かわいそうなふたりのさいばん

ちびまるフォイ

これを見ている人が一番かわいそう

「それではかわいそう裁判をはじめます」


裁判長がそういうと、女は待ってましたとばかりに主張した。


「私のほうがずっとかわいそうよ!

 だって、毎日家事をしているんだもの!

 毎日よ!? 休日も祝日もない! 365日無休労働よ!」


「僕の方がもっとかわいそうだ!

 仕事で毎日いろんな場所に行っては頭を下げる日々。

 家族に軽蔑されながら毎日仕事しているんだ!」


「ムムム。これはどちらがかわいそうかの判断が難しいですな」


裁判長はあごひげをなでつけながら双方を見守る。

その様子を見た女は畳み掛ける。


「私のほうがかわいそうよ!

 ママ友との気遣いで身も心もボロボロよ!」


「僕のほうがかわいそうだ!

 前の人間ドックの結果で好きなものも食べられないだぞ!」


「私なんかダイエットで好きなものだけでなく

 カロリー高めのものは全部食べられないから

 私のほうがずっとかわいそうよ!」


「そのせいで誕生日ケーキを断られた僕のほうが

 君よりもずっとかわいそうだ!」


「その気持ちに気づいていながらも

 ぐっと食欲をこらえている私のほうがかわいそうよ!」


「ふたりとも落ち着いてください!

 かわいそう裁判の場ですよ!」


ヒートアップしすぎた二人を裁判長が必死になだめる。

二人はふうふうと肩で息をしていた。


「すみません……つい熱くなってしまいました」


「私も……不憫な自分の境遇を思い出してつい……」


「不憫? 君のどこが不憫だっていうんだ。

 何不自由ない暮らしをしているじゃないか!」


「あなたに私のなにがわかるのよ!

 何不自由ない暮らしだと思っているのは右利きの思い上がりよ!」


「はぁ!?」


「私が左利きでどれだけ苦労したと思ってるの!?

 あらゆる道具はうまく使えないし、

 そのせいで不器用扱いされて辛い過去があるのよ!」


「過去を持ち出すなら、君は事故に遭ったことないだろう!」


「それがなによ!」


「僕はこれまで3回も車にひかれて、

 自転車もバキバキに壊されてるんだぞ!

 入院生活を何度過ごしたか! かわいそうだろう!」


「そんなのまだいいわよ! 私には友達がいない!

 誰とも会えない入院生活なんかよりもずっと、

 友達がいない毎日を延々と過ごすほうがかわいそうよ!!」


「僕はガチャをいくら引いても好きなキャラが引けない!

 このもどかしさがどれほどのものか君にわかるか!?」


「私なんか昨日タンスの角に小指ぶつけたのよ!

 私のほうがずっとかわいそうな日々を過ごしてる!」


「僕は今日入ったトイレの個室に紙が補充されてなかった! かわいそうだろう!」


「スマホを落として画面が割れたわ! 私はかわいそう!」

「チャック全開で電車に乗っていたことを降りてから気づいた! かわいそう!」

「車に泥水をはねあげられた! かわいそうよ!」

「僕は昨日財布を落としたんだぞ! かわいそうだ!!」


「私がかわいそう!」

「僕がかわいそうだ!」


「静粛に! 静粛に!!」


二人はふたたび言い争いを加速させていった。

裁判長は耐えきれずに二人を遮った。


「それではかわいそう裁判の審議に入ります。

 両者のかわいそう数値を計測していきます」


二人の主張したかわいそう案件を集計していく。

けれど、集計結果はどちらも同じだけのかわいそう値となってしまった。


「これは……どういうこと!?」

「まさか同じだけかわいそうだったなんて……!」


「これが結果です。いかがですか、ふたりとも。

 この結果をうけてお互いに今回のかわいそう裁判は引き分けにしませんか」


「じょ、冗談じゃない! 僕のほうがかわいそうに決まってる!

 この集計結果は間違っている! それに僕のかわいそうなことはまだあるんだ!!」


なおも必死に訴える男とは対象的に女は静かだった。


「……諦めます」


「え?」


「私はこの1審を諦めます」


「それでよろしいのですか?

 形式としてはあなたが負けた形になりますが……」

 

「ええ、かまいません」


「おおよそ君のかわいそうな境遇はもうネタ切れだったんだな。

 これ以上裁判が続けては差が広がるから先に諦めようというわけだ」


「そこ、裁判と無関係なことは口をつつしんで!」


「まあ、そっちが辞退するなら手間が省ける。

 この裁判は僕のほうがずっとかわいそうだったとわかったな」


勝ち誇る男に対して女は何も答えなかった。

裁判長は判決を言い渡した。


「では、今回のかわいそう裁判の一審。

 夫のほうがかわいそうであったとする!!」


「やったーー!! 僕のほうがかわいそうだーー!」


「不服です!!」


大喜びする男に対して不服を叩きつけた女に誰もが驚いた。


「いや不服って……」


「私のほうがかわいそうに決まってます! この一審は間違っています! 再審を要求します!」


「再審? 何を無計画に言っているんだ?

 君はこの一審でちゃんと戦ってそれで負けたじゃないか。

 再審したところでどこに勝算があるんだ」


女は再審を認めさせてから答えた。


「あなたと私は同じだけかわいそうかもしれない。

 でも第一審で私が負けたから、

 今はもう私のほうがかわいそうよ!!」


再審の結果、この両親をもった子供が一番かわいそうという結論に至った。

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