第23話 優しすぎる魔王が得たもの

ヌルの目の前には、が存在している。

周囲のガーディアンが動作を始め、ゆっくりと包囲を開始する。

ヌルは己の置かれた状況をかろうじて理解した。


(嵌められたっ…!?)


しかし今すべきことは”誰“に騙されたのか追究することではない。

そんなものは後でいい。

この状況を乗り越えなくてはならない。

ここを生き残らねば先はない。


しかし乗り越える術はあるのだろうか。

ヌルが持っていた優位性、レベルは魔王という職業と共に奪われてしまった。

今はディオスと交換で押し付けられたレベル110。

職業は魔王になる前の戦士。

四天王は職業ではないので、自分は四天王にはならない。

なら組換士と交換されたのだから、組換士になるハズだが、そうもならない。

どういう事かと尋ねたいが、文句を言ってもどうしようもない。

ヌルは解決法を探る。

魔王を倒す…? 不可能だろう。その強さは自分が知っている。

四天王の仲間を見る。

状況を理解できずオロオロするティオ。

ディオスを睨みつけたまま、テキストを出現させるハチコ。

そして…。

「死ねやぁ!」

パーティを離脱し、一足飛びにディオスへ刀を抜き放つあまねく。

斬撃がディオスに直撃するが、25!というダメージが表示されるだけだった。

「は?」

驚きに目を見開くあまねくに対して、ディオスが嘲笑する。

「アッハハハハ! しかない剣豪に用はねぇ!」

「テメェそれを狙って…! ぐっ!」

乱雑に腕を振ったディオスに弾き飛ばされ、あまねくが壁に激突する。

即死はしないが致命傷だった。

そんな姿を満足げに見るディオス。

彼は最初からこの計画を練っていたのだろう。

デモンストレーションとして見せた戦力組換の時点で、最大戦力であったあまねくが封じられていたのだ。

ヌルは迫ってくるガーディアンを見る。

哄笑するディオスを見る。

動揺する四天王たちを見る。

そして…思う。


あれ…?


これって…。


もう、詰んでいる…?


ヌルは心臓が冷え込んだような痛みを覚える。

一方、ディオスはそんなヌルに直接手を下さないどころか一瞥もしない。ガーディアンに命令を下した時点で勝利を確信しているのだ。

ディオスはあまねくから向きを変えると、笑顔を浮かべ、ティオの元へと歩き始める。

「さあ、ティオちゃん、オレが君だけの魔王だよ。思う存分にセンパイと呼んで愛してくれていいよ?」

「え…?」

ティオが戸惑いと恐怖の入り混じった表情を見せる。

「君は魔王オレが大好きだもんな? いいよ。俺の元でアレの続きを歌ってくれよ。」

ネジの外れた振る舞いをするディオス。

そのままゆっくりティオに近づく。

「ヤです。来ないで…。」

ティオは何かに怯えて下がり始める。

ヌルはティオを守りに行きたかったが、そこへ至る道どころか、視界もガーディアンに阻まれる。

「くっ。」

もはやガーディアンしか見えない。

そんな時、ヌルの陰から何かが飛び出す。

バゴォン! という音と共にガーディアンの一体が吹き飛び、ほかのガーディアンを巻き込みながら倒れる。

「っ!?」

そこにいたのは”ミニデビちゃん“だった。

確かに彼女はヌルが劣勢になると助けに来る能力を持っているが、なぜか名前が緑色。

今のヌルは魔王軍全軍にとって侵入者で、敵であるのだが…。


ディオスが予想外の音に振り向く。

「あ?」

ミニデビちゃんは異常な強さをもってガーディアン達をボコボコにしていく。

一体、また一体とガーディアンが消滅する。

ヌルはミニデビちゃんを見ながら思い出す。

彼女にしつこく四天王募集を始めるように言われた頃。そう、彼女を魔王の副官から外し、

「あ…。」

彼女はこの時点でヌルの純粋な仲間だ。

そんなことを思い出して、冷え切っていた心臓がドクンと跳ねる。

ヌルは考えを改める。

まだ何もしていない。

あまねくだって無理を承知で斬りかかったに違いない。

こっちには傀儡の指輪どころか、秘策のGMシステムだってある。

(何が詰みだ、試していない事が山ほどあるじゃないか!)

メニューを開くと装備欄にパーツを次々と換装していく。


「魔王の座を、取り戻す。」


決意をもって言葉にした。

やがて立ち向かうに必要なパーツの準備を終え、立ち上がったその時。

ヌルのメニューに不思議な内容のメッセージが表示された。


『魔王軍の四天王より勧誘を受けました。

承諾した場合、配下として魔王軍に加入します。

※魔王軍に関する詳細はイベントメニューから確認することができます。

勧誘発行者:ハチコ・リード

魔王軍に加入しますか?

[はい][いいえ]』


ーーーーーー


ハチコは必死に計算を巡らせていた。


最初からディオスのことは警戒していた。

自分達が探している時に、これほど特殊な無名プレイヤーが都合よく現れるだろうか?

二つ返事で四天王加入を即決承諾するだろうか…と。

幾つも疑っていたのだ。

もはや勘に近かったが、その疑念を持ってからヌルが魔王城を案内する間、必死に情報を集め続けた。


これは最近、彼女が情報に特化することを目指して訓練していた事が根本にある。

先日のダンジョン以降、自身の戦闘訓練も継続してみたが、全く伸びなかった。

元々戦うのが苦手な性格なのだ。

あまねくにも付き合ってもらい、戦闘面で何が悪いのかを指摘してもらおうとしたが、彼の言葉によって両断される。

“アンタが武器を振り回しても俺の足元にも及ばない、しかし、アンタの指示があれば俺はヌル殿に勝てるぞ”

ハチコは指揮官としての能力はズバ抜けている。と暗に言ってのけた。

その言葉は彼女の心にストンと落ちた。

それ以来、みんなで四天王候補を探す傍ら、例えばヌルが修行をする時、ハチコはサポーターとしての学習をしていた。

人に命令を出す指揮ではなく、人に必要な物・情報・判断をなるべく早く的確に提供できるようにする訓練。

そのお陰で、組換士という職業については、すぐに調べがついた。

能力を入れ替えるスキルを使う特殊職。

対象が能力であれば体力・攻撃・防御の3択を入れ替え、スキル効果であれば効果対象や条件を入れ替え、と。用法は多岐にわたる。


問題はそこからだった。

初めは入れ替えによってヌルの弱体化を狙う目論みがあると推察していた。

下克上でヌルを倒して魔王に成り代わろうとしているのではないか、と。

しかし組換士のスキルでは10分の制限時間を越えれば効果が戻る。ヌルの能力はどれも強力だが、3種類の内どれを取られても残り二つがあれば生き残る。

調べても相手の企みが読めなかった。

すぐには行動を起こさないだろうと結論づけて一旦警戒するに留めたのだ。

それはそれとして彼には心を許さなかったので、デモンストレーションとして能力を披露すると言った時もパーティには加入せず、動向を監視していた。


そして計算外の二つの要素が全てを狂わせる。


一つには組換士がレベル110で覚えるスキルが『職業を入れ替える』という物であった事。

世界で最初に発現したのがディオスという最新の情報であり、世界図鑑に載っていないならハチコにも分からないのだ。


もう一つは『種族:人間』のみ使える『奇跡系』と呼ばれる超レアスキルであった。

種族としての人間は全体的に弱い。

しかし、その差を埋める能力がある。

レベルが50上がるごとに1度だけ使用回数が増えるスキルがあるのだ。

例えば『種族を強化人間にする。』『炎属性攻撃への耐性を完全にする。』など、他種族に無い要素を追加できる。

そしてディオスは『スキル効果を永続にする』を選んだのだった。


ディオスがヌルと職業を入れ替える際、ハチコは彼の足元の輝きを見て『奇跡』を思い出したのだった…。


───そして、今に至る。

ハチコは考える。

どうすればいいか。いや、決まっている。

とても居心地の良い魔王軍。

そのトップの椅子に知らんやつが座ったのだ。

「その座から引きずり下ろす。」

当然の帰結である。

だが、方法が見つからない。

あまねくが単純勝負を挑んで負けたことから、ディオスは魔王の強さを本当に得ている。

気がかりは、ディオスがティオに執着していること、そしてティオが怯えている事だった。

しかし得られた情報が断片すぎて、魔王奪還には繋がらない。


そんな折、ミニデビちゃんが反撃の狼煙を上げた。


「あ?」

ディオスは忌々しげにミニデビちゃんを見る。

予定外の事態だからだろう。

ミニデビちゃんの後ろ、ヌルがハチコの視界に入った。

最後の四天王に喜び、信用した途端に魔王の座を奪われ、深く傷ついているはずの青年。

そんな彼は迷う事なく装備を付け替えていた。

全く諦めていない。

その姿からハチコの頭の中に計画が浮かぶ。

魔王の座奪還の設計図…。

「あ…!」

まるでパズルのピースが勝手に動き、絵を完成させようとするように組み上がっていく。

「ヌルさん…やっぱりあなたは凄いです…。」

全てのピースが埋まった時、そう呆然と呟いた。


ハチコはすぐに行動を起こす。

短時間とはいえ、四天王が4人揃った以上、四天王は部下を勧誘できる。

今、ヌルが攻撃されているのは魔王城にとって部外者だからだ。

であれば魔王軍に所属させればいい。

すぐに勧誘を飛ばす。

メニューの操作速度と精度を練習していた成果だ。

「良し。」

そう呟く。

ヌルから承諾があった。

きっと彼はハチコが何をしようとしているか分からずとも、信頼して応じたに違いなかった。

瞬間、命令に矛盾が生じたガーディアン達がヌルへの攻撃を終了する。

放っておいてもミニデビちゃんが全部倒しただろうが、ヌルがそれまで逃げ回る必要がなくなった。

「なんだとっ!?」

ディオスが当惑する。

ガーディアンが元の命令であった壁際の待機に戻ったのだ。

そして、ヌルに魔王軍所属のアイコンがついた事で、四天王の誰かが邪魔をしたことを察する。

クルリと四天王達の方へ振り返る。

そして一人づつ四天王の顔を見回す。

「やっ…。」

ディオス目が合ったのか、完全に怯えモードになってしまったティオがさらに下がる。

ハチコは四天王メニューを表示させると、ティオを庇うようにディオスとティオの間に歩み出る。

そして自然にティオに自分の

「あ…。」

ティオが何かに気付く。


「お前…何のつもりだ…?」

ディオスはハチコを睨みつける。

「どれの事を言っているのですか?」

ヌルを部下にした事か、ティオを庇う事か。

「はぁ…。もういいや、とりあえず消えろ。」

ディオスが装備を切り替え、剣を振り上げる。

刹那、ハチコは四天王メニューのを起動する。

メニューが正常に動作し、“ディオスのパラメータが99%カットされ、ハチコの防御能力が3倍に増加”した。

剣がハチコに直撃したが、コンッ! と音がしてダメージが0!と表示される。

「なっ…。」

驚くディオスにハチコは笑みを浮かべる。

魔王様は底抜けに優しい、心配になるほどお人良しなんです。私達が裏切るなんて微塵も考えないほどに。」

「何だ? 何を言っている?」

「その人はね、もしも自分がゾンビ化したり、操られた時の保険として、四天王が自分を止められるように四天王専用スキルをカスタマイズしたのよ。」

ディオスはメニューから自分のパラメータを確認して凍りつく。

実に駆け出しの初心者程度まで全能力値が下がり、雑魚と呼ぶに等しい数値となっている。

「私達は魔王を弱体化するスキルは使えないけど、は使えるのです。」

徐々にハチコが何を言っているか理解するディオス。

武器を捨て、大急ぎで魔王メニューを開く。

専用スキルを解除、もしくは四天王を除名するつもりだったが、初めて見る複雑なメニューに目を白黒させる。

そんな様子を見ながら、満身創痍のあまねくが体を起こす。

「全く笑っちまうよな。最強の魔王がよ、片手て捻り潰せる相手に命綱を預けちまうんだ。

ま、だからこそこっちも期待に応えたくなるんだがよ。」

そう言って四天王メニューを開くと、あまねくは迷う事なく四天王専用スキルを使用する。

「ちなみに俺の機能は“全権限委譲”だぜ。ハッキング対策な。」

あまねくがそう告げた瞬間、ディオスの目の前にあるメニューに赤いバツ印が付き、ほとんどの機能が使えなくなる。そして代わりにあまねくのスキルが全て再使用可能になり、効果が上昇する。

ディオスは大慌てでメニューを閉じると、その場から離脱しようと背を向けて走り出そうとし、つんのめって転ぶ。

いつの間にか右足に触手が巻き付いている。

その触手を辿った先には完全武装の合成獣がいる。

先程とは全く違う姿で、全身から棘や骨を生やし、苦悶を浮かべる顔を生やし、ゆっくりとディオスに近づいていく。

ディオスはなおも助かる方法を探して見回す。

そして、一人の妖精を視界に収める。

「助けてレッドネメシスちゃん…。」

懇願するようにティオに語りかける。

その言葉にティオが激昂する。

「その名前の人は死にました!!

今のボクはティオ・フォルデシーク!

アナタみたいなヒト、大っ嫌いデスッ!」

そう言って四天王専用スキルを使用する。

「ぐぎゃぁぁぁぁっ!」

ディオスに電撃が走り、その膨大な“HPの99%分の数値がティオに移譲”される。

もしHPを調べる能力の持ち主がいれば、彼の残りHPが2690であったことを知るだろう。

玉座の間に転がるディオスを見下ろしたティオが叫ぶ。

「センパイ! やっちゃってください!!」

歩みを進めていたヌルが頷き、立ち止まる。

装備の換装によって先端をナイフのように尖らせた触手を持ち上げる。

「ヤメロっ! オレは…オレはこんな所で…!」

ヌルに叫ぶディオスを無視して、地に縫いつけるように串刺しにしたのだった。

「ぎゃああああっ!」

断末魔とともに魔王ディオスが消滅する。

その姿と入れ替えるようにメニューが表示される。


『全てのプレイヤーの皆様お伝えします。

魔王軍配下のプレイヤーによって魔王に対する下克上が達成されました。

これにより新しい魔王が誕生します。

今後は新しい魔王による侵略が開始されます。』


ヌルはすぐに自分のパラメータを確認する。


『Lv.255 ヌル・ぬる 合成獣/魔王』


ヌルは拳を握りしめる。

「良か…」

「やったぁぁぁ! センパーイ!」

奇声と共にヌルに飛びつこうとするティオだったが、ハチコが一喝する。

「喜ぶのは後! ヌルさん今すぐディオスを四天王から除名!」

「はっ、ハイッ!」

大慌てで魔王メニューを表示するが、すぐに顔をあまねくに向ける。

「あまねくさん、弱点スイッチのオフを!」

「ああ!」

あまねくが四天王専用スキルを解除する。

それに倣うように他二名も同様に解除する。

ヌルは慣れた手つきで魔王メニュー操作する。

一瞬だけ逡巡したあと、まだ使ったことのなかった項目を使用する。

”四天王の除名“。

こうして再び四天王は3人になったのだ。


ーーーーーーーーーー


とあるビルの一室。

ヌルがガーディアンに囲まれていた時。

辺見は叱られていた。

「いいか? お前のやろうとした事は業務規定違反だ。未遂で終わった事に感謝しろよ?」

キツく言い咎めているのは古蟹ふるがという人物で、プロジェクトマネージャーである。

役職と職務とが異なるが、職場における人間関係の折衝や、渉外人事に影響する業務も担っている。


辺見は、ヌルがディオスに職業を入れ替えられる一部始終をもちろん見ていた。

そしてあろう事か、ヌルを助けるために介入しようとしたのだ。

彼ら運営チームは試合で言えば審判である。

反則や外的要因を除いて、当事者に対する干渉は認められない。

なのに自分のアバターとして遠隔操作NPCをログインさせようとして、サーバーを見張っていた梓に停止されたのだ。

「お前がこのプレイヤーに入れ込んでるのは分かるさ、こちらの不手際で多大なる迷惑をかけてきた事に対して、お前が負い目を感じていることもな。

だがこの場面で手を出すのは違うだろう?」

ディオスの行為は不正ではない。

悪質な嘘をついたわけでもなく、オンラインマナーに抵触したわけでもない。

虎視眈々と機会を窺い、魔王の座を得るために使用回数が限られている手札を切ったのだ。

つまり、これは戦略である。

であればプレイヤー同士で決着をつけるべき。

それが運営のスタンスだ。

「入れ込みすぎだって、分かってはいるんです…。しかし、自分がどんなに彼を応援しても彼にはそれは1ミリも届かないんです。もし彼の冒険がここで終わってしまったら? どうにか立ち直ってほしくて…。」

「はぁ…。お前ね、それはプレイヤーに対して失礼ってもんだ。ちょっとこのまま静観してろ?」

「……。」

難しい表情で辺見が頷く。

言われた事へ納得し切れない部分があるのだろう。

そんな時、予想外の出来事が起こる。

ミニデビちゃんが出現して反撃を始めたのだ。

それに対して言葉を発したのは辺見ではなく、近くで見ていた鏑木だった。

「えっ!? 強さおかしくない?

レベル150とはいえ魔界受付嬢でしょ? 140のガーディアンがこうも簡単に倒せる筈ないじゃないの!」

ガーディアンは名前通り防御に特化している。

レベル10程度の差では一撃で倒すのは叶わないはずだが、ミニデビちゃんはそれを易々とこなす。

鏑木はデスクからパラメータとログを調べ…やがて電車に乗り遅れたような表情になる。

「魔力供与…だっけ? アレ使ったのね。」

彼女の諦めたような声に周囲が顔を向ける。

首を傾げる顔もあったため、仕方なく説明する。

「魔王スキルの、配下の魔物を強制強化するやつ…。アレはモンスターのレベル上げる効果が本来の用法じゃなくて、レベルがMAXになっても能力値を上限を超えて強化できる点にあるのよね。」

聞いていた何名かはうんうんと同意する。

それのどこに問題があるのか、という表情。

「問題は経験値を与えた側よ。レベル255よ?

天井超えレベルにとっての経験値1万って、レベル150にとっては100万以上の効果があるわけ。

今あの魔界受付嬢はレベル200相当くらいには強くなってるわね。まーた色々調整しないとじゃんよー。」

鏑木の言葉を理解し、彼女と同じく戦闘バランスに属するメンバーはやれやれと頭を振る。

この際、誰が魔王になるかはあまり関心はないが、この戦いの末にあるバランスへの影響は無視できない。

そんな声を聞き流しつつ辺見は画面を見続ける。


ミニデビちゃんの出現を契機に、急速に状況がヌルの優勢へと動き始めた。

「あー! 四天王カスタマイズスキル!」

「その手があったか!」

何名かがクイズに不正解だったかのような反応を見せる。

魔王が四天王のスキルを調整できる機能。

設定上可能だとしても、自分に超絶不利益を被るスキルを作ったヌル。

当時、メンバーたちはそんな彼の行動を不思議な顔をして見ていたものだが、しかし今は納得や驚きの顔で見る。

「まさか、この展開を読んでいたのか?」

「そんなはずないだろう? ゾンビ対策って本人言ってたじゃないか。」

「いや、それこそがヌルさんの狙いなのでは?」

「いやいや…。」

にわかに騒がしくなる。

彼らはヌルについての講評を始めたが故に、ティオの“正体”に関する大事な一幕を見損ねる。

そんなうちにヌルが魔王の座を取り戻したのだった…。


黙っている辺見に古蟹が口を開く。

「なぁ辺見よ? 彼らは我々が手を出さずとも自分の物語を進んでいくんだ。

我々は物語の書き手じゃあない、次のページとインクを用意する係なんだ。ちゃんと覚えて弁えておけよ。」

そう言い、辺見の肩を叩くと去っていく。

古蟹を先頭に、魔王交代劇を見守っていたメンバー達は解散し始めるが、そんな中、ポツリと鏑木が呟いた。

「…ハチコさんは流石だな。」

その声に何名かが足を止める。

何かを察したメンバーが同意した。

「そうだな、ヌルさんを魔王軍に置く事で状況を動かす。攻撃以外の方法でガーディアンを無力化できるのは、冷静に状況を俯瞰してる証拠だよな。」

他のメンバーも頷く。

しかし、鏑木はその声を否定した。

「ううん、そうじゃないの。彼女の目的はヌルさんを魔王に戻す事だったのよ。下克上システムを本当に上手く理解して利用しているわ。」

あそこでヌルを魔王に戻すにはそれ以外に方法はなかったのだ。

そして鏑木は続ける。

「そういう意味では、むしろ私たちが彼女に助けられたわね。」

鏑木の発言の意図を汲めず、首を傾げる。

無言で鏑木に続きを催促する。

「例えば、もしヌルさんが魔王軍に加入せずにディオスさんを倒してしまったら? 

その場合“下克上”ではなくて、“討伐”なのよ。

私たちのお仕事、Ver3.0の終了条件は?」

「え?」

「あ…!」

Ver3.0イベントはこのゲームの肝であり、まだまだ今後の展開として魔王と勇者の軍勢の戦いは続く想定だ。いや、続けてもらわなければならない。

なのに魔王が一般人に討伐されればその時点で終了である。

ゲームの新展開を売り出して1か月弱で目玉商品が打ち切りになったら…。

その事を察して背筋が凍る思いをする。

「もう一度根幹部分を全部見直したほうがいい気がするわ。いいかしら?」

「そうだな。」

「はーい」

その言葉を以て今度こそ本当に解散になる。

散っていく運営メンバーたちの中で、元々デスクのあった辺見だけが動かずにいる。

鏑木は彼が分かりやすく俯いているのを認めると、やれやれと声をかける。

「どうしても力になりたいのなら、ヌルさんを眺めるだけじゃなくて、先の展開を読みなさい。今の彼に干渉しないで、未来の彼がつまずく障害を取り除く事でね。」

そう言って辺見の肩を叩くと、顔を上げる辺見の反応を待たずにその場を後にする。

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