第6話 大嫌い

「さっきのこ、彼氏?」


「え!? ち、違うよ。

同じクラスの男子」


 渡辺くんが去った後で玄関に入ると、思いがけないことをお母さんに言われ、思わず変な声が出てしまった。


 あわてて否定したけど、お母さんはあんまり納得してないみたい。


 彼氏どころか話したことさえもほとんどないけど、よく考えたらふたりきりで家まで送ってくれたところを見られたわけだから、そう勘違いされても仕方ないよね……。


「あの、本当に彼氏じゃなくて、暗くなって危ないからって送ってくれたの。痴漢とかいるかもしれないし」


 何言っても嘘っぽく聞こえるのが悲しい……。

 痴漢は珠希ちゃんの嘘だけど、とにかく渡辺くんが彼氏っていう誤解は解かないと。


「痴漢がいたの?」


「あ、ううん。いるかもしれないからって」


 必死になって言い訳してると、お母さんは大して興味なさそうに、冷めた目でふうんとうなずいた。


「部活もバイトも何もやってないのに、男の子と遊ぶことだけは出来るのね。 

ふらふら遊んでばっかりいないで、やることやってからにしてよ。遊んでばっかりで何かあっても、自業自得だからね」


 自業……自得……?

 何を言われてるのかすぐに理解できなかったけど、冷たく吐き捨てられたような言葉に頭がガンガンする。


「遊んでばっかりいるわけじゃ……。

勉強はちゃんとやってるよ」


「勉強だってそこまでできるわけじゃないでしょう。部活もバイトもいつも途中でやめちゃって、何一つろくに続かないんだから。何でもっと一生懸命やらないの?」 

 

「やってるよ。  

やってるつもりだけど……合わなくて……」 


 何で、今その話を持ち出すの?


 ちょっと帰りが遅かったから?

 渡辺くんに送ってもらったから?  

 それとも、私の全てが気に入らないから?


 お母さんはいつもそうだ。

 ちょっとでも気にさわることがあったり、少しでも私を攻撃できるところを見つけると、昔のことまで持ち出して私を責め立てる。  

 

 そんなに私が嫌いなの? 

 

「一生懸命やっても上手くいかなかったんだよ。

でも何か自分に向いてることは見つけたい……と思ってる」


「本当にああ言えばこう言う。 

いつも言い訳ばっかり。何でこんな子に育っちゃったのかしら。  

やりたいことだけやるんじゃなくて、やらなきゃいけないこともやらないと、社会で生きていけないわよ」


「そうだけど……っ」

 

 何でもっと上手くやれないの。

 他のみんなは出来てるのに。


 小さい頃から何度も何度も同じようなことを言われてきた。


 その度に心に突き刺さり、今も抜けないトゲとして残っている言葉たちがまた頭の中をぐるぐる回って止まらなくなる。


 思わず浮かんだ涙がこらえ切れずに涙をこぼすと、ますますきつい目でにらまれてしまった。

 

「泣けばすむと思ってるの?」


 そんなこと思ってない。   

 泣きたくて泣いてるわけじゃない。

 好きでこんな性格なわけじゃない。 

 私だって……、もっと強くて、要領の良い人間になりたいよ……っ。


 無言で背を向けて階段をかけ上がると、ご飯はどうするのとお母さんから声をかけられたけど、何も答えずに自分の部屋に逃げこんだ。


 もう、本当に嫌。

 何でいつも頭ごなしに責めるの? 

 何でそんなに私を嫌うの?  


 お母さんなんて、大嫌い。 

 それを見てみぬ振りするお父さんも嫌い。

 こんな家、大嫌い。


 仲良しのふりして、いないところでは陰口ばっかりのクラスの女子も嫌い。

 平気で傷つくことを言う男子も嫌い。 

 みんな嫌い、大嫌い。 


 でも、……なによりも一番嫌いなのは、みんなと仲良くやれない自分。みんなみたいに上手に生きられない自分が、世界で一番大嫌い。 


 前田くんみたいに、気さくでみんなから好かれる人になりたかった。失敗しても、クヨクヨしないで笑い飛ばせる人になりたかったよ。 


 珠希ちゃんみたいに、いつも明るくて友達が多い人になりたい。可愛くて、愛される人になりたかった。


 みんなみたいに、もっと要領よく生きられる人間になりたい。いつまでも小さなことに囚われる人間になりたくない。


 私みたいに上手に生きられなくて、普通じゃない人間でなんていたくないよ。

  

 何で私はこんなにダメな人間なの? 

 何で普通のことができないの?

   

 これから先もまた誰かに関わって、その度に嫌われて傷つくことがあると思うと生きるのがこわいけど、死ぬのもこわい。誰とも関わりたくないけど、ひとりにはなりたくない。


 矛盾だらけの得体の知れない不安に押し潰されそうになって、涙が止まらなくなる。

 

 布団を頭まですっぽりかぶって声を押し殺し、時間も分からなくなるくらいに私は泣き続けた。

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