夕立
「悲しいんと、嬉しいんと、興奮が一気にきて、今困ってます。」
いつものきらきらとした笑顔を向けてくれたので少し安堵した。
少し理性的になり、自分が今言ったこと、やったことを思い返すと、どうしたらいいか分からないほど恥ずかしい。言行不一致とはこのことだ。俺は晴生と付き合ってから理性と感情の抗争が絶えない。
「ごめん。」
それしか言えなかった。
晴生は俺の額にキスを落とし、小さな子どもにするようにポンポンと頭を撫で、キッチンへ向かった。グラス二つ、緑茶と麦茶を持ってきてテーブルに置き、冷凍庫から氷を出し、カラコロとグラスに優しく入れた。座布団に座り、俺がテーブルに着くのを待っている。
「大輔さん、緑茶ですよね。飲んでください。落ち着きますよ。」
言われるがまま座り、お茶を飲むと意外と喉が渇いていたようだ。一気に飲み干してしまった。晴生が二杯目も注いでくれた。晴生も麦茶を一気に飲み干し、二杯目を自ら注ぎながら話し出した。氷がグラスに当たってカラカラとその涼しげな音だけが響く。
「ずるいですよ。あんなんされたら、
晴生はTシャツをパタパタさせながら、エアコンのよく効いた部屋で暑いとジェスチャーをした。
「もー大輔さんだいぶネガティブ拗らせてるんで、あのまましたら、また変なこと考えてアホなこと言い出しそうやったし。それ解いてから、ね。
まず、なんでそんなアホな突拍子もないことばっか考えてるんですか。子どもと奥さんってネガティブ思考がぶっ飛びすぎやん。ほんまあんなんばっか考えてたらしんどかったでしょ。」
俺の手を取り、両手で包むようにぎゅっとされた。俺は握り返していいのか分からない。
「俺はね、大輔さんのこと一目惚れなんです。知り合ってくうちにめっちゃ好きになっていって、俺のんにしたいって思って告白したんです。覚えてます?めっちゃ頑張って落とした人なんです。いつか俺が離れていく、とか自分にはもったいないとか言われたら、怒りますよ。俺が好きな人のこと貶すなよ、って怒ります。
それに重いって言い方次第やと思いません?重いって一途ってことですよ。俺は俺以外の人見て欲しくないし、大輔さんに女と飯とか行って欲しくないです。男ともほんまは行って欲しくないけど。自覚ないけどモテるはずなんで。それって相手に伝えていいことですし、俺はむしろ大輔さんに言われたいです。それやのに、出会いがたくさんあるから、俺が飽きるまでは、って…
俺ってそんな風に見えてんか?ってなんか感情分からんくなって、無理矢理しようとしてすみません。
それと、西瓜の時は大輔さんが行って欲しくなさそうな顔めっちゃしてたから、言わせたくて意地悪したんです。それもごめんなさい。」
俺の顔を見つめながら、手を握り、ゆっくり真摯に話す晴生を見ていたら、自分がすごく価値のある人間のような気がしてきた。晴生にこれだけ愛されている俺は幸せものだと思う。
「ごめん。ありがとう。」
ザザザザザザー
夕立だ。雨が激しい。窓に打ち付ける雨粒が大きいのか音が痛いくらいに響く。さっきまで快晴だったのに、暑くなったアスファルトを冷やすように雲の上で誰かがバケツをひっくり返したようだ。西瓜のことが頭を過ぎり、買いに出てなくて良かった。今日は西瓜に振り回される日だな、とふと思った。
「ごめん、は言わないでください。俺は大輔さんのありがとうが欲しいんです。西瓜…買いに出なくて良かったですね。夕立すごいですね。」
「今日は西瓜に振り回される日だな。」
ははっと晴生も笑った。好きな人が同じことを考えていると、嬉しくなる。これからは思ったことをもう少し、言葉に出してみよう、と決めた。
「ありがとう。」
晴生は俺の手にチュッと音を出してキスをした。
「大輔さんをあの日、見つけれてほんまよかったです。多分最初っから直感で惹かれたんやと思います。そんなん今までなくて、そんな必死になったことってなかったんです。外に出たりとかは結構どうでもよくて、ゆっくりでいいんですよ。俺は飯食べたりとか、一緒にいられるだけで十分幸せで、大輔さんは俺だけのんってこの部屋で二人引き籠もって、もう出られへんってなっても、閉じ込められてもいいんです。」
晴生はにやっと笑った。
「重いでしょ?」
と言って麦茶を飲み干した。片手はぎゅっと俺の手を握っている。
晴生の言葉がすーっと体中に染みて、清められた気がした。雨音も心地よく感じる。俺はやっと手を握り返した。この男にこれだけ愛されているんだ、と今は少し自惚れてもいいだろうか。
「重いよ。」
俺は笑いながら言った。テーブルに乗りだし、そのまま顔を近づけて自分からキスをした。
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