タピオカ・ラブレター

蒼狗

ラブレター

『私と一緒にタピオカ屋に並んで頂けないでしょうか?』

 その一文を見た瞬間、これはラブレターではないのだと気がついた。

 放課後の下校時間。仲のいい友達はクラブ活動や委員会があり、一人で帰ろうとしたときだった。靴箱の中に手紙が入っていた。

 綺麗で可愛らしい模様の入った封筒。中に入った手紙は小さくて線の細い文字で書かれていた。文字からも可愛らしさがあふれていた。

 受け取った瞬間、ラブレターという珍しさにテンションがあがったが、すぐに冷静になった。

 一つ問題があるのだ。私の性別が女だという問題が。

 入れる場所を間違えたかと思ったが、書かれている名前は私の名前で間違いなかった。

 女の子から女の子へ好意を伝える。最近読んだ漫画でそういうのは見たことがある。授業でも一回だけではあるが受けた。まさか自分がその対象になるなんて思ってもいなかった。

 だが好奇心にかられ読み進めた文章に書かれていたのがこれである。

『私と一緒にタピオカ屋に並んで頂けないでしょうか?』

 頭の中がはてなマークでいっぱいになった。見直してみても書かれている文字は何も変わっていない。

『突然、このような手紙を送られ戸惑いを隠せないかとは思いますが、お伝えした気持ちがあり、さらには直接口にするのが恥ずかしいため手紙にて失礼させていただきます』

 最初から読んでみたが、ここまでであればラブレターだ。

『私と一緒にタピオカ屋に並んで頂けないでしょうか』

 二文目でラブレターが崩壊している。

 いや、よく考えるとこれはデートに誘われているだけなのかもしれない。

『突然何を言い出すのかと思われるかも知れません。ですが私は非常に真面目です。

 常日頃からお友達と仲良く話されているあなた様を憧れと羨望の眼差しで見ておりました』

 ラブレターだった。二文目さえ読み飛ばせばラブレターだこれは。

『特にタピオカミルクティーを飲みに行ったという話題。おいしかったという感想を話しているのを耳にし、是非私も飲んでみたいと思いました』

 雲行きが怪しくなってきた。

『ですが私一人でカップルや女友達同士で並んでいるあの列に並ぶ勇気がないのです。

 なので是非、私と一緒にタピオカ屋に並んで頂きたいのです』

 これはあれだ。ラブレターではない。一人で列にすら並べない哀れな人間の懇願が込められた手紙だ。

 すこしイライラしてきたが、友達と一緒に行ったりもするんだ。一緒に行くこと事態に抵抗はない、だが。

『昨今ではスイーツ男子などと男でも甘いものを食べる姿が違和感なく受けいられていますが、どうにも私のような見た目の男が一人で並ぶには抵抗があります。なのでおつきあい頂きたいのです』

 可愛らしい封筒、便せん、文字にだまされていた。差出人は男子だ。

 男子となると話しは別だ。私は誰かと付き合ったこともないし、まだそういうのがよくわかっていない。

 ともかく、先程から視界の隅に映る男子の姿の理由がわかった。彼がこの手紙の差出人なのだろう。

「あの」

 私は彼の肩を叩く。大きな体が一瞬震えたかと思うと、彼はこっちを向いた。

 やはりそうだ。同じクラスの空手部の男子だ。私よりも頭一つ上の身長。部活でついた引き締まった筋肉。そして坊主頭。よくクラスメイトの男子からゴリラと呼ばれているのを見ているが、確かにそう呼ばれるのも無理はない。そして彼みたいなのが一人で並んでいるのはさぞ目立つことだろう。

「あなたがこの手紙を?」

 できるだけ威圧しないように話す。

「そ、そうです」

 見た目のわりに気は弱そうだった。

 なんと言葉をかければいいか悩むが、素直に言った方がいいだろう。

「ごめんなさい。私はあなたとはタピオカ屋に行けないわ」

 私が口を開くと彼の大きな体が縮んだような気がした。

「そ、そうだよね。自分みたいなやつと一緒に並ぶのは恥ずかしいよね」

「それもあるし、男子と一緒に並んで変な噂が立つと恥ずかしいじゃん」

 我ながら辛辣なことを言ってしまった。彼の体がさらに小さくなる。そういうことを言いたいんじゃないのに。

「ああ、いやそうじゃなくて」

 頭がうまく回らない。とりあえずスマホを取り出し画面を操作する。

「あなたは並びたいんじゃなくてタピオカが飲みたいんでしょ? ならこの店なら配達してくれるからここにしよ!」

 画面に店を表示し、彼の顔面に突きつける。

「それに二人じゃなくてみんなと飲もう。友達と。その方が絶対楽しいよ」

 本心だ。友達と行くからああいうのは楽しいんだ。彼にもそのことを伝えたい。

「ええっと」

 彼は戸惑っているようだった。

「それって自分と友達になってくれるってこと?」

「え?」

 確かに。私の言ったことをまとめるとそうなるのだろうか? いやどうだろうか?

「ああ、ううん、そういうことかな? 

 ……ああもうめんどくさい!そういうことでいいよ!」

 頭がこんがらがってきた上に、タピオカの事を話していたら頭がそれしか考えられなくなってきた。

「明日みんなで飲もう!」

 私が笑うと彼の緊張した表情も軟らかくなったような気がした。




 その日、一人の男子が小さくガッツポーズをし、一歩前進だ、と自分にしか聞こえない声で呟いた。

 

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タピオカ・ラブレター 蒼狗 @terminarxxxx

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