幸せの始まり
玄関前に二人で作った雪だるまは、原型こそ留めてなかったが、溶けきってはいなかった。
今朝それを見た時は片目が取れていて、少しグロテスクに見えた。
例年に比べ今年は多く雪が積もったらしい。
「和鷹くん!雪!まだ残ってるよ!!」
俺にとって、この三ヶ月がほんの一瞬のように感じ、ずっと嫌いだった"冬"がいつの間にか、そうでも無いように感じるようになっていた。
これもきっと、柚葉のおかげなのだと改めて思う。
思い出に更けていた俺に不意打ちの如く飛んできた雪が顔を直撃した。
そして柚葉は僅かに残る雪を固めては、俺に向かって投げてきた。
「痛いってば~辞めろって~」
このやり取りも、今となっては悪くは無い。
「水原くん!早く早く~♪」
彼女の笑顔は、まるで太陽のように眩しく、楽しかった。
俺は彼女に仕返しをしようと両手に雪の塊を忍ばせ、彼女を追いかけ反撃を開始する。
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終業式を終え、春休みが始まる。
来年は受験生ということもあって、遊べるのは今の春休みしかないと思った。
学校が昼で終わり、俺は家で持て余した時間を無駄に使っていた。
しばらくして、彼女から一本の電話が来た。
「もしもし。瀬良柚葉ですが、和鷹くんは居ますか?」予め電話番号を登録していた俺は、彼女の名前が固定電話に表示されるなり、すかさず受話器を上げる。
「俺だよ和鷹、どうしたんだ?何かあったのか?」始めは何故か二人して緊張して普段通りに話せなく、ぎこちなさがあったが、他愛もない話をしている内に、その緊張はなくなっていった。
「明日、朝七時に公園で待ってるね」
そう言って電話が切れ、受話器の隣に置いてあるカレンダーに目を移す。
明日は、ホワイトデーである。
無論、忘れていた訳ではなかった。
誰がなんの為に作ったイベントなのか、周りで貰ってるクラスメイトを見るといつも思っていた事があった。
「モテる男は皆チョコ食べて鼻血を出せばいい」モテかった俺の小学生時代は僻みを言う事しか出来なかった。
そんな事を思っていたが、今となっては考えが逆転し、人生とは何があるか分からないものだと感心するように首を上下に振る。
運動神経、勉強、身長において特別優れたものは何も無く、顔は自己評価は当然低い。
鏡を見るのは苦手だし、全て平均以下の俺はモテる訳もなく諦めかけていた。その矢先、"柚葉"が現れた。
彼女と遊ぶ時は、大抵近所の公園か駄菓子屋、近くのショッピングモールくらいである。
今日呼び出された場所は、駅の近くにある公園である。
「おはよ!今日は遅刻しなかったから褒めてくれても良いんだよ~」
もう、可愛すぎてどうにかなりそうだった。彼女は、俺に好意があるのだと薄々感じてはいたが、俺は柚葉に告白をする資格は無いのだと、理解していた。だから怖いんだ。その時が来るのが。
小学校の頃から、友達として遊ぶようになってから、今の今までそのような素振りは一切無かったと記憶している。
告白というのは男からするものだと、暗黙の了解となりつつある今、俺は柚葉の好意に敢えて気付かない振りをしていた・・・ ・・・
「...らくん?...原くん?...ねぇ、水原くんってば~」
声のする方に目を向けると、心配そうに俺の顔を覗く柚葉の姿が見えた。
「水原くん、大丈夫?ちょっとベンチで休もうか?」
少し考え事をしていたせいか、柚葉に心配を掛けていた。
俺は特に問題が無いことを、彼女に伝えるべく、笑顔で親指を立ててみせた。
「大丈夫だよ!えっと、何するんだっけ?」信じてくれたのか、しばらくして彼女から今日の目的を告げられる。
「今日から写真を撮ります!好きな物、思い出や、直感で良いなって思ったのや、何でも撮っていこうと思うの!」
そう言って柚葉は、鞄から買ったばかりのカメラを取り出し俺の前に掲げて見せる。
俺は、景色や花、生き物を見るのは好きだったが、それらをカメラに収める事はした事がなく、少し興味はあった。
人にカメラを向けられる事は苦手だが、柚葉の楽しそうな表情や雰囲気を見て、俺も写真を撮りたいと本気で思った。
彼女はカメラの操作を最近覚えたらしく、今日この日を待ち遠しかったのだろう。しばらくして準備が出来たのか、彼女に手を引っ張られるようにして、公園の四つ角に立つ桜の木に向かって、走っていった。
「ねぇねぇ、桜咲きそうだね!蕾見たの初めて!早く満開になるといいね!満開になったら、一緒に花見しようね!」半分以上が緑になっていた蕾を、カメラに収めた。
俺も満開になる桜しか見た事がなかったので、蕾の状態を間近で見たのは今日が初めてだった。
「蕾、可愛いね!早く咲くといいね!」俺は桜から目を逸らし、彼女が写真を撮る光景に見入っていた。
「蕾... ...綺麗だな」それから、しばらくの間公園や、学校の通学路にある駄菓子屋や、池や小川等で写真を撮りに回った。
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