《第一章》change

彼は今、座っている。音の響かない牢獄で。最近はずっと、座る体制を変える度に起こる、床と衣服が擦れた音しか聞いていないと思う。話す気にもなれない。一人なのだから。

ここは特殊な牢獄、それは彼が特殊な人間だから。超能力者である。もちろん、使える能力がある。彼が持っている能力は3つ。


1、物体に圧を加えることが出来る。

2、物に電流を流すことが出来る。

3、ある物体の中身を透視できる。


ゆえに、この牢獄にドアがあるとするなら、圧をかけて吹き飛ばすことができる。隔離しておかなければ、彼はいとも簡単に脱出することができるのだ。そもそも隔離をしている理由は、一つ。

能力の暴発を防ぐため。彼は現在16才。名前は能力を手に入れた代償として失ってしまい、彼を監禁している研究者達は「トワ」と呼んでいる。昔は普通の人間として生きてきた身だが、10年前、ある出来事をきっかけに、名前を失い、特殊な能力を使えるようになった。6才の時から監禁されているのだ。

あれから10年たった日、何も考えることなく過ごしてきたトワの脳内で何かが起こった。

「外に、出たい」

それは衝動的なもので、トワ自身も自分が言葉を発したことに気づいていなかった。久しぶりに立ち上がったので一瞬ふらついたが、なんとか持ちこたえて出る方法を一心に考えた。辺りを見渡す、何も無い、ただの白い箱の中にいるだけの自分。何も無ければ能力も使えない。そこで、閉じ込められているなら、透視で何かが見えるはずだと思い、能力を使った。目を凝らす、すると遠い遠い先に何かが見えた。トワが透視できることも考慮し、何も無い遠い場所に監禁したのだろう。しかし研究者たちの計算は誤っており、その距離でもトワにはその何かが確実に見えた。見えている方位を確認した後、透視をやめた。見えている何かが分からない以上、何もすることができないからだ。トワは壁に触った。自分がずっともたれていた壁、触りながらぐるっと1周してみる。何も変わったことはない……そう思ったが、何かが引っかかる。トワをここに監禁した以上、必ずどこかに出口はある。そう感じた時、何かが光ったような気がした。すると途端にトワの脳内に記憶が蘇ってきた。食事をしている。研究者がご飯を運んでいる。隙間など無いはずの、床下から。そう、トワはしっかりと食事をしているはずなのに、記憶が残っていなかったのだ。「食事をする度に、記憶を消されている……?」そんなことができるものか。真実に近づいてはいるが、信じ難いような現象を目の当たりにしてトワは混乱していた。気を取り直して、記憶にある通り、トワは床下を調べてみることにした。コンコンと叩いて音を調べていると、やはり一箇所だけ音が不自然な場所があった。トワは能力を使い、その床に圧をかけた。すると、ゆっくりゆっくりとその床の部分だけが沈んでゆき、空洞ができた。「これで、出れるのか?」空洞に入って、続いている道を覗いてみると、遠い先から光が見えた。「あれが、外に繋がっている……僕は…出れるんだな」外に出れることの喜びが込み上げてきて、トワは笑顔のまま、光の見える道を進んだ。やがて光が近くなっていく……。

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