第15話 初めての電話

 家に帰って、寝る前にスマホをいじりながら、和也くんに電話をかけるべきかどうしようか悩んでいた。


 せっかく教えてくれたんだし、私からかけるべきなのかな。でも社交辞令で教えてくれただけなのに、「え?なにこいつ、本当に電話かけてくるの?」とか思われたらどうしよう。


 今さらだけど、いきなり電話ってかなりハードルが高いような気がする……。


 さっきはつい勢いで電話とか言っちゃったけど、友達ともほとんど電話しないし、電話は苦手なのに。直接話すのも苦手だけど、電話だと話さなきゃってよけいにあせっちゃって、上手く話せなくなる。


 メールの方が気軽に送れるのになぁ……。

 和也くんはメールほとんどしないって言ってたけど、全くしないわけじゃないよね?


 また学校で会った時に話せばいいんだし、メールも電話も無理してまでする必要はないんだけど……。


 せっかく連絡先を教えてもらったんだから連絡したいような気もするし、今日しないと永遠にできないような気もする。でもやっぱり……。


 え、で、電話!?


 微動だにしないスマホを見つめながら色々考えこんでいると、突然マナーモードにしていたスマホが振動し始めてびくっとなってしまった。


 ……うそ、しかも和也くんから?

 え~……どうしよう……。と、とりあえず出た方がいいよね……。


「も、もしもし?」


「月子? 俺」


 震える手で画面をタップすると、そこから聞こえてきた声は間違いなく和也くんのもので、ますます私の心臓の音がうるさくなる。


「は、はい。斉藤月子です」


「ハハッ。知ってる」


 ……やっぱり、電話は苦手だ。和也くんのちょっと低くて優しい声も笑い方も、もう全部がかっこよくてドキドキしちゃうから、どうしていいのか分からなくて困る。


 今も絶対電話の向こう側であのいつもの優しい顔で笑ってるんだろうなと思うと、顔を見なくても緊張してきた。


「せっかく番号教えてくれたんだし、電話してみた。今大丈夫だった?」


「そ、そうなんだ、ありがとう。いま、全然大丈夫、だよ」


「そっか、よかった。今日は試合見に来てくれてありがとうな。どうだった?」


 どうって言われても……。

 ああ、もう、スマホを持つ手が異様に汗ばんでてヤバい。電話だから見えないというのに、なぜかベッドで正座をしてしまう。


「え、と、あの、すごくよかったよ。ユニフォームもよく似合ってた」


「え~ユニフォーム見に来てたの?」


 おかしそうに笑い声をあげる和也くんに、内心あせる。そ、そっか……。試合の感想聞かれてるのに、ユニフォームの感想言うなんて失礼だよね。


「あ、あの、ごめんね。試合も見てたんだけど、途中からよく分からなくなっちゃって。和也くんがシュートしてたとこは見たよ。いつもの和也くんとは違う一面が見れて嬉しかったし、すごくかっこよかった」


「え? そ、……か」 

 

 何か変なこと言ったかな?

 ユニフォームの感想だけじゃ申し訳ないと思って、思いついたことを色々と言ってみたら、和也くんは急に黙りこんでしまった。


「あの、和也くん? どうかした?」


「月子っておとなしいのに、けっこうストレートだよな。そこまで直球で言われると、なんていうか、照れる」


 ストレート、なのかな……。

 そういえば、昔から良く「変だよね」「空気読めてないよね」って言われてきたな……。


 空気は読んでるつもりなんだけど、その場になると上手い言葉が出てこなくて、みんなに合わせた会話ができない。だから後になって、あの時ああいえば良かったこう言えば良かったっていつも一人で後悔してる。


 後からじっくり考えたら、もっとこうすれば良かったって思うのに、どうしてその場になると上手く会話が出来ないんだろう?


 やっぱり私って変なのかな……。

 普通じゃないのかな。


「ごめんね。私、人と話すの苦手だから、自分の思ったことそのまま言っちゃう時あるんだ。何て言えばいいのか分からなくて……」


 ……あれ、私何言ってるんだろう。

 もう最悪、こんなこと言っても和也くんのこと困らせるだけなのに。


 自分が何言ってるのかも分からなくなってきたし、本当にダメだ……。メールだったら良かったのに、やっぱり電話だと上手く話せないよ。


 こんなんだから、いつも面倒なやつだと思われてみんなに嫌われるんだよ。どうして私は、みんなみたいに普通に話せないのかな……。


「何で謝るんだよ~。大丈夫、ちゃんと話せてるよ。

それに俺は月子のそういうとこ好きだよ」 


 ……え? またいつもの頭の中のざわざわが始まりそうになったけど、和也くんの言葉でそれはあっさりとかき消される。


 だって、好きって……。いやいや、私のことが好きなんじゃなくて、「そういうとこ」が好きって言ってくれたのに、勘違いしたらダメだよね。


 でも、そういうとこってどういうとこだろう?


 どういうとこなのかいまいち分からないけど、憧れの和也くんから好きって言われたらやっぱり嬉しいし、なんだか元気が出てきた。


 いつも明るくて、でも私みたいな話下手なダメな子にも優しくて……、やっぱり和也くんってすごくすごく素敵な人だな。教室ではいつも明るくて元気で、グラウンドでも一生懸命にボールを追っていた。


 和也くんのことを全部知ってるわけじゃないけど、和也くんはいつだってかっこよくて優しい。やっぱり和也くんって……。


「あ、りがとう……。あの、あのね……っ、私も和也くんのそういうとこ好き。すごくすごく良いと思う」


「ははっ、そういうとこってどんなとこ?」


「え……、どういうとこだろう?」


 ああ~、なに言ってんだろう私……っ。


 どういうとこって聞かれると上手く説明出来ないけど、でもなんだかさっきすごく和也くんのこといいなぁ好きだなぁって改めて思って、そしたら伝えなきゃって思っちゃって……、あれ?


 でも和也くんも私のそういうとこが好きって言ってくれたけど、はっきりどんな部分が良いって教えてくれなかったよね……。


 ん?あれ?ちょっとどういう会話してるのか分からなくなってきた……。


「なんだそれ。よく分かんないけど、ありがとう」


「わ、私こそありがとう」


「……うん。そういえばさ、今度みんなで映画かカラオケにでも行きたいね」


「う、うん、行きたいね」


「行こうな。

じゃあそろそろ切るね、急にごめんな。電話出てくれてありがとう。

また明日学校でね、おやすみ」


 電話を切ると、電話をしていたのは実質十分ぐらいだったみたいだけど、なんだかすごく長い間話していたような気がした。


 映画かカラオケに行こう、だって。

 みんなで、だし、社交辞令かもしれないけど。


 でも、もし行けたら、すごく嬉しいな。


 和也くんのおやすみって言った声がすごく優しくて、なんだかそこら中転げ回りたいくらい落ち着かないし、胸がざわざわする。だけど、いつもの嫌な感じのざわざわじゃなくて、何だろう……。


 不思議と和也くんたちと話すようになってから、前よりも頭の中のざわざわが減った気がする。

 もちろん全くなくなったわけじゃないし、ふとしたことでぐるぐる考えだしちゃう時はあるけど、少なくとも、前よりは確実に減ったと思う。


 明日も和也くんたちと話せると思うとそこまで悲観的にもならなくなったし、毎日が楽しい。明日もまた、たくさん話せるといいな。


 さっき和也くんが言ってくれたおやすみを何度も頭の中でリピートしながら、幸せな気分で眠りについた。

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