第27話 連携。

消滅するボスに背を向けて、あまねくは仲間達のもとへと戻る。

消滅するボスが炎のように彼の背後を照らし、巨大化した怪人を倒したヒーローのようだった。


尤も、両手に持つ武器がハサミのような見た目なのであまり格好はつかないのだが。


ライブを終了したティオがあまねくの周りを飛びまわる。

「やりましたね!あまねくさん。」

「ああ。お前もよくやったぞ。」

あまねくが拳を耳の辺りに持ってくると、ティオも自分の拳をぶつけたのだった。

戻ってきた四天王二人は称賛と共に歓迎される。

「二人とも凄いですね! 前回は自分も参加してても苦戦したのに。」

ヌルは本心からそう告げる。

その横では冬雪が呟く。

「これが四天王…。最強プレイヤーの一角か。レベル差をものともしないなんて…。」

ハチコはティオを見て信じられないといった顔をしている。

「ティオさんいつの間に練習を? 非戦闘員仲間だったのに…。」

「フフーン。ボクも日々成長してるんデス!」

自慢げにふんぞりかえるティオ。

陽夏だけが言葉ではなく行動を起こした。

「お二人ともお疲れ様! これどうぞ!」

陽夏が料理アイテムを両手にそれぞれ持つ。

あまねくには草餅、ティオには青色の飲み物が差し出される。

あまねくは疑う事なく受け取り、そのまま一口に食べる。

「うむ。悪くない。」

ゲーム内の料理にそれほどの美味しさを感じて来なかったが、陽夏の料理は気に入ったのだった。

食べてすぐ自分に「スキル再使用時間短縮」がついた事を確認する。

「ほう。心遣い感謝する。」

あまねくは“冥界十王”をはじめ、立て続けに多くのスキルを使っていた。

このまま第二の大広間に向かった場合、十全に能力を発揮できないか、もしくはあまねくのスキル回復を待つ必要性が生じていた。

彼が食べた草餅の効果はまさにその時間を早めるものであり、あまねくに必要といえた。


陽夏は誰が何を食べればいいのか、それをなんとなく見抜く事ができる。これはスキルや特性ではなく彼女の才能であるが、ゲーム内においてそれは状況判断としてこれ以上ないメリットとして発揮されるのだった。


一方、ティオはなかなか飲み物を受け取ろうとはせず、陽夏と料理を見比べる。

ティオは魔王軍メンバーで最も陽夏を信用していない。

それは最近の警戒心と、ヌルから女性を紹介されたというちょっとした対抗心からだった。

「要らないかな?」

少し不思議そうに陽夏がティオの顔を覗き込む。

相手に必要な食事を見抜く陽夏のこと、ティオが我慢しているのは明白だった。

「ボ、ボクはアナタをまだまだ疑ってマス! そう簡単にティオちゃんに料理を受け取ってもらえると思わないことデス!」

などとやせ我慢を言う始末だった。

「そう?」

ドリンクにはMPを徐々に回復させる効果があるため、ライブでMPを消費したティオには必須と言える。

戦略上必要なことを断ってしまったティオ。

「うーん、仕方ないかぁ。」

陽夏はドリンクを冬雪に渡す。

「よろしく。」

「ん。」

冬雪は受け取る。

誰もが姉弟特有の“姉が買ったけど食べきれないから弟に食べさせる流れ“だと思った。

しかし冬雪はティオを見る。

「先に言っておきます、ティオさんごめんね?」

次の瞬間、冬雪はドリンクをティオに投げつけたのだった。

「え?」

職業:射手の投擲能力は凄まじい。

石コロでも銃弾のような速度で投げる。

超高速でコップが飛ぶが、反応できないでいる妖精に当たる寸前にコップが光に変わる。

そうして光の粒がティオに吸収されていく。

「あ!」

彼女が声を上げたのは、メニューに「MP自動回復強化」が表示されたからだ。

「ほう…アイテムスローか。」

とは、今まで冬雪に興味を示さなかったあまねくの声で、名前の通りアイテムを投げるスキルなのだという。

ヌルは「アイテムを投げるだけのスキル」がそこまで有用であるか疑問に思ったのだが、あまねくが感心するほどならばと興味を持つ。

「そのスキルは珍しい?」

「そうでもないと思うけど…。」

冬雪が詳細を語る。

アイテムは投げつけても効果を発揮しない。

相手が受け取れば「譲渡」、受け取らなければ「破棄」となる。

ポーションのような一部の液体は相手に振りかければ効果を発揮するが、届く範囲は1mがせいぜい。

そういった制限を無視して「使う」のがアイテムスローなのだという。

離れたところから回復アイテムを投げれば、回復魔法以上の速さを誇るし、毒薬を投げれば敵を毒にする事だってできると。

「あとはね……、はい。」

ヌルは冬雪から、陽夏の作ったソフトクリームを渡される。

「…? ありがとう。」

とりあえず受け取って、ヌルは思い出す。

自分には“顔が無い”から食べれない。

ソフトクリームを冬雪に返す。

「だよね。」

と言いつつソフトクリームを投げつけると先程ティオに起きた事がヌルに起こる。

光の粒を吸収した時、ヌルは心地よい風味と甘さを知覚したのだった。

「あ…!」

「君みたいな相手にも食べさせる事が出来る。」

「それは…凄いな。」

高性能なアイテムを精製する陽夏と、それを銃弾のように撃ち出す冬雪。そんな二人一組のプレイヤー。彼らは今まで弾丸となる素材だけが足りなかった。

ここへきてようやく姉弟の想定していたスタイルが成立したのだ。



やがて一行は第二の大広間に差し掛かる。

今回はヌルの“秘密兵器”に頼らず攻略しようという方針が提示されたところで、陽夏と冬雪がボスについて説明を求めた。

今度は自分たちの活躍を見せる番だと意気込んでいる。

ヌルがゾンビ化や石化、能力低下を多用するモグラ叩きを強いられた経験を話すと、

「僕らの存在意義の証明にちょうどいいね。」

と冬雪がニヤリと笑う。

「その辺の状態異常とか、悪い効果とかはアタシたちに任せてくれていいよ。」

陽夏もまた自信たっぷりに宣言したのだった。

元々今回は魔王軍メンバーと新規2人との相性を測る戦いである。

ボスの搦手への対策が行えるなら勝機は十分にあるため、二人には自由に行動してもらうことにする。

こうして『Lv.135 写術帝の式神:赤』との戦いが始まる。


ティオはライブの効果をスキルの回転率に特化した構成にする。

ハチコは戦場の観測で、敵の行動に紐づいた状態異常を双子に教えるほか、もしボスがハチコやティオ、陽夏、冬雪を狙う動きを見せたなら散開を指示する。

あとは全力を出すのみだった。

「まずは自分が!」

ヌルは蛸足パーツ装備して触手に吸盤を生えさせる。

そしてボスを飛び越えるように跳躍すると、すれ違いざまにボスに触手を巻き付ける。

そのまま大広間の壁に吸盤で張り付き、ボスが砂中に逃げられないように高い位置で固定したのだった。

ボスの垂れ下がった尻尾にあまねくが攻撃を仕掛ける。

もちろん相手も無抵抗ではない。

ヌルに拘束された時点でゾンビ化ガスを吐き出して逃れようとする。

しかしヌルがゾンビ化に冒された瞬間、地上からエビフライが飛来してゾンビ化を解除する。

あるいは、尻尾の宝石が点滅を始めた頃にあまねくに春巻きが飛ぶ。

そして、アスパラのベーコン巻きが能力低下を解除する。

次々と陽夏の手で作られる食べ物を冬雪が射出する。時々、直角に曲がるようなありえない軌道で仲間に到達する事から、必中のスキルが使用されているのだろう。

そんな様子にハチコが感想を述べる。

「…何だか、細長い物が多いわね。」

「投げやすいんです。」

「作りやすいの!」

微妙に二人の答えは食い違うが、効果が出ているので文句はなかった。

むしろ、誰にどの料理を投げるかは指示がないため、双子には通じ合う物があるのだろうと感心してしまう。

ヌルとあまねくは攻撃が邪魔されれないのなら簡単なもので、どんどんボスのHPを削り、倒し切ってしまう。

消滅間際のボスがポロッと何かを落とす。

「あ、巻物ですね。」

「そういえばこないだの巻物は脱出時に消えてしまいました。ダンジョンの中でしか存在できないアイテムなのでしょう…。」

そう言いながらハチコはふと思い出す。

「第一のボスの部屋から巻物を回収してませんでした。一応取ってきます。」

そう言ってタタタッと駆けていく。


ハチコが戻るまでの間に次の部屋に関する話がされる。

冬雪が考え込む。

「…なるほど、蜂の巣ですか。」

「うん。一回戦ったけど、ここから先は俺たちも攻略方法が掴めていないんだ。」

ヌルが思い出す。

「あまねくさん、確か先制感知…でしたっけ?」

「ああ。床に敷かれた蜂蜜を踏むと感知されるものと俺は考えている。難題だな。」

「床に飛び石を並べればいいだけでは?」

冬雪がしたり顔で発言する。

彼はそれなりに知識通の自信があり、自分に尊大な態度を見せるあまねくに対抗意識のようなものを持っている。ここで解決策を颯爽と示して価値を示す意図だった。

そんなギラギラした気配を受け流しつつ、あまねくが静かに答える。

「ダメだな。飛び石は戦闘開始後しか使えん。

貴様、さては実戦で飛び石を使用した事がないだろう?」

「なっ!」

あまねくの指摘に唖然とする。

「…そ、の通りです…。」

冬雪の歯噛みした口から声が漏れた。

「何も言わんよりマシだが、経験が足りんな。」

あまねくは淡々と告げる。

彼はプレイヤー第二位の存在であり、もっと明確な敵愾心を向けられることも多いため、冬雪の態度をあまり気にしなかった。

そのこともまた冬雪に経験の差を理解させたのだった。

遠くからタタタッと足音が戻ってくる。

「戻りました。」

「おかえりなさいハチコさん。」

巻物を手にしたハチコが合流する。

「それで、何か方針は決まりましたか?

無ければとりあえず蜂蜜床以外を踏んでみましょうか。」

その言葉に従い、第三の大広間へと向かう。


通路と大広間の境目で一度立ち止まる。

大広間突入前の作戦会議となった。

先制感知に引っかかってしまう可能性も考慮して戦術を組み立てる。

ティオのライブに虫に対して優位を得る効果を付け加えることや、姿を消してしまうボスの位置を特定する方法などを話し合う。

「…とはいえ、蜂蜜の水溜まりのない場所を狙って入るのは中々難しいな。俺やヌル殿は跳躍すれば余裕だが、入ってすぐの陸地は狭い。」

「確かにあそこの空間に3人はキツそうですね。ティオさんは飛んで入れるとしても…。」

そんな中、大広間の様子を確認していた陽夏がおずおずと発言する。

「あっ、アタシ試してみたい作戦があるんですけど…。」

「姉ちゃん…?」

自信たっぷりな彼女が弱気な態度を取るのは珍しい。

ヌルは承認する。

「いいよ。陽夏の作戦を教えてもらえる?」

「あ、いいの?ええとね、そこの蜂蜜に触ると敵が動き出すらしいんでしょ?」

陽夏が蜂蜜の水溜まりを指差す。

いくつか肯定の返事がある。

「だからね、その蜂蜜をアタシが料理に変えちゃったらどうかなって。失敗しちゃったらゴメンだけど。」

「ほう…。」

「あー。」

意外な作戦にそれぞれが興味を示す。

「やってみようか。勝てればもちろんありがたいけど、敵の情報を集める戦いになっても構わないしさ。」

ヌルのその発言を以て決定した。


陽夏が部屋の入り口、その境目にかがむ。

蜂蜜に触れない程度に床に手をかざす。

「あ、これ部屋全体が一個の蜂蜜扱いだ! どれどれ…。ほうほう…。」

陽香の手元に調理器具やタイマー、ツマミしかないコンロなどが出現する。それらを手際よく動かす。

ヌルは不思議な作業を始めた彼女に疑問を抱くが、本人が真面目な顔で集中しているため冬雪に尋ねる。

「アレは?」

「料理はああやって“エア調理”で作るんだ。オーブンとかは出現しない代わりに、調理人に必要な動作だけを正確に行えれば完成する。

本人にしか見えてないけど、素材やレシピなんか見えてるらしいよ。

詳しくは僕にも分からないから、後で姉ちゃんに聞いてみて。」

「そういうことか。わかった、機会があれば聞いてみる。」

ガチャガチャと作業を続ける陽夏と、それを見守る魔王軍。

背中しか見えないが陽夏は楽しそうだ。

数分の時間がかかることは冬雪の説明で判明しているため待機する。

やがて少し逡巡した冬雪が口を開く。

「あの…あまねく・わかつさん。」

「む?」

「さっきの飛び石の話なんですけど、あまねくさんならどんな方法を思いつきますか?」

「ああ、多少の慣れが必要だが全員にフライングサーフィンを使用させるか、値が張るが浮遊薬を飲むという手だな。どちらも解決策としては愚策だからな、良案なしとして進言しなかった。」

「…なるほど。」

あまねくは愚策と断じたが、冬雪にとっては解決策として十分で、時間もコストも飛び石よりかからないと感じた。

冬雪はあまねくを敬意に値する人物と認めることにした。多少の競争心は未だに残っているが。


「出来たわ!」

陽夏が自信満々にシフォンケーキを出現させる。

それと同時に大広間の蜂蜜が全て消失した。

床の水溜りはもちろん、天井から滴るもの、壁から流れ出ていたものも全て。

「ふむ、このダンジョンは調理人がメカニズムキラーだったのか?」

とは、あまねくの声である。

メカニズムキラーというのはユニバース内で使われる用語で、存在自体が攻略法になるプレイヤーを指す。

具体例としては火のステージで炎を吸収するプレイヤーや、水没の危険のあるステージで水中呼吸が可能なプレイヤーなどがある。

「ねぇねぇ、このケーキ凄いわよ! せっかくだしお茶にしましょ!」

陽夏がきゃっきゃとはしゃぐ。

四天王と魔王はそれなりに緊張していたため、それもいいかと承認した。

ボスの目の前でピクニックのようなことをするが、彼らは気にしなかった。

「確かにこのケーキ凄い美味しいデス!」

「専用のケーキに特殊能力上昇か…。やはりメカニズムキラーだったわけだな。」

「…ああっ! そういうこと!?

写術帝の特徴に料理好き、甘いものが好きって記載がありました…。こういう部分に繋がるんですね、私もまだまだ勉強不足です…。」

「料理人が必要だなんて、楽しいダンジョンもあったものね!」

各々がケーキと紅茶を楽しむ。

陽夏曰く、ここの蜂蜜で作れるのはシフォンケーキのみであり、これまでに比べてかなり難易度の高い料理(自分には余裕)だったらしい。

美味しいねと言い合う仲間たちを眺めるヌル。

羨ましそうに眺めるヌル。

目前のケーキと紅茶を眺めるヌル。

この中で彼だけ口がない。

「……。」

「あ、そうかヌル君、食べられないんだったね。僕が投げるよ。」

立ち上がろうとする冬雪をあまねくが制する。

「ヌル殿、口のあるパーツを装備すれば食べられると聞いたぞ。」

「!」

その言葉にヌルはメニューを出して、すぐさま装備を切り替える。

ヌルの腹部にサメのような乱杭歯の生えたキモい丸い空洞が出現すると、そこに少しちぎったケーキを放り込んだ。

「美味しい!」

ヌルの嬉しそうな声にそれぞれが笑顔を浮かべたのだった。



「では気を取り直して、いきましょうか。」

その声と共に全員が第三の大広間に足を踏み入れた。

蜂蜜を踏まなければ…という予想はその通りで、『Lv.140 写術帝の式神:黄』は動く気配を見せず、兵隊蜂も召喚されない。

「本当に反応してこないですね…。あら?」

“宝の地図”によって表示した情報を注視するハチコ。

彼女の反応に視線が集まる。

「モンスターの情報が新しく増えてます。

今あのボスは浮遊と風属性攻撃無効が付いているようです。…でも何で分かるようになったんでしょう?」

「あ…もしかしてだけど、アタシのケーキの効果じゃない?」

「なるほど…私のような情報系能力に適応される効果だったわけですね。」

納得するハチコに自慢げな陽夏。

二人を横目に、あまねくがヌルに向き直る。

「初撃はヌル殿にお願いして良いだろうか?

俺ではあの高さまでは届かないからな。

ヌル殿の触手に便乗して、空中での追撃の役目を担うとしよう。」

「分かりました。じゃあ準備を整えて開始しましょう。ティオさんライブお願いします。」

「はいですセンパイ!」

ティオのライブが開始される。

ヌルは自身の強化を確認すると周囲の様子を最終確認する。

冬雪は陽夏の隣でいつでもアイテムを投げられるように構えており、ハチコは情報を確かめたあとヌルに頷く。

ティオは踊っている。

最後に触手を伸ばしてあまねくの前に持っていくと、それをしっかり掴まれる。

ヌルは全力でボスへと飛び込む。

空中にて、あと数メートルの距離でボスがヌルに反応する。

ボスの詠唱が行われて、周囲に小さな魔方陣が大量に出現し、中から兵隊蜂が現れ始める。

だがヌルの速度は圧倒的で、蜂達が出現する途中でボスに接触する。両手で頭を掴むと挨拶代わりに“圧縮合成”を使用した。

同時にあまねくの掴んでいる触手をボスの背後に回すと、狙いを把握した剣豪がボスに飛びかかる。

「墜ちろやぁ!」

あまねくがいつ抜いたのか両手の刀を二閃させる。

狙いはボスのはね

切り落としての墜落を試みる。

「チッ!」

行動自体は狙い通りだが、刃の通りの悪さに機嫌を悪くする。ボスのHPは2人の攻撃で3割程度減少に留まっていた。

しかしヌルとあまねくの攻撃をモロに受け、ボスはバランスを崩して落下する。


自由落下によるダメージは高度に応じて倍増する。

この超高度からであればボスには相応のダメージが期待できるが、HP差から考えても共に落下したプレイヤー側の方がダメージが多い。

ヌルはHPも防御も異常に高いため、ボスと同じダメージを食らっても生存は可能だが、あまねくは定かではない。

そう考えたヌルがあまねくを救出すべく触手で引き寄せようとする。

しかし、あまねくはボスを蹴り飛ばして離れ際に一撃入れると空中へと躍り出る。

さらに自分と地面の間にある空間そのものを両断し、スキルによって着地したのだった。

ヌルはハチコが落下から守るべきプレイヤーであったように、同じく助けるべき相手と判断していたが、傲慢で失礼な考えだったと改める。

相手は歴戦の中の歴戦なのだ。

現に今もあまねくは、地面から大量の刀を生やすスキルでボスの落下ダメージを増幅しようと立ち回っている。

「だったら俺も…!」

ヌルはあまねくの攻撃を成功させるため、触手をボスに巻きつけて下敷きに固定する。

自分の落下ダメージをボスに上乗せする構えだ。


しかしこのタイミングで兵隊蜂による邪魔が入り始める。

次々とヌルに張り付き、ボスから引き剥がそうと集まってくる。

ヌルは「死の針」でもない限りは大したダメージは受けない。兵隊蜂は噛み付きによる攻撃を仕掛けてくるが、バリアによって無効化できている。

むしろ問題は蜂が集まることで徐々に落下速度が緩くなる事だった。蜂の持つ浮遊特性のせいである。

「く…。」

うまく振り払えないのは触手が鞭のように勢いをつけて攻撃する武器だからで、初速を邪魔されると難しい。


もしヌルが今までの彼であったなら、このまま一人で対策を続けていただろう。しかし、幸い彼は経験に学べるのだ。

器用にパーティメニューを触手で操作すると、仲間に通信で声を飛ばす。

「誰か兵隊蜂を追い払うのを手伝ってくれ!」

「りょ」

「はーい」

返事はすぐにあった。

返事があった以上、ヌルは仲間を信じ、兵隊蜂無視してボスに攻撃を続行する。触手で捕まえているため、頭を掴むのやめて手を離すと、無造作に殴りつける。ヌルは「こういう時用のスキルも覚えておくべきだった」とちょっと後悔する。


そのうちに地表から何かが高速で飛んでくる。ヌルの強化された動体視力がそれを捉える。

“タコ焼き”と認識し、目を疑い、改めてもう一度見て“タコ焼き型爆弾”と再認識した。

タコ焼きが兵隊蜂に接触するや、大爆発を起こして敵を追い散らす。ヌルにダメージはないが爆風を受けて落下速度が上がる。

さらにタコ焼きが7個、続けざまに襲来する。

どんどん蜂を散らしてヌルを加速させる。

加速するならば、落下ダメージも上がる。

「これもしかして俺、落下ダメージで死ぬんじゃ…?」

そういえばGMブースターには落下ダメージ無効がセットされているため、以前ヌル自身が流れ星となった時には無事だった。

ヌルがその事を思い出した時には地表が目前に迫っていた。


そして落下した。

バゴンッ!と重い音が鳴る。

ある種の走馬灯が見えたヌルに忖度せず、ボスと共に瀕死に近いダメージを地面から受ける。

その刹那、ヌルにステーキが飛んできてHPを半分まで急速回復させる。

誰が何をしたかはもう確認しない。

しかしトドメを刺そうと地面を見下ろしても、一緒にダメージを受けたはずのボスが居なかった。

倒した手応えもなかった。

「敵のすり抜けスキルが発動しました!

場所は…ヌルさんの真上ですっ!」

敵の情報と睨めっこをしていたハチコだった。

ヌルが見上げるとボスが上昇離脱しようとして、何故かそのままピタリと動きを止める。

「えっ?」

「あっ! ボスが蜂蜜に隠れるスキルを発動、効果に失敗してます、チャンスです!」

再度ハチコの声がした。

ヌルは触手を敵の足に巻きつけると、そのまま逆向きに一本釣りをする。

「あまねくさんっ!」

「応ッ!」

敵をあまねくに叩きつけるように振り下ろす。

ヌルは圧縮合成以外に決め技を持っていない。

(正確には、知らない)

そのため、あまねくに譲る。

「死の構え…鬼神ノ太刀。」

あまねくが刀を鞘に収めたところまでは見えたが、そこから先がヌルでさえも見えず、ボスが接触した次の瞬間にはあまねくが刀を振り抜いていた。

一拍おいてピリッとボスに亀裂が入る。

あまねくが刀を鞘に収めると同時に敵が二つに分かれて消滅した。

ボスの消滅に呼応するように兵隊蜂も次々と消えていくのだった。

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