第48話 8月31日 曇り のち 晴れ
◇ PM2:40
カイが再び起きるのを待っていたかのように、湖の捜索活動の結果が知らされた。
事故当日から5日の間に、船が引き揚げられ船内が隈なくチェックされた。湖の底も徹底的にさらったが、行方不明の子どもは見つからなかった。まるで、水に溶けて消えてしまったかのように。
『見つからない。消えた…?』
訪れた男の説明を聞きながら、カイの頭は痺れたように痛み続けた。
「見つからない? 消えた?」
カイの心中をそのまま音声化したかのように、同席の姉が横で呆然と声を上げた。
「そうなんです。まだ捜索は続けてはいますが。…最新の探査機を投入してなお見つからないだなんて、これまで無かったことです。本当に不思議でしかたがない。そうそう、これが冷蔵庫の中から見つかったんですが…」
言いながら男が差し出したのは、ミナのおさがりのあのポシェットだった。
船のスタッフが、その子がこのカバンを持っていたはずだと証言したので、お持ちしました。もしもお間違えが無いようでしたら、お納めください」
ミナが口元を覆って、横を向いた。その頬を、涙がぽろぽろと、とめどなく伝っている。男は痛ましげに眼を細めながら、別の包みを取り出した。透明なビニール袋に入っていたそれは、靴、カイが履き古した、あの靴だった。
「こちらは、湖底にありました。
…不思議なんです。湖の底の岩陰に、ロボットのような人形と金のブレスレットが置かれていて、それらが流されないよう留める楔のように、この靴が置いてあった、と。まるで意図的に置かれたようだと、現場の画像を見た誰もが言っています。人形とブレスレットの持ち主も乗員が記憶していたので連絡して引き取っていただいたのですが、皆さん非常に驚かれ、心配されていましたよ」
ああ、とカイが掠れた声で応えた。メルを助けた、あの2人だ。足元の子犬に視線を落とすと、子犬は敏感に察知してさっと身を起こして尾を振りながらカイを見上げてきた。この見上げてくる感じ、どこかあいつを思い出させる。
男が帰った後、ミナは目を真っ赤にして部屋に籠ってしまった。カイは独り居間に残ってポシェットを開いた。
中には、リサが避難の道々、レイの目印にとあちこちに留めていったピンバッジ。自分が買ってやった人魚姫の絵本。そして、“ちょっとした、おやつ”。
いくつもの小さなクッキーの中にとびきり大きなものが1枚。それは、ミナの提案を受けて作ったレイのとっておき、カイとリサ、2人の似顔絵をアイシングで描いたクッキーだった。
袋の口を開け、カイは小さなクッキーを1つつまんで口に入れた。
***
◇ PM3:14
「リサ」
久々にチャットで呼び出して顔を合わせた彼女は、ひどい顔色をしていた。まあ、お互い様だな、そう思いながら、大事な話がある、とカイは切り出した。
「これ、見てくれ」
そう言いながら、カバンの中身をカメラに写してみせた。
「なに?」
「あいつのカバンが見つかった。その中に、あったんだ」
しばらくの沈黙の後、リサが震えるような息を吐いた。
「ああ、そうなのね。それ、私たち、ね。…笑ってるのね、クッキーの私たち。
あの子がそれを望むんなら、私またきっと元気になる。すぐには無理かもだけど」
涙が零れる瞳に、強い光が宿り出す。それを見返すカイの目にも、同じ光が宿っていた。泣きたいような笑いたいような気持ちで顔を見合わせ、じゃあね、そう告げて通信を切る。いつの間にか、頭痛は消えていた。
椅子から立ち上がり、駆け寄ってきた子犬に声をかける。
「メル、散歩に行こう!」
久々の屋外、午後3時を回ったものの、まだだま強い夏の光に軽い眩暈を覚える。
小さな散歩係は、もういない。俺だって、いつまでも落ち込んではいないぞ。日に焼けた芝をさくさくと踏みながら歩くと、子犬がちぎれんばかりに尻尾を振りながら追いかけてきた。
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