第11話 親友

「圭佑は!?」


 しばらくの間うつむいていると、後ろから急に肩を叩かれてびくっとなる。  


 聞き覚えのある声に顔を上げると、やっぱり前田くんだった。急いできたのか息を切らしている。


 下に行ったと教えてあげたかったけど、泣きすぎてすぐ声が出てこなかったので階段の下を指差す。前田くんは私の指差した方を見てから、ありがとうと私の顔を見ると、すぐにぎょっとした顔をした。


「泣いてるの!? 大丈夫? ……あー、ごめん! 俺ハンカチ持ってないんだ。部活で使ったタオルならあるけど教室だし、しかも汗くさいし」


「……だいじょうぶ、だよ。自分のハンカチ持ってるから。ありがとう」


 あわてたようにズボンのポケットをさわったり、ごそごそし始めた前田くんがなんだかおかしくて、少し笑ってしまった。それをごまかすように、スカートのポケットからハンカチを出して涙をぬぐう。


「もしかして、圭佑と話した?」


 私が少し落ち着いたのをみると、前田くんはそう切り出した。


「うん、少しだけ」


「そっか……どんな感じだった?あいつ」


「うー、……ん、……傷ついてた」


 どんな感じだったと言われても、何て言えばいいんだろう。


 上手く説明できないけど、とりあえず傷ついてたことは間違いないよね。そう伝えると、前田くんはだよな……とうなだれてしまった。


「俺って最低だよな。本当なら、圭佑といつも一緒にいた俺が一番にあいつのことをかばってやらなきゃいけなかったのに。こんなんで親友って言えないよな」


 うつむいたままそう言った前田くんは、本気で悔しそうな顔をしている。たしかに前田くんは渡辺くんをかばわなかったけど、否定することも一切言わなかった。


 もしかしたら、前田くんは渡辺くんをかばえなかったことを後悔してるのかな。


「あの。前田くんもやっぱり引いたりした?」


「え?」


「その、なんていうか……、男なのに男が好きなんてきもい……とか、そういうこと思ったりした?」


 前田くんはそんな人じゃないって信じたい。前田くんのことをそこまで知ってるわけじゃないけど、だけど……。


 今まで親友だったのに、簡単に手のひらを返したりする人じゃないって信じたいよ……。


 半分祈るような気持ちで、前田くんにそれを聞いた。前田くんは一瞬だけ顔を上げて、分からないと一言だけ答えると、またうつむいてしまう。


「正直今すげー混乱してる。だってさ、あいつ一年の時に彼女もいたし、ゲイだったなんて思ってもみなかったんだよ。言ってくれれば良かったのに。……いや言えないよな、俺だって……」


「そうだよね……」


 私は少し前に渡辺くんの秘密を偶然知ってしまったから、今日の暴露も私にとってはすでに知ってることだったけど、他の人にとっては違う。いま一番動揺してるのはもちろん渡辺くんだろうけど、同じ部活で近くにいて気づかなかった前田くんだって……。


「いきなりゲイって言われても正直どう捉えていいのか分からないし、俺あいつに何て言ったらいいのか……」


「……うん」


 本気で戸惑っている前田くんの苦しさが私にも伝わってきて、苦々しい表情で顔を上げた前田くんにそうだよねと相づちをうつ。


 差別したいわけじゃないけど、傷つけたいわけじゃないけど、私だってさっきどうしたらいいのか分からなかった。


 どうすれば正解なのか、どうすれば渡辺くんを傷つけずにすむのか。分からないんだよ……。


「どうしたらいいのか分からないけど、でも、でもさ、理解したいとは思う。これからも友達でいたい。圭佑が男を好きになるからって、あいつがいいやつで、俺の一番の親友ってことには変わりないから」


 言葉をひとつひとつ選びながらも、まっすぐ前を見てそう言った前田くんになんだかほっとする。


 前田くんにまで去られたら渡辺くんもきっと辛いと思うし、勝手だけど私は前田くんはそんな人じゃないって信じたかったから。


「うん……。でもそう思ってるなら、本人にそう言ってあげた方がいいかも。

前田くんを責めるわけじゃないけど、さっき男子が誰も味方してくれなくて、渡辺くんもかなり傷ついてたみたいだから」


 もちろん前田くんが悪いわけじゃない。だけど、ずっと仲間としてやってきたサッカー部の人たちや親友の前田くんでさえかばってくれなかったことに、渡辺くんはかなり失望……というかショックを受けているみたいだった。


 女子から憧れられていて、いつもクールな渡辺くんがあんなに取り乱すなんて思いもしなかった。


 誰も受け入れてくれない。

 犯罪者みたいな目で見られた。


 悲痛な声でそう言ったのが、今も耳にこびりついている。


 だよな……と言ったきり、前田くんは何かを考えているのか迷っているのか黙りこんでしまった。


 すぐに渡辺くんの味方になれなかった前田くんが悪いわけじゃない。悩む気持ちも分かる。もちろん渡辺くんも悪くない。


 どっちの気持ちも分かるけど……。

 むしろ、どっちとも大して親しくもないくせに、えらそうなことを言ってる自分が一番気持ち悪い。


 でも、渡辺くんの傷ついた姿を見てしまったら、言わずにはいられなかった。何を言ってあげたら良かったのかな……。

 あんなに傷ついているのに、何もできなかった自分が悔しい。


 そうしている間に予令がなり終わったけど、教室に戻る気にはとてもなれなかった。私と同じように、前田くんも一歩を動こうとしない。


「あのさ、今日の放課後って何してる?」


 二人してその場で立ちすくんでいたけど、私たちの静寂が前田くんによって破られたのは、本令がなり終わった頃だった。

 

「へ……?え、と、……今日は特に何もないよ。まっすぐ家に帰る予定、だけど……」


 何でいきなり放課後の予定を聞かれたんだろう?

 さっきまで黙りこんでいたかと思えば、いきなりそんなことを聞く意図がいまいち分からなかったけど、とりあえず質問に答えておく。


「月曜は朝練だけで部活休みだから、早く帰れるんだ。だから、今日の放課後に圭佑の家に行こうと思うんだけど、斉藤さんも良かったら一緒に行かない?」


「......私も?」  


「うん。圭佑と斉藤さんが仲良かったなんて知らなかったけど、一番に追いかけてくれた斉藤さんに一緒にきてほしい。俺一人だけでいくよりも、斉藤さんが一緒の方が心を開いてくれると思うんだ」


 え~……、私が行ったら余計に心を閉ざされるような気がするけど……。


 まさか誘われるとは思わなかったし、役に立てそうな気もしなかったら戸惑いがあったけど、真剣な目で前田くんに頼まれてしまったら断れるわけないよ……。それに……。


「う~ん……、仲良いとはまたちょっと違うけど……。でも、うん。渡辺くんのことは心配だし、私も一緒に行くよ」


 私に心を開いてくれるかは謎というか、さっきの感じだと完全にシャットアウトされてたけど、ここまできたら、もう今さら関係ない顔なんてできない。


「ありがとう。じゃあまた放課後に」


 申し出を受けると、ようやく笑顔を見せてくれた前田くんに返事をしようとした瞬間、お前らとっくにチャイムなってるぞ!と先生が階段をかけ上がってきて、あわてて教室に戻った。


 *


 あれから授業が始まってももちろん集中できるはずもなく、またいつものように脳内で大反省会が始まってしまった。


 冷静になって考えてみたら、とんでもないことをしでかしてしまったような気がする……。


 憧れていた前田くんと、たくさんしゃべっちゃった。いや、そんなにたくさんではないかもしれないけど......。


 泣き顔も見られたし、しかもえらそうなことまで言っちゃった……よね。


 ……ああああああ。もうダメだ、自分を埋めたい。絶対、絶対変なやつだと思われた。

 気づかないうちに失言してそうだし、ああ~もう……。


 しかも、放課後に渡辺くんの家に一緒に行くとかいう約束までしちゃったけど、前田くんと二人きりで行くってことだよね。


 ……むり。もう~本当に無理だよ。

 何であんな約束しちゃったんだろう。

 もう自分が信じられない。絶対間がもたないし、前田くんにも変な子だと思われるだろうし……。


 はぁ……、なんかもう色々心配過ぎて泣きたいけど、今は自分のことよりも渡辺くんだよね。


 ぽつんと空いてしまった渡辺くんの席をこっそりと横目で見る。


 渡辺くん大丈夫かな。あんまり思い詰めてないといいけど……。


 信頼してた親友に裏切られて、周りに同性愛者であることをばらされてしまった高校生が自殺した事件がつい最近あったばかりだし......。


 ま、まさかね……。渡辺くんに限って自殺なんて、そんな……。さすがに大丈夫だよね……。


 いつの間にか黒板の半分くらいに板書されていたことを機械的にノートに書き移しながらも、頭の中は悪い想像ばかりが浮かんでくる。


 ……なんかだんだん心配になってきた。

 ちょっと渡辺くんにメールして……って、渡辺くんの連絡先知らないんだった。


 前田くんに聞こうにも、もちろん前田くんの連絡先も知らない。休み時間に、みんなの見てる前で前田くんに話しかける勇気も、もちろんあるわけない。


 あ、そうだ。珠希ちゃんに聞いて……でも、違うクラスの珠希ちゃんにどう伝えよう?

 

 渡辺くんの口ぶりだと珠希ちゃんも知ってそうな感じだったけど、実際どこまで知ってるのかも分からない。それに、私の口から勝手に今日のことを言っていいのかな。……うーん。


 迷ったすえに、珠希ちゃんには今日渡辺くんの家に行くことだけをひとまず伝えることにした。もしこれそうだったら、珠希ちゃんもきてね、と。


 珠希ちゃんにメールを送っても、相変わらず授業の内容は全く頭に入ってこない。


結局その日は一日中上の空のまま過ごし、放課後を迎えた。

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