其の一.現実世界ノ心得
僕、
「副室長になってくれる人はいませんか?」
クラスの室長に単独で立候補しそのまま室長になった河原愛穂かわらまなほがホームルームでクラスメイトに語りかける。
「お前、やってみろよ」
「嫌だよ。そう言う君がやればいいじゃん」
僕の横の席で話している2人の男子に舌打ちをしてため息をつく。
(耳障りだ。やる気のないなら僕のように静かにしておけ)
僕は空あくびをする。
「愛穂さん、琴羽君が副委員長やってあげてもいいって」
クラス中の視線が僕にむく。やると言わないとどうなるかわかっているな?と言うんばかりの鋭く痛々しい視線だ。僕は声が聞こえた方を見る。見るとさっきの男子どもがクスクスと笑っている。
(やっぱりそうだ。こいつらはこんなしょうもないことはどうでもよく、誰に責任を擦り付けるかだけを考えていたのだ)
周りの視線が痛い。
「わかりましたやります。やればいいんでしょ」
僕はため息をついて答えた。
「ボッチの琴羽さんあざます」
「あざまーす」
2人の男子は笑いながら教室を出ていって1限目の用意を始めた。
「馬鹿な奴らだ。これだから人とつるむのは嫌いなんだ」
僕は机の中から1限目の世界史の用意をしてから少しだけ寝ることにした。
その後、僕は影のように学校生活を送った。なぜ友達とつるまないのかって?僕は人と関わるのが嫌いなのだ。周りに目を配りながら生きていくよりボッチでマイペースに生きた方が楽ではないかと僕は思うから友達を作ろうとしない。
荷物を用意して帰宅しようとした時に僕は後ろから牛乳をかけられた。
「ハハハ、どうだ?不意討ち牛乳をかけられた気分は?」
後ろを見るとあの2人の男子がいた。
僕は黙り込む。別に何とも思っていないのだ。所詮は大人になりきれていない高校生の遊びだと思えば気が楽になるし、争いは争いを生むだけである。
「黙り込んじゃって、何かいったらどうだ?」
だが、こいつらはそんな僕の配慮は知らずボカスカと腹を殴ってくる。さすがにこのままでは体に何らかの支障をきたすと思った。
「これは正当防衛だからな」
僕は小声でそう言ってポケットのカッターナイフで馬鹿どもの手を切った。
「痛ってーな」
「このサイコパスめ」
僕は2人を軽蔑するような視線を送る。
「牛乳をかけて抵抗もしていない人のことをボカスカ殴っている奴らには言われたくないな。小学生の低学年かお前らは」
僕は溜まりに溜まった怒りを言葉にのせて吐き出す。
「なんだよ、俺らは怪我させられてんだよ。お前にな」
僕はそう言ってきた背の高い男子の股関を上に蹴りとばす。
「がっは!」
蹴られた男子はうずくまり呻き声をあげる。
「てめぇー」
もう一人の男子は単調な動きで僕に迫ってきたので一歩下がって腕にカッターナイフを突き立ててやった。
「うぎゃー。腕がー」
僕の立っている床のタイルは白と赤の斑点ができていた。
「誰か先生呼んできてよ」
「え?俺は嫌だよ」
「そんなこと言っている暇ねぇーだろう」
クラスメイトがざわつき出す。
「琴羽君! 何しているの!!」
愛穂が駆けつけて僕の腕を引っ張っていった。
*****
ここは生徒指導室。
「何があったの? 琴羽君が理由もなく人を傷つける事なんてしないよね?」
勝手にイメージを定着させないでくれよと僕は思ったが言葉には出さなかった。
「牛乳をかけられてかっとなって……。」
僕は時計を見る。16時30分だ。
もうあいつは一人寂しく校門で佇ずんでいるのだろうか……。
「琴羽君。あの2人に謝っておかないと」
僕は少し葛藤して愛穂に言った。
「悪いけど……また後で家に寄ってくれないか?僕を待ってくれている子がいるんだよ」
(こんなことは頼んではいけないということはわかっている。だが、どうしても行かなければならないんだ)と思いながら、僕は両手を合わせる。
愛穂は少し考えて「良いよ」と言った。
「すまないね。また後で。そうだ、僕の家は知ってくれてるんだっけ?」
「うん、知っているよ。17時ぐらいには家に向かうね」
僕は軽く会釈をして生徒指導室を出た。
僕は、路上で楽しそうに話している他の生徒の横を僕は蛇のようにするすると移動する。
僕はある小学校に向かっているのだ。僕の生きる理由のいる小学校に。
*****
目的地に着いた……。
僕は目を大きく開ける。校門の前一人の少女が……僕の生きる理由が女子に囲まれていじめられていたのだ。
「あんたさー、ちょっとかわいいからって調子に乗らないでよね。マジ気持ち悪い」
「私は……」
少女は子声で反論する。
「何? もっとはっきり言ってよね。聞こえないんだけど?」
その現場を通りすぎる者もその状況から目をそらしていた。
「私の何があなた達の気に触ったの?」
「はぁ? 気に触る事に理由はいらないんだよ! ムカついたから、暴力をふるうんだよ!」
中心の女子が少女を蹴り飛ばす。
僕はその現場を見て怒りに飲み込まれた。
「いい加減にしろ!」
僕は目を大きく開けて走り出して少女の前に立った。
「おにぃ……」
「大丈夫だ。小学生の女子くらい瞬殺してやるさ」
僕は子声でそう答える。
「あんた誰?正義のヒーロー気取りならやめた方がいいわよ。しかも牛乳臭いし。まじキモい」
僕はため息をつく。
「可愛げのない小学生だな。もうちょっとかわいいこぶれよ。そんな事がカッコいいと思ってるんならっ!」
横腹に激痛が走る。見下ろすといじめの中心であろう女子が僕の横腹に蹴りを入れていた。
「がは……」
僕はよろめく。痛いけど踏ん張らなければならない。もう彼女に涙を流させないために……。
「ほら、言ったでしょ。正義のヒーロー気取りならやめた方がいいわよって。怪我するよ? 痛いよ」
(こいつ本当に小学生か? なんだよこの蹴りの威力は……。痛い)
「正義のヒーロー気取り?笑わせるな。僕は自分の居場所を守っているだけだ。たった一人の妹が蹴り飛ばされているところを見て黙っている馬鹿がいるかよ」
僕がそう言うと女子達は笑った。
「キッモ。まじキモいよあんた」
僕は鼻で笑い返す。
「あー怖い、怖い。年頃の女の子は怖いこっちゃ。震えが止まらないね(笑)」
風が吹き抜けて犬の鳴き声が辺りを包み、タッタッタと音を立て3匹の犬が僕の前に現れた。
「え……なにこれ?」
「いやー、何でかなー。昔から動物と波長が会うんだよね僕って」
僕はそう言ってにやける。
「ひっ!」
「さぁ、反撃開始だ! ん?」
すると後ろにいた女子が背中をチョンチョンと突く。
「おにぃー。あの人達、もういない」
「え?」
僕は前方を見る。そこには先程までの可愛げのない女子どもの姿はなく花びらが宙を舞っているだけだった。
「おにぃ、ずるい」
「何が?」
「わざとやられてたでしょ?それにあんなにやけ顔見たら誰だって何か企んでるって察するはず……」
「いやー相手は小学生だし……」
「あの人達は中学生」
「……」
僕は黙り込むしかなかった。どうりで蹴りが痛いわけだ。
「帰るか……」
「うん。でも……このワンコ達どうするの?おにぃが呼んだようなもんだし」
「うーん」
僕は犬達の首本を見る。
首輪が着いている犬は一匹も居なかったし全員ボロボロだったので捨てられたのかと思った。
「お前達も捨てられたのか……可哀想に」
僕は1匹1匹犬を撫でる。
全員が尻尾を振りながら体を擦ってきた。
「家に連れて帰ろう。とりあえずだけどね」
そう言って僕は少女と犬を連れて家に帰ることにした。
そうだ、この少女の紹介をしよう。
この子は
僕はこの子と初めて会ったのは1年以上前だ……。出会った当時は目の焦点があっていないようなくすんだ目をしていてボロボロの服と段ボールを体に纏ったその姿はみすぼらしいというよりかは世界から除け者にされたような雰囲気を醸し出していた。
それに比べて今はあの時とは比べ物にならない程表情が豊かになった。
僕はこの子に二度と泣いてほしくない。
あんな絶望にまみれた泣き顔なんてさせたくない。
なぜ、僕はこの子にこんなことを思うのだろう? なぜこの子に尽くすのだろう? それは僕とよく似た存在だからかも知れないし、もっと違う理由なのかもしれない。
ただこれだけは言える。僕は幸せだ。決して裕福とは言えない生活だが、僕達は日々の生活を楽しんでいる。昨日にはなかった物が見える。新しい今日が見つかる。衣食住はある程度は整っているし、マイホームだってある。一般人と変わらないライフスタイルであるはずだ。
僕はそんなことを思いながら妹と寂れた道を歩く。ふと大通りに出てみると沢山の人で溢れかえっていた。
「おにぃ、何で人間は集団を作って行動するのかな?」
「自分一人で生きていけないのを知っているからでしょ。お前だって、家族という集団に属しているじゃないか」
「そういうことじゃなくて……。うーん何て言ったらいいかな?」
「どうして友達なんか作るのかっていうことか?」
「そうそう、友達。友達なんて自分を拘束する束縛器具じゃんか」
と、言いながら、小雨は顔を暗くする。
僕は小学生の口から束縛器具と言う言葉が出てきて少しだけ戸惑った後にこう言った。
「何かあったのか?」
僕はボソっと小雨に語りかける。
「いや、ちょっと牛乳を頭からかけられただけ」
「お前もか……」
僕達兄妹は同級生から受けるいじめの内容も同じらしい。
「おにぃ、牛乳臭い。着替えてないの?」
「あぁ、お前が体操服を着ている理由がわかったよ。わざわざ着えたのか。僕は腹がたっていじめっ子2人を病院へ送っちゃったよ。ハハハ。馬鹿だよね、僕って……。いま思い返せば笑ってボケてこいつキモって思わせたら良かったのになー」
僕はため息をつく。
「おにぃは悪くないよ。悪いのはおにぃをいじめる奴らだよ」
小雨は心配そうな顔で僕を見る。
「ありがとう、小雨」
「おにぃは小雨のとこから離れたりしない?」
「大丈夫、僕は君から離れない。絶対に。約束だ」
「うん。や・く・そ・く」
僕たちは指切りをしてから家に向かった。
空は夕暮れ時、紅に染まる空の所々には暗い雨雲がかかっていた。
*****
僕たちは家に帰宅した。
小雨は自室に、僕は牛乳を洗い流すためにシャワーを浴びて晩御飯を作っていた。
上のからドタドタと慌てた音がする。
「おにぃ! あの人誰? すごい美人さんだけど!」
「あー。愛穂か。そうかもう17時を越えているからなー」
「愛穂って誰? おにぃの友達? というか、おにぃーに友達いたんだね!」
「僕が友達なんて作るわけないだろう。クラスの委員長だよ!」
僕はそう言ってガスコンロの火を止めた。
ピンポーンとドアホンが部屋に鳴り響く。
「はーい」
僕はそさくさと玄関に向かった。
「やぁ、琴羽君。良い家に住んでいるんだね」
「ハハハ。とりあえずあがって。立ち話をするのも気が引けるし……」
「そう?悪いね。じゃあお言葉に甘えて」
そう言って愛穂は僕の家に上がった。
「はじめまして。私は河原愛穂。よろしくね」
愛穂はこそっと覗いていた小雨に声をかけた。
「はぃ。い……いつも、おにぃがお世話に、……なっています。雨露小雨……です。」
小雨は途切れ途切れにだが自己紹介をした。
「へー、小雨ちゃんって名前なんだ。可愛い名前だね。ねぇ琴羽君、ご両親は?」
「両親はいないよ。僕は両親が交通事故で死んだし、小雨は孤児だからね」
愛穂の顔が暗くなる。
「ご……ごめんね。不快な思いをさせちゃったかな?」
「いや、気にしなくて良いよ。小雨お茶を出してくれるかい?」
「おけ。愛穂さんは……麦茶か、緑茶のどっち?」
「麦茶を頂こうかな」
「おけ。愛穂さんは椅子に座ってて」
「わかった。それじゃよろしくね」
そう言って愛穂は椅子に座った。
僕は晩御飯を用意する。
「何があったか詳しく教えて」
「僕が帰りの用意を―――」
僕は今日の事件のことを愛穂に話した。
「うーん、話を聞く限り琴羽君が全部悪い訳じゃ無さそうだし……でも人を傷つけるのは良くないよ、いくら牛乳をかけられてかっとなってもね」
「ごめん、その通りだよ。また会った日に謝っておくよ。あいつら入院しているんだってね、本当にすまないことをしたな。はぁー」
僕はため息をつく。
「お茶……どぞ。」
小雨が僕達3人分のお茶を持ってきた。
「小雨ちゃんありがとう」
「サンキュー小雨」
小雨は明るい顔でうんと頷いた。
「話は変わるけど、何で愛穂が僕の所へ来てるの? こういったトラブルって先生が来るもんなんじゃない?」
「先生も忙しいらしいよ」
「ふーん。そうだ、小雨」
僕はキッチンにいる小雨に声をかけた。
「おにぃ、どした?」
「あのワンコ達を洗ってくれ」
小雨は嫌そうな顔をしたが、よちよちと歩き出そうとした。
そう。歩き出そうとしたのだ。だが、先程までいた小雨がいない。
「あれ? 小雨どこだー?」
「今まであそこにいたよね?」
僕も愛穂も急に姿を消した小雨に動揺を隠せない。
「とりあえず外を見てくるよ」
僕はそう言って立ち上がる。振り向くと先程まで座っていた愛穂がそこにいない。
「はぁ?あいつらはどこえ行った……んだ?」
頭の中で砂嵐が吹いている。その砂嵐は視界にまで広がって僕の意識を奪い去った。
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