第9話
「ねえ」
「おっ、おわっ。賀名さんっ」
「ごめんなさい。急に入って」
「いえいえ。スコープを解体してたのでびっくりしただけです。着替えてたわけでもないです。どうぞ」
「ありがとう」
「どうしたんですか?」
「え?」
「泣いてる」
「あ、いや」
「あ、ああ。すいません。見間違いですね」
「ええ。そうよ」
「このスコープ、すごいですよ。瞳孔に合わせて距離が自動で」
「離空くん」
「はい」
「卒業したら、どこに、行くのよ」
「僕ですか。東大を受け皿にして、海外の大学受けます」
「そう」
「そのスコープのおかげですよ。他にいくつか卒業までにコンテストとかオリンピックとか受けて、入学資金の足しにしようかと思ってます」
「じゃあ、ここには」
「来ますよ。毎日。そのために学校来てるようなもんなんで」
「そう」
「賀名さんは、地元の職員と新体操部ですか?」
「ええ。地方だから、新体操にも色々あるみたいで。まあ、社交場のダンスの代わりね。あのクソ校長とクソ市長の趣味よ」
「いいじゃないですか。女性の趣味に理解のある、女性校長と女性市長」
「そうね。でも」
「でも?」
「あなたがいなくなるのは、なんというか、こう、さびしい、わね」
1ヒット。
「大丈夫ですよ。海外でも今は携帯各社でフリープランとかありますから。気にせず連絡してきてください」
「そう、いう、ことじゃ、なくて」
「そうですね。寂しいです」
「敬語」
「う」
「やめて。敬語」
「ええと、そうだな、ううん。そう。寂しい。俺も、寂しい。賀名に会えないことが」
「う」
2ヒット。
「でも、まあ、卒業までに一勝ぐらいはしたいなって、思ってる」
「一勝?」
「なんとなくだけど。いま何か言っても、勝てないやつがなにを言うか、みたいに言われる気がして」
「そう」
「賀名ならそう言うでしょ」
1ヒット。
「呼び捨て」
「ん?」
「敬語はだめだけど、呼び捨てもだめ」
「難しいなあ。賀名さん」
「やっぱり、呼び捨てでいいわ」
「賀名」
3ヒット。
「私ね。こわいの。自分が」
「キツい性格とか?」
「うるさい」
1ダメージ。
「違くて。こわかったの。負けるのが。陸上でも、体格差で男子に負けるようになってプロをあきらめたようなもんだし。男子のいない新体操に来たってだけなのよ」
「いや、女子なら充分通用すると思うけど」
「だから、あなたにも、負けるのがこわい」
「そっか。じゃあ、やめる?」
「やめない」
「俺は、勝てればそれでいい。自信がつく、気がする、から」
1ヒット。
「なんの自信」
「言わない」
「言ってよ。いま」
「言わない」
「おねがい。いまがいい」
「勝つまで、言わない」
「そう」
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