呪われた白猫王子は、飼い主の王女様を可愛がりたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

1章

1話 いつもの朝


 私の婚約者は猫になる。

 冗談でもなんでもなく、とびきり毛並みの良い、それはそれは愛らしい猫になるのだ。


 セレナは今日も自室のベッドの上に座りながら、猫を撫でる。

 毛足の長い真っ白なその体毛は触り心地がとてもよく、どれだけ触れていても飽きることはない。

 隣で体を丸めながらすぅすぅと寝息を立てるその白猫を、セレナは愛おしそうに撫で続けた。


 夜も更け、窓の外には細い弧を描く月が見える。

 窓から差し込む青白く輝く月光は、一人と一匹を見守っているようにも見えた。


 真っ白な毛を撫でる手はそのままに、ゆっくりとベッドに横になる。

 そして、腕で抱き込むように白猫に身体を寄せると、その額にそっと唇で触れた。

 柔らかな毛の感触を感じると、すぐに離れる。


 そうして、満足そうに目を閉じた。


「おやすみなさい、殿下」




   *




 閉じたまぶたの向こう側に眩しさを感じ、目を開ける。

 窓から差す陽の光と、微かに聞こえる鳥の声が、朝の訪れを告げていた。


 少し寝坊してしまっただろうか。

太陽は完全に昇りきっているようだ。もう少ししたら使用人がやってくるだろう。


 身体を起こそうとしたセレナだったが、自分の身に纏わりついた腕によって阻まれる。後ろから抱き竦められるようにして、程よく筋肉のついた男性の腕が身体に巻きついていた。

 セレナは困ったように笑いながら、自分を抱きしめている腕の中を転がるようにして身体の向きを変えた。


 そうして視界に入ったのは純白の髪。

細くて少し癖のあるその髪は、見ただけでも触り心地が良さそうだ。


「殿下、朝ですよ」

「んん……」


 声をかけると目を閉じたまま彼が小さく身動ぎをして、白い髪が揺れた。

 セレナを抱きしめる腕に一瞬力が込められたかと思うと、腕の主は首をゆるゆると横に振って、まるで幼子が駄々をこねるように嫌だと訴える。


「シュニー殿下」


 窘めるようにその名を呼ぶと、彼は一瞬びくっと身体を震わせてからゆっくりと目を開けた。

 瞼の下から現れたのは、冬の晴れた日の湖面を思わせる澄んだ水色の瞳。何度見ても美しい。


 セレナは今日も、その瞳が一番に映したものが自分であることを嬉しく思いながら言った。


「寝足りませんか?あんなに夜更かしするからですよ」

「だって……君と少しでも長く、話していたかったから」


 拗ねたように言う彼がとてもかわいい。

 五つも年上の彼だけど、こういう所は年下のように思えてしまう。


 いい歳をした、一国の王子に対してかわいいと思ってしまうなんて。

 それもこれも、彼がこの髪色と同じ真っ白で、透き通った水色の瞳をした猫の姿になるからであろう。

 イメージと言うものは、一度抱いてしまうとなかなか変わらないものだ。


 彼はこの国アレストリア王国の第三王子、シュニー・ダリ・アレストリアである。

 アレストリアは周辺の国々と比べるとかなりの大国であり、そして、とても平和な国だ。しかし軍事力の強化には余念がなく、国の平和を守るために日々努力を重ねている国家でもあった。

 それ故に、周辺諸国からは敵に回してはいけない国だと、少なからず認知されている。


 そして国の平和を表すように、この国の王子たちは仲が良かった。

 第一王子である王太子と第三王子であるシュニーは母親が同じで、シュニーは特に第一王子を慕っており、ゆくゆくは即位する第一王子の補佐官になるべく今は国政に携わりながら生活をしている。

 第二王子は母親こそ違うが他の二人との仲は良好で、身体を動かすことが得意なことを生かし、騎士団に所属して軍事に携わっている。


 そんな三人の王子たちは見目がよく整った顔立ちをしており、さらに性格に特別難があるわけではないが、揃って独身であった。

 それもこれも、すべてはこの国の王族が抱える問題の一つが原因ではあるのだが。


 そんな中で今年21歳になるシュニーには婚約者がいた。それがセレナだ。

 セレナは隣国であるハスール王国の第四王女で、二カ月前にアレストリアに嫁いできた。

 完全な政略結婚であったが、セレナは今幸せだ。

 まだ16歳になったばかりで社交界デビューもした直後であったが、シュニーと出会えた事は本当に幸運だったと思っている。


 そんな愛しい婚約者の髪を撫でながら、セレナは諭すように言った。


「ほら、早く支度しないとジェフが起こしにきちゃいますよ?」


 ジェフというのはシュニーの従者で、彼よりも一つ年上なのだがとても大人びていて、王子と従者という関係でありながら、シュニーはジェフに強く出られない一面があった。それもこれも、信頼関係があるからこそなのだが。


「それは困る」


 朝からジェフの小言を聞きたくなかったシュニーは、気怠げに身体を起こす。

 セレナもそれに続いて起き上がると、シュニーの水色の瞳と目が合った。

 整った奇麗な顔でふわりと微笑まれると、鼓動が早くなる。

 朝から心臓に悪いな、とセレナは思わずにいられない。


「おはよう」

「おはようございま……す」


 朝の挨拶も言い終わらぬうちに、シュニーの男性的だがしなやかな指が、セレナの淡い金色の髪にそっと触れてきた。

 背中の中程まで伸びた髪を梳くように手を動かすと、そのままセレナの腰を抱き寄せて、今度は反対の手で優しく頭を撫でる。


 シュニーの顔がとても近い。

 頬が赤く染まっていくのを気づかれないように俯くと、彼はセレナの額にかかる髪の上からキスをしてきた。鼓動がうるさい。


 そうしてひとしきり頭を撫でた後、満足したのか彼は身体を離した。


「それじゃあ行ってくるよ」

「はい、今日は特別予定はないので、お昼はそちらに伺いますね」

「わかった、楽しみにしてる」


 そう言ってシュニーはベッドを降りると、そのままセレナの部屋と続き部屋になっている彼の自室へと消えていった。



 セレナは未だ治らない自分の鼓動を聞きながら、何度朝を迎えて、何度同じことを繰り返しても慣れないな、と独りごちる。

 そう、シュニーは今朝と同じことを毎朝してくるのだ。

 それはセレナが毎晩猫姿のシュニーを愛でるのと同じように、いや、お返しとばかりにセレナを撫で回してから部屋を出て行く。これはセレナがこの国に来た翌日から続けられていることであるが、二カ月が経とうとしている今でも慣れることはなかった。

 そればかりか、最近はだんだんと触れ合う時間が長くなってきている気がする。


「私は猫じゃないのに……」


 いやではないのだけど、と一人呟く。


 そうして、頬の赤みが引いたのを確認してから侍女を呼び、セレナは朝の支度を始めるのであった。


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