Session02-02 一年前 〜孤児院での出会い〜
「今日は、休みとするべきじゃな。」
バーバラが、開口一番そう言った。
クリスから紹介され、借りた屋敷の居間の一つで皆と朝食を食べていた所に、いきなりの発言である。
アイル達四人は、バーバラの方を意識しながらもそのまま食事を黙々と食べ続ける。
「まず、基本的に人手が足らん。この規模の屋敷なら維持をするためだけに、メイドを四〜五人、そして執事を一人、人員を守るための衛兵四〜五人、そして、専属の料理人を置くか置かないかと言った程度は人が必要じゃぞ?」
「……確かに、俺たちもずうっといるわけではないし、居たとしても雑事で一日が終わってしまうな。」
アイルは口にしていた食事を飲み込み、自身の実家を思い出しながら言った。専属のメイドまでは必要ないとしても、屋敷自体の管理と運営で確実に人は必要である。更に屋敷の持ち主に代わって取仕切る執事。そして、屋敷の人員を守る衛兵。全然足りない事がわかる。
「そうじゃろう? じゃから、ちょっとばっかし、実家の支店まで顔を出してきて、紹介を依頼するつもりじゃ。……なぁに、我は勘当というわけではない。我の頭を下げるだけで、信頼できる人材の紹介を受けられるなら安いものじゃ。ああ、後はフィーリィは我についてきてくれ。”契約といえば
その言葉に、フィーリィは「わかりました。」と応えた。ピッピは今後と、今夜に備えて食料の買い出しに行くらしい。何を買うべきかを指折り数えている姿が見て取れた。
そして、アイルがルナの方へ顔を向けると、彼女もアイルへ顔を向け、見つめ合うことになる。少しの間、見つめ合った後、ルナの方から切り出した。
「アイル、良かったら孤児院へ寄付へ行かない? 顔つなぎと、寄付をしに行こうよ。その後、ギルドに寄って次の依頼とか、人材探しでどうかな?」
パタパタとルナの尻尾が揺れているのが見える。楽しみにしているのが凄くよく分かる仕草だ。それを横目にしながら、他の皆に目配せをするとニヤニヤとしながら、頷いて返してくる。それを見たアイルは、ニコリと微笑みながらルナへ頷いてみせた。
「ルナ、そうしたら、今日は俺と付き合ってくれ。まずは孤児院へ行って寄付をして、その後、ギルドでクリスさんと打ち合わせもしよう。よろしく頼む。」
「が、頑張るよ!」
パーッと満面の笑みを浮かべるルナ。その頭をアイルは優しく撫でてやる。心地よいのか目を細めて気持ちよさそうにしている。
「……あれじゃな。ルナの奴、ハーレムの一員となってから遠慮がないのぉ。まぁ、可愛いから良いんじゃが。」
「誰かさんと違って、積極的なのは良いことですね。ね、ピッピ?」
「あ、あたしは、その……こういった事もなかったから、ど、どうしたらいいか……。」
ルナの仕草を見て、バーバラは呆れながらも、笑顔で見守っている。バーバラの言葉を受け、フィーリィはピッピを揶揄するようにニコリと微笑みかけた。それを受けたピッピはしどろもどろになりながら、顔を背ける。頬は赤く、こういった事に慣れておらず照れているのが見て取れる。
その姿を見たアイルはピッピの頭をルナのように撫でてやる。
「……今度、ピッピの手伝いをさせてくれ。荷物持ちでも何でも手伝おう。」
「……おう。その時は頼む。」
照れながらも、アイルの申し出にボソリと応えるピッピ。その仕草が、いつもの快活な姿と違い、彼女の”
「では、今日はこれで解散じゃな。また夜にな!」
バーバラの一声で、皆が席を立ち、「応!」と応えた。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「クリスさんから教えて貰ったとおりだと、ここが
ルナが手に持った走り書きの地図と、目の前に見える建物を見比べながら口にした。
屋敷のある
「……あの女性に聞いてみるか。……恐れ入ります、この度、こちらの孤児院へ寄付をさせていただきたく参りました。寄付を担当されてる方へ紹介をお願いできませんでしょうか。」
「はーい! 少々お待ち……え……?」
アイルが、敷地の入口から庭に居る女性に声をかける。丁寧な言葉に女性は快活な声で返事をして、近づいてきた。そして、アイルの顔を見た瞬間、凍りついた。あり得ないものを見た。そんな表情であった。手に持った箒を取り落し、カランカランと周囲に音が響く。そして、確かめるように右の手をアイルへ向かって手を伸ばした。
「アイ……ル?」
修道服を着た女性は、アイルの名を口にした。それを聞いたアイルは若干ながら困惑していた。何故、自分の名を呼ばれるのか。ハルベルトへは来たばかりであり、冒険者として登録したばかり。実家に居た時は、公の場に出ることはほぼなかった。自分の名を知る理由を悩んでいると、キラリと輝くものがあった。彼女の髪を飾る簪であった。美しい栗色の髪を飾る
その簪を見て、アイルは一つの記憶を呼び起こした。そう、ハルベルトに住んでいて、アイルを知っている女性が一人だけ存在したのだ。アイルは、意を決してその名を口にする。
「マーリエ……マーリエ・オズワルド・フォン・レンネンカンプなのか?」
アイルがその名を口にした事は、劇的な反応を引き起こした。マーリエと呼ばれた女性は、名を呼ばれたことによる嬉しさを表情に一瞬浮かべたかと思うと、すぐにそれを打ち消すように悲しげな表情を浮かべた。そして……。
「見ないで!!!」
大声で、拒絶の言葉を口にして、孤児院へ走っていった。子供たちは彼女の行動に、呆然として見送る事しかできなかった。アイルとルナも、一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直して、後を追いかける。孤児院の中を進み、院長室と思われるところまで辿り着く。扉は締っているが、中からすすり泣く様な声が聞こえてきた。ルナは、アイルの邪魔にならないように「庭で代わりに掃除をしてくるよ。」と口にして、戻っていった。その際に、「頑張って!」と応援をするのを忘れなかった。
アイルは、その応援を受けて、改めて気持ちを引き締める。そして、コンコンと扉をノックした。
「マーリエ。俺が原因なら謝る。どうか、理由を教えてくれないか。」
「……あなたは悪くない……私の……この姿を……見てほしくないの!昔のままの私だけ覚えておいて欲しいのよぉ……。」
アイルの言葉に、マーリエが心の底からの思いを紡ぐ。先程の泣き声とは違い、この扉を挟んですぐ向かいにいるようだった。その扉を無理やり開けることもできる。だが、彼女の気持ち、言いたいこともわかった。そして、扉に対して背を向け、寄掛かるように座り込む。その気配を感じたのか、彼女も寄りかかってきたことがわかる。
「……理由を聞かせて欲しい。ゆっくりでいい。言いたくない所は言わなくていい。」
アイルのその言葉を聞いて、マーリエはポツリ、ポツリと心の内を話していった。
五歳のお披露目会の時に出会って、その後の交流で少しずつ惹かれて行ったこと。九歳の誕生日に贈られた鼈甲細工の簪が本当に嬉しかった事。そして……十歳の時に、父からアイルとは付き合うな、諦めろと強く言われた事。理由を問いただしても答えてもらえなかった事。手紙を何通も送った事。嫌われたのかという不安に駆られ、食事の量が増えて行ったこと。どうしても制御が出来ずにどんどんと太っていってしまい、思いつめて自害を図ったこと。今は、父の支援でこの孤児院の院長をしていること。そして、やっと心の折り合いがとれてきた所に、アイルが現れたこと。隣には凄く綺麗な
涙を流しながら、震える声で告解するように口にした。アイルはその言葉を背中で受け止める。冒険者として、名を上げようと考えたのは、自身の幼なじみ二人を娶る際に、否定されない実績を作るためであった。だが、自分はもっと多くの人との縁があったのではないか。好意を持って付き合った相手。それを蔑ろにしていたのではないか。心の内を吐露してくれた彼女に応えるように、自身の事を口にしていく。
十歳の時に”
「……アイルのハーレム……。」
「そうなんだ。……マーリエ。」
「……なに?」
「俺は、ハーレムを作ることにした。だから、誰か一人だけを愛するということはできない。しかし、全員を同じ様に愛することを誓う。幼なじみであるマーリエ、君をハーレムの一員に迎え入れたい。俺のモノになってくれ。」
扉の向こうに居るマーリエが、今の言葉を聞いて息を飲むのが分かった。我儘な話だ。しかし、それ故に、相手が本音で語ってくれている事がわかる。そして、カチャリと鍵を外す音が聞こえた。アイルは何も言わず、立ち上がり扉へ向き直った。キィィィとゆっくりと扉が開いていく。そして、顔を赤らめたマーリエが姿を見せた。
改めて、修道服の上からでも、その豊満な肢体が見て取れる。もしかしたら、折り合いがつく前はもっと酷かったのかも知れない。しかし、今の彼女の姿は”ぽっちゃり”という表現が合う姿であった。記憶にある可憐な姿から、年月を経て、肉付きよく成長したら、確かにこのような姿になるだろうと思えた。また、この孤児院で子供たち相手に暮らすことで、彼女の心身を癒やしたのであろう。無様に太ったと言うような姿では決してなかった。
改めて、アイルは彼女の足元に片膝をついた。そして、彼女の手を求めるように手を差し伸べる。あなたの騎士であると示すように。マーリエはおずおずと、アイルの手の平の上に自身の手を差し伸べた。その手のひらを優しく包み、アイルは宣言をする。
「我、アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタインは、マーリエ・オズワルド・フォン・レンネンカンプを、ハーレムの一員として、娶り、迎え入れることを首座神と戦女神の名において誓う。誰しもが納得する功績を上げ、必ずや娶ることを誓約する!!」
”首座神の名をもって誓約をなさん。そなたと、そなたの嫁に僅かながら加護を授けん。”
”そなたが願う物が大きければ大きいほど、試練は難事となろう。そなたの誓い、我が信徒を介して見守ろう。”
不思議な声が聞こえた。一つは、若々しくも老成したような不思議な男性の声。そして、もう一つは猛々しくも母の如き慈愛を感じさせる女性の声であった。その声が聞こえた後、アイルはその両の手の甲に、マーリエはその首筋にジュッと言う音とチクリとした痛みが走る。アイルの右手の甲と、マーリエの首筋には首座神の印が焼印の様に生じていた。更に、アイルの左手には戦女神の印が焼印の様に生じていたのだった。
その事で、今の言葉が”首座神”と”戦女神”、その二柱の神からの言葉だったのだと改めて実感した。アイルは天を見つめ、マーリエは両膝をついて祈りの言葉を捧げた。
「……私も、あなたのハーレムの一員なんだね。……嬉しいよぉ……もう、絶対に叶わないと思ってた。」
祈りを捧げた後、マーリエはアイルを抱きついた。男であれば胸板があるだろうが、そこにはアイルの持つ乳房があり、女性の身体も持つからこその柔らかさがそこにはあった。そして、両の瞳から涙が零れ落ちる。折り合いがつくまでは毎日毎日流していた。折り合いがついた後は、流すことはなかった。でも、今回のは違う。叶わないはずの夢。それが叶ったのだ。嬉しくて嬉しくて、止めるのは難しいだろう。
「あーーー!!先生が泣いてる!!先生を泣かすなーーー!!」
「先生、この大きな人に何かされたの!?大丈夫!?」
子供たちが大声を上げてアイルとマーリエの周りを囲み、マーリエをかばうようにしながらアイルを睨みつけた。アイルが女性と言える容姿を持っているとしても、大柄で一本角の鬼人族である。怖がっている子もいるが、その子も含めて、マーリエを守るようにしている。よっぽど慕われているのだろう。
「大丈夫よ。先生はね、嬉しくて泣いてるの。だからこの方……アイルさんをいじめないでね?」
マーリエが涙を拭いながら子供たちへ説明をしてくれた。それで理解したのか、早合点したことを子供たちは素直に謝った。それだけ躾が行き届いていることが見て取れる。
「何とかなったみたいだね。えっと、マーリエさん? ルナと言います。戦女神様の神官をしています。あなたもこれからボク達の仲間ですから、今後ともよろしくお願いしますね。」
ルナが、二人と子供たちの輪に近づいてきて、マーリエに挨拶をする。その挨拶と、仲間と呼ばれたこと、そして首筋にある首座神の印で、一員となったことをマーリエは実感できた。ルナの手を両手で包み、ありがとう、ありがとうと喜びながらも涙を流すのだった。
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