天保(引用6:天、国の安寧を祝う)

天保てんほ



天保定爾てんとていじ 亦孔之固えきこうしこ

俾爾單厚ひじたんこう 何福不除かふくふじょ

俾爾多益ひじたえき 以莫不庶いばくふしょ

 人主よ、天はそなたを守護しよう。

 その守護は堅固なるもの。

 そなたをいやが上にも手厚く守る。

 どうして福の訪れぬことがあろう。

 多くのご利益がもたらされ、

 どうして不幸になぞなろう。


天保定爾てんほていじ 俾爾戩穀いじせんこく

罄無不宜けいむふぎ 受天百祿じゅてんひゃくろく

降爾遐福こうじかふく 維日不足いじつふそく

 人主よ、天はそなたを守護しよう。

 そなたより苦悩を取り除こう。

 よろしからぬものは取り除かれ、

 天より多くの幸いがもたらされる。

 その福がそなたに下される量は、

 毎日下すのでも、なお足りぬ。

 

天保定爾てんほていじ 以莫不興いばくふきょう

如山如阜じょさんじょふ 如岡如陵じょこうじょりょう

如川之方至じょせんしほうし 以莫不增じばくふぞう

 天がそなたに、安寧をもたらす。

 それが興らないということはない。

 山のよう、丘のよう、尾根のよう、

 峰々のように大きく、

 川が下流に至るにしたがって

 大きくなるのと同じく、

 増え行かぬこともない。


吉蠲為饎きつけんいし 是用孝享ぜようこうきょう

禴祠烝嘗やくしじょうしょう 于公先王うこうせんおう

君曰卜爾くんえつぼくじ 萬壽無疆まんじゅむきょう

 祭祀のために良き日を選び、

 良き供え物を供える。

 そして、祭祀をなす。

 夏に禴、春に祠、冬に烝、秋に嘗。

 それぞれの季節でたゆまず、

 先祖を祀れ。

 そなたの先祖はこう仰った。

 国はとこしえに繁栄しよう、と。


神之弔矣じんしちょういー 詒爾多福たいじたふく

民之質矣みんししついー 日用飲食にちよういんしょく

群黍百姓ぐんしょうひゃくせい 徧為爾德へんいじとく

 やってきた先祖の霊が、

 改めてそなたに、幸福をもたらす。

 質実なる民は毎日の食事に喜ぶ。

 多くの庶民らが、多くの臣下らが、

 そなたの徳行のゆえに喜ぶのである。


如月之恒じょげつしこう 如日之升じょげつししょう

如南山之壽じょなんざんしじゅ 不騫不崩ふけんふほう

如松柏之茂じょしょうはくしも 無不爾或承むふじあしょう

 月が満ち欠けし続けるがごとく、

 日が昇り続けるがごとく、

 終南山が威容を示し、

 崩れ落ちたりせぬがごとく、

 マツやカシワがいつも

 青々とした葉を茂らせるがごとく。

 先祖よりの恩徳はそなた、

 そして継承する者たちにも

 もたらされ続けよう。 




○小雅 天保


まさに祝詞、であるな。周の王室が伝説時代以降諸侯として、あるいは王として民に恩徳をもたらせ続けたからこそ、いまの周の繁栄がある。そしてこの繁栄は、未来永劫続くものである。

……なるほどなるほど、西のはずれからやってきて殷を踏み潰した覇権国家様は、自らの来歴についての潤色にお忙しくいらっしゃるわけであるな。




■流星の異名


・晋書12 天文中

流星之類,有音如炬火下地,野雉鳴,天保也;所墜國安,有喜。


流星の中で、実際に地面にまで落ちてくるものは「天保」と呼び、それが落ちてきたところの国は栄える、そうである。えっ三国時代、公孫淵の領地に流星が落ちてきたときにはド凶兆であった気もするのだが……ともあれ時代が下り、統一王朝のほうの宋の歴史が記された「宋史」では、流星には八つの種類がある、と言っている。天使、天暉、天鴈、天保、地鴈、梁星、醟頭、天狗。それぞれの詳細は謎。




■武陵の言う地名の由来


晋書90 潘京

鄙郡本名義陵,在辰陽縣界,與夷相接,數為所攻,光武時移東出,遂得全完,共議易號。『傳』曰止戈為武,『詩』稱高平曰陵,於是名焉。


武陵郡生まれの潘京に、上司が地名の由来を聞いた。そこで潘京はこう答えている。もとは義陵という名であったが、光武帝の頃に蛮族をしばしば食い止める地であったので、『(侵攻者の)戈を食い止める』の意味で武、そして当詩の注にて『陵は平らかなる高地』を解説されるのに従い、武陵と改名したのだ、とのことである。




■情も大切だけど国も顧みて!


晋書121 李雄

願陛下割情從權,永隆天保。


五胡十六国時代、蜀にて独立した国、成漢。その独立を成し遂げた英主、李雄の母が死亡した。それを受け李雄は三年の喪に突入するぞと言い出したので、臣下が慌てて諫めてきた。その時の一節である。「お気持ちはわかります、しかしながらその思いを割いてでも、政権運営にご尽力いただき、当詩に歌われる繁栄を長く保っていただきたい」と語るのである。




■晋帝、天に譲位を報告


宋書2 武帝本紀中

我世祖所以撫歸運而順人事,乘利見而定天保者也。


劉裕に禅譲の意を伝えたのち、恭帝司馬徳文は天に向けても禅譲の意を表明した。司馬炎は時の流れ、人の流れに乗ることで「天保」を定めた、とある。故に道が揺らげば、あっさりと乱世を招き、そして最終的に国を亡ぼすに至った、と語る。故に晋氏がこれ以上天下を担う資格はないのだ、と。




■劉裕、天に誓う。


・宋書3 武帝本紀下

・宋書16 礼三

克隆天保,永祚于有宋。惟明靈是饗。


劉裕が皇帝に即位したときの詔勅の一節である。天よりの祝福が、この宋に長くもたらされんことを神霊に祈るものである、といったあたりの意味合いとなる。




■北斉文宣帝(高洋)の時の年号だよ


ややおまけの話である。まぁ元号は「めでたい二文字の組み合わせ」を探求するゲームでもあるので、組み合わせ次第では自然発生もしよう。無論それで現れた語句には、やはり当詩よりの呼び起こしもなされようがな。なにせ当詩は「永劫の繁栄を祈る」もの。それはもう元号としてもばっちりであろう。ともなれば日本の江戸時代の天保年間にも似たようなことを想定しえようというものである。そしてどちらも以下略。




毛詩正義

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