すれ違い


「俺、今までと比べたらあかんけど、大輔さんはほんまに一番可愛い人なんです。恥ずかしがって目合わへんのとか、俺のために少なく食べてるとことか、俺が来る前に部屋めっちゃ冷やしてくれてるとことか、色々可愛らしいな、俺って愛されてるなってキュンときてるんですよ。

 口悪くて不器用でも、大輔さんが俺のこと大好きって伝わってます。やから逃げやんと、言いたいこと言ってください。じゃないと離さないですよ。」



 なかなか話し出せず、それでも晴生は俺を抱き締めたまま、黙っていた。セックスのためにあまり食べないことがばれていたのか、とは、そういうことだろう、全てばれていたのか、いつから気づいたのか、色々追求したいことが出てきたが、確実に墓穴を掘りそうだ。

 一旦そのことについては考えるのを止めよう、と努めれば努めるほど頭の中がパニック状態になり、恥ずかしさから体温が一気に上がった気がした。何もまとまらない。さっきまでぶつけてしまいたい気持ちがあったのに、今はもうこの場にいることさえ恥ずかしく、消えてしまいたい気持ちになっていた。

 晴生は少し手を緩めたが、離すつもりはないらしく、ずっと俺を抱き締めたまま黙って俺が話し出すのを待っている。



「俺は、男と付き合うのも初めてで、離婚してから誰ともそういうことがなくて、晴生と出会って、一緒にいると居心地がよくて、だんだん惹かれたんだと思う。」

 俺の声は、微かに震えていて、それを落ち着かせるように、晴生は俺の二の腕を擦った。


「俺は若くもないおっさんだし、金もない。男同士の恋愛も分からない。晴生が俺にくれるような言葉も言ってあげられないし


 その、俺がそれをすると重いっていうか、晴生はまだ二十五だから、他にも出会いがこれからたくさんあるわけで


 重荷にはなりたくないし、俺から離れるまで出来れば長く続けばなって」


 言いながら泣きそうになってきた。一度言葉に出すと、頭で考えているより晴生の存在が俺の中で大きくなっていたんだな、と実感させられる。しかも思想が重すぎる。こんな女々しい感情が自分の中にも生まれるのだ、とこの歳にしてやっと分かってしまった。今なら女子高生が書いた携帯小説にも共感し涙する気がした。



「それって本心ですか?」

 晴生の腕が離れたと思うと、無理に肩を捻られた。いきなりのことに転けそうになったが、力強い腕が俺を離さない。おずおずと顔を見上げると、腕の力とは対照的に悲しそうな表情をしていた。

「俺、もっとちゃうこと言ってほしかったな。」


 はあ、と短いため息をつくと、足痛いっすね、とドカッとベッドに腰掛けた。いつもならシャワーを浴びるまで晴生がベッドに乗ることはない。苛立っているのは伝わるが、俺に呆れているのだろうか。

 そういえば、結構長い時間立っていた。その横に少し距離を置いて座った。シングルベッドがミシッと静かな部屋で響く音を立てた。

 肩を爪がめり込む勢いで掴まれたので、手を離した今も少し熱を帯びている。

 今更西瓜を買いに行く雰囲気はなくなったが、晴生はかなり不服そうだ。どうしたらいいのか分からず、癖で煙草に手を伸ばしそうになったが、思いとどまった。



「俺って信用ない?それ逆の立場やったら結構悲しくないですか?」

 はあ、ともう一度深くため息をついて俺の煙草に手を伸ばし、喫煙者がするように器用にライターで火をつけ、眉間に皺を寄せながら、すうーーっと深く肺まで巡らせた。密閉した狭い部屋に紫煙が立ち上り、きついエアコンの風でかき消される。晴生が嫌いなはずのにおいだけが充満していく。

 俺が話した方がいいのか、晴生が話しだすのを待つべきか、嫌煙家だと思っていた恋人が、煙草をくゆらせている現状に驚きを隠せず、晴生を盗み見た。


 密度の濃い睫毛、少し段になった高い鼻筋、潤った唇を少し尖らせ、煙をゆっくり吐いている。煙草も似合うな、と一瞬端正な横顔に見惚れた。


「ごめん。」

 沈黙に耐えられずテーブルの灰皿を見つめながら謝ったが、晴生は何も言わず、もう一度煙草を深く吸い込み、自分の方に灰皿を寄せ、思い切り押しつけた。

「俺、煙草止めてたんです。でも今の話聞いて、また吸いたくなりました。」

 どういう心理変化なのかは分からないが、晴生が今までになく怒っていることは伝わってくる。


「溜まってるんで、抱いて良いですか?」

 返事を待たず、腕を掴まれ、乱暴にベッドに押し倒された。俺の貧素な唇を貪り、熱い舌を無理にこじ開けるように滑り込ませた。煙草の味が苦い。いつも俺を気遣ってばかりの男と同じ人物だと思えない。その性急さに驚きはしたが、嫌ではなかった。何に欲情したのか、見当がつかず混乱はしたが、それでも求められているのであれば、応えたい。


 ゆっくり背中に腕を回し、されるがまま身を委ねた。



 ルーティーンならば、晴生がシャワーに入り、その間にベッドにバスタオルを敷く。俺もその後にシャワーに行き準備をし、潤滑剤である程度慣らしてから出る。あまり色気のある段取りではないが、俺は女ではないので仕方がない。しかし今はどうするのが正解なのだろう。晴生が来る前に一度処理をしているから大丈夫だとは思うが不安はある。


 ステテコとボクサーを一気に下ろされ、俺のモノが露呈する。すぐに後ろに手が回ったが、潤滑剤も近くにない。

「ちょっと待って、シャワーだけでも。」

「いいから、いますぐやりたいって」

「準備とか…」

「気にしません。」

「…どうかしたのか?」

「あんたの言ったことってこういうことでしょ。何か言いたいことあります?」

「違う!ちょっと待ってくれ!」

 言い終わる前に晴生は自ら俺から離れた。筋肉質な上半身を露わにしたままベッドに背中を向け、座布団に乱暴に座り、また煙草に手を伸ばした。仰向けのままパンツとステテコを履き直し、めくれ上がったTシャツを直した。そのまま大きな背中に手を伸ばそうとしたタイミングで晴生が振り返った。俺の手を取り、悲しそうな顔で笑った。

「すみません。俺、今日、大輔さんのこと傷つけて困らしてばっかや。」

「いや、俺も怒らせてごめん。」

 晴生は俺を見つめながら煙草を深く吸い込んだ。

「何で怒ってるか分かってへんくせに。」

 また今にも泣きそうな笑顔を浮かべ、背を向け灰皿に灰を落とした。テレビのリモコンに手を伸ばし、映画でも観ます?とテレビをつけた。まるで俺への興味が一気に失せたように感じた。

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