きている以上は守るべきと判断する。

触手で陽夏を捕まえて引き寄せる。

陽夏はヌルに引き寄せられながらも、お饅頭とお茶を使用する。

「姉ちゃん、こんな時に何を…って…!!」

冬雪の言葉が途切れたのは、陽夏がお饅頭を食べた時に料理人専用のスキルを発動している事に気づいたからだった。

スキル”賞味期限は明日“という「HPが50%以上あれば、ダメージを食らってもHP1で耐える」というとんでもない効果だった。

ヌルは陽夏を小脇に抱えるような姿勢で確保する。

「むぐ…、アタシは荷物ですかい…。」

「守るんだから我慢して!」

そんなやりとりを他所にあまねくが攻撃を仕掛ける。

「食らえやぁ!」

刀が一振りされて斬撃が飛んでいく。

その先には天井を逆さに歩くボスの姿があった。

ヌルも触手を鞭のように振るい、あまねくと挟み撃ちを狙うが当たらない。

「チッ! 避けやがる…。ヌル殿! 忍者は回避能力が高い、だが防御が低いはずだ。確実な一撃を目指すぞ。」

「ハイっ!」

ヌルは返事をするが、自分の触手が追いつかない速さをどう対処するか思いつかない。

自分にできる事を頭の中で並べて一つ一つ消していく。

その考えが結論を出す前に、またも風を切る音がする。

高速で移動するボスがヌルの真横に来た。

自分への攻撃かと一瞬考え、その狙いが自分の抱えている陽夏だと再判断する。

ヌルは半身をひねって陽夏と位置を入れ替えると、ボスに拳を叩き込み、差し違える形で忍者刀をその身に受ける。

すかさずボス掴んで圧縮合成を使用する。

ボスのHPが大きく減少して、残りが6割程度となるが、それと同時にヌルは腕に違和感を覚えた。

腕から先がない。

見ると切断された腕がボスの胸元を掴んだままぶら下がっている。

ボスはヌルの腕を払い除けると姿を消してまた天井に現れる。

「忍者の攻撃はほとんどが致命傷クリティカルヒットだ! 気を抜くとヌル殿でも危ういぞ!」

あまねくの声が響く。

確かにあまねくでもヌルの触手を切断できる。

レベル170のボスであれば尚更だ。

腕を切られた事でヌルのHPは2割ほど減少している。敵のHPとの差を思えば優位だが、攻撃力が大きく減退してしまった感は否めない。

腕の代わりとして触手を使えるが、触手は振り払うような無造作な攻撃や、締め付ける攻撃は出来ても、ピンポイントなタイミングを狙うような動作はまだ難しい。

「触手での攻撃で倒し切れるか…? 触手なら切られても再生出来たのに…。」

誰にでもなく呟く。

その声に返事がある。

「ほい! マグロ一丁お待ちぃ!」

抱えられている陽夏が、ヌルの腹部に空いた口に寿司をポイッと投げ込む。

ヌルは程よくワサビの効いた旨味を知覚する。

その瞬間ヌルの腕が再生し、なくなったHPが戻る。

「あ…。」

「アタシを忘れてもらっちゃ困るわね!」

陽夏が鼻を鳴らす。

その状況を見ていた人物から嬉々とした声援が飛ぶ。

「よくやった! これなら勝てるぞ!」

あまねくが刀を振り回して斬撃を空中に“置き”始める。

斬撃でできた網を張るが、ボスとヌルの間には道ができる。

「いいか、敵は陽夏殿を狙うだろう、いや、そう仕向ける。ヌル殿は陽夏殿を守りつつカウンターで戦うんだ! 途中で俺が狙われて死んでも気にするな!」

「ハイッ!」

ヌルは指示通りの行動を開始する。

それから数度ボスとの攻防が繰り広げられる。

陽夏を命に変えても守る意志で防ぎ、腕一本くれてやるつもりでカウンターを打ち込む。

掴んだ腕を切られても気にせず触手で追撃を仕掛ける。そして陽夏がヌルを回復する。

途中で分身の術に翻弄されそうになったり、火遁の術で危機に陥ったりもしたが、ヌルはパーツを切り替えて乗り切る。


ボスのHPが半分を切った時、12体のモンスターが召喚された。

モンスターのレベルは110と低いが、量が多い。

十二支を模した12種類のモンスターで、流石にヌルでも対処に手間取る。

そんな時、あまねくも『冥界十王』によって分身を9体召喚し、それぞれ相打ちにモンスターを消し去る。

しかしその活躍によってボスのターゲットがあまねくに変えられ、彼はボスと残りのモンスター3体に囲まれる。

「後は任せたぞ!」

相打ち狙いで2体のモンスターを道連れにダメージを叩き出して消滅した。

消滅したあまねくは死人の座敷牢に仲間入りする。

ヌルは残った一体を葬ると、ボスとの一騎打ち(おまけの陽夏付き)を再開する。

さらなる何度かの攻防を乗り越えて、やがて。

「トドメだッ!」

ボスを掴んだヌルの手から空間にヒビが入るエフェクトが表示される。

戦う内に“圧縮合成”の再使用時間が経過し、必殺の一撃が決まったのだった。

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