結婚を誓ったあの夏休み

白浜 海

結婚を誓ったあの夏休み


「やっと夏休みだね!」

「だなぁ.......本当に長かったよ.......」


 夏休み。世の中の学生のうち9割以上の人はこの言葉、この事柄が大好きであろう。かくいう俺もその9割の内の1人だ。


「今年の夏休みはどこに行こっか!」

「家」

「もう! せっかく彼女が聞いてあげてるのにその答えはどうかと思うな!」

「本当にお前が彼女ならな」


 ほとんど彼女みたいなもんじゃん! って言いながら頬をリスみたいに膨らませているのは残念ながら俺の彼女なんかではなくただの幼馴染だ。たまたま家が隣だっただけの幼馴染。この家が隣だっただけの幼馴染のせいで俺の毎日は波乱万丈だ。


「私、海行きたい!」

「行ってくればいいだろ?」

「もう! 私はあんたと行きたいの! それくらい分かりなさいよね!」

「知ってるか? 日本語だと主語と述語の両方がないと相手に自分の意思は伝えられないんだぞ?」

「そんな常識は私とあんたという付き合いだけは無駄に長い幼馴染の前では意味をなさないのであった! ということで、行くよね! 行ってくれるよね!」

「はぁ.......分かったよ」

「やったぁ! それじゃ明日ね!」

「明日!?」

「うん!」


 おいおい勘弁してくれよ.......。この幼馴染は何でもかんでも思いついたらすぐに行動を移したがる。しかもそれを有言実行してしまうあたり本当にタチが悪い.......。家が隣のこともあって何かあるとすぐに家に訪ねてくるのだ。そして俺に拒否権なんてある訳もなくそれに付き合わされてしまう.......全く困った幼馴染だ。



⿴⿻⿸



 夢を見た。昔の夢だ。あれは幼稚園の頃だっただろうか。


『ねぇ! お父さんが言ってたんだけどね! チューしたらその人と結婚しないといけないんだって! だから、私と結婚したくなったらいつでも.......』


 そこで俺は目を覚ます。目を覚ますとそこにはキス顔で迫り来る妹がいた。.......なんで俺は朝っぱらから妹のキス顔なんて見ないといけないんだ。


「おい、何してる」

「あっ、起きた?」

「あっ、起きた? じゃねぇよ! お前のせいで変な夢見ちまったじゃねぇか!」

「それは知らないよ!? ていうか、お兄ちゃんが明日は朝早くに起こしてくれって言うから起こしに来てあげたんでしょ! 感謝してよね!」

「起こしに来てくれたことは感謝するが起こし方ってもんがあるだろ!」

「声を掛けても起きないかったお兄ちゃんが悪いよ! 眠れる王子様を起こすのはいつだってお姫様のキスなんだよ!」

「逆だよ! 眠れる姫を起こすのが王子のキスな! そもそも、俺は王子でもないしお前はただの妹だ!」

「もうお兄ちゃんなんて知らない! でも、寝顔は可愛かったよ! ごちそうさま!」


 そう言って妹は俺の部屋から出て行った。ちなみにだが俺の妹は高校1年生だ。信じられないだろ? 俺も信じられない。本当に.......いつになったら兄離れしてくれるのだか.......。そんなことを思いながらも俺はパジャマから私服に着替えて部屋を出て洗面所に向かい顔を洗う。それから再度部屋に荷物を取りに戻る。


「あれ? お兄ちゃんもう出かけるの?」

「あぁ」

「朝ごはんは?」

「いらない」

「もう! ちゃんと食べないとダメなんだよ?」

「へいへい。それじゃ、行ってくるな」

「いってらっしゃーい」


 それから俺は家を出て家の目の前の塀の影に入りスマホをいじる。するとすぐに俺の家の横の家のドアが開く。


「おっはよう! いやぁ、晴れてよかったね!」

「俺としては雨でもよかったんだけどな」

「え? なんで?」

「雨なら今日は海に行かずに済んだだろ?」

「雨でも行くに決まってるでしょ? どうせ濡れるんだし」

「.......そうですか」

「なんか、変なの」


 変なのは間違いなく俺では無いのだがここで俺が何か言ったとしても聞き入れて貰えないことは俺が1番知っているので俺は何も言わずに前を歩くわがままな幼馴染の後に続く。

 俺達はそのまま最寄りの駅まで歩いて行き、そこから2回ほど乗り換えながらも電車に乗り続けること2時間。電車から降りるとすぐに海の潮の香りが鼻腔をくすぐる。


「うーん! 海だぁ!!」

「まだ駅だけどな」

「もう! ノリが悪いな!」

「それは悪うございましたね」


 それから駅を出ると目の前には既に海が広がっていた。まだ午前10時頃だと言うとに海水浴場には既に結構な人が集まっていた。まぁ、夏休み初日だしみんな浮かれているのだろう。

 それから俺達は海水浴場に向かい、そこに用意されていた更衣室にて水着に着替える。もちろん、言うまでもない事だが男女別だ。着替えが終わると更衣室から出て近くの影に入って待っていると、


「おっまたせぇ! どう!? 大人っぽいでしょ!?」

「その発言が完全に子どもだよな」

「発言以外はちゃんと大人っぽいってことだね!」

「.......まぁ、そうだな」


 なんてポジティブなやつなんだ.......。確かに大人っぽいでしょって言うだけのことはあって、水色のパレオの着いた水着を我が幼馴染は完璧に着こなしていた。ちゃんと出るところは出て引き締まるところは引き締まった体をしているのでいくら幼馴染と言えど目のやり場に困ってしまう.......。


「ふふん。私の魅力についにあんたも気づいてしまったようね!」

「さっさと行くぞ」

「まさかのスルーなの!?」

「その手に持ってる浮き輪膨らませなくていいのか?」

「すぐ行きます!」


 俺達は更衣室のすぐ近くにあった海の小屋の前に設置されている電動の空気入れを使い浮き輪を膨らませる。海に行こうと言い出したこの張本人様はなんとカナヅチなのだ。浮き輪がないと泳げないにも関わらず海に行こうとはしゃぐ。普通泳げない人って海とかプールが嫌いなんじゃないのか?


「わぁ! 綺麗だね! 早く行こ!」

「おい、ちょっと待て! 準備運動しないと危ないぞ!」

「平気平気! わぁ! 冷たぁ! あんたも早くおいでよ!」


 全く.......泳げもしないくせに何が大丈夫なんだか.......。もちろん俺はしっかりと準備運動をしてから海に入る。


「うわ、冷た!」

「でしょ! でも気持ちいね!」

「だな」

「ということでよろしく!」

「へいへい」


 何がよろしくなのかと言うと浮き輪に掴まってぷかぷかしている幼馴染に変わって俺が浮き輪を押して移動させてやるのだ。そのくせこのわがままお姫様は遅いだのこっちじゃないだのイチャモンばかりと来たもんだ。


「はぁはぁ。ちょっと休ませろ.......」

「情けないなぁ」

「.......浮き輪ごとひっくり返すぞ?」

「私もなんだかお腹が空いてきたな! ご飯にしよっか!」


 こいつ.......。ここで文句を言ったとしても余計な体力使うだけなので俺は黙って浮き輪を砂浜の方へと押し戻して行く。そのまま海の家へと行きお昼ご飯を購入する。今日は朝ごはんを食べて無いかったからいい感じにお腹も空いていることだし、


「イカ焼きと焼きそばとかき氷のいちごで」

「うわぁ.......いっぱい食べるねぇ。大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」

「あっ、私は焼きそばでお願いします」


 それからお金を払って席に座って待っていると店員さんが運んできてくれる。.......思ったより多いかもしれん。


「本当に食べ切れるの?」

「まぁ.......何とかなるだろ」

「お腹いっぱいで動けないとかやめてよね?」

「.......善処する」


 それから俺は何とか全てを食べ切ると善処するとは言ったものの人間無理なものは無理でありまして.......


「やばい.......しばらく動けないやつだこれ.......」

「もう! だから言ったじゃん!」

「.......すまん。けど、イカ焼きも焼きそばもかき氷も美味しかった.......悔いはない.......」

「かっこいいこと言うてるようだけど全然だからね!」

「.......ごめんなさい」


 あぁ、ダメだこれ。まじで動ける気がしない.......こんな状態で泳いだら間違いなく死ぬ。しばらく休まないと泳げる気がしない.......。


「もう! 私、浮き輪の空気入れなおしてくるからそれまでには何とかしててよね!」

「いや、無理だろ」


 俺の反論も虚しく浮き輪の空気を入れに空気入れの方へと歩いていってしまう。空気入れのあるところって言っても海の家のすぐ前くらいの所なので並んでいたとしても5分くらいで戻ってくるだろうと思ったのだが、


「.......遅い」


 もう5分は確実に立っていると思うのだが帰ってこない。もしかしてナンパでもされているのだろうか? そう考えると心配になってきたぞ.......。


「はぁ.......見に行ってみるとするか.......」


 俺は重い体に鞭打って海の家の前に置いてある空気入れのところに来てみるも、


「いない.......本当にどこ行ったんだ?」


 俺はフラフラと海の家の近くを歩き回っていると、


「ねぇ、あれって誰か溺れてるんじゃない? 大丈夫なの?」

「え?」


 そんな声が聞こえてきたので俺は慌てて海の方をみる。確かに海の方を見ると1箇所だけすごくバシャバシャと海面が荒れているのが分かる。そのすぐ近くには浮き輪に入った小さな子どもがいるが.......


「あの浮き輪って.......ちっ」


 ここからは少し遠いので本当にあの浮き輪があの幼馴染のものかは分からないが万が一にもあの浮き輪が幼馴染のものだと言うなら近くで海面が荒れているのは.......。

 絶対にそんなことはないと思いながらも俺は浮き輪の方へと走っていく。俺と浮き輪の距離が近づけば近づくほどあの浮き輪が幼馴染の物のように見えてしまう。


「クソ.......」


 もうすぐ俺が海に入るといったタイミングでバシャバシャと海面が荒れていたのが止まった。


「おいおい、冗談だろ!」


 俺は無我夢中で浮き輪目掛けて泳いでいく。そして、浮き輪のすぐ側まで辿り着き海に顔を突っ込むと溺れてるいる幼馴染がいた。

 水深は立った時の俺の胸より少し上くらいなので1m60cmくらいだろうか? 別にめちゃくちゃ深いわけでは無いが泳げないような人からしたら致命的な深さだ。

 俺はすぐさま潜り幼馴染を海面まで引き上げる。


「おい! 大丈夫か! おい!」

「.......ゴホッ。あっ.......えへへ。溺れそうな子がいたから助けようとしたら足がつっちゃったよ.......」

「今はしゃべらなくていいから、そこの浮き輪に掴まれ!」

「ごめん.......体に力が入らないの.......」

「!? ったく!」


 俺はそのまま恐らく俺の幼馴染が助けようとした子であろう子どもが掴まっている浮き輪と幼馴染を支えながら何とか砂浜のある陸地まで戻ってくる。

 それから海の家へと向かい店員さんに事情を説明して幼馴染を海の家の奥側にある畳のお座敷のところで横に寝かせる。それと、子どもを探しているであろう親御さんのために海水浴場内でのアナウンスをお願いするとすぐに親御さんが来た。


「本当にありがとうございます! 本当に! あなたは私の息子の命の恩人です! 本当になんてお礼を言ったらいいのか.......」

「いえ、お子さんを助けたのは俺じゃなくてそこで横になってる俺の幼馴染なんでお礼はそっちに」

「本当にありがとうございます! それと、ごめんなさい.......息子のせいで危ない目に.......」

「いえいえ、結果的に大丈夫だったんで気にしないでください。君ももう危ないことはしたらダメだぞ?」

「お姉ちゃんありがとう」


 それから何度もお礼と謝罪をしてからあの親子は去っていった。


「はぁ.......今回は本当にもう死ぬかと思ったよ」

「本当にお前は.......」

「でも、私がいかなかったらあの子は死んでたかもしれないでしょ?」

「それでお前が死んだら元も子もないだろうが!」

「.......ごめん」

「いや、もういいよ。けどもう、あんま心配させんなよ」

「うん。ありがとう」


 それから1時間ほど海を眺めながらボーッと過ごしていると、


「そろそろ起きようかな」

「もういいのか?」

「うん! 本当にごめんね?」

「もういいって言っただろ?」

「ありがとう。ねぇ、私今回死にかけたじゃん?」

「本当にな」

「それで私思ったの。人っていつ死ぬか本当に分からないじゃん? だから、悔いは残したくないなって」

「それで?」

「うん。だから.......」


 寝ていた体を起こしたと思ったらそのまま勢いを止めず隣に座っていた俺の方まで体を寄越すと.......その勢いのまま俺の唇に自分の唇を重ねる。


「ちょっ、なっ、なにを、して.......」

「ふふん。好きな人とキスもしないまま終わる人生なんて嫌でしょ?」

「だからって、急に.......」

「ねぇ、私が昔言ったこと覚えてる?」

「.......昔言ったこと?」

「キスしたらその人と結婚しないといけないんだよ?」





 ゛だから、私をちゃんと幸せにしてね ゛



 まったく.......俺はこの幼馴染には敵わないな.......。けど俺は、そう言って微笑む彼女の美しさを一生涯において忘れることはできないであろう。

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