お前の心臓を貰う話
窓拭き係
決闘は相手の心臓を刳り貫くまでが決闘です
「よし」
銀色の髪の少年が言った。
「それじゃあ、ルールの確認をしよう」
輝くような銀色の髪に、意思の籠った赤い瞳。傷一つない白い肌に、人形のような輪郭をもつ少年である。
そして、この場にはもう一人。
「そうだね、カイル」
赤毛の少年が言う。首元が少し隠れる髪型に、ソプラノばりの美声。その顔立ちは非常に整っており、小柄さも相まって少女と見紛うほど。
カイルと呼ばれた、銀色の髪の少年はルールを一つ一つ挙げていき、赤毛の少年はそれに
時は少し遡る。
連合国の未来を担う魔術研究所の資料室を物色して回る不審者……いや、二人の少年がいた。彼らの名前はカイルと、もう一人がアーリアである。
彼らは実験助手という役職に就いていて、これは自身は特定の研究をせずに他の
そんなわけで日々カイルとアーリアには
気を揉むだけ無駄な存在────「触れたら確実に呪われる」とか「誰も名前を言ってはいけないアイツら」とか「単純にかわいい、弟にしたい」とか好き放題呼ばれていて、関わりがあるのは彼らに負けず劣らずの変人ばかり。そんな二人が資料室で探し回っていたのは、一冊の歴史書である。
そして。
「…………一対一の殴り合い。主武装はナイフを一本、予備を身体のどこかに一本までなら仕込んでよい。それ以外の武器の使用は一切不可。魔法の使用を認めるが、これの効果を上昇させる道具……たぶん、今でいう魔道具、の装備は不可。互いに背を向いて三歩離れ、審判の合図で始める。どちらかが他方の心臓を抉るまで決闘は続く…………これで合ってるか?」
「『魔法の使用を認める』ってそれ、どこまで? あの時代、魔術が無いのは当たり前として魔法もどこまであったか、怪しいもんだよ」
その発言にしばらく唸って考えるカイル。
「ふむ…………基礎魔法にするか?」
魔力の流れを意図的に四つに分類した──火水風土の四つである──基礎魔法を提案したカイルに、アーリアは魔力弾はどうだい、と付け加える。魔力弾は魔力で形を作って飛ばすもので、魔法というより、もはやただの魔力の使いかたといった方が正しい。
「アーリア、それはだめだ────ただの遠距離戦になる」
「それもそうか。うん、そうだね。じゃあ基礎魔法のみで」
「審判はどうする?
その一言にアーリアはとても嫌そうな顔で、
「いや。いやいや。
「冗談だ、冗談だよ────そろそろやるか。ん、どうした? 痛いのが怖いのか? …………やめとくか?」
にやりと笑ったあからさまな挑発にアーリアは鼻を鳴らす。
「まさか! ……というか、元々痛くはないでしょ。ここ
はい離れて、三歩だよ、と急かすアーリアにカイルは素直に従う。それを見て同じく準備に入るアーリア。互いに背を向け三歩、これを満たす。
(ナイフは左袖に隠しておこう。予備は腰の後ろに仕込んで…………。これで、ナイフを持っていないように見える。戦闘は一瞬の判断の積み重ねだから。ちょっと汚い感じもするけど、お昼ご飯もかかってるし)
「こっちは準備オーケーだ。そっちはどうだ?」
カイルの言葉にやや悪戯な笑みを浮かべつつ、言葉を返す。開始の合図は、石を投げて地面にぶつかった音にすることになった。カイルがどちらの視界にも入らないように石を投げる。
(……見えなくても石の場所を知る方法はある!)
アーリアは土魔法を使い、小石の場所を割り出す。魔法の気配はカイルにも伝わるが、それよりもスタートを有利にすることを選択したのだ。
(3──2──1────)
小石が地面に落ちる。それと同時にアーリアは振り向き、カイルに向かって駆け出す。だが、カイルが少し遅れて振り向いた時、
(う────────どっちだ⁉)
カイルはナイフを持っていなかった。いやここまではアーリアも仕込んだことだ。しかし彼はナイフを隠していなかった。なんと、腰の左右に、わざわざ見えるようにぶら下げていたのだ。予想していなかったことにアーリアの速度が緩む。
その隙をカイルは見逃さない。一気に接近して、腰からナイフを取ろうとする。────両手で。
「ぐ…………⁉」
アーリアは思わず声を上げていた。
(まさか…………両方使うつもりなのか⁉)
足を止め、後ろに跳んで
「だ────────」
(騙されたーーーー!)
アーリアは苦し紛れに右の手で突きを繰り出すがそれも遅い────
「ぐぐっ…………!」
斬られた勢いで体勢が崩れる。ナイフは手を離れ、地面に落ちてしまった。……腰の後ろに隠しておいたナイフを取る時間もない。カイルはアーリアに反撃のチャンスを与えないため、さらなる追撃をしようと一歩深く踏み込んで────踏み込んだ足が地面にめり込み、深く沈む。
(な────)
「なにい────⁉」
明らかに魔法によるものだった。しかし魔法を使おうとすれば魔力の動きですぐに察知できる。それに魔法を使う隙を与えないように一気に仕掛けたのだ。アーリアに魔法を使う余裕はなかったはずだ。はずなのに、なぜ…………。
(────まさか、)
「まさか、初めから仕込んでおいたのか…………!」
試合が始まる直前、アーリアは土魔法を使った。あれはてっきり石の落ちるタイミングを予知するためのものだと思っていたが────。
「……ほんとはトドメに使う予定だったんだけどね。こんなところで役に立つとは、仕掛けておいて良かったよ。正直わざわざ跳んで避けた時点でバレるかと思ったんだけど…………やっぱ罠は置き得だ、ねっ!」
アーリアの蹴りがカイルの胸を捉え、大きく吹き飛ばす。カイルは横に一回転して勢いを殺すが、起き上がった時にはアーリアが腰の裏からナイフを取り出しているところだった。
「…………振り出しに戻ったな」
「こっちの方が不利だけどね、ものすごく」
斬られた右手を軽く上げるアーリア。その傷を見たカイルは、
(おそらくもう右手では戦えないだろう。ここで利き手を潰せたのはとても大きい。それに、こっちは蹴りを一つ貰っただけだ。これは、確かに…………)
「嬉しいな、それは」
再び一気に距離を詰める。
「────このまま勝てたらもっと嬉しいんだがな!」
しかしそれをただ見守るアーリアではない。魔力の気配とともに、首ほどまでの土塊が地面からせり上がる。水魔法も併せて強度を増したりと色々手間を掛けているのを見るあたり、簡単には破壊できない代物なのだろう。だが急造の壁はそこまで高くはない。
(────ならば!)
手を掛け、跳ぶのと同時に一気に体を壁の上に持っていく──!
「うそーーーー⁉」
壁を越えた勢いのまま、驚愕を浮かべるその顔に蹴りを放つ────だが、さすがに右手で防がれる。着地を無視した動きだったので、着地の衝撃で体勢が大きく崩れてしまう。近づこうとするアーリアに左手のナイフを投げつけ牽制、側面に転がり躱すアーリア。
「ぐっ。…………跳び箱みたいに跳びやがって、この猿め!」
罵倒を鼻で笑って返し、後ろに下がるアーリアを追う。罠を警戒しながらだが、それでもカイルの方が早い。やがて追いつき、近距離での斬り合いになる。
そして当然ながら、利き手である右手を使えないアーリアは幾分か不利である。しかし、数歩押し込まれたとき不意にアーリアが横に跳んだ。それは回避ではなく、明らかに移動のためだった。
そしてカイルは見る。アーリアが地面に落ちていたナイフを拾い、投げつけようとしているのを。
「────────させるか‼」
全力で脇腹を蹴り飛ばす。ナイフはカイルの脇をすり抜けて、当たることはなかった。
「ぐふっ……!」
地面に叩きつけられ、苦悶の声を漏らす。カイルは無防備な状態で横たわるアーリアの左手を蹴り上げ、持っていたナイフを吹き飛ばした。
「お前らしくないな、アーリア。あんな破れかぶれの投擲なんて、そうそう当たるもんじゃない。……これはもうひっくり返せないぜ、どんな手でもな」
そしてそのまま馬乗りの形になって、アーリアの胸にナイフを突き立てようとして────
(…………待て、なぜアーリアは俺の足を掴んでいるんだ?)
疑問をかき消すようにナイフを振り下ろすが、それより早くアーリアは火魔法を発動させる────しかし、どこかおかしい。カイルを攻撃したのではなく、そのもっと後ろで発現しているようなのだ。
(…………? 後ろには、あの変な造形の壁があるだけで、)
何の意味があるんだ、と振り返った先には筒の形があった。地面に半分埋まった吹き矢みたいな形をしていて、その筒の中にはあのアーリアのナイフが入っていて────
「……ッ⁉」
(火魔法だって⁉)
ナイフのさらに奥で、火が爆発した。土の筒から発射された、魔法の火に包まれたナイフがカイルの背中にすさまじい速度で突き刺さる。
「がああああッ⁉」
衝撃で倒れ込む。その体を、ナイフの炎が包んでいく────
アーリアが作っていた壁は、無論この筒である。そしてわざと後退し、
そよ風が吹き、カイルを包む炎をより一層大きくする。よほどダメージが大きかったのか、カイルは倒れたまま動かない。また風が吹き、炎を育て上げる。今度の風は強い。
(…………あれ?)
何かがおかしい、と熱風を感じながら考えるアーリア。その間にも魔法の炎はだんだん大きくなっていく。風も強くなっていく。
(──風だって? ここは演習場なんだから、自然に風が吹くなんてことはないわけで……)
気づいた時には、もう遅かった。いつの間にか立ち上がっていたカイルと目が合った。風はもう止んでいて、巨大な炎の中心で左手に持ったナイフをアーリアに突きつけていた。……カイルはあえて風魔法を送り込むことで炎に自分の魔力を混ぜ込み、操作を可能にしていたのだった。
彼が一言叫ぶと、その炎全てがアーリアに襲いかかって両の足を焼き尽くし、左手を黒い炭に変えた。
その後はもう簡単で、大した抵抗もできずアーリアは心臓を奪われ敗北した。
「…………だから言っただろ、『もうひっくり返せない』ってさ」
演習場を出てすぐのところにある食堂で、勝ち取った昼食を得意げに頬張りながらカイルが言う。悔しさを通り越してもはや拗ねているアーリアはカイルの方に見向きもせずにずっと自らの髪を弄り回している。
「………………ふん」
「でも実際ヤバかったんだぜ。あそこでお前が勝った、だなんて早とちりせずに追撃を掛けてきたら、どうなったかわからなかった」
まあそれでも最終的には俺が勝っただろうけど、と言う。完全に調子に乗っている口調だった。カイルは続ける。
「罠に完璧にハマったからって満足しちゃあいけなかった。何しろどっちかの心臓が奪われるまで決闘は終わっていなかったんだからな」
こんな勢いでアーリアをひたすら挑発した結果、向こう七日間に渡りひたすら粘着質にトラップを仕掛けられ続け、カイルがひたすら後悔することになるのはまた別の話である。
お前の心臓を貰う話 窓拭き係 @NaiRi
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