父が、泣いた
@waka32
第1話 現在のこと
「本当にもう、えらいんや……」(しんどい、つらい、の意)
父は病院のベッドに横たわったまま、胸元においてあったバスタオルをたくし上げ、とうとう頭からひっかぶってしまった。
娘である私の差し出したスマホのカメラに向かってタオルで顔を隠し、目のあたりを指で押さえ。いつの間にか薄くなってしまった肩が震え。
ああ、泣いているのだな、と私はスマホを構えながらそう思っていた。
カメラの向こう側、兄の「まぁえらいのは仕方ないなぁ、そうかえらいよなぁ、うんうん……」という声を聞きつつ、ああ、泣いている。泣いているのだな、とただひたすらそう思っていた。
父が前立腺がんである、という話を聞いたのは今から思うとずいぶん前のことのように思える。
ああいよいよか、というのが当時の正直な気持ちだった。八十間近、老いたな、としみじみと実感することも増えていた矢先のことだった。
実は父の兄も父の父親もがんで亡くなっている。体質の遺伝があるというのなら父がガンを発病するであろうことは予測が出来ていた。
まぁなってしまったものは仕方ないね、と母が何度も繰り返す。
仕方ないわ、なってまったんやで。
繰り返す言葉は、おそらくは自分自身に言い聞かせていたんだろう。
治療後に発覚した胃がんも、盲腸がんも、そして今回の肺がんも。
母は、「仕方ないやろ、なってまったんやで。こうなってまったらなるようにしかならんのやで」
面と向かっても、電話でも、何度も私にそう繰り返した。
胃と腸に関しては手術も行っている。今回の肺がんについては体力的・年齢的にも、もう積極的な治療はしないと本人が方針を立てていた。
肺がんが発覚した時点での余命は、特に何もしなければ一年程度だと先生に言われていた。
その後何度も大腸から出血し、胆のうも切除し、何度も救急搬送され、何度も入院し。薬が効いたのか、放射線治療が功を奏したのか、現在はその期限を半年過ぎている。
いよいよがんによる痛みが強くなり、医療用麻薬を投与されるようになり、意識が朦朧とすることの増えたころ、ゲームで言うところの人生のボーナスタイムですよ、痛みをコントロールして人間らしく最後を送りましょう、と、痛み緩和ケア専門病院への転院を勧められ、紹介された先の先生はそう微笑んだ。
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