第4話 新しい日常
翌日。皆で朝食をとる広間で、小夜は早速、近藤から隊士全員に紹介された。
「諸君。昨日から、我々に新しい仲間が増えた!」
「おぉっ」と隊士達が声を上げる。
「彼は秋月……えー、彼方君といって、三番隊に配属されることになった。
それから、私と秋月君は遠い親戚にあたっていてな、それで幹部の小姓も務めてもらうことになった。皆、仲良くするように。
では、しっかり食べて、今日も存分に働いてくれ!」
近藤の音頭を合図に、隊士達はざわざわと食事を始める。小夜は自分の膳を受け取ると、好奇の視線から逃げるように山崎の隣に収まった。
その日、小夜は腕が使えないのを理由に一日中部屋に引っ込んでいた。小夜に興味を持った隊士が数人訪ねて来たが、無口無表情を崩さずに追い払ってしまう。
……だって、用事無いし
人に囲まれた生活なんて送ったことがない。だから、どうすれば良いのかわからないし、自分から口を開くのも億劫だ。
それに、新撰組は町人曰く“人斬り集団”。ここで誰かと親しくするつもりなど無かった。
そんな状態が続いていたある日……山崎が夕飯の刻限に現れなかった。
途方に暮れていると、小夜が困っている理由に気付いた沖田がのんびりとした口調で言った。
「山崎くんなら、まだ町でコソコソしてると思いますよ」
「……」
コソコソって、真面目に仕事してる烝くんに失礼では……と口の先まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「そっか、秋月っていつも山崎君とご飯食べてたもんね。
なら僕達と食べようよ!」
屈託なく言ったのは藤堂と名乗っていた青年。藤堂は組長が集まっている辺りまで小夜を引っ張り、有無を言わさず自分の隣に小夜の膳を置いた。
どうしよう…でも、烝くんがいないんじゃ仕方無いなぁ
「……では、失礼します」
「腕は治ったのか?」
永倉が、右手で箸を持つ小夜を見て声をかけてきた。
「……はい」
そろそろ稽古や隊務にも参加できる、と今日の昼間に山崎から言われたところだ。
ふと、斎藤が訝しげな顔でこちらを見ているのに気がついた。相変わらずその視線は鋭く、小夜は入隊した日から何となくこの男を苦手と感じていた。
「本当に腕は治ったのか」
「治りましたけど、何か」
「では何故、利き手で箸を使わない」
ぴくり、と箸を持つ小夜の手が止まった。
「あ~!それ私も気になってたんですよ。私、左手にも打ち込みましたっけ?」
原田と藤堂が首を傾げる。
「二人とも何言ってんだぁ?」
「普通に右手で箸使ってるじゃん」
「あんた、左利きだろう」
「ど、どうして」
「総司の突きを右腕で受けたからな」
「何で?咄嗟に腕で受けたなら、右が利き手じゃないの?」
「あれは、咄嗟に利き腕が出たのではない。“もし”斬られるなら、利き手ではない右腕…と判断した。そうだろう」
「……」
斎藤の言う通りだった。入隊試験で三回目の突きが迫ってきた時、沖田の攻撃を回避できないと判断した小夜は、相手が真剣だった場合を想定して右腕で受け止めたのだ。
そう判断させる程、沖田の殺気が強烈だったからなのだが。
「仰る通り僕は左利きです。実家で右利きに直されたので、普段は右手を使っています」
まぁ本当は左手の方が使いやすいんだけど。でも左利きを右利きに直すのは暗殺一家でも他の家でも当然のことだ。
「何故だ?」
「は?」
「左の方が利くんだろう。何故利く方の手を使わない」
斎藤はまだ怪訝そうな顔をしている。そこで、小夜はふと気がついた。
彼は左手で箸を持っていたのだ。
あれ、この人も左利きなんだ……
「無理にとは言わん。が、自分が使い易い手を使え。俺から見たら、あんたの行動は無理で、不自然だ」
無理で、不自然かぁ……
小夜はしばらく自分の手を見つめていたが、ゆっくりと箸を左手に持ちかえた。
斎藤はそのまま何も言わずに食事を再開した。瞳の鋭さは変わらないし、こちらを嗜めるような声音は厳しい。だが嫌味な感じはしなかった。
それにしても利き手を見破られたのなんて初めてだ。
うーん…この斎藤って人、やっぱりちょっと苦手かも……
「平助。今お前、何杯目だ?」
「へへーん。もう二杯目だよーだ!」
「平助にしてはやるじゃねーか。オレも負けていられねーな!」
「おうおう、今日こそは勝ってやる!」
ものすごい勢いで米をかき込む二人。どうやらこれは日常茶飯事らしく周りは苦笑いしているが、あまりの迫力に小夜は目を丸くしていた。
「お前ら秋月が引いてんぞ。あとで腹ぶっ壊しても知らねぇからな」
永倉が呆れたように言うが、二人の勢いは止まらない。
「左之さんなんかに負けられないし!
なっ秋月。横に米櫃あるでしょ?よそってくれない?大盛りで!」
「へ?……は、はい」
いきなり話しかけられて戸惑いながらも藤堂の茶碗を受け取ろうとした……が、突然目の前に別の茶碗が割り込んできた。
「いだだだだ左之さん!順番くらい守ってよ!大人でしょ!」
藤堂が吠える。原田が、藤堂の頭を無理やり乗り越えるようにして小夜に茶碗を差し出していたのだ。
「はっはっは、これが身長差のなせる技だ!」
小夜は(技でも何でもないじゃん)と言いたいのを堪えた。
「よし秋月。オレにも飯をよそってくれ!愛大盛りで!!!」
「……」
この原田って人は、どうしてすぐに手を握ってくるんだろう……
原田の下敷きになってしまった藤堂はバタバタと暴れているし、対応に困っていると、
「お前らうるせぇぞ!いい加減にしやがれ!」
土方の怒号が飛んできて、結局おかわりの回数は原田の勝利に終わったらしい。
「……ふふっ」
その日の夜。小夜は布団に入りながら、さっきの夕食を思い出してくすくす笑っていた。
新撰組の人達が予想外に笑い声の絶えないことに驚いてもいた。もっと陰湿な組織だと思っていたから。
まぁ、でも所詮は、人斬り集団なんだろう。家族しかいない実家と違い人数が多いから、それだけ騒がしかったり、中には賑やかな人もいる。それだけだ。
居場所が変わっても私のやることは変わらない。ただ仕事をこなすだけ。
私にだって、人を殺すだけではない生活があるんじゃないか……そう思っていたのは、もう昔の話。
――――――…
素足に冷たい板張りの床が触れた。屯所内の道場には、絶えず掛け声や木刀のぶつかり合う音が響き、聞いているだけで身の締まる思いがする。
「あのねぇ秋月くん。私はきみに“剣術”の稽古をつけようと思っているんです」
「し、知ってます」
腕が治ったため道場に顔を出すと、予告通り沖田がいた。入隊試験で対峙した時は怖かったのに、普段はいつもにこにこ笑っている不思議な人。
でも、よくわからないけど部屋の心配とかしてくれたし、いい人なんだと思う
今日も初心者の私に、構え方から丁寧に指導してくれた。しかも握り方なども左利きの私のことを考慮してくれて、それはすごく良かったなって思ったんだけれども……
「それなら、ちゃんと刀を使っていただきたいのですけど」
「すみません……」
構えや素振りをするところまでは良かったのだが困ったことに、実際に木刀が迫ってくるとどうしても素手で受けようとしてしまう。
多分、[流拳]の動きが身体に染み付いちゃってるんだろう
「別にいいですよ。今日始めたばかりなんだし、秋月くんは面白いですから」
一応そう言って笑ってくれるんだけど、何だか複雑な心持ちだ。
「動き自体は悪くないんですけどね。左利きなのは別として、稽古をつけるのにこんな所で苦労したのはきみが初めてだなぁ。……あ」
沖田は他の隊士達を教えていた原田に目を向けた。
「原田さーん。ちょっと秋月くん持っててくれません?」
「ん?こうか?」
「うわっ」
いきなり後ろから襟首辺りを掴まれ、ひょいと持ち上げられてしまった。
「お、降ろして!」
首根っこを掴まれた子猫のように吊り上げられ焦ってじたばたともがくが、原田の身長が高いせいでいくら手足を振り回しても地面には届かない。
「耳元で叫ぶなよぅ。いてっ、いてて!引っ掻くなって猫かお前は」
「なら降ろしてください!」
暴れる小夜に怯み思わず手を離そうとすると、にっこり笑う沖田と目が合った。
「秋月くんを持ってるのと私と打ち合うの、どっちがいいですか?原田さん♪」
「…………あー、悪いな秋月」
「放せぇー!!」
抵抗も虚しく、気付けば小夜の両手は何故かサラシで木刀に縛りつけられていた。
「……よし、と。さぁ秋月くん。これで素手は使えませんよ?」
「は……?」
まさかこれでやるの?……って、何で私縛られてるの?!
「やっぱり秋月くんって面白いですねー」
沖田は、戸惑う小夜を見ながら、くすくすと笑った。
その日の夕食。いつの間にか組長の面々と食事をするようになっていた小夜は、まるで燃え尽きた白い灰のようになっていた。
「だ、大丈夫か?」
原田が恐る恐る声をかけた。
「大丈夫じゃ、ない……」
「一体どうしたんだ」と聞こうとした矢先、沖田が笑顔で口を開いた。
「秋月くんって、あんまり気絶しないから教え易いんですよ♪」
((不憫だ……))
沖田の言葉に、その場にいた幹部全員が小夜に同情した。そしてこの日から小夜は、新撰組の危険人物一位を斎藤から沖田に書き換えたのだった。
――――――…
「オレ、橘三郎!みんなからは"サブ"って呼ばれてんだ。よろしくな!」
「……」
目の前の男は、にこにこ顔でそう名乗った。
話は今朝に遡る。朝食後、小夜は土方に呼び出された。
「今日から隊務についてもらう。細かいことは組長の斎藤に聞け」
「はい」
新撰組は京の治安を守るために働いている組織だ。だから普段は市中の見回りを主な隊務としている。いよいよそれにも参加するのだ。
土方は厳しい表情で、浅葱色の羽織を取り出した。それは小夜も屯所内で何度か目にしたことがあり、揃いの物らしい。
変な色……
小夜は羽織を見かけた時からそう思っていた。
浅葱色なんて、まるで死装束だ。どうしてこんな色なんだろう?
「いいか。隊務ってのは命懸けだ。俺達は、命を懸けてやるべきことをやってんだ。それがわかってなきゃこの羽織は渡せねぇ。
お前、死ぬ覚悟はできてるか?」
鋭い眼光が小夜を貫く。
しかし、小夜は表情一つ変えずにそれを真正面から受け止めた。
「死ぬ覚悟なら、いつでもありますよ」
土方は、小夜が躊躇せず頷いたことに、微かに驚いた表情を見せた。
「だって、自分が死を覚悟しなくちゃ、人なんて殺せないじゃないですか」
それは、今まで小夜が送ってきた生活を表しているような言葉。
「そう、か」
それから少し表情を緩めると、大小の刀を一組小夜の前に置いた。
「あまりクセの無いのを選んだ。無名の物だが、素人のうちはこういうヤツの方が扱い易いだろ」
小夜は目を丸くして、刀と土方を見比べた。
「……もしかして、戴けるんですか?」
「あ?見せびらかすために持ち出したわけねぇだろ。それ持ってとっとと行きやがれ」
初めて手に取った刀は、思っていたよりも重かった。
こんなもの振り回して戦うのかぁ
「……ありがとうございます」
稽古の合間に見聞きしたのだが、土方さんは隊士達の間ではかなり恐がられている。入隊した日、沖田さんは彼のことを“鬼”呼ばわりしていたし、隊士に稽古をつける土方さんは何というか、物凄い気迫がある。それを考えると、今の処遇にはびっくりだ。
今日、小夜が所属する三番隊は昼の巡察らしい。浅葱色の羽織に袖を通し、門へと向かった。
そこへ、この男が嵐の如くやって来たのだ。
「お前すごかったな入隊試験!オレ見てたんだ!お前すっげえ強えな!」
「……」
「しかも素手で沖田組長とやり合うなんてすげーよすげーよすごすぎるよ!」
「……」
「同じ三番隊になれるなんて思ってもみなかったし!今この瞬間からオレ達は友達だ!仲良くしような!」
「…ともだち……?」
「お、喋った!」
「僕、別に友達とかいらない」
無表情のまま、小夜は準備を終えた隊士が集まっている方へ行ってしまった。
残されたのは、像のように固まった橘のみ。
「あ~、サブ?」
哀れに思った隊士が、俯き震えている橘に声をかけた。
「大丈夫か……?」
「う……」
「う?」
「う、うぉぉぉぉぉおお!!秋月ぃ!オレは、絶対にお前と友達になってやるからなーっ!待ったれよぉぉぉ!!
翌朝。
「おはよう秋月っ!」
「……」
「今日もいい天気だなっ!朝ご飯は残すなよっ!早寝早起き朝ご飯は健康の元だからなっ!」
「……語尾にいちいち小さい"つ"を挟むな」
「おぉ!秋月が喋った!今日はいい日になりそうだ!うん!」
「……」
初めて巡察に出た日以来、橘は毎朝小夜に話しかけていた。小夜は全くの無関心、寧ろ迷惑そうな顔をしているが、橘はめげなかった。
そんなこんなで早数日。
「秋月おはよぉぉっ!」
「……あんた一体何がしたいの」
「え? あ……」
ぴたりと橘は動きを止めた。小夜は目にもとまらぬ速さで橘の首の、一点に左手を添えていたのだ。こちらを睨む小夜の瞳は冷えきっていて、さすがに足が竦む。
「あんたは、一体何がしたいの」
「だから…と、友達に、なりたい……」
「……」
信用されていないのは明らかだった。殺気がピリピリと伝わってくる。
その時、誰かが小夜の左手首を掴んだ。
「秋月。副長から聞いているだろう。私闘は切腹だ」
「……」
小夜は自分を止めた斎藤を睨むと、橘から手を離してどこかへ行ってしまった。橘は、腰が抜けたようにへなへなとその場に座り込む。
「もしかして…今オレ、殺されかけてました?」
「あぁ。これで懲りたか橘」
「……いえ。俄然燃えてきました」
ニッと笑う橘に、斎藤はため息をついた。
「オレが三番隊で最初に秋月の友達になってみせま「死なない程度にしておけ」…す、よ……」
その頃小夜は、屯所の中をふらふらと歩き回っていた。屯所の内部は山崎に案内してもらって一応把握している。中庭が見える縁側で足を止め、腰を下ろした。
「何なんだろ……あの人」
頭を過ったのは、ここ最近やたらと話しかけてくる妙な男のこと。歳は、自分と同じくらいだと思う。だが、彼の持つ底抜けに明るい気配に馴染めなくて、どうしても素直に話せない。
「怖がらせちゃったかなぁ」
ここに来る前は山崎以外、友達と呼べる存在なんていなかった。だからどうしたらいいのか、よくわからない。
大きく伸びをして空を見上げた。
にゃあ~
「?」
不意に聞こえた鳴き声に反応して中庭に目を向けると、四匹の猫が小夜を見つめていた。
……何で人斬り集団の屯所に猫がいるんだろ
「おいで」
手を差し出すと、一匹の猫がおずおずと近付いてきた。雪みたいに真っ白い猫だ。その後を、同じように白い毛を持つ少し大柄な猫が歩いてきた。
親子なのかな
小さい白猫を抱き上げて膝に乗せた。ふわふわして気持ちいい。するともう一匹寄って来て小夜の手を舐めた。今度は三毛だ。喉をくすぐると、甘えたような声で鳴く。
小夜の表情は、自然と緩んでいた。
「……?」
ふと、冷たい気配を感じて顔を上げた。最後の一匹が、身動きもせず小夜を見つめていたのだ。その猫は、周りの景色から浮き上がって見えるほど真っ黒い猫だった。
ほかの猫のように小夜に近寄っては来ない。寧ろ冷ややかな眼でこちらを見ていた。
黒猫……違う。私、私は……
一寸躊躇ったが、恐る恐る手を差し出した。
「……おいで」
しかし、黒猫はサッと身を翻して茂みの中へ駆けて行ってしまった。
「一匹振られちゃいましたね」
「!」
私、またこの人の気配がわからなかった……
振り返ると案の定にこにこと笑う沖田がいた。
「いつからそこに……」
「ん?まぁいいじゃないですか」
何がいいんだろう
「それより驚きましたよ。秋月くんって笑うんですね。今は呆けた顔してますけど」
その言葉で、小夜はいつもの仏頂面に戻ってしまった。
「どうして、こんな所に猫がいるんですか」
擦り寄ってくる三毛猫を撫でた。白猫親子はされるがまま、という感じだが、三毛は自分から小夜に身を寄せてくる。人懐こい性格なのだろうか。
「この子達はよく屯所に遊びに来るんですよ。“ある人”目当てでね」
「ある人?」
首を傾げていると、変な声が聞こえた。
「た、たま……」
声のした方を見ると、目を見開き愕然とした表情の斎藤が突っ立っていた。
「……秋月」
「はい?」
「その……その猫とは以前からの付き合いがあったのか?」
「へ?……いえ、今見つけたんですけど」
てゆうか猫とのつきあいって何
「信じられん……。タマ…ではなく、その猫が、俺以外に近付くのを初めて見た」
「この三毛、タマっていうんだ。かわいい」
三毛猫……タマは小夜の腕の中で警戒するどころか喉を鳴らして甘えている。
「ここの猫達は、一くん目当てで寄り付いているんですよ。一くんは、浪士には嫌われてるけど猫には人気者なんだ」
沖田は悪戯っぽく笑い、斎藤はあからさまに横を向いた。
……意外だ
初対面では刀を突き付けてきたし、いつも睨んでくるし、滅多に喋らない。あと、自分と同じ左利き。
それが小夜の斎藤に対する認識だった。何というか、もっと殺伐とした人間だと思っていた。
猫が好きとか、それを指摘されてたじろぐ斎藤の姿は普段と比べれば少し可愛らしいくらいだった。
「あ、忘れてた。一くん、土方さんが呼んでいましたよ」
「あんたは何故いつも大事な用件を先に話さない」
「失礼な。私はちゃんと一くんを探しに来たんですよ。どうせここにいると思って。そしたら秋月くんがいたから」
「どうせ、とは何だ」
「僕のせいになる理由がわかりません」
「秋月くんまでひどいなぁ~」
反省する気色のない沖田に、斎藤は橘に釘を差した時よりも重たいため息を吐いた。
「……まぁいい。俺は行く。人を待たせるのは嫌いだ」
「私は山南さんの所にでも行きますよ。じゃあね秋月くん」
「……」
再び一人と猫三匹に戻った小夜。一人になれたことに安堵の息を吐こうとしたのだが、
……あれ?何だろう
一人になった途端、身体の真ん中を冷たい風が通ったような妙な心持ちになった。
隣に誰か居てくれたらなぁ
そんな考えまで一瞬浮かんできて、慌てて頭を左右に振った。今の可笑しな自分の考えを振り落とそうとするかのように。だけど、身体の中を吹き抜ける冷たい風は中々収まらなかった。
この感情が何なのか、小夜はまだ気づいていない。
「斎藤か。入れ」
声をかけ襖を開けると、いつも通り書類に埋まる土方の姿があった。
「俺に用とは」
「あ~、用事ってほどでもねぇんだけどな。あいつは……秋月は、ほかの隊士とうまくやってるか?」
意外な質問に斎藤は眉をひそめた。
「……俺が見ている限り、自分から他人と交流している様子は見受けられません」
(猫とは仲良くしているようだが)と心の中で付け加えた。
「そうか。……何とかしてやってくれねぇかな」
「何とか、とは」
斎藤の表情があからさまに歪む。
(何故俺がそんな面倒を見てやらねばならないんだ)
はっきり顔にそう書いてある。
予想通りの反応に、土方は思わず苦笑した。
「なぁ斎藤。あいつって、猫に似てると思わねぇか?」
入隊してから、小夜は一向に周りと打ち解けようとしない。その姿がまるで、毛を逆立てて必死に己を守ろうとしている猫のように、土方には見えていた。
「猫を手懐けるなら、お前が適任だろ?」
誰に対しても無愛想で、局内屈指の使い手である沖田や永倉にも引けを取らない実力を持つ斎藤。だがその印象に似合わず、相当な猫好きという一面があることは、沖田から聞いていた。
「……鬼の副長が、随分とあの新入りには世話を焼くんだな」
唐突に、まだ身分の上下など無かった頃の素っ気ない口調に戻った。それに気付いた土方も、文机から身体を起こし胡坐をかいた。
「先日、秋月に羽織を渡したんだが……」
『死ぬ覚悟ならいつでもある』
平然とそう言い切った小夜の様子を話した。
「あんな小娘が平気で命かけるような覚悟決めてんのが気に食わねぇ。ガキはガキらしくしてろってことだ」
あの言葉、口先だけではないのだろう。本当に彼女は今まで幾人もの人を殺し、その代わりいつ自分が殺されても良いという悲壮な決意をしているのだ。
「何故俺に頼むんだ。そういうのは総司や新八さん向きだろう」
「お前が拾ってきた猫じゃねぇか。頼むぜ斎藤」
「……」
煙管を咥え笑う土方に、斎藤は本日三度目の溜息をついた。
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