第25話 精神こそ鉄人の料理長

いつも通りの食堂。

もはや定位置と呼べる席では、無流が平和の到着を待っていた。

少しだけ緊張している。

というのも、あまねくが四天王であると公開されてしまったわけで、パスタが一人前になるまで魔王軍に勧誘しないとは言ったものの、パスタが知らないでは通せない。

そのためパスタ・ルームとしての立ち位置を明確にする必要があった。

一応はあまねくに相談して、魔王軍には勧誘されておらず、パスタは自分が魔王・勇者イベントには参加できるほど成長していない(と思っている)というスタンスをとることに決めていた。


ソワソワと言葉を準備する無流だったが、通信端末がメッセージ着信を知らせた事で落ち着きを取り戻す。

メッセージは平和からのもので、

“悪い、グループ課題が長引いて昼飯の時間取れそうにないから、今日は別行動で!”

という内容だった。

無流は了解を示すスタンプを送ると食券を買いに席を立つが、真後ろの席から無視できない会話が耳に入る。

「やっぱりユニバース新聞に広告依頼しないと無理よぅ!」

「何言ってんだよ、そんなお金1ユニだってありゃしないだろ!」

「だったら稼ぐしか無いわね!」

「その前に無駄遣いをやめてくれよ。」

一組の男女がそんな事を話している。

無流は思わず足を止めて2人の方を見てしまう。

真後ろでユニバースプレイヤーが大声で話していれば興味を持ってしまうのは仕方ない事。

ましてや顔見知りであれば。

はたくん…?」

「アラ? 白川クン、何か用かしら?」

無流が声をかけたのは男性の方だが、女性の方が無流に返事をする。。

畑姉弟。姉の優華ゆうか、弟の優希ゆうきの双子である。

双子が同じ大学の同じ学部学科というのは非常に珍しいが、そもそも双子が珍しいので無流はそういうこともあるかと認識している。

「あ、ゴメン、ユニバースの話が聞こえたからつい。」

無流は関係は浅いが友達は多い、敵を作りにくいタイプである。

「いいわよぅ。貴方もユニバースやってる? まぁそうよね。ブレインゲームでアタシたち世代は4人に1人はやってるわよね。

あ、座って座って。お昼まだ? よかったら一緒にどう?」

強制的に同席を勧められるが、断る理由もないため優希の隣に座る。そこで無流は目を疑う。

「何この量…。」

テーブルには所狭しと料理が並び、絶対に2人では消費しきれないことが明らかだった。

「ふふ、アタシってば料理上手なのよ。」

「え? 作ったの!? 多くない!?」

驚く無流の横から声がかかる。

「だよな! 白川君も言ってやってくれよ! 姉ちゃんは料理好きなんだけど、量を作りすぎるんだよ。種類もおおいけどさ。

お陰で僕は明日の朝食までこの料理だし、入学して一度もこの学食を使ったことがないんだ。

憐れに思うなら食べるのに協力してくれ!」

必死さに押された無流は、昼食代が浮くことも僅かに喜び、彼に同意する。

学食で箸だけを借りて食卓に参加することにした。

「今日のテーマは緑一色りゅーいーそーよ!

メインはこのジェノヴェーゼのチキンだけど、ほうれん草のポタージュもオススメ!

あとこのブロッコリーの…。」

無流は確かに緑色の物しか並んでいない事を認識する。試しに食べてみるが…。

「めっちゃ美味いんだけど…。」

「そうなんだよ。姉ちゃんは料理上手だから辞めろとも言い難いんだよ。不味かったら言えるのにさ!」

「そんなに褒めてもおかわりしか出ないわよ?」

「要らないよ!」


豊かな(?)食卓を楽しむ中で、無流は本題を切り出す。

「それで何か言い合ってたけど、ユニバース新聞がどうしたの?」

その言葉に優希が箸を止める。

「ああ、それも聞いてくれるかい? 実はさ、僕らはユニバース内で料理屋をやってるんだ。」

「えっ、ユニバース内でも料理作ってるの?」

「ユニバースの料理は最高よぅ。一度最高品質の料理を作れば、それ以降はワンボタンなんだから。圧力鍋ですら20分かかる料理も1秒足らず。いくらでも作れちゃうわ!」

「この人ゲームの中でもめちゃくちゃ料理作るんだよ…。」

そのやりとりに無流はふと思い当たる。

「畑さんって料理系職なんだ?」

ハチコから珍しい職業と聞いた覚えがあった。冒険家同様に戦闘に不向きな職業であり、不人気なために人口が少ないのだ…と。

「そうよぅ! 鉄人調理師って言ってね、料理系の中ではかなりの上級職よ!

あと“畑さん”なんてよそよそしい呼び方じゃなくて、ユーキって呼んでね!」

「ユーキは僕だよ! そっちはユーカでしょ!」

(ああ、畑さんて振り回すタイプなんだな…)

無流は2人はユニバース内でも同じノリで、姉の引き起こした問題に弟が振り回されているんだろうなとなんとなく考える。

「それで、どんな問題が?」

「ああ、それはね。お金が足りないんだ。

理由はこの人の無駄遣いが多い事だね。」

「ま! 無駄遣いとは失礼ねぇ! 料理アイテムにはお値段以上の効果があるのよ? 白川クンは料理アイテム使ったことあるかしら?」

「(パスタの時に)あるにはあるけど、ポーション系の薬品アイテムの方が使うかな…。」

パスタが知る料理アイテムはあまり有用ではない。

状態異常を治す効果は発効に時間がかかったし、HPを回復する効果は最大HPの5〜12%程度回復と少なめだったりと、専用のポーションに見劣りしていた。

一方、魔王スキルの実験として配下のモンスターに料理を作らせたりもしているが、魔物のパラメータを上昇させる効果も微々たるものであり、3日かけて準備した素材でようやく1〜2%の能力上昇であった。

「白川クン…さてはお店で買った料理アイテムか、魔物を倒した時に落としたアイテムしか使ったことないわね?」

優華がニヤリとする。

「え? あ、まぁそうかな。」

「ふっふっふ…。モンスターやNPCから手に入るものと、調理人プレイヤーが作るものでは効果に明確な差があるのよ!

これを見なさい! アタシが作った傑作料理のデータよ!」

ずずいと端末に表示させた画像を突きつけてくる。


『ドラゴンステーキ☆☆☆

発動所要時間:0.2秒

効果1:HP75%回復

効果2:ランク3までの状態異常回復

効果3:HP/MP/防御最大値12%上昇(15分)』


無流は唖然とする。

「…は?」

「すごいでしょーう?」

「コレ、え? 凄いなんてもんじゃない、上級アイテム6個分くらいの効果が一斉に発生するって事!? しかも回復量に上限がない…。」

基本的な回復アイテムは実数値に上限がある。高級品でも3万程度、伝説のアイテムでもない限りHP全回復などの効果はない。

なのに、このステーキは仮にヌルが使用したらHPが30万回復するということである。

「料理アイテムって…凄いんだね…。」

無流は素で驚く。

「そうでしょ? コレは回復とパワーアップがメインだけど、状態異常回復をメインにしたなら!」

優華がビッと指を突きつける。

雷に撃たれたように固まる無流。

とある惨劇が脳裏をよぎったのだ。

そして動き出す。

「それ、本当っ!?」

身を乗り出す無流に優華が少したじろぐ。

「え、ええ…。あまり知られてないけど、アタシは作れるわよ。」

「凄いじゃないか!」

「でしょ? そうでしょー!」

ニッコリ笑う優華だったが、彼女の向かい、冷えた目をした優希から指摘が入る。

「姉ちゃん大事なこと言ってないじゃないか。

白川君もあまり姉ちゃんをおだてないでくれ。

ただ凄いってだけなら、ウチのお店が経営難になることなんて無かったんだから。」

その声に無流はふと我に帰る。

彼らは言い合いをしていたはずで、その内容は決して繁盛していたという様子ではなかった。

「何かデメリットがあるのか?」

「んー…デメリットってワケじゃないんだけど…。」

唐突に優華が勢いを失い、歯切れが悪くなる。

見かねた優希が言葉を繋げる。

「まずは、時間経過で劣化する点。作りたてが美味しいというコンセプトだからね。

もちろん、現実に比べれば当然長持ちする。料理の種類によるけど、大抵は12時間経過で効果が落ちる。

そしてもう一つ。こっちの方が重要。」

優希が人差し指を立てる。

「白川君。料理アイテムの材料って分かるかい?」

「魚とか果物とか、食材アイテムでしょ?

俺の種族はファントムで、得意食材がリンゴだったから店で買って食べたけど、料理ならもっと効果があったってことだよね?」

優希は頭を横に振る。

「言ってることは正しいけど、僕の言いたい本質はそこじゃない…。

普通の店で売っている食材を使って作っても、店で買える料理アイテムの15%増しくらいの効果にしかならないんだ。」

無流はその言葉の意図を察する。

「…特別な素材が要る?」

「その通り。」

優希が深く頷く。

その反応に無流は納得する。

さっきの料理アイテムは破格の効果だ。簡単に作れる物ではなかったのだろう。

「効果の高い料理には…なんだ…。」

そう吐き捨てる優希。

向かいの優華もがっくりと肩を落とす。

「ん?」

無流は「あれ?」という予感を覚える。

そんな様子をよそに優希は続ける。

「分かるよ、その反応。モンスターのパーツはそう簡単に手に入る物じゃない。

僕の職業である射手スナイパーの狩人系スキルや、調理人の包丁、暗殺者のヒットスキル…。そういった特殊な倒し方をしないと手に入らないからね。」

ため息混じりに言葉を続け、優華の端末を指差す。

「さっき見せたドラゴンステーキなんかはいい例だよ…アレはレベル100以上のドラゴンのパーツがないと作れない。

他のプレイヤーが市場に流した物を、姉ちゃんが店の売上の大半を勝手に使って購入したんだ。

…まぁ、レベル70ちょっとの僕らがドラゴンの肉を獲ろうと思っても傭兵を雇うしかないし、レベル100のドラゴンを倒す傭兵パーティなんて、それこそ売上全部を使っても雇えないんだけど…。」

「つまり、経営難というのは…」

「そう。僕らは料理屋だけど、いい食材を取るアテが無いんだ…。

姉ちゃんは料理を作ること自体が目的だけど、それじゃあ商売にならない。もはや店を畳むか、ギルドに入っておこぼれを貰うしか無いんだよ。」

しみじみと語る。

優華が端末をしまうと無流に向く。

「アタシはどうにかして、協力してくれるプレイヤーをユニバース新聞の広告に掲載したらどうかって話してるんだけどね?」

「広告料がバカにならないし、パーツを分けてくれるだなんて奇特なプレイヤーいるワケないって…。」

優希があり得ないと頭をふる。

ちなみにヌルは要らないパーツを

合成獣は勝手にパーツが手に入る。

しかし、ヌルを除いて高レベルの合成獣はそういないのだ。

ゆえに無流は考える。

現在、魔王軍にはヒーラーがいない。

遠距離攻撃を主体とする人物もいない。

少し尋ねてみる事にした。

頭に浮かんだのは魔王城倉庫の兵隊蜂の巣。

1日に3個、蜂蜜が採れる。

「あのさ、例えば“バーストハニー”って蜂蜜なんかも料理に使ったりする?」

その発言に今度は優華が身を乗り出す。

「それって超高級食材じゃないの!!

え? 持ってるの!? 欲しいな〜!

何かと交換する? 白川クンて一人暮らし?

あ、アタシがご飯作りに行こうか? 今なら畑優華のクッキングトークショーも付いてくるわよ?」

「…姉ちゃん。そういうの勘違いされるからヤメなっていつも言ってるでしょ。」

無流はどこかで聞いた噂を思い出す。

“畑は黙ってれば美人。でも黙らない。”

“むしろ弟がイケメン。でも姉が付いてくる”

それはそれとして、二人の明るさは無流にとってはストレスにはならないし、この双子とは仲良くなりたいと思った。

「俺の持ち物ってワケじゃないけど、モンスターのパーツを含めて蜂蜜も渡せるアテがあるんだ。お店の場所教えてもらえる?」

目を輝かせる姉に、素で驚く弟。

確約はできないけど店を訪ねる約束を取り付けるのだった。


ーーーーーーーーーーー


「…なるほど。確かに魔王軍に足りない要素を持った人物というわけですね。」

魔王城ではいつものメンバー。

魔王と四天王の会議が開かれていた。

「ええ、自分のリアルの友人なので信頼性は高いとは思いますが…。」

信頼できると言い切れないのはディオスのせいである。

相談に乗るのは本当に参謀となったハチコ。

ヌルは件の双子を四天王に迎えたいと思っているが、ハチコが否と言えばすっぱり諦めるつもりだった。

ティオとあまねくは何も言わない。

あまねくも同様にハチコを信頼しているのもあるが、戦闘に関わる内容でなければ意見を求められない限り介入しない構えだ。

ティオはこの手の事には何も言えなくなってしまった。

他人に意見するより自分を見つめ直す方が先であった。

「ううむ…。」

考え込むハチコ。

今更なぜ自分がこんな大局を決める役割に…などと考えたりはしない。

自分の判断力を頼られれば、それに応えるだけだ。

ハチコは顔を上げる。

「まずは私とヌルさんでその二人に会いに行ってみましょうか。道中はパスタくんに化ければ街を歩くのは難しくないですし、私も四天王として顔が割れてないですから。」

(ハチコの策により)ティオが最初の四天王は秘密兵器と公言したことで、その四天王はあまねくやティオに並ぶ人物という予想が通説となった。

まさかティオよりもレベルの低い冒険家なんて誰も思わず、一部ではピースフルがそうではないかと囁かれるほどになっていた。

実はディオスがハチコこそが四天王と言い続けているのだが、ティオの人気と演技力の前には歯が立たないのだ。

「現地に行ってどうするかの指示は任せてください。私に策ありです。」

「はい。よろしくお願いします。」

こうしてパスタとハチコが出かける事になる。

何気にこの組み合わせでの移動は珍しいが、二人はよく一緒にいるので気がつかなかった。


ーーーーーーーーー


──開拓都市オルバ。

このエリアは通常の街と仕組みが異なる。

プレイヤーが都市内ミッションをこなす事で少しずつ街全体が発展するのだ。

そして今ではプレイヤーが土地を買う機能が解放されている。

一括で高額を収める事で購入するか、低い額を家賃として収めるか。

それまで多くのプレイヤーが既にある建物を借りるしかなかった中、自分で建物をデザインできるのは大いに魅力だった。


この街の中心、大噴水から十字に伸びたメインストリート。

そこからだいぶ外れた奥まった土地に一件のレストランがある。

料理屋「You」。

営業中か怪しい繁盛していない事がわかる外観。

入り口には「本日貸切」の看板が掛けてある。

コレはパスワードを入力したお客のみが入れる機能であり、会員制の店舗などにも使用されている。

店内に客は居らず、2人の従業員がのみ。

待ち人の到来に首を長くしていた。


『Lv.77 冬雪ふゆきさかき 三ツ眼/射手スナイパー

『Lv.80 陽夏ようかはたはた ドリアード/鉄人調理師』


「白川クン来てくれるかしら! 楽しみねぇ!」

「姉ちゃん…店の外ではリアルの名前では呼ぶなよ?」

「分かってるわよぅ…。」

そんな時、店内に2名の来客があった。

「あっ! いらっしゃい!」

姉の陽夏の言葉が止まる。

来店したのは男女であり、明るそうなファントムの男性と、穏やかそうなダークエルフの女性だ。

「……。」

店主である陽夏は来店した二人の顔を交互に見比べ、そして一度、首を傾げる。

「……どちらが白川クンかしら?」

「わかるだろ!」

即座に弟の冬雪からツッコミが入った。

「ええと、畑姉弟だよね? よろしくな。」

パスタと冬雪が握手する様子をハチコが眺めていた。

(ヌルさんが敬語を使わないのは新鮮ね…。白川さんって言うのかしら?っと、詮索しない。)



パスタとハチコはテーブルに案内される。

その向かいには姉弟が座る。

「初めましての人もいるみたいだし、軽く自己紹介しましょうか。この店の店主兼料理長、ヨーカよ。陽夏って呼んでね!」

「弟のフユキです。副店長と雑用です。」

「俺はパスタ、駆け出しのファントムやってます。」

「私はハチコ。彼の付き添いで来ました。」

パスタが所持品からバーストハニーの瓶を取り出すと二人の前に置く。

「とりあえずコレ、お土産ね。」

「本当に持ってた! え? 貰っていいの? マジ? ありがとう! さっそく調理するわ!

…4人いるし薄まっちゃうけどレモネードにしましょう!」

陽夏は瓶に両手を添える。

するとポンっと煙と共に、ナイフやフォークがクルリと宙を舞う料理専用エフェクトが出る。

出現したのは4つのグラスと小さめの花瓶程度のデキャンタで、中には爽やかな黄色の液体が揺れている。

その様子をパスタは驚きつつ見ていた。

(レモネードって蜂蜜使うっけ?)

陽夏はそれらを注ぐと全員に配る。

「コレは…!」

グラスを手に持った時点でアイテムとしての効果が表示されるが、その効果水準の高さにハチコが感心する。

HPとMPの回復量は10%だが、1時間もの毒麻痺無効が設定されている。

「確かに凄い…。」

「ふふっ。どうぞお飲みになってくださいな。」

そんな姉に呆れた様子を見せる。

「もぅ姉ちゃんってば、こんな高級食材をすぐに消費しちゃって…。」

「あら、お土産として頂いたのだもの、お客さまにお出ししなくては失礼でしょう?」

「う…。」

時々当然の正論で反撃がくる。

レモネードが美味しいこともあり、パスタ達は穏やかな表情で眺めていたが、ハチコが切り出す。

「私が付き添いで来た理由なんですが、実はお二人に提案があるんです。」

そう言って、今度はハチコが蜂蜜の瓶を取り出し、2人の前に置く。

「わぁお! もしかしてコレも頂いても…?」

「ええ。」

ニッコリと笑うハチコ。

蜂蜜の瓶に手を伸ばす陽夏だったが、冬雪が制動する。

「待った姉ちゃん。ええと、ハチコ・リードさん。」

「はい?」

冬雪の目が険しくなる。

「……腹の探り合いは止しましょう。本題からお願いします。」

「あら…。警戒されていますか?」

「一応は。パスタ君も貴女も、我々よりレベルが低い。なのにこうも高級食材が出てくる…。何か裏があると思うのは当然ですし、貴女はハチコ・リードさんですよね?」

ハチコは笑みを崩さない。

「何の話でしょうか?」

冬雪も笑顔で返すが、目が笑っていない。

「僕は細かい情報を調べるのが好きなんです。

そういう面では、噂とはいえ貴女は有名人ですよ。火のない所に煙は立たないと言います。」

「……。そういう貴方は腹の探り合いをご所望な様ですね?」

陽夏が椅子を手に立ち上がると、パスタの横に移動する。

「そうそうパスタくん。こないだの水曜の課題、研究室に置きっぱなしになってたわよ。

鍵下教授に届けておいたわ。」

「あっ本当? ありがとう!」

冬雪の額にある魔眼が開眼し、ハチコを見据える。

「コレでも伊達に三ツ眼族やってないからね。いいように使われるのは御免だよ?」

ハチコは魔眼から視線を逸らす。

「そういう意図は此方には無いのですが…。

確かに本音を先にした方がいいのかもしれませんね。」

「改めて自己紹介をどうぞ? 四天王さん?」

ハチコは名前の横に四天王の証を表示する。

「どうも。それで本題ですが、魔王軍に入りませんか? 高級食材どころじゃ無いものを得られますよ。」

「へぇ? 随分な高待遇ですね?」

「ご不満ですか? だったら魔王軍直轄地にお店を開業してくれてもいいですよ?」

言いながらハチコは経営の傾いた店内を見渡す。

陽夏はメニューからレシピ一覧を表示する。

「そういやパスタくんは、やっぱりパスタ好きなの? アタシのレパートリー見せてあげる。この中に好きなのはあるかしら?」

「そうだな…俺は魚介が入ってるのがあると嬉しいかも。」

流石に耐え切れなくなって冬雪が口を挟む。

「ちょっと姉ちゃん! こっちとそっち、温度感全然違うんだけど!? 僕らの未来に関わる話なんだからもっとちゃんと話を聞いてよ!」

「聞いてるわよ。アタシ達を高く買ってくれてるんだから、高く売れる内に売るに決まってるでしょ。それ以外選択肢はないわよ。」

陽夏は弟に目もくれずにそう答える。

「え、いやさ、でも。」

「ユーキは難しく考えようとしてるけど、結局、お互いの望みを叶える事ができるから協力しましょうよって話じゃない。手を差し伸べてくれた以上は、握り返すのが礼儀よ。

そういうわけだから、ハチコさん。よろしくお願いしますね。」

ここで初めて陽夏がハチコをちゃんと見た。

その態度からハチコは陽夏こそが強敵だったのだろうと後になって思い返す。

「ええと、はい…。」

ヒヤリとする場面があったものの、大筋はハチコの想定通りなので計画通りに進める。

「じゃあお願いしますね。」

パスタは頷くと姿を変える。

「パスタ・ルーム改めて、魔王ヌル・ぬるです。2人ともよろしくね!」

この後お店は大騒ぎになる。

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