w2
「私はw2と申します」
男はパーティー会場で知り合った男性にそう話した。
「はい? w2があなたの名前ですか」
紳士的な男はそう聴き返した。
「はい、私はw2空間から来ました。w2空間には何もないので、w2と名乗っております」
「花屋の花子さんみたいなものですかな?」
紳士的な男は返した。
「はい、そうです。私は4次元の存在なのです。」
「すると、xyz空間だけでなく、w空間もあるということかね」
「話の早い方で助かります」
紳士的な男は身を乗り出して聴き始めた。
「私はこういう話は結構好きなんだ。創作と分かっていてもね。ちょうどこのパーティーにも飽き飽きしてきたところだ。是非続きを聞かせてくれ」
「それでは」
男は改まって話し始めた。
「あなた様がいるこの世界を私はw1と呼んでいます。w1の寿命が差し迫っておりますので、そろそろ空間ごとw2へ移転して頂きたいのです」
「寿命? 隕石でも落ちてくるのか?」
「いえ、隕石ごときでは地球が崩壊する程度の損失です。そうではなく、この空間ごと消滅するのです」
紳士的な男はピンと来たようだ。
「ジオラマが置いてあるテーブルが破壊されるようなものかな?」
「はい、その通りです。」
「うーむ、だが、君が移転してくれるのだろう」
「私の乱暴な力では、移転に際して、有機物のほとんどが消滅してしまいます。空間ごとジャンプする際に、空間酔いを起こし、クマムシ以外の生物はその衝撃に耐えられません」
どうやな人類存続の危機のようだ。
「それは困ったな、それで寿命を迎えるのはいつなんだ」
「実はあまり時間がありません。およそ5300億年後です」
「5300億年? 5300年ではなく?」
「はい、そろそろ空間時間の半分を使い切るので、知生体クラス2以上の皆さんへアナウンスして回っております」
「あなたはこの地球上の事実上の支配者と伺っております。なにとぞご検討の程、よろしくお願い申し上げます」
紳士的な男は困惑するしかなかった。5300億年先のことなどわかるはずもないし、この話が正しい保証もない。ただ、この会場へ入り込むことが出来るということは、それなりの力を持っていることの証明は出来ている。
「なにか、その話の裏付けはありますか?」
「……では、少々乱暴ですが」
男は紳士的な男に手の平を向け、何かを念じるポーズを取った。
その瞬間、紳士的な男の脳内には様々なイメージが入り込んできた。
ビッグバンから始まり、宇宙の終焉まで、時間にしてわずか7秒程で、最後にはどうなるのかさえ理解してしまった。どうやらこの男は本当に人間より上位の存在のようだ。
「にわかには信じがたいが、信じる他あるまい」
「信用して頂き、ありがとうございます」
男はポケットから銀色のガラス瓶を取り出した。
「そのガラスはどうやって作ったのですか?」
「屈折率を変えたのです。そんなことはどうでもよいのですが……」
「この中には空間を司る為のヒントが入っています。これを活用して、天の川銀河をw2へ転移させるところまで、技術力をつけてください」
「わかった」
「では頼みます。私は近くにある別の知生体の元へ飛ばねばなりません。それでは」
そう言い残して男は去っていった。
紳士的な男の手元には、小さな太陽が握られていた。
それから、5300億年が過ぎた。
人類は天の川銀河の中腹に根城を置き、惑星ハイウェイによって、好きな星々を行き来していた。
そしてついに天の川銀河:天子の田中・ミドウェル・是によって、移転のアナウンスがなされた。
「皆さん、我々人類はついにw1空間の時間空間ATPを使い切りました。皆さんご存じの通り、5300億年前の偉人:田中確勝によってこれは証明され、今日に至るまで様々な研究機関によってその回避方法が模索されてきました。」
「きっと当時は5300億年先の話なんて、と笑い飛ばす人がたくさんいたと思います。まあ、私も当時を生きていたらそう考えていたかもしれません」
「しかし、我が祖先達は、宇宙の終焉が証明されてから、不断の努力を重ね、研究を続けてきました。」
「そしてついに、天の川銀河ごと、新しい空間へ移転する技術を獲得したのです。」
「ご存じの通り、移転は0月0日の0:00に行われます。つまりあと10分で、空間ごと移動するのです。」
各惑星の首脳陣が右手を上げ、それに合わせてカウントダウンフィナーレが始まった。ビルボード空間モニター、射影空間ディスプレイなどに煌びやかな映像が流れ始めた。
「それでは皆さん、西暦5301億年であいましょう!」
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8
7
6
5
4
3
2
1
「ジャンプ!!!」
司会の人間がそう叫んだ瞬間、人間は皆高く飛び上がった。
各惑星は光速を超え、周囲の風景は光のラグを作り、星が線を描いた。
「w2空間です! あけましておめでとうございます!」
司会の人間が朗らかに喋り、また、周囲の人間達は互いを称えあうように挨拶した。
「w1空間の消滅を観測しましょう!」
人間たちはw1空間の終焉が最後に見せる花火を肴に、餅に火をつけた。
「それでは皆さん! よいお年を~」
GoOogleYライブが終了を告げ、それぞれの人間は日常へ戻っていった。w2空間へ移転したところで、特に環境は変わらなかった。
スタジオで、田中・ミドウェル・是は、自身の先祖を思っていた。
「(ご先祖様、やりましたよ)」
「おめでとうございます」
「ああ、ありがと……おや?」
振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
「すみません、どなたか存じませんが、ありがとうございます」
「はい、誠におめでとうございます」
男は深々と頭を下げ、話し始めた。
「私はw2と申します。この空間の管理をしております」
田中・ミドウェル・是はすぐにピンときた。
「そうでしたか、急にお邪魔してすみません。w1空間が消滅しそうなものでしたから」
「いえいえ、全く問題ございません。何もないところですが、どうぞゆっくりしていって下さい」
田中・ミドウェル・是は男へ質問した。
「ところで、どうして私の元へいらして下さったのですか」
「はい、お伝えしなければならないことがあります。」
「お伝えしなければならないこと?」
「実は私は5301億年前、あなたのご先祖、田中確勝様へお会いし、w1空間の終焉をお伝えさせて頂いた者です」
「なんと!」
「確勝様は私の話を信じ、後世の為にご尽力下さいました。」
「……そうだったのですか、ということは、あなた様は我々の命の恩人でございますね」
「いえいえ、そのような大層な者ではございません。あなた方はここまで自力でたどり着いておりますし、なにとぞお気になさらず……」
「……一つ、お聞きしてよろしいでしょうか」
田中・ミドウェル・是は浮かんだ疑問を、人類を代表して解消しようとしていた。
「あなた様は一体何者なのでしょうか、どうして5301億年前、私たちを助けて下さったのでしょうか」
男は少し考えながら、ゆっくりと話し始めた。
「私は不動産の営業をしております」
田中・ミドウェル・是は予想外の答えに驚きを隠せなかった。
「私の商材は空間なのですが、w1空間を10000億年前、アダム様、イブ様へ貸し出しました。」
田中・ミドウェル・是は何も差し挟めなかった。
「契約期間は10000億年でしたが、貸し出して100年ほどで、名義人のアダム様がお亡くなりになられました。」
「本来家賃が払えなくなった場合、ご退去頂くのが相場ですが、アダム様は10000億年分の家賃を気前よく前払いして下さった為、ご子息の方々もいますし、退去命令を出すには至りませんでした。」
男は、言葉を選びながら話を続けた。
「アダム様は私と同じ種族であった為、空間を移動することなど容易いのですが、イブ様は人間でございました。」
「なので、アダム様のお子さんは皆人間として生まれ、空間を移動する力を有していなかったのでございます」
「ただ、人間の皆さんは知恵を持っておりましたので、契約期間満了までに、空間を移動する力を自力で獲得する可能性がございました」
「最初は様子を伺うにとどめておりましたが、中々空間を司る力を身につけようとされなかったため、しびれを切らした私は、少しヒントを与えたのでございます。本当はあまりやってはいけないことなのですが……」
男は少し喋りすぎかなと思案したが、まあ上客だったアダム様のご子息だし、いいだろうと考えた。
「人間の皆さんは、少しヒントを与えただけでメキメキと技術力をつけ、ついに空間の殻を破って下さいました。」
田中・ミドウェル・是はそこまで聞いて、ようやく口を開いた。
「あの、それでしたら空間を移動せず、契約を更新する方向でもよかったのではないでしょうか」
男は少々苦い顔になった。
「w1空間には10000億年先に新しい予約が入っておりましたので、どうしてもお移り頂く必要がございました。流石に遠くの空間へ引っ越しして頂くのも忍びなかったのですが、隣のw2空間が空き室でしたので、少し移動して頂く方が三方一両得かと考えました。」
「なるほど」
田中・ミドウェル・是はうなずくことしか出来なかった。
男は全て話してスッキリしたという顔になった。
「これでようやく一仕事終わりました。私はしばらく休暇を楽しみます」
田中・ミドウェル・是は、種族がこんなにも違うのに、随分人間臭いなぁと思った。
「w2さんも、大変ですなぁ」
「ええ、ですが、この仕事をクローズしたことで、昇進するのです」
田中・ミドウェル・是は労いの言葉を掛けた。
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます。実は課長になります」
田中・ミドウェル・是はにこやかに言った。
「奥さんも喜ぶでしょう」
男は爽やかな笑顔を見せた。
「ええ、昇進したら、天界空間に家を構える約束なんです。今度、遊びに来てください」
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