第7話逢峰アリスという彼女。
今の状態から言えば付き合うことになると言った方が正確かもしれない。
こと彼女に関しては、俺は『彼女のことを彼女以上に知っている』と言っていいだろう。
肉親よりも、友人よりも、彼女よりも、誰よりも知っている。こんな事を言い切ってしまったら「自分のことは一番自分が知っている」と苦言を
いやいや、実は他人の方が自分のことをよく知っているなんてことはざらにある。自分のことに対しては、雑になるのが人間だと言い換えすら可能である。(そうじゃなきゃ、自己管理不足で心を病み会社を去っていく人がこんなにゴロゴロではしないだろう。ゴロゴロでる会社が当然悪いのだが。)
その「彼女を彼女以上に知っている」と思った事件について語ろう。
彼女は、日本とイギリスのハーフである。
故に、その見た目はある意味『人間離れ』している。程よくカールのかかった英国の紅茶のように綺麗なブロンドヘアーに、日本人特有の童顔とエメラルド色に輝く瞳は絵本に出てくる妖精のようだった。
そんな彼女と出会い、付き合うまでに至ったのは奇跡のような話しだったが、そうでもない。
彼女には彼女の、俺には俺の事情というものがあり、その事情とやらがお互いに合致していただけなのだ。
彼女の事情としては、その『人間離れ』した容姿にある。ここ日本で暮らすにあたって、彼女に向けられた目は興味心にしろ何にしろ彼女にとって良いものではなかった。それは学校内でも同様である。
問題なのは『彼女は、その問題に取り合わなかった』ことにある。
高校3年生4月。
吹き抜ける風が春の温かさを感じさせる気持ちいい天気のある日だった。
彼女は、
当時、俺がいつものように学校をサボり、その現場に出くわすこととなった。
丁度、一服しようとゲームセンターなどがある薄汚れた繁華街の裏路地に入り、そこを抜けると狭い駐車場があった。
彼女はそこにいた。学校で知らない人はいないと言うぐらい有名な彼女を見間違うはずもない。
彼女の助ける声もなし、楽しんでる声もなかった。ただ順々に男達にまわされて、最後にはその場に置き去りになっていた。
俺は、ただ煙草をふかして呆然と見つめていた。
助けようとはしなかった。する気にもならなかったと言った方が正確だった。
男達がいなくなったのを視認して、一応声をかけた。
今となっては分からないが、それは単なる好奇心だったかもしれないし、『あわよくば』なんて考えていたかもしれない。
彼女は全裸のまま、俺が近づいてきたのが分かったのか一瞥した。
「まだ、残ってたの?さっさと終わらせて。」
そうすると路上にその体を放り投げるように仰向けになった。
こんな事をされたら、いくら可愛くても男達も数回で飽きてしまうだろう。
「いつもそうなのか?」
「いつもはバスとかに乗ってたら触られる程度だったけど、今日は酷かったわね。…初めてで血は出て服が汚れるし。」
俺は、言葉につまり、舌の水分が乾くのを感じた。彼女は狂っている。自分の体よりも服の汚れ心配をしているのだから。
しかし、そんな彼女に共感さえ覚える。こんな事を平気でしてしまうのは、ある意味『自傷行為』だ。そんな彼女に今日のことを後悔させ救うことができたら、自分も救われるんじゃないかと感じてしまう。
これは、僕のワガママであり『自傷行為』だ。
「
彼女の瞳が大きく見開き、俺に視線を向ける。
「…意味わからないんだけど。」
そりゃあ、そうだ。俺にも分からない。
「俺がお前を傷つける。だから、お前は俺を傷つけていい。」
「会話になってないし。」
「それでいいんだ。今日からよろしくアリス。」
そう言いながら、駐車場に散らばった服をかき集めて彼女に着させる。
「自分で着替えられるから。」
そうは言ったものの抵抗はしない。
彼女の華奢な体を目に焼き付けるように凝視し、ひとつずつボタンをかける。
しばらくの沈黙があり、彼女の身なりは先程とは打って変わって不自然なく可愛らしいものになっていた。
「送っていくよ。」
しゃがんで、おんぶを
彼女の家に向かう道すがら、彼女は俺の背中でいくつか訊ねた。
「名前は?」
「柊 優斗。優斗でいい。」
「なんで、こんな事するの?」
「その方がお前を傷付ける。」
「私が優斗を傷付けろってどういうこと?」
「いつか、分かる。それまではそのままでいればいい。」
そうだ、いつか分かる。その時に、彼女の隣に俺はいないし、俺の隣に彼女はいない。お互いが救われる。それで良かったのだ。
―――そして、俺と彼女は救われた。
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